Silver Lining ~ BanG Dream Story~   作:おたか丸

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 超絶久しぶりの連日投稿です。それではどうぞー。


※今回字数めっちゃ多いです(約1万字)


第47話 提案

 

 

 

「あれ、これもう動画撮ってる?」

「撮ってるよーん! 3秒けいかー♪」

「オッケー」

 

 

 穂乃花が自撮りの要領で携帯を掲げる。皆が映っていることを確認してから、俺はライブを見に来てくれた人達へのメッセージを伝える。

 

 

「土日のライブイベント、無事終わりましたー! 見に来てくれた皆さん、本当にありがとうございましたー! めっちゃ楽しかったです!」

「「「ありがとうございましたー!」」」

 

 

 CiRCLEのラウンジ。俺達はライブの余韻に浸りながらのんびりしていた。皆の手元にはコーヒー牛乳がある。

 

 Silver Liningには、練習後に必ずコーヒー牛乳を飲むという(謎の)習わしがある。夏のある日の練習、その場のノリで4人ともこの甘い飲み物を買って飲んだのが始まり。

 

 

「今日のライブ、楽しかったね」

「ああ。皆演奏もバッチリだったし、最高だよ」

「貴嗣がそう言うなら間違いないな。俺も弾いてた感じ一番良くできた気がする」

「上手く演奏できてしかも楽しかったとか、ほんと最高だよねー!」

 

 

 窓の外を見ると、さっきまで橙色だった空が、既に真っ黒になっていた。夕日が沈むのが早くなったのは、冬が近づいている証拠だろう。

 

 

「楽しかったし、それ以上にビックリしたな」

「だな。まさかライブ終わりにコンテストに誘われるなんてな」

 

 

 ついさっきの出来事だ。ライブ終わり、俺達に思いがけないお誘いが来た。

 

 ここ東京で年末に開催される大きなバンドコンテスト、その運営委員会の方に、「Silver Liningとして出場してみませんか?」と声を掛けてくれたのだ。

 

 

 そのイベントの名は、〈Next Era Contest〉、通称N.E.C(ネック)

 

 その英名には、(Next)時代(Era)に活躍する逸材を発掘するという意味が込められている。俺達はこのコンテストの「カバーバンド部門」への出場を提案された、というわけなのだ。

 

 

「あのスタッフさん、今日みたいなライブに出向いてスカウトしてるって言ってたよね? なんだかすごいよね~」

「N.E.Cと言えば、人材発掘のために音楽業界の人達も大勢来るって噂だ。今日のイベントとはまた違った、本格的なガチコンテストみたいだ」

「10月、11月に行われる2回の審査で上位に入ったバンドだけが、12月の本命のコンテストに出場できる……まるでオーディションみたいだね」

 

 

 花蓮の説明通り、年末12月に開催されるコンテストに出場するには、まず今月末と来月末にある事前審査(それぞれPhase1、Phase2と呼ばれている)を上位で通過しなければいけない。そして2回の選別を経て残った数組のバンドが、最後にトップを競い合うのだ。

 

 厳しい審査を経て最後まで残ったバンドは、どれも当然文句なしの実力を持つ。そんな彼らが激突するこのコンテストは、毎年大いに盛り上がるみたいだ。

 

 

「返事は来週末までだったよな?」

「ああ。とは言っても、残された時間はそんなに多くない」

 

 

 大河の質問に答える。

 

 もし10月末の事前審査に出場するとなったら、それ相応の練習をしなければいけない。練習時間を確保しなければならず、そのためには出来る限り早く参加の有無を決める必要があり、この場にいる全員がそれを理解していた。

 

 

「なあ皆。こんなに大きな規模のコンテストに招待されるなんてすごい名誉だし、またとない機会だと俺は思う。優勝を目指すかは別として……俺は出場してみたい」

 

 

 俺は皆の顔を見て、自分の意思を伝えた。皆はどうだ? と聞くと、隣に座っていた大河が答えてくれた。

 

 

