Silver Lining ~ BanG Dream Story~   作:おたか丸

41 / 76

 お気に入り登録をしてくれた皆様、ありがとうございます。

 久しぶりの2日連続投稿です。新生活が始まってから亀更新になってしまってますね……出来る限り早めの更新目指して頑張ります。

 そして今回なのですが、ついに1万字をオーバーしてしまいました(11583文字)。なので読みづらいかもしれないことを先にお伝えしておきます。

 それではどうぞ!


第37話 自分を信じて

 

 

 

 

「7年前、俺はこの部屋でオーディションを受けました」

 

 

 少しの沈黙の後、貴嗣君は私達にそう言った。

 

 

「貴嗣君は……俳優さんになりたかったんだね」

「はい。映画に出て、見てくれる人に感動を与える、俳優になるのが夢でした」

「……その夢を叶えるために……貴嗣君は一生懸命努力して……でも……」

「その通りです」

 

 

 貴嗣君は淡々と話す。

 

 

「自分で言うのもなんですが……あの時の俺は、できることは全てやり尽くしました。頑張りはしましたが、俺の夢は叶いませんでした」

「だからさっき貴嗣君は、『努力が必ず報われるわけじゃない』って言ったんだね……」

「夢に向かって努力した経験があったからこそ、山城さんはそう思うようになったんですね」

「はい」

 

 

 麻弥ちゃんの言葉に頷く貴嗣君。

 

 

 貴嗣君は私と似ていた。

 キラキラとした夢があって、そのために必死に努力をした。緊張で頭が真っ白になっちゃうのも、怖くて声が出なくなっちゃうのも、一緒だった。

 

 私はパスパレのボーカルに選ばれたけど……貴嗣君は違った。

 

 

「……」

 

 

 似ている部分が多いのに、私は選ばれて、貴嗣君は選ばれなかった。努力をしたのは私も貴嗣君も一緒なのに……どうしてこんな差が生まれてしまったんだろう。

 

 

「なんで……貴嗣君、頑張ったのに……」

「そんなの簡単です。『実力が足りなかったから』です」

「そ、そんな冷たいこと……」

「ですがこれが現実だし、実際に起こったことです。別に彩さんが気に病む必要なんてない。俺がただもっと頑張れば良かっただけの話です」

「それは……」

 

 

 そんなことないって言いたかったけど、できなかった。「自分がもっと頑張っていれば良かっただけ」っていう貴嗣君の言葉はとても残酷だけど、多分正しかった。

 

 

「これが俺の昔の出来事。この世に無数にいる『努力をしたけど夢を叶えられなかった人間』の、ありきたりな話です」

 

 

 自分の表情がどんどん曇っていくのが分かる。

 

 

「厳しいことを言っているのは分かってます。白鷺さんにキツイことを言われた後にする話じゃないってことも分かってます。それでも彩さんには、『こんな奴もいるんだ』ってことを知って欲しくて、この話をさせてもらいました」

「……」

「彩ちゃん? 大丈夫?」

 

 

 後ろから日菜ちゃんが声を掛けてくれた。いつもの元気な声とは違って、ちょっとしんみりとした声だった。

 

 

「……『そんなことない』って言いたいのに……『努力すれば必ず夢は叶う』って貴嗣君に伝えたいのに……私……心からそう言える自信がない……」

「アヤさん……」

「私には……他にどうやって夢を叶えたらいいのか分からないよ……」

「彩さん……」

 

 

 日菜ちゃんに続いて、麻弥ちゃんとイヴちゃんも私の元に来てくれた。皆私のことを心配してくれているみたいだった。

 

 

「ねえ貴嗣君……私……こんなときどうしたらいいのかな?」

「……」

 

 

 私は貴嗣君に懇願するようにそう言った。

 

 何でもいいから教えて欲しかった。貴嗣君みたいに……努力したけれど夢を叶えられなかった人を目の前にした時……私はなんて言葉をかければ良いんだろう?

