異世界でパン屋をしたら英雄と呼ばれた件   作:紅乃 晴@小説アカ

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異世界転生?そんなことよりパン作りだ!!

 

エヴロビ連邦。

 

連邦と呼ぶにはあまりにも脆弱な国家体質だったそれは、このアンゼのような街の経済を回すためだけの存在に成り下がっていた。

 

今思えば、俺がアスレニア大国に迷い込まなくて良かったとは思う。あの国は自国民至上主義なので、ハタから見たら異国民でしかない俺はすぐに牢獄行きだっただろう。

 

おまけにこの世界には魔王や魔族もいるという。なんともファンタジーな世界に来てしまったものだ。これあれだ。いわゆる異世界転生ものじゃね?

 

そんな事実に気がついたのは、俺がアンゼの街にようやく慣れ始めた頃だった。

 

 

 

 

 

 

さて。今日もアンゼの街は穏やかな陽気に包まれている。ミューディーのベーカリーショップである住まいに転がり込んだ俺は、勝手知ったる何とやらと言った風に厨房の木製の窓を開いてゆく。

 

ガラス窓なんて高価なものはない。薄っぺらい木の板とつっかえ棒で開く古典的な窓だ。このアンゼという街の技術レベルは中世ヨーロッパ、もしくはそれに似たほどの物で、電子オーブンだとか、ミキサーなど、文明の叡智は存在しない。というか電気もガスも存在しない。

 

かまどは薪を使ってるし、灯りも油を使ったランプだ。しかしパンは作れる。それだけあれば充分だ。俺は諦めていたパン職人の道を再び歩み始めていた。

 

異世界という別の場所で。

 

 

 

 

まずは削り出した木製のボウルに強力粉・薄力粉・砂糖を入れる。塩とイーストは分けて入れるのがポイントだ。

 

このイーストと呼ばれるもの。パン酵母とも呼ばれる材料はパン作りの上で欠かせない代物だ。初めてミューディーに見せてもらったイーストだが、あれは酷いものだった。良い元種を作るには、しっかり強い酵母を起こす事が大切だというのに酵母が弱すぎたのだ。

 

まぁ冷蔵庫も電子レンジもない世界だ。粗悪品が出来るのも仕方がないことだが、パン作りの要であるイーストが絶望的なのは我慢ならない。

 

アンゼの街が北側にあったのが幸いだった。俺はミューディーに頼み込んで西側にあるイオニア山脈…めちゃくちゃ山が連なってる地域へと案内してもらった。そしたら運良く洞窟があり、その奥は夏場でもかなりヒヤリとしている温度なのだ。

 

俺はその洞窟の近くに板っぱりの小屋を作った。穀類の動向を見るために畑の近くに小屋を作って監視するなんてザラにあったので、こういったことも慣れてる。

 

そして準備が整ったので近くにある川から汲んだ水と持ち込んだ酵母液や強力粉、薄力粉などなどでイーストのタネを作り、洞窟内で保存。酵母が起きるまで試行錯誤を繰り返し、とりあえず納得できるイーストを作り上げることに成功した。

 

ボウルに入れたイーストめがけて新鮮な牛乳と水を投入。最初から手で混ぜると酷くくっつくので、木べらや削り出した箸を代用。

 

纏まったらボウルから取り出し、牛乳から作ったバターを練りこんでこねる。

 

更にひとまとめにしてから、ボウルに戻し乾かないよう布を被せて一次発酵。

 

目安時間45分。この一次発酵で生地の大きさは約2倍になる。初めて見た時のミューディーは自分の作ったパンと全然違うと驚いていたっけ。

 

膨らんだ生地から余分な空気を抜き、6等分にし休ませる。時間は15〜20分程度。休ませた生地を棒状に成型。

 

ここから二次発酵となる。目安は同じく45分だ。ミューディーのやり方ではこの時点でオーブンに入れていたらしい。どうりで発酵が足りないわけだ。

 

時間を置いたあとに、表面に薄く牛乳を塗り、予熱した170度のオーブンで、11分〜15分焼く。

 

タイマー?計量器?ねぇよ、そんなの。計量器は木から削り出した試作品を何個も作ってチャレンジしたし、タイマーは振り子時計をアンゼにいる技師のおっちゃんに作ってもらった。

 

しっかりと火を入れ、オーブンから取り出す。こんがりと焼かれたパンからは以前と変わらない香ばしい香りが立っている。うむ、いい出来具合だ。室内の温度管理なんて出来ないので、酵母の立ち具合も日によってまちまちだ。慣れてはきたが、ダメな時もあるのが辛い。

 

今回作ったのはコッペパンだ。そのまま食べてよし、挟んでもよし、サンドしてもよしという優れもの。空いたオーブンに新しい種を突っ込んで、次に食パンの準備に取り掛かる。

 

 

「おはよぉ〜」

 

 

いつもそのタイミングで準備を終えたミューディーが厨房入りだ。出来上がったコッペパンを見て、彼女は倉庫から袋一杯のじゃがいもを持ってくる。

 

ふむ、今日はポテトサラダを挟む気でいるらしい。作り置きしていたマヨネーズを取り出して、ミューディーは手際よくコッペパンに挟む具材を調理していく。

 

このベーカリーで働くようになった当時は、ミューディーが調理場を仕切っていたのだが、今はパン作りに関しては俺が全て任せられている。

 

食パンの種にも薄く牛乳を塗り終えると同時に、コッペパン第二軍が焼き上がる。開店までもう少し。ペースを上げて俺はかまどに生地を入れていく。今日も忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

アンゼの街というより、この世界のパンに関する技術はまだまだ拙い点が多い。ミューディーのベーカリーで売られてるパンが特別不味いわけではない。この味で街一番と言われているほど、技術水準が低いのだ。

 

そんな中で俺が現代のパン技術を用いたものを作ればどうなるか?当然、町の人々はミューディーの店に殺到し、他のパン屋は俺たちの稼ぎを羨む……ということにはならなかった。

 

イーストを完成させてから、俺はミューディーと話し合ってアンゼの街にあるパン屋全てを回ってパン作りの講義を行なったのだ。

 

まずは俺が試作で作ったパンを食べて貰い、納得して貰えば講義を、そうでなければ受けないという方向で。もちろん無償というわけではない。俺の教えたパン作り方法で作ったパンの売上の数%をもらうという約束付きだ。

 

タダで教えるほど安くはないし、タダほど怖いものはないというミューディー提案のもとだ。

 

なんでそんな技術の売り歩きをしたかというと、理由は街全体の利益のためだ。この世界のパン技術に対して、しっかりとしたイーストと製造法で作ったパンは圧倒的な力を見せる。それは街の象徴にもなるし、特産物にもなるだろう。

 

そんなものを俺やミューディーの店が独占なんてしてみろ。あっという間に人手が足りなくなるし、キャパオーバーでそれどころじゃなくなる。

 

そんなわけで緩やかにアンゼの街全体のパン技術の水準を上げることにしたのだ。それがなんとバカ売れ。町の人々は新たなパンを誇りにし、予想通りこの街はパン作りの聖地とまで言われるほどになった。今ではアスレニア大国の商人も買い付けに来るほどだ。

 

そんなこんなで異世界転生してどうなることかと思っていたが、パンを作れるという信念のもとここまで辿り着くことができた。やはり酵母菌は偉大なのだ。崇め奉れ。

 

忙しい日々を過ごし、アンゼの街での暮らしが二年目を迎えた頃。

 

 

 

なぜか俺は連邦政府の政庁に呼び出されていた。

 

え?俺はどうなるの?

 

 

 

 

 

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