異世界でパン屋をしたら英雄と呼ばれた件   作:紅乃 晴@小説アカ

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え、帰れる?そんなことよりパン…

 

 

連作障害という言葉を知っているだろうか?

 

同じ場所に同じ品種を繰り返し育てる際に発生する現象で、土の栄養バランスが崩れることで病気が発生したり、特定の害虫の被害が大きくなったり、発芽しても収穫量が激減したり、奇形の収穫物が多くなったりしてしまうというやつだ。

 

小麦などの穀類はその連作障害が発生しやすい特性を持っている。

 

故に一度小麦を作った畑はしばらく間隔を置かなければならない。米を作っている農家が冬場は田んぼに何も植えないというのも、田んぼを休ませているからだ。

 

エルフ国でライ麦の収穫量が少ない問題は、まさに連作障害だった。

 

そのため、エルフ国では栄養が偏っていたり、十分な食事が摂れないままだったが、長寿であるが故にある程度の栄養失調などは問題視されていなかったのだ。

 

なんと出生率も悪く、幼い年齢…エルフでいうと、0歳から100歳までの死亡率もかなり高いものとなっていた。

 

そんなエルフの食や栄養に対する無頓着さを解消するべく、俺はパンを通じて仲良くなったエルフの女戦士「フローリア」と共に行動を開始。

 

まずは連作障害で痩せ細った畑を放置し、新しい土地を開墾。ライ麦を植える場所を耕した。

 

パンを作る上で重要なのは酵母もそうであるが穀類の材料が重要になってくる。

 

穀類の栄養価次第で甘味や渋み、生地の弾力や硬さ、焼き上がりの香りまでも変わってくる。現代のように安定した小麦粉の供給が有ればさほど気にならないが、異世界ではそうはいかない。

 

アンゼの街にある麦畑も俺がかなり手を加えていた。

 

農業高校や大学で専攻したのはパンの酵母培養と穀類の性質だ。

 

畑にも学校の伝で何度か行ったし、夏には畑を借りて自分で土を作ったり開墾などの手伝いもしてきた。その経験が今になって役に立つとは思わなかったけど。

 

エルフ国でも、土地が死んで耕作放棄されていたスペースが多くあった。

 

雑草や葛の根っこが張り巡らされている土地を耕し、開墾した土地に牛ふん堆肥や草木堆肥、雑草を燃やした草木灰を入れて土作り。

 

油粕や、パン粉、鶏糞などで作った有機肥料もダメ押しで入れ、栄養分を調節。

 

畑を耕し終わったら浅い溝を掘り、ライ麦を等間隔に蒔く。

 

ちなみにライ麦の種まきの時期は春と秋がある。

 

麦とは違い、冬の寒さにも耐性があるからだ。

 

畑を分けることによって春播種用、秋播種用と分けることができるので効率よく収穫できるのだ。

 

収穫までの期間はおおよそ7ヶ月ほどで、春に種を撒けば冬に、秋なら夏本番の前には収穫できる。

 

あとは麦の成長を抑えるために麦踏みをしたりとか、細かい注意点などは多々あるが割愛。そこら辺は農業を営むエルフたちに教えながら進めていった。

 

 

 

当然、パン作りと農業の二足の草鞋状態なのでめちゃくちゃ忙しい。

 

 

 

朝は仕込みがあるから早いし、朝の分の焼き上がりが終わればそのまま農家のあるエリアへ直行。草抜きや害虫駆除、麦の状態を見るといった作業をしてから昼前に戻ってきて朝に仕込んでおいたパンを焼き、そして昼が終われば再び農業へといった具合だ。

 

最初の方は俺の監視でエルフの戦士などもついて来ていたが、三日と持たずに悲鳴を上げて逃げてしまった。

 

今では手伝ってくれるフローリアが一緒にいてくれるくらいだ。

 

エルフの国に住み始めて二年。

 

ライ麦の収穫量も軌道に乗り、ライ麦パンの製造方法も多くのエルフの職人や女性たちに知られるようになった。

 