 

 

「私は努力することしかできない……でもその努力が報われなかった人に、私はどうやって希望を与えればいいのかな……?」

「何をするべきかとなると……俺は1つしかないと思います」

「……1つ?」

「はい」

 

 

 

 

 

 

「『努力すれば必ず夢は叶う』って言い続けることです」

「「「……えっ?」」」

 

 

 私達の声が綺麗に重なる。貴嗣君が何て言ったのか、一瞬分からなかった。

 

 

「言い……続ける?」

「そうです。言い続けて、信じ続けるんです」

「『努力すれば必ず夢は叶う』って?」

「はい」

 

 

 やっぱり分からなかった。

 皆も不思議そうな顔をしていて、よく分かっていない感じだった。

 

 

「あまり良い話ではありませんが……現実というものは厳しいものです。芸能界は特にそうだと思います。自分のやりたいことばかりやっていれば良いなんてものじゃないです。ですがその厳しい世界にこそ、彩さんのような真っ直ぐな人が必要なんです」

「わ、私……?」

 

 

 微笑みながら真っ直ぐ私を見つめる貴嗣君にそう言われ、ドキッとしてしまった。

 

 

「人ってどんな時に勇気づけられるか? 俺は『信念を持って頑張っている人を見た時』だと思うんです」

「夢を抱いて頑張っている人?」

「そうです。思い出してください、彩さん。彩さんの憧れのアイドルさんを」

「あゆみさんのことを……?」

 

 

 随分前に、貴嗣君にバイトで私の憧れの人であるあゆみさんの話をした。どうやら覚えていてくれていたみたいだった。

 

 

「あゆみさんのどういうところに、彩さんは惹かれましたか?」

「……いつも前向きで、輝いていて、『努力すれば夢は叶う』っていつも信じながら頑張ってて……そんなあゆみさんに私は憧れて――」

 

 

 

 

「――夢を貰えた」

 

 

 …………あっ!

 

 

「そうです。その感覚なんです」

 

 

 貴嗣君の顔が、嬉しそうなものに変わった。

 

 

「俺はあゆみさんという人のことは詳しくないですが……多分あの人はめっちゃ頑張ってきた人なんだと思います。努力を信じて頑張るあゆみさんを見たから、彩さんも『努力すれば夢は叶う』って思えた。キラキラとした『希望』を持てたんです」

「うん……! 私、あゆみさんの頑張る姿をずっと見てきたから……それがすごくキラキラしてて憧れて……希望を持つことができた……!」

「その通りです。そして……」

 

 

 貴嗣君は優しい声で、私に語り掛けた。

 

 

「今度は彩さんの番です。彩さんのその一生懸命努力する姿で、人々に希望を与える番です」

「わ、私が……?」

「彩さんがあゆみさんから勇気を貰ったように、『努力をすれば夢は叶う』と信じて頑張り続ける彩さんの姿は、絶対に多くの人を勇気づけます。厳しい世界でどれだけ辛い思いをしても、自分の信念を貫く人を見たらどう思います? めちゃくちゃ勇気を貰えるでしょ? 『こんなに頑張っている人がいるんだ! 自分も頑張ろう!』って」

 

 

 貴嗣君の言葉を聞いて、どんどん心がポカポカと温かくなってくる。

 

 

「何があっても『努力すれば夢が叶う』って信じるんです。信念をしっかりと持って努力し続ける姿を見せて、私が世界中に希望を届けるんだ、私ならできるんだって、自分自身を信じるんです」

「……うん」

「努力しかできない? 別にいいじゃないですか。努力できること自体がもう立派な武器です。さっきの演奏を思い出してみてください。始めた時と比べたら、すっごく上手になってます。それは紛れもなく、彩さんが努力してきたからです。辛いことや悲しいことがあっても努力してきたからこそ、今の彩さんがあるんです」

「うん……うん……!」

 

 

 

 

 

「彩さんならできる。絶対にできます」

「うん! 私ならできる……絶対にできるっ!」

 

 

 自分に言い聞かせるように言う。すると不思議とさっきまでの不安なモヤモヤが消えていって、どんどん力が湧いてきた。

 

 

