幼い頃、周りにある全てがキラキラと輝いて見えた。
それは道端に転がった綺麗な形をした石だったり、公園の中にある砂場やジャングルジム。街中で偶に顔を合わせる名物猫を追いかける。路地裏に続く道、その先にある開けた景色は小さな冒険譚だ。私は何時も服を汚して帰って来るような子だったから、母は何時もしかめっ面で出迎える。素敵な絵本よりも図鑑を、可愛い衣服や人形よりもディアゴスティーニの模型を強請っていた。
私はデジタルなSF世界よりも階差機関を用いたスチームパンクを好んだ。
指抜きの手袋に長靴を履いて、全身に皮ベルトを巻き付けては水泳の授業で使うゴーグルを嵌めてドヤ顔を決める。小学生の時から私は重厚な鉄と油に浪漫を抱き、無駄に革ベルトを増やしたゴスロリ衣装が好きだった。そんな私が間近で戦車が走っているのを見た時、その腹の底まで響く履帯とエンジンの振動に惚れ込んでしまったのは必然だったのだと思う。
私の戦車歴は長い。小学二年生の時から地元にある戦車道の草チームに紛れ込み、その時から戦車の中に乗せて貰っていた。弾薬とかは危ないから扱わせて貰えなかったけど、高校生のお姉さんの膝上で戦車を操縦した経験もある。
戦車に関する資料は当時、草チームのメンバーから見せて貰っていた。
私はキラキラしたものを見るのが好きだった。
何時からか機械や計器の類は見慣れたものへと成り果て、色褪せて見えるようになった。指抜きの手袋や無駄に数を増やした革ベルトは押入れの奥にしまい込んだ。今もスチームパンクは好きだ。でも、昔のように無作為な情熱を燃やす真似はしなくなった。好奇心のままに振り撒いていた興味や関心は、何時しか人そのものへと向けられるようになる。
西住しほ、それが今ある私の原点だ。昔の映像、3:4比の荒い解像度。西住流の軌跡と銘打たれた番組にて、戦車のキューポラから指揮を飛ばす西住しほの凛とした姿に私は見惚れてしまった。
まるで、それは物語の主人公のように眩く輝いていて――彼ら、彼女らを見ていると凡人の私とは生きている世界も、見えている景色も違うんだなって思い知らされる。そうして当然と云うか、そうしなくてはならないと云うか、彼女達は常に生命エネルギーと呼べるものを燃やしながら生きている。常人では長くは耐えきれない熱量の中に自分を置き続けることができる限られた人類、魂を燃やし続けても底が尽きない生命力の塊。人間が持つ意志の強さが黄金のような、もしくは漆黒に似た輝きを放つのだ。
それ以来、私はキラキラと輝いている人間の観察が趣味になった。
黒森峰女学園、旧戦車倉庫にて。
戦車倉庫の最奥に眠っていた二輌のⅠ号戦車を救出する際、重機を使わせて貰った事のついでに入り口付近も綺麗にさせて貰った。とは云ってもレストア予定のⅢ号戦車も含めた計3輌の戦車を置く場所を確保しただけに過ぎないが、まあ野晒しにしておくよりかは幾分かマシだろう。
話し合いの結果、Ⅰ号戦車は新入生の共有財産として扱われる事が決定している。
第二次世界大戦までに設計された戦車しか扱ってはならない高校戦車道においても骨董品に等しい戦車ではあったが、やはり使える戦車があるとないとでは天と地ほどの差がある。今までごっこ遊びに勤しんでいた事もあって大いに賑わうことになった。
私達も勘が鈍らない程度にⅠ号戦車に触れながらⅢ号戦車のレストアを進めている。
先ず最初に行ったのは、まだ使えそうな部品を持ち寄る所からだった。
装甲に損傷が少ない戦車を素体に、先ずは車体の錆を取って洗車する。他の戦車から剥ぎ取った砲身や履帯を整備し、なんとか一輌分の部品を持ち寄ることが出来た。「まるでジャンク屋ね」と私が呟けば「偶にネットオークションで見かける継ぎ接ぎ戦車*1って、こうやって売られているのね」とエリカが溜息混じりに答える。「戦車、売るよ!」と意気揚々と言ったのはレイラ、誰も反応しなかった。
