異世界でパン屋をしたら英雄と呼ばれた件   作:紅乃 晴@小説アカ

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今日も今日とてパン作りだ!!(最終回)

 

 

 

フェルデニア大陸。

 

中央を隔てるように聳えるイオニア山脈から東側に位置する人族の領土に訪れた最大の危機は、西側からイオニア山脈を超えて東側へ侵攻してきた魔王軍が進軍を停止し、急遽撤退を開始したことにより終局を迎えた。

 

この早馬の連絡は領土を侵略される一歩手前であったエヴロビ連邦と、その北側に位置するアスレニア大国を大いに揺さぶった。

 

勇者による魔王討伐の面も大きく作用したのだろうが、分岐点となったのは間違い無くこの出来事である。

 

政庁で政を仕切る政治家や陰謀屋たちは、魔王軍の転進に驚きを隠せず、侵略による物的な被害の解消に安堵の様相を浮かべていたようだ。

 

パンで世界を救った英雄。

 

後世で語られる歴史の真実は、持って余るほどのパンと身一つで侵攻する魔王軍へ撤退交渉に赴いた一人の男によってもたらされたのだ。

 

その男は、武勇に秀でるわけもなく、政治に秀でるわけでもなかった。どちらかと言えば、政治を司る者たちにとって悩みの種。利益や利権を簡単に手放してしまう無欲な男であった。

 

しかし、その男はたった一つの事で、散らばっていた国をまとめ上げた。領土問題などで頻繁に対立するアスレニア大国とエヴロビ連邦の間で唯一無二、揺らぎのない文化協定を締結させ、その二国の食文化に多大なる進歩と影響を与えたのだ。

 

力で制するわけでも、知性で制するわけでもなく。人族にも魔族にも平等に。

 

彼はパンを作り続けるという、たったひとつのことで偉業を成した。

 

その功績は、アスレニア大国、エヴロビ連邦はもちろん、西側に住む多くの魔族からも英雄として語り継がれている

 

パンを作り、パンを伝え、そしてパンで世界を救った。後の世で、英雄と讃えられる男。

 

彼の最期は自らの命を引き換えにしたもので、黒騎士に斬られながらも、俺の生み出したパンを食って笑えと言い、この世を去った。

 

彼がパンの聖地であるアンゼの街で三日間に渡って作り続けられたパンを食した魔王軍は、彼の残した功績と信念に敬意を払って撤退したとも伝えられている。

 

今でも、アンゼの街では年に一度、春のパン祭りとして三日間に渡りパンが作り続けられるというしきたりが残り続けている。

 

そんな歴史的な英雄である彼は常々、そして最期の時までこう言った。

 

 

 

〝俺はただのパン職人である〟、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏やかな風が夜明け前の厨房へと流れ込んでくる。石積みの立派なオーブンは充分に火が灯っていて、二階建ての家屋の一階から飛び出た形で作られた厨房の煙突から白い煙が緩やかに上がっている。

 

板っぱりの窓を開けてつっかえ棒を置く。ガラス窓も勧められたが、この窓に慣れてしまった。風通しもよく、湿度も良好。

 

今日も絶好のパン作り日和だ。

 

土壌の問題で小麦の収穫は困難とされていた土地であるが、焼畑による灰を土と混ぜ合わせたり、西側に住む家畜動物の糞尿から生成した肥料を撒いたり、まずは土の影響を受けにくい根菜類から作って土の栄養サイクルを回したりと試行錯誤をした結果、小麦の栽培になんとか成功できる土の確保に成功した。

 

と言っても、まだまだ改良の余地がある上に、開墾面積も少ない。ライ麦畑の一角に小麦畑がある状態。小麦粉として収穫しても一回の収穫で作れる小麦パンは一ヶ月分程度しか確保はできない。

 

よって、小麦パンは催事の時または王家などの献上品として用意される時くらいしか焼かないようにしている。将来的にはライ麦と同じ程度の生産体制を整えたいところだが、まだまだ問題は山積みだ。

 

朝日が登り始めた頃合いで、すでに発酵を終えたライ麦生地をオーブンへと投入。続いて、ほかのパンの準備に取り掛かっていく。

 

といっても、ライ麦パンは店に買いに来るお客さん向けの代物。

 