「俺は貴嗣と同意見だな。こんなすげえ経験、俺も見逃したくない」

「今回コンテストに招待してくれたのって、あたし達の演奏を評価してくれているってことでしょ? だったらもう今よりももう少し上、あたしも目指してみたい」

「恐らく相当厳しい戦いにはなると思うけれど、今の私達の実力でどこまでいけるのか、私も試してたい」

 

 

 大河に続いて、穂乃花と花蓮も自分の意見を教えてくれた。

 

 

「それじゃあ……皆出場したいってことだな?」

「おうよ!」

「なんかすっごいワクワクしてきた~! 頑張ろうね、花蓮!」

「うんっ、皆で頑張ってみよう!」

 

 

 その場が笑顔で満たされる。

 

 笑顔で話す皆を見て、唐突にバンドをして良かったと思う。こんなに楽しいことができるのも、あの時皆が俺をバンドに誘ってくれたからだと。

 

 

「皆いつもありがとな」

「? 急にどうしたの?」

「バンド楽しいなって、ふと思ってさ。これも全部、皆のおかげだから」

 

 

 皆の顔を見ながら感謝の気持ちを伝える。

 

 

「あたし達も貴嗣に感謝してるよ。いっつもあたし達を引っ張ってくれるもん」

「楽器のアドバイスもだけど、スケジュールの調整に練習メニュー、スタジオの予約とかもう色々助かりまくりだよ」

「結構色んな事やってもらってるもんね。貴嗣君、無理してない?」

 

 

 花蓮が少し心配そうに、そして申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んできた。

 

 

「大丈夫だよ。全部俺がやりたくてやってることだからさ。むしろもっと任せてくれてもいいんだぜ?」

 

 

 だから心配しないでと、俺は笑って答える。

 

 

「いやー、いいこと言うねぇー」

「男らしくていいぞ~! さっすがリーダー!」

「すごく嬉しいけど……無理しちゃダメだよ?」

「ああ。しんどかったら皆を頼るよ」

 

 

 そう言うと花蓮は安心したのか、いつも通りの凛とした顔に戻った。

 

 

「それじゃあコンテスト出場ってことで、まずは今月末の審査に向けて練習しまくるってことだな!」

「だね! あっ! ねえねえ皆、景気づけってことでさ、もう1回乾杯しようよ!」

「おおっ、いいねぇ! テンション上がってきたなぁ!」

 

 

 穂乃花がコーヒー牛乳を手に持って掲げる。大河も楽しくなってきたのだろう、大きな手に容器を持って、穂乃花のものに近づける。

 

 

「ふふっ。やっぱり楽しいね」

「だな。このノリが心地いい」

「うんうん! それじゃあ……今日のライブ成功を! あたし達が出会えたことに! そしてコンテスト出場に向けて! カンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」

 

 

 子どもみたいに両手でパックを持って、美味しいコーヒー牛乳をストローでゴクゴクチュウチュウと飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。少しいいかしら?」

「「「??」」」

 

 

 突然声を掛けられた。飲み続けながら、声がした方に体を向ける。

 

 

 立っていたのは、綺麗な銀髪が目を引く女性だった。

 後ろには、この女性の知り合いらしき人が4人。そしてその中の2人は、今までに話したことがある人だった。

 

 

「あこちゃんお疲れさま。なんか久しぶりだね」

「久しぶりーたか兄!」

 

 

 巴の妹さん、あこちゃんだった。

 

 

「2日間のライブほんっっっっと凄かったよ! あこ感動しちゃた!」

「あははっ、ありがとね。そんなあこちゃんへのお礼に……はい、どうぞ」

「わあっ! キャンディ! ありがとーたか兄!」

「はーい。どういたしまして」

 

 

 グレープ味のキャンディを嬉しそうに受け取るあこちゃん。そしてあこちゃんと話している俺をジッと見つめている人物がいた。

 

 

 先がクルリとウェーブがかっているエメラルドブルーの綺麗な髪、キリッとした精悍な目。

 

 俺が入学してすぐに校門で出会った1年上の先輩、氷川紗夜さんだった。

 

 