昼休みになると、暇なのか西住妹がよく顔を出しに来る。
「まるでボコみたいだあ」
と部品が混入し過ぎて、何型なのか分からなくなったⅢ号戦車を見て目を輝かせる。
西住妹は、ボコられグマのボコという昔に少しだけ流行ったアニメの熱狂的なファンだ。ポケットには、いつも小さなボコぐるみを御守り代わりに入れている。余談になるが
閑話休題、旧戦車倉庫に通い詰めて早一月、状況に変化が訪れる。
他の生徒達がⅠ号戦車を使った練習をしている横で、私達はいつもの面子、いつもの旧戦車倉庫でⅢ号戦車のレストアを進めている。もう七割方は修理を終えており、走らせるだけなら問題のないところまで来ていた。
後は砲身の点検を済ませて、搭載したら戦車として充分に動かすことができる。
「おやおや、ご苦労なことです。これで黒森峰女学園における稼働戦車が一輌増えた、ということですね」
鎖犬隊と書かれた腕章、憎たらしい眼鏡面。彼女の後ろには何時もの二人がおり、今日に関しては更に五人の生徒を付き従えている。
「……富永……先輩…………」
逸見エリカが鋭い目付きで睨み付ける。
この場において、西住妹の姿はない。それは単なる偶然か、それとも西住妹が居ない時を狙ったのか。たぶん後者なんだろう、と当たりを付ける。今日はお姉ちゃんと試合をするんだって昨日、嬉しそうに話していたことを覚えている。
そんなことを考えていると、今にも殴りかからんという気迫を身に纏うエリカの前に一歩、兵衛が歩み出た。
「やあやあ、お勤め御苦労なことですね。今は二、三年生の練習中で忙しいはずですが?」
「我が黒森峰は優秀なので、我々が居なくとも練習に支障は出ないんですよ」
「いえ、黒森峰の先輩方の心配はしておりません。貴女方の練習に不備はないのですか、と聞いているのです」
相変わらず、メンタルが強いことでして……
大人数を相手にしても一歩も引かず、真っ向から挑発する彼女の姿に苦笑する。
「先輩を愚弄する発言……痛めつけることも可能なのですが?」
「やれるものならやると良い。その時は、これを引っ張らせてもらうよ」
兵衛は後ろポケットから防犯ブザーを取り出し、その紐を摘まみ取る。
「……ここは周りから離れているので聞こえるとは思えないのですが?」
「近頃の防犯ブザーは便利でね、位置情報も発信してくれるようにできているんだよ」
「ハッタリでしょう?」
「なら試してみると良い、私はどちらでも構わない」
富永は中指で眼鏡を直し、大きく溜息を零す。
「まあ良いです」と一言だけ零し「我々の御役目は、そのⅢ号戦車の回収にあります」と片手で仲間達に合図を送った。
統率された動きでⅢ号戦車を囲う上級生達に「えっ、なになに!? なにこれ!?」と悲鳴を上げる。そんなレイラはあっけなく捕捉され、エリカもまた後ろ手に拘束される。「……腐ってるわね」とエリカが唾を吐き捨てるように言ってやれば「先輩にそんな口を叩くと試合に出れませんよ?」と富永は勝ち誇った笑みを浮かべてみせた。
兵衛はただ黙って、事の成り行きを見守っている。
「黒森峰への貢献をありがとうございます。これで西住流の覚えも良くなることでしょう!」
まあ尤も、と富永は付け加える。
「私達の手柄、として報告させて頂きますがね? 反抗的な一年生に手伝わせた、とでも言っておきましょうか」
レイラ、エリカの二人が旧戦車倉庫の外へと連れ出されようとしていた。
