Patron-Tankers Association.
支援者と戦車道の協会。通称PTAと呼ばれる組織の実態は、その名が関する通りに黒森峰戦車道を支える支援組織の事だ。
高価な戦車を取り揃えた黒森峰の貴重な資金源であると同時に生命線でもある。彼の組織がなければ、戦車を動かすことにすら困窮し、練習も満足に出来ない日々が続くことになる。その為、黒森峰戦車道に対する発言力が強く、事ある度に口出しする生徒達から煙たがられているのもまた事実であった。
組織の構成員は、基本的にOG会の親西住流派閥の連中で固められている。それ故にOG会はPTAを通して黒森峰の生徒に指示を送ることが多い。
素晴らしきかな、黒森峰。素晴らしきかな、我が帝国。
砂塵を上げる総数二十輌からなる戦車の大行進は、遠目から見ていても壮観だ。何度も訓練を繰り返しただけあって、陣形に乱れはない。唸りを上げる駆動音、地面を削る履帯音、ハリウッド映画も顔負けの迫力があった。黒森峰女学園の十連覇を飾る西住流の凱旋には、兎にも角にも美しき陣形によるものでなくてはならない。
西住隊長の妹であるみほ殿は、この訓練に否定的な意見をお持ちのようだが意味はある。下手な行軍を晒すことは黒森峰、延いては西住流の誇りを汚すことになりかねない。それは即ちOG会の面子に瑕を付けることと同義だ、黒森峰が笑われるということはOG会が笑われることも同じである。
それは許せない、自尊心が許さない。OG会から黒森峰へ、陣形訓練を多く熟すようにと指令が下されていた。
「随分と西住流に相応しい陣形になって来たじゃないか」
天幕にて、眼鏡を中指で上げながら呟いてみせれば「此処まで鍛えるのに苦労しましたよ」と訓練の指揮を執っていた花谷が得意顔で告げる。彼女もまたOG会における親西住流派閥に属する生徒の一人である。
黒森峰女学園において、西住流とは信仰の名称だ。
西住流が素晴らしい事は認めるが、チーム競技において、個人が持つ武勇なんて高が知れている。個人の戦果が戦術的勝利に勝ることがないように、戦術的勝利が戦略的勝利に勝ることもありえない。
勝利に必要なのは優れた作戦でもなければ、秀でた技術でもない。
相手よりも強い戦車を数多く揃える、これに尽きる。
これが王道、これぞ覇者の戦い方と云うものだ。
今の黒森峰の戦力を以てすれば、馬鹿でも勝てる。圧倒的な質と量で押し潰すだけの簡単な仕事です。
寡兵よく大軍を破る、なんていう用兵家の浪漫は中世時代で品切れだ。
「そう云えば、反西住流の人間はどうなりました?」
花巻の言葉に私は口角を上げて答えてやる。
「あいつらなら軒並み普通科に転科して行きましたよ。彼女達は草チームで戦車道を続けるみたいですよ?」
ああ、笑いが止まらない。くつくつと肩を揺らす。
氷室や鬼塚を慕う反西住流の邪魔な人間を一掃し、残ったのは親西住流か反抗心のない使いやすい人間だ。
最早、黒森峰には我らに逆らえる者は居ない。
黒森峰女学園、戦車道全国高校生大会十連覇の年に生まれた私は、天に選ばれた神の落とし子に違いない。そんな私に与えられた使命とは、黒森峰女学院の十連覇を如何に素晴らしく彩ることに他ならない。
私の手によって、黒森峰女学園は高校戦車道史に名を刻むのだ!
私、富永の名と共にっ!!
勝って当然、勝利は必定! 黒森峰と書いて、常勝と読む!
故に黒森峰に求められる勝利とは、如何に美しく――クールで! スマートに勝つのかが求められているのだ!
さあ、一糸乱れぬ行軍! 統制の取れた砲撃を!
我らの戦いか勝利を飾ることにあらず! 勝利に飾る戦いをするのだ!
黒森峰十連覇の立役者として、西住まほを支えた名参謀として!
素晴らしき富岡による素晴らしい歴史が幕を開ける! 此処から私の輝かしき未来は始まる!
その為に、今日までの黒森峰があったのだ!