「お久しぶりですね、氷川紗夜さん。お疲れ様です」

「お疲れ様です、山城君。先ほど、あなた達のライブを拝見させていただきました」

「ありがとうございます。……ってことは、他の皆さんも?」

 

 

 俺が尋ねると、先程の銀髪の女性が答えてくれた。

 

 

「ええ。今日は私達5人で、あなた達のライブを見に来たの」

「それはそれは、本当にありがとうございます。……それで、僕達に何か御用ですか?」

「ええ」

 

 

 その女性は一度表情を引き締めた後に言葉を続けた。

 

 

「私達はRoselia。あなた達と少し話がしたいのだけれど、いいかしら?」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 さっきと比べると人が少なくなったCiRCLEのラウンジ。銀髪の女性に声を掛けられた俺達は、話をするために大きなテーブル席に移動していた。円形のテーブル席に座る俺達Silver Liningの反対側に、彼女達が少し間を開けて座っている。

 

 

 Roselia——それが彼女達の名。この前あこちゃんと巴から教えてもらったバンド、トップクラスの腕前を持つというガールズバンドが目の前にいる。

 

 

「それじゃあ改めて……初めまして。私達はRoselia。私はリーダーの湊友希那よ」

「氷川紗夜です」

「宇田川あこでーす!」

「今井リサだよ~☆」

「し、白金……燐子です……」

 

 

 自己紹介をしてくれたRoseliaの皆さん。大河達はどうか分からないが、俺は内心緊張していた。

 

 

「(……ピリピリとした空気……いつもの軽いノリで話せる感じじゃないな……)」

 

 

 厳しそうな人——失礼極まりないが、これが湊さんへの第一印象だった。全体的な雰囲気もそうだ。今まで俺達が出会ってきたどのバンドとも違う、固い雰囲気だ。

 

 

「ご丁寧にありがとうございます。では僕たちも簡単に……花咲川学園1年の山城貴嗣です。Silver Liningのギターとボーカルを主に担当しています。ベースの須賀大河にドラムの松田穂乃花、そしてキーボードの高野花蓮です」

 

 

 皆座ったまま軽く礼をする。

 

 

「それで……話というのは?」

「ええ。本題に入る前にいくつか。まず、あなた達は私達Roseliaの事を知っているかしら?」

「はい。俺達が知ったのは最近ですが、高い評価を受けているガールズバンドと。その技術はガールズバンドの中でもトップクラスであり、プロに匹敵するとか」

 

 

 隣に座っている大河がそう答える。

 

 

「そう。それなら話は早いわ。私達もつい最近、あなた達の文化祭ライブの噂を聞いたの。花咲川にとんでもないバンドがいるっていうね」

 

 

 湊さんは表情を崩さずに話を続ける。SNSを通して俺達の存在を知ったのだろう。

 

 

「そこで私達5人は文化祭ライブの映像を見たわ。率直に言って……驚いたわ。噂通りの、レベルが高いライブだった」

「ありがとうございます。それで興味が湧いたので、今日はライブを実際に見に来た、ということですか?」

「その通りよ。映像で見るのと実際に見るのは全く違うから」

 

 

 さっき購入したコーヒーを一杯飲み、一息ついた後に湊さんは言葉を続けた。

 

 

「実際に見て、改めて演奏技術の高さに驚かされたわ。私達は自分達の音楽に誇りをもっているけれど、それでもあなた達の演奏は評価に値すると感じたわ」

「皆さんからそんなに高い評価をいただけるとは、恐悦至極です。これからの練習の励みになります」

 

 

 この人達は、自分達の腕前に強い自信を持っているはず。そんな人達から高い評価を受けるなんて、本当にありがたいことだ。

 

 

「さて、以上のことを踏まえた上で本題に入りたいと思うのだけれど、いいかしら?」

「はい。もちろんです」

「私達はFUTURE WORLD FES.への出場を目指している。今は今月中旬に行われるコンテストに向けて練習しているわ」

「FUTURE WORLD FES.……確かこの前、貴嗣が言ってたよな?」

「ああ。このあたりでは一番大きなイベントらしい。高い実力を持つバンドが集い、競い合う。音楽関係の人達が、今後の音楽業界発展のために人材をスカウトすることも多いそうだ」