兵衛だけは抵抗をしているのか、二人掛かりで動かそうとする先輩を相手に手を出さず、堪えるように突っ立っている。
そして、私の肩にも先輩様の手が乗せられた。
私は凡愚で臆病者だ、まるで物語の主人公のように強く輝く光に群がる街灯蛾と大差ない存在である。
きっと私を主人公にした物語をネット上に置かれても、お気に入りは二桁にも届かず、感想なんて一つも付けば良い方だ。モブと変わらぬ存在感、居ても居なくても構わない。あの時の西住しほのような英雄になりうる者達の活躍を間近で見たいだけの端役だが、それでも浪漫というものは心得ている。英雄になり得る者達が、こんなところで挫折を味わうのは面白くない。
手札はある。確か、こういう時に相応しい台詞があったはずだ。
「
私は先輩様の手を払って、どや顔を決め込んだ。
「……ふふん、良い気分ですね」
鼻で笑ってやると、唯一堪えていた兵衛が力を抜いて両手を上げる。
やめてくれよ。私に全部、投げるとか責任重大じゃん。プレッシャー半端ないっすよ。
富永は不機嫌に表情を歪ませた後、取り繕うように笑みを作る。
「これはPTAの意思、強いてはOG会の指示。黒森峰の総意に基づく行動であります」
つまり、と演技がかった仕草で大げさに声を荒げる。
「貴女の行動は彼の西住流に対する反逆行為となるのですが!! ……本当によろしいのですね?」
なるほど、私が言い負かされるとそういう事になるのか。
チラリと横目に兵衛を見れば、ぶちかましてやれ、と兵衛は笑って顎を動かした。
エリカは懐疑的な目で、じいっと私の事を見つめてくる。
大丈夫なんでしょうね? たぶん、大丈夫っす。
アイコンタクトも程々に改めて富永に向き直る。
綻びは見えた。しかし取り繕ったとは思えない富永の自信満々な笑みに、少しだけ気圧される。
ギュッと拳を握り締めて、もう引っ込みつかないと覚悟を決める。
「この件、西住隊長は掌握されていますよ?」
最初の段階で、私の方から伝えておきましたので。と付け加える。
この事にレイラは驚き、エリカはジトッとした目を私に向ける。兵衛は愉快そうに笑みを浮かべていた。
どよめくのは鎖犬隊以外の先輩方、しかし富永は片手を上げるだけで身内を制する。
「本件はPTAの意思、強いてはOG会の指示。と言いましたが?」
「私達は西住隊長から許可を貰っています――――」
私は間髪入れず、言葉を続ける。
「――貴女達のいう西住流とは一体全体、誰のことを云うのです?」
流石にPTAやOG会の事とは言えまい。
富永は黙り込み、そして中指で眼鏡の位置を直しながら考え込む仕草を見せる。
大きく息を吐き捨てた後で、それでは、とゆっくりと口を開いた。
「貴女方、新入生にはもう戦車を貸し出すことをやめましょう」
「えっ、そんな……!」と反応したのはレイラで、富永は愉悦に口角を上げて続ける。
「だって、そうでしょう?」
富永は勝利を確信したように、笑みを深める。
「新入生にはもう練習用の戦車がある。となれば、二、三年生の戦車は次の全国大会十連覇に向けて使わせてもらうのが合理的かつ効率的というものですよ」
なるほど。こういう連中がのさぼれば、反西住流の派閥も生まれる訳だ。
エリカを見やり、そして兵衛を見やる。
二人とも黙って頷き返してくれたから、このまま引き下がらないと決めた。
「酷い先輩も居たものですね」
「これは貴方達の選択ですよ」
眼鏡越しに富永の目が鋭く私を射貫いた。から、私も豪胆に笑みを浮かべて応えてやる。
ふん、と富永は不機嫌そうに鼻を鳴らして仲間達を引き上げさせた。
とりあえず、この場は凌いだか。安堵している暇はない。
鎖犬隊を見届けた後、私はこの場を三人に任せて倉庫裏の広場まで駆け出した。