これは今から丁度、十年前の話だ。
圧倒的な質と数による蹂躙を味に占めたOG会は
やれ近頃の若い者は根性が足らん、やれ近頃の若い者は忍耐が足りん、私達が優勝した時はああだった、こうだった。そんな益体もない話を延々と聞かせるOG会の厄介なところは今から二十二年前、西住しほが隊長を務めた時代、つまり三連覇を成し遂げた者達が言ってくる点にある。
実績は充分過ぎる程で貢献度も高い、それ故に誰も彼女達を諫めることが出来なかった。
「こころ、食事の時くらい手帳を見る癖を止めたらどうなの?」
黒森峰女学園の食堂にて、格安の定食を前に手帳を捲っているとエリカに咎められてしまった。
私は小さく溜息をひとつ零し、ポケットに手帳をしまった後で両手を合わせる。四人席の向かい側には、逸見エリカと楼レイラ、そして私の隣には茨城
そして息が合っているのかいないのか、テーブルに並べられた食事が被った事は一度もなかった。
エリカは定食にハンバーグが付いてる時だけ定食を頼み、ない時はパスタなんかを好んで食べている。レイラは体重を気にしているのかカロリーの少ない食事を選ぶことが多く、
エリカはナイフとフォークでハンバーグを切り分けながら、それにしても、と溜息混じりに告げる。
「Ⅱ号戦車は中等部に引き渡されていたのは知ってたけど、まさか1号戦車が残っているとは思わなかったわよ」
私が西住まほに根回しを済ませた後、私達は廃棄予定の戦車をまとめて置かれた旧倉庫へと足を運んでいた。
そこには思っていた以上の戦車が乱雑に詰め込まれており、状態は酷く、使えそうな部品のほとんどが抜かれた状態で放置されていた。それでも、なんとか使えそうな戦車はないかと探索を進めている内に、ほぼ最奥の場所にて、整備するだけで直ぐに使えそうな戦車を二輌も発見したのだ。それが1号戦車、戦車の内壁に刻まれた文字を読み解くに、今から二十五年以上も前の代物だと発覚している。
ただまあ修理や整備云々よりも廃棄戦車を乱雑に押し込んだ倉庫の最奥から取り出す方が苦労しそうな有様だった。
「辛うじて使えそうな部品を掻き集めて、ようやく使えそうなのは一輌だけだったね〜」
レイラはプチトマトの刺さったフォークを振りながら残念そうに溜息を零す。
1号戦車を見つけた後、懐中電灯を片手に使えそうな部品を手分けして探し続けること丸一日。情報を共有して、辛うじて組み立てられそうな戦車は一輌分だけだった。基本はⅢ号戦車、何型になるかはレストアを始めるまで分からない。たぶん足りない戦車も出て来るだろうし、ニコイチどころでは済まないツギハギ戦車になる予定だ。
とりあえず中等部から戦車を借りて、旧倉庫から必要な部品を引っ張り出すとエリカは言っていた。あとで旧倉庫の廃棄戦車を整理するという名目で他所から重機を借りれないか西住隊長に相談してみるか。親子丼をぺろりと平らげた兵衛が満足げにお腹を撫でながら「裏側の壁を壊せば手っ取り早くない?」と提案してきた、物騒過ぎない?
兵衛の裏壁破壊案は、やることやってから。ということで話を決める。
「あ、みほ隊長だ」
不意にレイラが口を開いた。
振り返ると、定食が乗ったトレイを両手に持った少女がおどおどと周りを見渡している姿があった。
彼女は確か西住みほ、西住隊長の妹だ。
「元隊長よ、今は隊長じゃないわ」
エリカは不機嫌そうに吐き捨てる。
そういえば昨年の黒森峰中等部では、彼女が隊長を務めていたのだったか。
なんだか気弱で頼りなさそうな子だと思った。
友達も居ないのか、ずっと周りをキョロキョロと見渡している。
「声を掛けなくても良いの?」というレイラの問いかける。
「いらないわよ」とエリカが素っ気なく答える。
暫く彼女の様子を横目に窺っていると卑しい笑みを浮かべた三人組が食堂に現れた。
あの先頭の眼鏡面は確か、富永だったか。黒森峰学園戦車道科二年生彼氏なし、PTAに所属するOG会幹部の娘。なんかエリートっぽい雰囲気を漂わせようと頑張っているが、親の権威を笠に着る物腰に戦車道科の生徒達からの評判は悪い。PTAからは指示を受けるだけで、あまり自分の頭で動くことをしようとしない――というよりも、親から派手な行動をしないように言い付けられていると言った方が正しいか。鎖犬隊を自称する、どうしようもない奴らだってことは確かだ。
彼女は西住妹に一言、二言と言葉を交わした後で富永は軽く周囲を見渡した後、眼鏡越しの双眸は私達を捉えた。卑しい笑みを浮かべながらコツコツとわざとらしく足音を立てながら近付いてくる。