 

 

 FUTURE WORLD FES.——その名前を聞いて、この人達がどれだけ高い実力を持っているのか窺い知れる。

 

 とてつもなくレベルが高いイベントだとは聞いている。実際にこのイベントでスカウトされ、今第一線で活躍しているバンドも多い。

 

 

「なるほど。当然、そのコンテストのレベルも非常に高いと。ということは……練習についてでしょうか?」

「……察しがいいわね」

 

 

 一瞬驚いた顔をする湊さんだが、すぐに落ち着いた表情に戻る。

 

 

「提案があるの。あなた達、私達と一緒に練習しないかしら?」

「「「……えっ!?」」」

 

 

 湊さんの提案に、俺達は驚きの声を上げた。

 

 

「ふむ……ちなみに理由を教えていただいてもよろしいですか?」

「ええ。あなた達の演奏から学び、自分達の技術をより高めるためよ」

「ちょ、ちょっと友希那……!? その言い方は失礼だって。“自分達のためにあなた達を利用します”って言ってるようなもんじゃん……」

「落ち着いてリサ。ちゃんと説明するから」

 

 

 慌て気味の今井さんを、湊さんは凛とした声で嗜める。

 

 

「あなた達のレベルは高い。だからこそNext Era Contestへの出場を勧められ、あなた達は出場を決めた。……目指すステージは違うけれど、私達の状況は似ている。共に練習をすることで、技術を高めあいたいの」

 

 

 確かに他のバンドの練習を見て、自分達の足りない部分や改善点を探すというのは効果的だ。実際に俺達も他のバンドの映像を見ることも多い。

 

 それに、プロに匹敵すると言われているRoseliaの人達からの提案だ。またとない機会だし、この人達から学べることは多いはず。これから大きなステージを目指す俺達には、技術の向上は不可欠だ。

 

 

「僕は皆さんと練習するという考えには賛成です。お互いをリスペクトできるという前提ありきですが、得られるものはあると思います。……皆はどうだ?」

 

 

 俺がそう問いかけると、大河と穂乃花はすぐに意見を出してくれた。

 

 

「あたしは賛成かなー。いいと思うよ!」

「俺も。俺達も勉強できることあるだろうし」

 

 

 2人は快諾してくれた。だが花蓮はというと……。

 

 

「……」

「花蓮? どうした?」

「……ううん。なんでもない。ちょっと考えてただけだよ。私も賛成」

「……そっか。分かった。皆サンキューな」

 

 

 いつものように優しく笑って答えてくれた花蓮。全員の意見が一致したことだし、ここは湊さんの提案を引き受けよう。

 

 

「というわけで、皆さんのご提案、喜んでお受けいたします」

「……ええ。ありがとう。これからよろしく」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。それでは練習日を合わせましょうか」

「わかったわ」

 

 

 スケジュール調整の結果、練習部は明後日となった。9人が一緒に練習……大き目のスタジオを予約しなければ。

 

 

「スタジオは僕の方で予約しておきますね。もし何かあれば、さっき教えた僕のLI〇Eに連絡をお願いします」

「わかったわ。色々とありがとう」

「……最後に僕の方から1つだけお願いがあるのですが、よろしいですか?」

「ええ。構わないわ。何かしら?」

 

 

 俺は椅子に深く座りなおし、姿勢を正してから言葉を続けた。

 

 

「お願いというのは、僕達の間には方向性の違いがあると理解した上で、一緒に練習をして欲しいということです」

 

 

 俺がそう話すと、湊さんの表情が僅かに変化した。

 

 

「……と言うと?」

「これは僕個人の考えですが……皆さんを見ている限り、Roseliaというバンドは非常にストイックで、妥協を認めないバンドという印象を受けています。その考え方や方向性はとても素晴らしいものだと思います」

 

 

 凛とした佇まいのまま、湊さんは黙って俺の話を聞いている。

 

 