「て、てぇへんだ! てぇへんだ!」
戦車倉庫裏の広場にて、
Ⅰ号戦車を使った訓練をしていると
彼女は逸見エリカや茨城白兵衛、最近では西住隊長の妹である西住みほと一緒に居ることが多くて――三人と比べると影が薄いというか、あまり印象に残らない人物だった。
その彼女の汗だくで尋常じゃない様子に私達、新入生組はどよめいた。
私達は彼女に対して、借りがある。
というのも戦車を使った練習のできない新入生の為にⅠ号戦車を見つけ出し、それを独り占めせずに解放したのは彼女達なのだ。まだ戦車の数は足りてないけども、それでも自分達で管理できる戦車に新入生は皆、歓喜の声を上げた。今はⅢ号戦車をレストア中で「これで上級生の鼻を明かしてやるんだ」と兵衛が意気込んでいたのを覚えている。
そんな彼女達の一人の慌てた様子に、全員が意識を向けた。
「えっと、どうしたんです?」
「赤星さん!」
私が声を掛けると彼女は縋るように私の胸を掴み、震える声で叫んだ。
「あいつらが
「え……っ?」
動揺して声が詰まった私に代わって、後ろから様々な声が上がった。
「なんですって!?」
「ふざけるな!」
「整備ばかりで全然、戦車を使った練習をさせてくれない癖に!」
「これなら草チームにでも行った方が為になるわよ!」
「ほんっと、上級生は好き勝手やって……ッ!」
その怒りを露にする声を背に受け止めて、赤池がゆっくりと顔を上げる。
あれ? 赤池の口元が今、笑っていたような?
しかし、気のせいだったのか。赤池は悲痛な顔で歯を食い縛りながら皆に答える。
「許せない……
あいつらか! と新入生の一人が叫んだ。
「西住流の威を借る女狐め!」
飛び出した言葉に「そうよ、あいつらは西住流を騙っているのよ!」と赤池が被せる。
「私が夢見た西住流はこんなんじゃない……西住流を穢しやがって……許せない!」
震えた声は演技に見えない、その殺意に思わず息を飲んだ。身震いするほどの激情を放っていた彼女は、はっ、と目に正気の色を取り戻して顔を上げる。
そして握り締めた手を開いて私達に訴える。
「あいつらが来るかも知れないけど、西住隊長には既に話は通してるから安心して! それじゃあ私、この事を今から隊長に伝えてくるから!」
強気の笑顔を浮かべた姿に皆が強い意志を込めて、頷き返した。
走り去る彼女、その数分後に犬鎖隊の腕章をした一人が私達の元に訪れる。
確か彼女は花巻先輩だったか。
「これから先、新入生に戦車を貸し出すことはなくなった。それもこれも全て……」
しかしもう皆の意思は固まっていた。
「
「はあっ!? 何を言って……Ⅰ号戦車如き……」
「ふざけるなよ! 西住流、いえ! OG会の犬め! PTAの手先め!」
「おい、ちょっと待てって……!」
「帰れ! 私達の戦車を守るんだ! Ⅰ号戦車、装填よーし!」
「撃っちゃえーっ!!」
砲撃音が鳴り響いた。
勿論、人を狙って撃っちゃいなかったが威嚇には十分だったようで鎖犬隊の方々は、ほうほうの体で逃げ出す他になかった。
新入生の仲間達が勝利の歓声を上げる中で、私はひとり額に手を打ち付ける。
あゝ、これはもう大事になる予感しかしない。
簡易人物紹介
・逸見エリカ(現一年生。原作開始時、二年生)
作品毎にキャラクターの変化が激しいけど、なんとなしにどの作品でもエリカっぽさが残る不思議な子。
フェイズエリカでは中等部の頃から黒森峰に所属しているが、プラウダ戦記では高等部で初めて入学したっぽい。本作では、黒森峰入学は中等部ということにしている。
また当作でのキャラ付けは、アニメ四割、フェイズエリカ三割、リボンの武者二割、プラウダ戦記一割、といった割合になってる。