「う~ん! 今の彩ちゃんと貴嗣君、るるるんっ♪ って感じ!」

「自分自身を信じる……。すごくシンプルですけど、難しくて深い言葉ですね。山城さんの話を聞いて、ジブンも勉強できました。ありがとうございます」

「すごいです、タカツグさん! 何があっても己を信じるというその考え、とっても感動しました! 素敵です!」

「……うん。皆の言う通り。ありがとう、貴嗣君」

「はい。どういたしまして」

 

 

 そして貴嗣君はいつものように、ニコッと優しい笑みを浮かべた。

 

 

「彩さん」

 

 

 落ち着いた声で、貴嗣君は私の名前を呼んだ。

 

 

「努力が絶対に夢を叶えてくれるわけじゃない。でもだからと言って、努力したって夢は絶対に叶わないと決まったわけじゃないです。例えどれだけ現実が厳しくても、自分の想いを捨てる必要なんてない。最後の瞬間まで自分の想いを大切にして、前に進んでいけばいいんです」

 

 

 優しく笑って、貴嗣君は私を励ましてくれた。この前のバイト帰りの時のように、アイドルを目指す私を彼は勇気づけてくれた。

 

 

「色々あって、俺は夢をあきらめてしまいました。でも今こうやって彩さんの頑張っている姿を見てたら……やっぱり希望を信じてみたいって思うようになりました」

「……!!」

「俺は彩さんの一生懸命努力する姿が好きです。彩さんを見ていると、自分も頑張ろうって気持ちになるからです。そうやって俺に勇気をくれる彩さんは……まさしく“アイドル”だと思います」

「貴嗣君……!!」

「彩さんは人に勇気を与えられるんです。だから自分を信じて、これからも真っ直ぐ進んでほしいです」

 

 

 その言葉を聞いて、嬉しい気持ちが溢れてきた。

 自分の過去の話を通じて、貴嗣君は私に現実の厳しさを伝えてくれた。でもそれは私を困らせるためだとか傷つけるためじゃない。どんな時でも私は「努力すれば夢は必ず叶う」と信じて、これからも前に進んでいけばいいって、背中を押してくれたんだ。

 

 

 

 

 

『ついにデビューするんですね!! おめでとうございます!! 俺、めっちゃ嬉しいです!!』

 

『ほんっっっとおめでとうございます! 俺、何があっても彩さんを応援しますから!』

 

 

 

 

 

 うん。今ようやく気付いた。

 

 あの日から今日までずっと、貴嗣君は私を応援し続けてくれてたんだ。

 

 

「俺はそんな彩さんを、全力で応援したいんです。『どんな人でも、努力をすれば絶対に夢は叶う』っていう彩さんの真っ直ぐな気持ちを、応援させてください」

「うん! もちろんだよ!」

 

 

 グッと拳を握って、ガッツポーズを作る。綺麗な銀色の瞳を見つめて、私は自分の想いを伝える。

 

 

「私頑張る! 貴嗣君にもう一度夢と希望を与えられるように、私もっともっと頑張るね!」

 

 

 貴嗣君の言葉に答えてから、私は皆に声を掛けた。

 

 

「さあ皆! 練習始めよう!」

「オッケー! あたしもそろそろギター弾きたいなーって思ってたところ!」

「ジブンも日菜さんと一緒です! ドラム叩きたくてウズウズしてました!」

「私もです! キーボードをもっと練習して、もっと上手になりたいです!」

「皆ありがとう! じゃあ、楽器の準備をしよっか!」

 

 

 もっと練習して、見てくれる人達に勇気を与えたい。

 

 目の前にいる心優しい彼に、もう1度夢と希望を与えたい――そう心に決めて、私は手にマイクを持った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 次の日。俺はスタッフさんにお願いして、一足先にレッスンルームを使わせてもらっていた。来週やる予定のライブ配信に向けての練習のためだ。大河達は用事があって、今日は遅れて来る予定だ。

 

 今部屋にいるのは俺だけで、パスパレの練習はもう少し先。だからまだ彩さん達も来ていない、完全な自主練だ。

 

 

「……あー、また間違っちまった」

 

 