「ですがRoseliaとSilver Liningは違うバンドです。皆さんの考え方と僕達の考え方とでは、必ずしも一致しない部分があるでしょう。それを踏まえた上で、合同練習ではお互いをリスペクトしつつ一緒に練習をしていきたい……それが僕からのお願いです」

 

 

 Roseliaの皆さんはしっかりと話を聞いてくれた。真正面に座っていた湊さんは暫し考えた後、真っ直ぐこちらを見た。

 

 

「分かったわ。あなたの言っていることは間違っていないと思う。違いを理解した上で、練習に参加させてもらうわ」

 

 

 良かった。何とか理解してくれたようだ。

 

 

「ありがとうございます。演奏技術に関してはどんどん意見を出してくれると嬉しいです。僕達もまだまだ成長したいと思っているので、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。お互い、音楽に関しては遠慮なしということで行きましょう」

「はい。……じゃあ、そろそろお開きにしますか」

「そうね。それじゃあ、また明後日会いましょう」

 

 

 

 

 

 俺達が席を立ったタイミングを見計らって、とある人物が近づいてきた。

 

 栗色の髪を腰当たりまで伸ばしているその女の子は、俺達のすぐ傍まで来ると、普段は掛けていない眼鏡を外した。

 

 

「お疲れお兄ちゃん! それに皆も! すごかったよー!」

「わっ! 真優貴ちゃんだ! やっほー!」

「やっほー穂乃花ちゃん! 皆に渡したいものがあるんだ。ちょっと待ってね~」

 

 

 真優貴は持っている可愛らしい鞄から、3つの小さな袋を取り出した。

 

 

「これって……クッキー?」

「そう! 最近お兄ちゃんと一緒に作ってるんだ! ライブお疲れってことで、どうぞ!」

「ほんと貴嗣と真優貴ちゃんって仲良しだよな~。ありがとな真優貴ちゃん!」

「真優貴ちゃんが女神に見えるよ……」

 

 

 疲れが溜まっているところにサプライズで、こんな可愛い子(というか女優)がクッキーを持ってきてくれたんだもんな。穂乃花の気持ちも良く分かる。

 

 

「それじゃあ、帰ろうか。それではRoseliaの皆さんも、お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でしたー!」」」

 

 

 真優貴を入れた5人で話しながら、俺達はCiRCLEを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……双子……)」

「紗夜? どうかした?」

「あっ……いいえ、なんでもないわ……」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 いつものようにギターを持ちながら、学校からライブハウスに向かう。10月に入って大分涼しくなった。夏とは違い移動で無駄な体力を使わないから、自分としては好都合だ。

 

 涼しい風を浴びながら十数分でCiRCLEに着いた。集合時間の30分前ではあるけれど、練習時間は少しでも長い方がいい。

 

 

「すみません。3番スタジオを予約しているRoseliaの氷川です。今からスタジオを使わせていただいてもしょうか?」

「はい。Roseliaの氷川さん、3番スタジオね。ちょっと待ってね、今確認するから……あれ?」

 

 

 スタジオを使えるかどうかスタッフさんに聞いたけど、どういうわけか、入退室のリストを確認すると首を傾げた。

 

 

「どうかしましたか?」

「えっとね、3番スタジオはもう使われているっぽいの」

「3番なら、1時間前から使ってもらってるよー」

「あっ、まりな先輩。お疲れ様です」

 

 

 スタッフさんの後ろから、私達Roseliaもお世話になっている月島まりなさんが現れた。

 

 

「紗夜ちゃんもこんにちは。今日はSilver Liningと合同練習なんだっけ」

「はい。今日が初日なのですが……1時間前とは?」

「貴嗣君だよ! 今日も早く来て自主練してるんだと思うよ」

「い、1時間前から自主練……!?」

 

 

 私は耳を疑った。彼がそんなに早く来ているなんて、全く予想もしていなかった。

 

 

「そう言えば『ダッシュで来ました』って言ってましたっけ」

「そうそう! ほんと練習熱心だよねー。昨日も1人で自主練してたし、コンテスト出場に向けて燃えてるんだと思うよ~。というわけで、紗夜ちゃんも今から使ってくれて大丈夫だよ!」