エリカは黙々とハンバーグを口に運んでおり、兵衛は眠たそうに欠伸する。あたふたしているのはレイラだけだった。
「貴女達、席を譲りなさい。ここは西住の方がお使いになられる」
「…………」
そして私達は全員で無視を決め込んだ。
「聞こえなかったの?」
「聞こえているわ」
富永の威圧的な口調に反応を示したのは、エリカだ。しかし彼女の目に写っているのは、富永ではなくて西住妹である。
「随分な御身分ね、みほ。貴女は何時から人を使うことを覚えたのかしら?」
「……っ!」
挑発的な物言いに西住妹が下唇を噛み締める。
ポケットに手を入れる。御守りでも入れているのか、ギュウッと握り締めているのがわかった。
「まあ構わないよ」と兵衛は席を立った。
意外だな、と思っていると彼女は隣の机から椅子をひとつ持って来て、それを机の一辺に置いてみせる。
エリカが嫌そうに表情を歪めるが、咎めはしない。
「此処なら空いている。いやはや、中学全国大会で優勝したチームの隊長と御同伴できるのは光栄だよ」
「……貴女、私の言っている意味が理解できなかったのですか?」
ピクピクと顔を引き攣らせる富永に、兵衛は鼻で笑って返してみせる。
「悪いなあ、富永さん。なんと、この机は五人用なんだよ」
その兵衛の対応にエリカが堪えきれずにくつくつと喉を鳴らした。
ドン! と拳が机に叩きつけられる。富永が私達を睨みつける、それで怯えたのはレイラだけだ。
静まり返る食堂内に兵衛は困ったように肩を竦めてみせる。
「ああ、悪かったよ。そんなにこの机が使いたいなんて思っていなかったんだ。何かのジンクスだったりするのかな?」
失敬、と兵衛が席を立つと続いてエリカもトレイを手に腰を上げる。レイラも慌てて、といった様子で立ち上がったので、私も彼女達に続くように椅子から腰を上げた。
「それじゃあ、みほ。あっちの方で一緒に食べようか?」
神経も図太ければ、コミュ力もたっけえなあ! これには流石の西住流も、あうあう、とたじろいでいる。
「貴女、この方が誰と存じています?」
富永が青筋を立てながら、されとも貼り付けた笑みで冷静を保とうと荒い息を零す。
「貴女、如きが、馴れ馴れしく、名前で、呼んで、良い、相手ではない!」
「……西住隊長と被ると思って名前で呼んでみたけど、駄目だったかな?」
「えっ? えっと……ううん、大丈夫だよ」
西住妹が首を横に振れば、なら良かった。と爽やかな笑顔を浮かべてみせる。代わって握り締めた拳を震わせるのは富永、今にも襲い掛からんという剣幕で兵衛のこと睨みつけた。
「良い機会だし、友達になってくれないかな?」
「友達? 友達……私と友達になってくれるの?」
「そう言ってるよ」
西住妹がにへらと笑みを零す。この表情を見て、この子って基本はボッチなんだな。と妙な親近感を覚える。
「いけません、それはいけません。西住殿」
兵衛と西住妹の間に割って入るのは富永、西住妹を庇うように立ち塞がった。
「貴女と私達とでは産まれが違うのですよ、お分かりですか?」
「そうだね、君達と私達とでは分かり合うのは難しそうだ――みほ、君はどちらと一緒に学園生活を送りたいのかな?」
兵衛の言葉に僅かに身を揺らしたのはエリカ、この騒動が起きてからずっと憮然とした顔になっている。みほは私達と富永達を見比べて、俯き、そして意を決したように顔を上げて――しかし、エリカと視線が合ったところで萎れてしまった。
「……ありがとう、誘ってくれて」
でも、と言葉を紡ぐ前に「よし、わかった!」と兵衛は強引に西住妹の手を取る。
「礼を言われるまでもない、誘った甲斐があるというものさ」
西住妹の手を引いて強引に食堂を出ようとする兵衛に、エリカは大きく溜息を零して後を追いかけた。
エリカが続けばレイラも倣う、友達三人が食堂を出るなら私も追いかけざる得ない。
「待て、待ちなさい! 待てと言っているッ!」
しかし、それで富永達が納得するはずもなく、彼女の二人の取り巻きが私達の行く先を阻んだ。
力尽くでも止めてやる。という気配に兵衛は、ふむ、と周囲に視線を巡らせた。
私もまた、身構える。とりあえず西住妹に危害が及ばないようにしておかなくてはならない。
「兵衛、これ以上の御節介は止めなさい」
言ったのはエリカ、彼女は無愛想な面構えで虹すみ妹を真正面から見据えて告げる。
「貴女はどうしたいのよ?」
西住妹の視線が揺れる。
助けを求めるように兵衛、私、レイラ――そして、再び兵衛と視線が合ったところで、小さな友人は力強く頷き返す。
こくり、と西住妹の喉が動いた。しっかりとエリカの目を見て口を開いた。