 レッスンルームに誰もいないことを良いことに、独り言を呟く。何度も練習している苦手なフレーズだが、また間違えてしまった。

 

 手元にあるスコアにどういうミスをしたのかメモをする。赤ペンや青ペン、マーカー等でびっしりとメモが書かれたスコアだ。見づらくはなるが、上達のためにも間違えた部分はその場で絶対に書きこむようにしている。

 

 

「ちょっとこの曲ミスが多いなぁ」

 

 

 実は今持っているスコアは2枚目。最初に印刷したものはメモを書きすぎて余白が無くなってしまった。この2枚目もそろそろヤバイ。

 

 そうやってメモをしてから、すぐに姿勢を直して演奏に戻る。ギターを弾きながら歌っていると、レッスンルームの扉が開く音が聞こえた。

 

 

「お疲れ様、山城君」

「……白鷺さん?」

 

 

 ドアの方を見ると、白鷺さんがいた。思わぬ来客に驚いてしまった。

 

 

「突然ごめんなさいね。部屋の前を通った時に音が聞こえたから、誰が歌っているのか気になって」

「ああ、そういうことでしたか。……今日も仕事ですか?」

「ええ。でももう少し後からよ」

 

 

 どうやら白鷺さんとは特定の空間で、しかも1対1で遭遇する運命みたいだ。他に誰もいない空間でこの人とご対面するのは、正直少し緊張する。だがどういうわけか、今の白鷺さんからは、この前の時のような警戒心は感じられなかった。

 

 

「綺麗な歌声ね」

「えっ?」

 

 

 まさかの白鷺さんからのお褒めの言葉。予想外すぎて、一瞬思考が停止した。

 

 

「まだ仕事まで時間があるの。だからここであなたの練習を見せてもらってもいいかしら?」

「別にいいですけど……自主練だし、今弾いてた曲まだまだ完璧じゃないですよ?」

「それでもいいわ。あなたの歌声、もう少し聞かせて欲しいの」

 

 

 おいおい一体どういうことなんだ。

 白鷺さんって厳しい人じゃなかったのか? 自分にも他人にも厳しい白鷺さんが、こんなに好意的な言葉を掛けてくれるなんて……俺なんか特別なことしたっけ?

 

 とは言っても、断る理由もない。

 

 

「分かりました。じゃあ自由に見ていてください」

「ありがとう。それじゃあここに座っておくわね」

 

 

 白鷺さんは部屋の端の方に置いてある椅子に座った。姿勢良く座っているその姿は、やはり気品がある。

 

 注意を白鷺さんからギターに向けて、俺は演奏を再開した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「彩ちゃんの背中、押してあげたのね」

 

 

 俺と白鷺さんしかいない、2人だけのレッスンルーム。演奏の余韻を味わうように、俺達は沈黙していた。

 

 だが練習を終えて古くなった弦を張り替えていると、白鷺さんが静寂を破った。

 

 

「あなたがどんなことを話したのか、日菜ちゃん達から聞いたわ」

 

 

 昨日俺が彩さん達にした話の内容を、白鷺さんはしっかりと耳に入れていたらしい。流石と言うか何と言うか、芸能界にいると、やはり情報に対しては敏感になるみたいだ。

 

 

「さっき初めてあなたの歌声を生で聞いたけれど……声の出し方や息継ぎが、どう聞いても素人のそれじゃなかった。小さい頃に熱心にレッスンを受けていた証拠ね」

「確かにあの頃先生に教えてもらった技術があるから、今があります。……まあ結果として夢には届きませんでしたが、今はこうやってボーカルをしてますから、あの時の努力は無駄になっていません」

「そうね。……あなたは本当に前向きね」

「ありゃ? そこは『やっぱり甘いわね』って言われるものかと思って身構えていたのに。今日の白鷺さん、なんだか随分優しいですね」

「あら? 山城君は厳しい言葉の方が嬉しかったのかしら?」

「さぁ? どうでしょう?」

 

 

 冗談交じりの言葉を交わす。冗談を言うとどんな反応をするのか気になったのだが、意外にも白鷺さんはノッてくれた。

 

