駆紋戎斗は、
学校が終わり、元の世界に帰るための調査に行こうとした時に、急に雨が降り出した。
かなり土砂降りなため、仕方なく近くの屋根に入り雨宿りしている。
「予報では雨ではなかったはずだが、こんなこともあるか」
調査どころでは無いので、適当なところで<フラクシナス>に回収して貰うことを決めた戎斗は、カバンの中からクッキーが入った袋を取り出す。
今日の授業で女子だけ調理実習があり、なぜかクラスの女子たちからクッキーを貰ったのだ。
今取り出した分以外にも、それなりの数がかばんに入っている。
「………美味いな」
袋から取りだし食べる。
作った生徒は、おそらく調理が不慣れだったのだろう。幼い頃に両親を亡くした経緯から料理が出来る戎斗にしてみれば、荒い部分が色々と目立つが、それでも気持ちが籠っていることが分かる。
「……何を考えているんだ。俺は」
他人の思いを無碍にするつもりはない。が、だからと言って特に何かを思うわけではない。
頭を振った戎斗は、クッキーが残る袋をかばんに突っ込み、スマホを取り出して<フラクシナス>に連絡を取る。
「……俺だ。そっちで回収してくれ」
『はぁい、戎斗。ちょうどいいわ』
「五河琴里?」
『今から家に来てほしいのよ。<フラクシナス>じゃなくて、私の家の方ね』
「なぜ貴様の家に行かなければならない?」
『色々と報告があるのよ。<フラクシナス>で送らせるから、来なさいよ』
琴里はそう言うと、戎斗が何か言う前に通話を切った。
戎斗はため息を吐くと、カバンを取り出して人目が無い場所へと移動するのだった。
「いらっしゃい。取りあえず入って」
言われた通り、戎斗は五河家に<フラクシナス>の転送装置で送ってもらい、インターホンを鳴らすと琴里が出迎えた。
琴里の後ろをついてリビングに入ると、ソファに腰掛ける令音がいた。
「やぁ、戎斗。急に呼んでしまって悪いね」
「村雨令音か。俺を呼んだのはお前と言うことか」
「そうだよ。取りあえず座ってくれ。まぁ、私はここの住人と言うわけではないのだが」
令音に促され、戎斗は向かいのソファに座る。
丁度その時、玄関からドアが開く音と帰りを告げる声が聞こえた。
「――ただいま」
「あら? ちょうど士道も帰って来たようね」
「それなら、シンにも話しておいた方がいいだろうね」
令音が言った「シン」というのは士道のことだ。
何故か彼女は士道のことをシンと呼んでいる。
「いッ、いいからでていけ……ッ!」
「ぐぇふっ!?」
何故かリビングの外から、十香の怒号と士道の変な声が聞こえてきた。
少し後に、鳩尾の部分に手を当てた士道がリビングに入ってきた。
「琴里ぃ! どういうこ……戎斗?」
「おかえり、おにーちゃん。それとお客様がいるんだから、もうちょっと静かにならないかしら?」
士道は琴里を見るやいなや、何かしらの抗議の声を上げようとしたのだが、ソファに座る戎斗を見てその声が引っ込んだ。
「やぁ、お邪魔しているよ、シン」
「令音さんまで……」
「とりあえずそろったのだから、話をしましょうか」
「それもそうだね。ただその前に、シン」
「はい?」
「服を着替えてきたらどうかね?」
「あ……」
言われたときには、既に床が水浸しになっていた。
「むぅ……」
「えーと……」
着替えてきた士道と、琴里が連れて来ていたらしい十香もソファに座り、やっとのことで話し合いが始まった。
「それじゃぁ、まずはクラックの調査の方ね。士道と十香は、インベスやクラックのことは覚えているわね」
「うむ! たしか、変な姿をした怪物のことだろう?」
「説明されたときはゲームみたいな話だとは思ったけどなぁ」
十香は元気に、士道はしみじみと答える。それに頷いた琴里は話を続ける。
「結果から言えば、戎斗」
「なんだ」
「クラックなんて見つからないわよ?」
琴里の報告に、戎斗は眉をひそめた。
「確認できたのは、令音があなたと初めて接触した時と、十香の霊力を封印した時だけ。それ以外は影も形も見当たらないわ」
「……そうか」
お手上げと言わんばかりに肩をすくめる琴里に、戎斗は短くそう言った。
そんな中、士道が手を挙げた。
「なぁ。クラックってそもそも、なんなんだ?」
「……説明してあげたでしょ? っていうところだけど、クラックについては私も理解が追いつかないことがあるのよね。戎斗、説明して貰ってもいいかしら?」
「クラックは、ヘルヘイムの森が開くゲートだ。ヘルヘイムの森自体は、別の世界からやってくる。そのためのゲートがクラックと言うことだ」
戎斗の説明に琴里は腕を組んで唸る。
「何度聞いても不思議な話よねぇ。精霊とか知ってる私が言うのもなんだけど」
「だが、クラックが開いたと言うことは、ヘルヘイムの森はこの世界を侵略しようとしているはずだ」
「……は?」
戎斗が放った言葉に、士道の口から呆然とした声が漏れ出た。
「な、なんだよそれ……」
「ヘルヘイムの森がクラックを開くのは、他の世界を侵略しようとするからだ。対策手段を持っていなければ、この世界はあっという間に支配されるだろう」
「……はっきり言って、それも信じがたいのよね。森が侵略するって……」
琴里もついには額に手を置き、ギブアップを宣言する。
士道は理解が追いつくはずもなく、十香にいたっては眠たいのか、コックリコックリと首を上下させていた。
そんな中、令音だけが思考に耽っていた。
「つまり、ヘルヘイムの森とやらがクラックを通って、私たちの世界を侵略しようとしている。そしてインベスは、その先兵という捉え方でいいんだね?」
「ああ。どういう対応を取るにせよ、奴らはこの世界に侵略してくる」
「その存在を知らないよりもマシ、か。取りあえず、その対策も明日に考えましょう。今日はもう疲れたわ」
いかにも疲れたという姿勢の琴里をよそに、戎斗は立ち上がり部屋を出ようとする。
「あら? どうしたの?」
「話し合いが終わったのなら、ここにいる意味はない」
そう言うと、戎斗はさっさと部屋を出て行ってしまう。
協調性をもうちょっとどうにかできないのかと思いつつ、疲れている琴里は追いかけない。
「……なんか、ほんと現実とは思えないな……」
話しに関われなくてほとんど空気だった士道が、ポツリと感想を溢す。
「残念ながら、全部現実なんでしょうね。クラックやインベスは実際に見ているし、ヘルヘイムの森も信憑性が低いとはいえ、嘘を吐く必要もないわけだし。あ、そうだ士道」
「ん? なんだ、琴里」
「今から、士道の訓練始めるから」
「え?」
「もちろん、罰ゲームあるからね」
「うそだろぉぉおおおおおッ!!」
明らかに八つ当たり名琴里の宣告に、士道の嘆きが五河家に響き渡った。