「私も、一緒に……行っても良い……かな?」
「そこまで言ったなら、きちんと良いなさいよ」
「あはは……」
うん、うん、と西住妹は何度か頷いて、今度こそはっきりと答えた。
「私、もう一度、ちゃんとエリカさんと話したい」
「はあ? なんなのよ、それ」
エリカはツンとした態度を取り、西住妹は誤魔化すように笑ってみせる。
どうやら二人の間には小さくない因縁があるようだ。それもそうか、二人には中等部からのエレベーター組。良し悪しはさておき、少なからず縁はあって然るべきだった。
歯切りしを鳴らす富永を尻目に、私達はみほを連れた五人で食堂を後にする。
黒森峰戦車道が連覇を重ねるに連れて、OG会の口出しも限度を超えたものへとなっていた。
公式戦に使う車種の指定だけならまだしも練習内容や次期隊長の指定、試合メンバーにまで指示を下すようになる。
この事で不満が表出したのが、私の三つ上の世代……氷室前隊長の時代になる。彼女は西住流からの脱却を公言していた。強かで頭が切れる人物であり、彼女の腹心とも呼べる鬼塚前副隊長の人望もあって、黒森峰戦車道は一時的にOG会からの支配から逃れる事に成功する。
実際、二人の対応にOG会はほとほと手を焼かされる。
西住流に頼らない独自の戦法で全国大会に優勝した事もあり、OG会における親西住流派閥は力を大きく削がれることになった。
とはいえOG会もただ黙って指を咥えていた訳ではない。
この時、黒森峰中等部には西住流次期家元の娘、西住まほが在籍していた。
黒森峰の衰えつつある西住流の威光を取り戻す為、OG会は西住まほを担ぐ事を決めたのだ。
目的が決まってからのOG会は実に早かった。
氷室前隊長に勘付かれる前に水面下で強かに動き、その結果として、まだ二年生の西住まほを隊長にしてしまったのだ。この騒動により、次期隊長として内定していた一人の少女が転科させられる事になり、そのまま転校してしまった。
また此度の横暴には生徒達も反発が強く、多くの生徒が戦車道から離れる事になる。
練度が低い、これでは取れる戦術も限られる。
信頼できる仲間から渡された資料に目を通した結果、分かったのは現状の黒森峰に往年の練度の高さは引き継がれていないという事だった。椅子に体重を傾ける。さて、どうしたものか。と小さく溜息を零す。
此処は隊長室、コンコンと扉がノックされたので姿勢を正して「入って良いぞ」と答える。
「……お姉ちゃん」
「みほか、どうしたんだ?」
何時からか大人しくなった妹が、今日はほんのりと機嫌が良さそうだった。
「お姉ちゃんが心配で……今、何やってたの?」
「全国大会の選抜の為に生徒の情報を読み込んでいたんだ。しかし、うん、やはり私には新入生全てを把握することは難しそうだな」
「もう……駄目だよ、お姉ちゃん。私でも出来たんだから」
そうは言っても百人以上居る新入生全ての顔と名前を覚えるのは骨が折れる。でも妹のみほは一月もしない内に覚えていたんだったか――なんとなしに具合が悪かったので適当に話題を切り替えることにする。
「そういえば、みほ。なにか良いことあったのか?」
「急にどうしたの?」
「いや、なんとなく嬉しそうに見えたからな」
ん〜、とみほは可愛らしく考え込む仕草を見せた後、たぶんあれかな、と笑みを浮かべて少し嬉しそうに答える。
「私、友達ができたよ。お姉ちゃん」
「友達? 中等部からの付き合いはないのか?」
「付き合いはあるけど、友達と云える子は居なかったかな?」
少し照れ臭そうに頰を掻いてみせる。
そうか、友達が居なかったのか。私が抜けた後の中等部では寂しい思いをさせて居たのかも知れない。
思えば私がまだ中等部に居た頃、ずっとみほが近くに居たような気がする。
「そうか、良かったな」
「うん!」
幸せそうに頷くみほの姿に私も嬉しくなる。
それにしても、友達か。私にも友達が……あれ、友達? 私に、友達?
とも……だち……?
「お姉ちゃん、どうしたの? 急に顔色が悪くなったけど?」
「……いや、なんでもない。ちょっと明日までにしなくちゃいけない仕事があるから先に帰っててくれないか?」
「え? うん、良いけど……手伝おうか?」
「いや、良い。お前の手を煩わせるようなものでもないさ」
「なら良いけど……」
渋々と心配そうに私を見つめながら隊長室を去ろうとする妹に、私は笑みを浮かべて答える。
「みほ、その友達を大事にするんだぞ」
「うん、わかってる。お姉ちゃん、無理しないでね」
パタンと扉が閉じるのを確認して、私は机に突っ伏して頭を抱える。
悲報、私、西住まほには友達が居なかった。