 白鷺さんは笑みを浮かべているが何故だろう、その美しい表情と声からは結構な圧を感じる。うーむ、どうしたものか。

 

 そして自然と会話が無くなって、 2回目の沈黙が生まれた。俺はギターのメンテナンスをして、白鷺さんはそれを見ている。やはり弦の張替えとなると集中してしまい、口数が少なくなってしまう。一切会話がないが、不思議と気まずさや不快感は一切なかった。

 

 

「私はあなたが羨ましいわ」

 

 

 黙って丁寧に弦を弄っていたところで、白鷺さんはゆっくりと呟いた。

 

 

「羨ましい?」

「そうよ。あなたは現実の厳しさを受け入れながらも、物事を前向きに捉えられる。そんなところが……正直少し羨ましいの」

 

 

 手を止めて、ギターから白鷺さんに意識を移す。少し離れたところに座っている白鷺さんは視線をやや下に向けて、困惑の表情を見せていた。

 

 

「私にはそんな風に考えることができないから……つい物事を厳しく考えてしまうから」

「そりゃあ白鷺さんは小さい頃からずっと芸能界で生きてきたんですし、一般人の俺とは考え方が違って当たり前だと思いますよ。それに現実の厳しさを受け入れてって……俺オーディション1回落ちただけですよ? たった1回でそんな大層な――」

「いいえ。違うわ」

 

 

 俺の言葉を、白鷺さんは少し大きな声で遮った。赤紫の瞳から放たれる視線が、一寸のブレなく俺を射抜いている。

 

 

「1回じゃない。あなたは次の年、小学4年生の時に、もう一度この事務所のオーディションを受けている」

 

 

 なんでそのことを知ってるんだ? と一瞬恐怖を感じたが、すぐに答えは見つかった。

 

 

「……真優貴から聞いたんですね」

「詮索したみたいでごめんなさい。昨日の仕事で、真優貴ちゃんからも色々教えてもらったの」

「色々ねぇ。他にどんなこと言ってました?」

「……オーディションに落ちてからも、あなたは養成所に通い続けた。真優貴ちゃんが活躍する姿をテレビで見ながら、自分はただ1人で黙々と努力し続けた」

 

 

 真優貴さんや。

 俺のことは全部喋ってくれて良いし、白鷺さんのことを信頼してるのは良いけど……結構ガッツリ話したのな。

 

 

「輝かしい功績をどんどん打ち立てる真優貴ちゃんと自分を比べて、あなたは強い劣等感を抱いた。けどそれを真優貴ちゃんの身を案じて一切見せずに我慢して、学年が上がってからも演技の練習をし続けた。……あなたのことだから、相当練習したんでしょうね」

「オーディションには落ちましたけどね」

「……そうね」

 

 

 俺の言葉に白鷺さんは心配そうな表情を見せた。やるせない表情は、間違いなく俺に向けられていた。

 

 

「どうしたんですか? 別に白鷺さんがそんな顔する必要ないじゃないですか」

「……辛い気持ちに耐えながら必死に努力して、それでも夢が叶わなかったのよ? ……どうしてそんなに平気そうなの?」

「平気も何も、当たり前のことです。俺は実力が足りなかったから落ちた。真優貴は実力があったから受かった。そんなことに辛いとか嫌だとか思っても、何の意味もないです。これが現実です」

「……そうやって痛い経験をして現実を理解しているのに、どうしてあなたはそんなに努力を続けるの?」

「俺には努力することしかできないからです。努力することができるからです。それに――」

 

 

 俺は口を動かしつつ、視線と意識を白鷺さんから手元のギターに移す。

 

 

「――前も言いましたが、努力で得た経験や知識は絶対に無駄になりません。例え夢や目標が達成できなかったとしても、努力する過程で味わった痛みや身に着けた知識技能は、不思議なことに絶対にどこかで繋がる、後で活きてくるんです」

 

 

 普段自分が大切にしている考えを――父さんから教わった大切なことを、白鷺さんに伝える。オーディションに落ちた日の夜、部屋で1人泣いていた俺を、父さんは優しく抱きしめてくれた。

 