今から作るものはいわゆる特注品。

 

試行錯誤の末に顧客にも満足してもらえる出来になった代物で、俺がこのパン屋を経営する上で不可欠な商品でもある。

 

岩パン。その名前の時点で人族やエルフなど、食文化が人族のそれと似通ってる者達にとって無機物扱いのものだ。

 

バケツに濾過した水、そして調達した鉱石種を投入。沈殿した質量が重い鉱石のみを使用し、上部は再利用するために分別する。

 

酵母の発酵もへったくれもないのだが、これがなかなかに難しい。水と鉱石種の配分を間違えれば顧客であるゴーレム族や岩鬼族から即座にクレームが飛んでくる。

 

彼らは岩石を主食とするのだが、その舌はかなり肥えている。そして彼らの食文化の影響で、食用とされる鉱石が不足し、西側にいる魔族にとっては一種の社会問題にまで発展しているのだ。そこに目をつけた魔族の長たちが俺に岩鬼族やゴーレム族が満足する且つ、安価で材料も仕入れやすいパンを作って欲しいと依頼が来たのだ。

 

このパンの開発は物凄く難航した。当事者である二種族の美食家に集まってもらい、何度も何度もトライアンドエラーを繰り返した後に出来上がった無機質パンなのである。パンという概念が新たなる可能性の扉を開いたのだ。パンという存在に跪くがいい。

 

さて、作り方はかなり簡略化している。

 

まずは種を二種類用意するところからだ。

 

比較的軽い硬質性を持つ種を練り、そこへ馬鈴薯を収穫した後に取れた豊富な栄養素を含んだ土を投入。ひとまとまりになるまでこねあげて成形し乾かないよう濡れた布を被せて暗所で休ませる。

 

次にもう一つの鉱石種。中身よりも硬度が高いものを使用し、こちらも同じように土を投入、さらにイオニア山脈の麓で取れた粘土も加えてこねる。ある程度整えば綿棒で平たく伸ばし、楕円状に形を整えてゆく。

 

ここで注意しなければならないのがなるべく手早く整形すること。乾き始めると鉱石種が固着し固形化するからだ。

 

さっさと生地を成形して、寝かしておいた軽硬度の生地を包むように丸めてゆく。

 

準備ができたら250度程度の高温オーブンで一時間程度焼く。これで岩パンは完成。香ばしい焼きたてのレンガの香りが漂う。最近、この匂いを嗅いで美味しく焼けたなと思うあたり俺も相当毒されてるように思えてちょっと悲しかったりする。

 

今日依頼が入っているのは、この岩パンだけであるが、多種族から成り立つ魔族向けに用意したパンは他にもたくさんある。

 

ゴースト系の種族には霊気パンに始まり、火酒を好むドワーフ種族にはアルコール度数がカンストしている酒パン。あとは火山に住処を置く火炎龍族に溶岩パンや、氷の精霊族には氷パンなどなど……作り方には癖どころじゃないものがゴロゴロとあるが、それを美味しい美味しいと言って食べてもらえるのだから、研究して制作した甲斐もあったというものだ。

 

……さて、俺は相変わらずパンを作り続けている。

 

場所はフェルデニア大陸の西側、魔族がいる地域。

 

なぜ生きているのか?おめおめと生き延びたのか?そう聞かれたら答えはNOだ。

 

俺は確かにあの時、黒騎士によって殺された。だが、魂は死んでおらず……というより、ショック療法に近い。体は間違いなく死んでいたが、その魂を黒騎士が縛り、そして目が覚めたら俺は魔王の眷属となってしまっていたのだ。

 

魔王の眷属とは、黒騎士や四天王と呼ばれる魔王軍幹部クラスの者たちを指す俗称みたいなものだと、黒騎士からふんわりとした説明をされただけだったが、目覚めた時に隣にいたエルフの女戦士であるフローリアはとんでもない顔をして驚いていた。

 

姿も人間のものとは異なり、年齢を重ねてできた老いは消え、代わりに若かりし日の肌と胆力、そして耳はエルフ特有の尖ったモノになっていた。

 

黒騎士いわく、エルフ王族からの嘆願があり、眷属として俺の体を再構築する際にエルフの性質に寄せたらしい。

 