エルフ国の王家からは感謝され、名誉エルフ族にしてもらい、気がつけば俺はエルフ族の一員となっていた。

 

そんなある日のことだ。

 

 

 

〝お前は人族の国に帰らなくていいのか?〟

 

 

 

そう王族のエルフに言われたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入っていいか?」

 

 

厨房の片付けをしていたところ、木製のドアをノックしてフローリアが入ってきた。

 

道具や食材、ライ麦粉が入った袋なども綺麗に整理されている厨房を眺めて、彼女は息をつく。普段通りの片付けたあと。明日もまたパンを焼いて、香ばしい香りが厨房中に広がるだろう。

 

だが、そのパンを焼くのは俺じゃない。

 

 

「本当に…お前は帰るのか?」

 

 

フローリアが小さく言う。

 

そう。

 

俺は明日になれば元いたエヴロビ連邦のアンゼへ帰るのだ。

 

この厨房は元の持ち主である職人の手に戻ることになるし、パンの作り方は一から十まで全て伝えてある。ここ最近は俺は手を入れず、ずっと職人に任せていたが申し分ないパンを作る技量を教えることができた。

 

ライ麦の農場も春と秋のサイクルで収穫量を安定化させたし、農場の管理もエルフたちがしっかりとできるようになっている。

 

だから、俺が居なくなっても何一つとして困ることはない。

 

 

「ダメなんだ!!」

 

 

フローリアはそう叫んだ。

 

 

「お前の作ったパンじゃなきゃダメなんだ。私が好きなのは…お前がここで、朝からこねあげて作ったパンなんだ…他の誰かが作ったパンでも…全く同じ出来のパンでもダメなんだ…」

 

 

俺と彼女の間には並々ならぬ思いがあった。アスレニア大国に捕虜にされた彼女に食事を渡した時から、エルフ国にきて俺のパン作りでとんでもない行動力を発揮しても彼女だけは着いてきてくれた。

 

故に恩はある。エルフ国で俺が割と自由に生きられたことも、異種族の国でもパンを作り続けることができたのも、そしてこうやってアンゼの街に帰ることができるきっかけをくれたのも、すべてフローリアというエルフの女性のおかげだ。

 

だからこそ、俺はアンゼの街に帰らなければならない。

 

 

「フローリア、俺は帰らなきゃならないんだ」

 

「そんなことない!!ここでパンを焼き続ければ良い!仲間たちも皆、お前のことを…!!」

 

「俺は俺の持てる技術をここにいる職人たちに伝えることができた。それに俺は人だ。エルフと俺じゃ…生きる世界が違いすぎるんだ」

 

 

俺はそう思って、俺の持てる技術のほとんどをエルフ族へ伝えた。技術は〝死なない〟し、〝邪魔にもならない〟からだ。俺の伝えたパン作りの製法や、畑の耕し方、肥料の作り方、酵母の起こし方は後の世に伝えることができる実りあることだ。

 

だが、俺が残れば〝死ぬ〟し、老いて〝邪魔にもなる〟のだ。気のいいエルフや、パン作りに熱中してくれる職人たちの邪魔にはなりたくない。

 

それに、目の前にいる彼女の邪魔にも。

 

 

「フローリア、君のおかげで俺はこうやって伝えることができた。礼を言うよ。だから…俺が伝えたことで幸せになってくれ」

 

 

あの日、俺が彼女にパンを渡したことで、彼女が救われた時と同じように。些細なことかもしれないし、意味のないことかもしれない。それでも、そうやって小さな事で幸せになれることもあるということを、どうか伝えていってほしい。

 

 

「…無理だ。私はお前が生きている間は…きっと幸せになんかなれない」

 

 

だから、ここで一生分の幸せをもらう。そういった彼女は俺の言葉を聞く事なく身を寄せた。

 

月夜が照らす中、俺と彼女の影が重なる。

 

それが俺とフローリアの最後の思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、俺はエルフの魔道士によってアンゼの街へとテレポートさせられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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