 

 

 

 

『よう頑張ったな~貴嗣。パパは貴嗣が勇気だしてオーディション頑張ったの、めっちゃ嬉しいで。ほんまによう頑張ったなぁ』

『……っ……パパ……』

『努力が報われへんのって、めっちゃ辛くて苦しくて、悲しいやろ? しんどいやろ?』

『……うん……っ……嫌や……しんどいよぉ……』

『うんうん。貴嗣がしんどいの、パパはちゃんと分かってるで。でもな貴嗣、今日まで頑張ってきたことは、絶対に無駄にならへん』

『……えっ?』

『貴嗣が頑張って身に着けた演技の仕方とか歌い方っていうのは、貴嗣がこの先生きていく中で、いつか絶対に役に立つ。だから貴嗣の努力は、絶対に無駄にならへん』

『……っ……そう……なの……?』

『今はまだ分からくていい。でもいつかはきっと、夢に向かって頑張って良かったなーって思える日が来る。それに何よりも――』

『?』

『いっぱい泣いたことがある人はな、その分誰かに優しくなれる。だからそんな泣くの我慢せんでいい。泣くのは悪いことじゃないから、今はいっぱい泣いとき』

 

 

 

 

 

 

 あの時父さんにどれだけ救われたことか。父さんが道を示してくれたから今まで頑張ってこれたし、俺はこうやって友達とバンドを組んで、色んな人達と関われているんだと思う。

 

 

「そんな風に考えられるの、やっぱり羨ましいわ。私には……とても難しい」

「別にそれでいいじゃないですか。物事を厳しく見てしまうって、悪いことばかりじゃないと思いますよ」

「……例えば?」

「例えば……そうですね、厳しく世の中を見ている分、リスクのある選択肢は取らない。そうすれば失敗しない道を選べる可能性が高まります。1度のミスが致命傷になりうる芸能界では、すごく大切な能力じゃないでしょうか?」

「……例え汚い手を使うことになっても?」

「そりゃあ見方を変えたら欠点になるときもありますよ? でもそうやって失敗しない道、その状況の中で一番正解に近い選択肢を取れる人って、長続きします。だから白鷺さんは今まで安定して活躍できたんだし、その中で沢山のドラマとか映画に出演して、多くの人に感動を与えられたんじゃないでしょうか?」

「確かに私は今まで色んな作品に出演させてもらったわ。でも……本当に見てくれた人達を、山城君が言うように感動させられたのか分からないわ」

「ああ、それなら安心してください。感動した人間、ここに1人いますから」

 

 

 白鷺さんは俺の言葉を聞いてキョトンとしている。目を見開いて、俺をジーッと見つめている。

 

 

「白鷺さんが出演したドラマとか映画、俺全部好きです」

「……えっ?」

「真優貴と一緒に沢山見過ぎて、どんな話か忘れてしまった作品もありますが、どの作品も感動したし、大好きですよ」

「……あっ……」

 

 

 ストレートに自分の気持ちを伝える。すると椅子に座っていた白鷺さんは、両手を膝の上でモジモジと動かしながら――

 

 

「……あっ……ありがとう……///」

 

 

 目を逸らしながら、顔を赤くして呟いた。

 

 雪のように白い肌に、ほんのりと紅色が浮かび上がっている。両手でスカートの布をクニクニと弄って、素早くこちらに視線を合わせたかと思えば、すぐにまた外す。赤紫の瞳が忙しく泳いでいる。

 

 どこからどう見ても乙女の仕草だった。厳しく冷たい印象があった白鷺さんが、恋愛ドラマのヒロインそのものの挙動をしている――そのギャップは俺の心臓の鼓動を早めるのに充分だった。

 

 

「……ま、まあその……そ、そうそう! 白鷺さんは別に無理に自分を変えようとしなくていいってことですよ……!」

「そ……そうかしら……? (山城君……声が上ずってるわね)」

「だってそれは白鷺さんの個性なんだし、良いところいっぱいあるし、だから白鷺さんは今のままで…………イッ!?