おかげで老いが悠久のものとなり、外的要因がなければ向こう一千年はピンピン生きられる。それを聞いた時は思わず卒倒しそうになったが。

 

意識をなんとか繋ぎ止めて、俺は黒騎士に問いただした。なぜ俺を魔王の眷属にしたのか、と。魔族に従って人間に反旗を翻すなどまっぴらごめんだと言ったが、黒騎士は悪びれる様子もなくこう返した。

 

 

「たしかに貴様は人族の領内でパン食の技法を広めた訳だが、魔族の領内での技法伝搬はまだであろう?それでは不公平だ。それだと貴様の理に反するのではないか?」

 

 

うむ確かにそうだな、と俺はすぐに納得した。

 

俺がパン技術を伝えて渡り歩いたのはあくまでフェルデニア大陸の東側のみ。西側でやった事といえば、エルフ国内でライ麦の生産安定化と、黒パンの布教くらいだ。そう言われれば俺の信念上、西側の魔族各々にもパンについて伝えて回るのが道理とも言える。

 

そして更に付け加えられた黒騎士の言葉で俺の今後の運命は決定つけられた。

 

 

「それに、魔王は貴様のパンを食して美味いと言っておらんぞ」

 

 

ちなみに、その魔王様は勇者によって討伐され三百年に渡る長き眠りについたらしい。黒騎士や、魔王軍の四天王たちも役目を終えたと言わんばかりにフェルデニア大陸から去っていったようで、取り残された魔王の眷属である俺は再び根無草となってしまった……。

 

というわけにはならず、自由の身となった俺はエルフの女戦士であるフローリアに捕まってそのままエルフ国内に持ち帰られたのだ。

 

正真正銘の同族となったことと、俺の過去の実績からエルフ王家はパン作りについて俺を全面バックアップしてくれることを約束。

 

結果、俺は西側の奥地でパン屋を構えることとなったのだった。

 

 

「む、この焼きたてのレンガのような香り……岩パンができあがったようだな」

 

 

木材のドアを開けて入ってきたのは、女戦士の装束よりも農作業用エプロンが似合うようになったフローリアだった。その手にあるカゴの中には裏の畑で取れた新鮮な葉野菜がこんもりと乗っていた。今日はそれを使って黒パンのサンドイッチを作るらしい。

 

彼女とこの土地に来て、土地を開墾し始めて五十年。

 

フローリアは故郷であるエルフの国を旅立って共に汗水を垂らして、この店を盛り上げてくれた。

 

もともとこの地も種族間の争いで土地が荒れ果てていたのだが、俺が魔王の眷属という立場をフル活用した上に、パンを持って種族の間の問題を取りまとめたのが功を奏して、今では平和条約まで締結される安定した治安となったのだ。やはりパンは偉大なのである。酵母菌が魔王を上回る日も遠くはない。

 

そんな激動の五十年間。

 

フローリアがいたおかげで、俺は魔王の眷属になったという非現実的な事実に思い悩むことなく、あらゆる種族が望むパン作りに没頭できたし、そのサポートがあったからこそ、店の営業もようやく軌道に乗り始めたのだ。

 

今までパンという存在を毛嫌いしていた種族も、この店の常連になってくれているし、毎朝出来立てのパンを求めにやってくる人もいてくれる。

 

オーブンからは香ばしいライ麦粉の香りが立ち上る。蓋を開けて焼き上がったパンを取り出して見た目を確認。うむ、今日もうまくパンが焼けた。

 

今日も今日とて太陽は登る。

 

朝から仕込みを行い、焼き上がったパンたち。これを求めて多くの人がやってくる。西側でも、そして俺がいなくなった人族の世界でも。パンは人々に愛されて、食されてゆくのだろう。

 

 

「さて、今日も元気にパンを焼くか!!」

 

 

 

異世界に転生しパンを作り、傭兵に拉致られパンを作り、そしてエルフに拉致られパンを作り、黒騎士相手にパンを作り続けた俺は、今も元気にパンを焼き続けていく。

 

次の目標は、二百五十年後に目覚めるとされる魔王にブレックファーストと言ってパンを食べさせ、美味いと言わせることだ!

 

 

 

 

 

 

 

異世界でパン屋をしたら英雄と呼ばれた件

 

end

 

 

 

 

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