「!? どうしたの!?」

 

 

 上昇する体温を抑えようと思いつく限りの単語を口に出しながらメンテナンスをしていると、右手の人差し指の先に鋭い痛みが走った。反射的にバッ! と手を放して指を見てみると、トロリと綺麗な赤色の液体が出ていた。

 

 

「あー……イテテ……やっぱ喋りながらメンテしたらダメですね……アハハ……」

「弦で指を切っちゃったの……!? ち、血が出てるわよ……!?」

「ああ、大丈夫ですよ。こんなの舐めとけば治りま――」

「ちょっと待ってて! 事務室から救急箱借りてくるから!」

「えっ、いや白鷺さんほんとにだいじょ――……行っちゃった」

 

 

 大丈夫ですからと言い終わる前に、白鷺さんはドアを勢いよく開けて部屋を飛び出してしまった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 事務室にいたスタッフさんにお願いして救急箱を借りてきた私は、すぐにレッスンルームに戻って彼の元に向かった。

 

 2人で床にしゃがんで、彼に手を見せてもらった。血が出てしまっているが、幸いにも傷口は深くないみたいだった。消毒液をガーゼにしみ込ませてから、彼の手を持って指先にゆっくりと当てた。

 

 

「……っ!」

「ご、ごめんなさい……! 消毒液、少し入れ過ぎたかしら?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ちょっとチクリとしただけですから……寧ろもっと液多くても良かったんですよ?」

 

 

 そうは言うものの、山城君は痛みに顔を歪ませている。奥歯に力を入れて片方の口角を上げている様子を見れば、痛みを我慢していることくらい分かる。

 

 

「手……とても大きいわね」

「そうですかね?」

「それに……ボロボロ」

「楽器触ってたら誰でもこうなりますよ」

 

 

 指先にガーゼを当てつつ、彼の手のひらを見つめる。私の手よりも遥かに大きい、男の子の手だった。よく見てみると手全体、特に指先がゴツゴツしていて、彼の今までの練習量を証明しているかのように傷だらけだった。

 

 

「こんなになるまで練習してきたのね。……努力するのはいいけれど、あまり無理をしてはダメよ?」

「……ああ……ありがとうござい……ます……」

「? どうかした?」

 

 

 妙に歯切れの悪い彼の言葉が気になってしまい、思わず聞いてしまう。

 

 

「いや、その……今の白鷺さん……めっちゃ優しいなって思って」

 

 

 遠慮がちに答えた山城君。その声色から、彼が何を考えているのかすぐに分かった。

 

 

「あら? せっかく親切に看病しているのに……私のこと、厳しくて冷血な女の子だって思ってるんでしょ?」

「一言もそんなこと言ってないですよ……ただ、こんなに心配してくれるとは思ってなくて……たかが切り傷だし」

「たかがって……血が出てたのよ? 放っておいたらばい菌が入るかもしれないのに」

「確かにそうですけど、こんな程度で俺病気にならないですよ。それよりも白鷺さん、また仕事に行かなきゃいけないんでしょ? 俺の心配なんかしてないで、仕事の準備をしたほうが良いんじゃ……」

 

 

 ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うの押し問答。私は彼を心配しているのに、当の本人は自分よりも私のことを気に掛けている。

 

 ……何なの? 意外と頑固なのかしら?

 

 

「……さっきからずっと思っていたのだけれど」

「はい?」

「山城君、ちょっと自分のことを蔑ろにしすぎよ」

「……えっ?」

 

 

 その言葉が予想外だったらしく、山城君は言葉を詰まらせた。

 

 

「『実力が足りなかったから落ちただけ』とか、『もっと頑張れば良かっただけ』とか、この傷のこととか……彩ちゃんや私、真優貴のことは一生懸命考えられるのに、自分のことになると冷たすぎないかしら?」

「……」

「あなたは他人に意識を向けすぎている。それが悪いとは言わないけれど、もう少し自分のことも大切にしなさい」

「…………善処します」

「あら? いつもの元気はどこに行ったのかしら?」

「……白鷺さん……もしかしたら楽しんでます?」

「さぁ? どうかしら?」

「……さっきの仕返しですか」

「ふふっ。そういうこと。よく分かったわね」

 

 

 さっき私に冗談を言ってきた時の彼の台詞を、そっくりそのまま返してみた。いつもハキハキしている彼がこうもシュンとしているというか、縮こまっている様子が……ちょっと面白かった。

 

 

「そうやって自分を大切にしない子には……お仕置きが必要ね」

「……は? お、お仕置き……?」

 

 

 困惑する山城君を他所に、私は彼の指先に当てているガーゼを剥がし、別のガーゼにさっきと同じように消毒液をしみ込ませた。

 

 

「消毒液の量、もっと多い方がいいのよね?」

「えっ? ま、まあそうで…………イデデデッ!?!?

 

 

 お望み通り、たっぷりと液をしみ込ませたガーゼを押し当ててあげた。これで傷口についている菌は心配いらないだろう。

 

 

「……ふふっ……あははっ!!」

「痛ってぇ……って、何笑ってるんですか……」

「だって……いつも堂々としてるあなたが……ふふっ……そんな子どもみたいに痛がるなんて……あははっ!!」

「……そんなに面白かったですか?」

「ええ……ふふっ……可愛いところもあるのね♪」

「……なんか褒められてる気がしないです」

 

 

 あらあら、私は褒めているつもりなのだけれど。ちょっとからかい過ぎたかもしれないわね。

 

 

「でも……白鷺さんがそうやって笑ってる顔、初めて見ました。こう言うと変に聞こえるかもですが……なんか嬉しかったです」

「それなら良かったわ。確かにこんなに笑ったの、ほんと久しぶりだわ。……あなたのおかげね。ありがとう」

「……どういたしまして」

「こちらこそ。さあ、手を見せて。絆創膏、貼ってあげるから」

 

 

 血が止まった傷口に、今度は優しく絆創膏を貼る。もう痛みは無いらしく、指も自然に動かせていた。

 

 

「ありがとうございます、白鷺さん。おかげでもう大丈夫です」

「それは良かったわ。……じゃあそろそろ私は仕事に向かうわ。今日はありがとう。楽しかったわ」

「こちらこそ。仕事、頑張ってください」

「ありがとう。それじゃあ行ってくるわ」

 

 

 荷物を持って出入り口に向かう。ふと振り返ると、ニコニコと笑っている山城君が立っている。

 

 

 今日は本当に彼とよく話した。彩ちゃんの背中をしっかりと押すだけじゃなくて、物事を厳しく捉えてしまう私を、彼はそれでよしと受け入れてくれた。

 

 山城君は理想を信じている。ある意味私とは正反対だけれど、彼はそんな私を拒絶するのではなく、しっかりと受け止めようとしてくれた。器が大きいとはこのことだろうか。

 

 

「今日の練習も頑張ってね――貴嗣君(・・・)

「はい。がんば……えっ?」

「……♪」

「?」

 

 

 そして彼の色んな面も知ることができた。

 努力家で、意外に頑固で、人の事は心配する癖に自分の事は心配しない、優しいけれどちょっと心配になる子。

 

 そして何より――

 

 

「顔、赤くなってるわよ?」

「……!?」

「ふふっ♪ それじゃあまたね……貴嗣君」

 

 

 ――からかい甲斐のある、可愛い一面もある子だった。





 読んでいただき、ありがとうございました。

 彩をメインに書いていたはずなのに、千聖との会話の方が文章量が多い……あれあれ?? それに日菜ちゃんと麻弥ちゃん、イヴちゃんの登場シーンが少なすぎる……んん??

 登場するキャラクターが偏ってしまって申し訳ないです。メンバーエピソードは気合入れて書きますので、それでお許しを……。

 パスパレ編はあと3話or4話で終わる予定です。頑張ってGWくらいには終わらせて、次のChapterに進みたいと考えております。

 次回は来週の土日に更新予定です。一週間程空きますが、次回もよろしくお願いいたします。

ハロハピでのあなたの推しは?

  • 弦巻こころ
  • 瀬田薫
  • 北沢はぐみ
  • 松原花音
  • 奥沢美咲
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。