「は、はいっ……ありがとうございます」

 

 

 月島さんからの許可ももらい、再びギターと荷物を持って歩き始める。

 

 

「(彼が自主練……一体どんな練習をしているのかしら)」

 

 

 期待と好奇心に突き動かされる形で、私は足早に彼がいるスタジオに向かった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 スタジオの前に立つ。

 ノックをしたが返事は無かった。中からほんの少しだけギターの音が聞こえる。

 

 

「失礼します」

 

 

 私は一言断ってからゆっくりと扉を開けた。スタジオには、モノトーンカラーのギターを弾いている彼がいた。

 

 

「~♪~」

 

 

 月島さんやスタッフさんの言う通り、彼は確かに練習をしていた。

 

 ライブでも使っていたギターを、彼はヘッドホンを付けて弾いていた。これだけなら何も驚くことがないのだけれど、彼が顔に着けている黒いものが、その光景を異様なものにしていた。

 

 

「(……目隠し?)」

 

 

 そう、彼の顔には黒い布が巻かれていた。分厚そうな布だ、恐らく何も見えていない。目隠しをしながら、彼は座ってギターを弾いていた。

 

 特定のフレーズを弾いているみたいだった。所々音を外し、その度に一瞬手を止め、またすぐに弾き始める。それを何度も何度も繰り返し、次第にミスはなくなった。

 

 

「(目隠しをしながら弾けるようになるまで何度も練習……)」

 

 

 勿論これは彼が行なっているであろう練習の1つだろう。他にも彼は様々や練習をしているのだろうけど……流石にこれは予想外だった。

 

 

 

 

 私が彼に興味を持ったきっかけは、1年生が入学してきて間もない頃、彼がギターケースを持って朝早く登校してきた時だ。その時に知ったのは、私と同じくギタリストであること、そして“山城貴嗣”という名前くらいだった。

 

 

 温和な雰囲気を持つ彼には……失礼な言い方だが、ギターとの相性はあまり良くないのではと思った。その優しい声や話し方は、どちらかというとベースやドラムといった、全体を支える楽器を連想させたから。

 

 

 だけどその先入観は、ある日湊さんが見せてくれた映像——彼らの文化祭ライブの映像によって、粉々に崩れ去った。

 

 

 普段の彼から想像もできないほど力強い声で歌いながら、黒のギターを操るその姿に、私は目を奪われた。

 

 

 当然、こんなに高い技術を持つバンドを見逃すわけがない。SNSを通してSilver Liningがライブイベントに参加することを知った私達は、すぐに見に行くことを決めた。

 

 

 先週の土日のライブでは、私はずっと彼の演奏を注視していた。一見激しく弾いているように見えても、「基本に忠実、丁寧に弾く」というスタンスは一貫していた。

 

 

 レベルが高いのは明白だった。ある種の悔しさもあったが、それ以上に、彼から技術を教わり自分の技術を高めたいという強い欲求が生まれた。どうやらそれは湊さん含め、全員が同じ考えだったらしい。

 

 

 幸い彼らはこちらの提案を聞き入れてくれた。この期を逃すわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふうーっ……お疲れ様です。氷川さん」

「っ!?」

 

 

 突然名前を呼ばれて驚いてしまう。

 まだ目隠しはしている。私の姿は見えていないはずなのに、どうして分かったのだろう?

 

 

「ありゃ? もしかしたら氷川さんではない?」

「い、いえっ……私です。氷川です。……見えているのですか?」

「いやいや。真っ暗闇ですよ。でも分かります」

 

 

 彼はギターを優しく撫でた後、近くにあるスタンドにギターを置きながら言葉を続けた。

 

 

「氷川さんなら、練習時間より早く来るだろうな~って思ってたんです」

 

 

 彼は目隠しをしたまま、足元に置いてあったお茶を器用に取って飲み始めた。

 

 

「氷川さん、この前練習の時間調整してる時ずっとウズウズしてましたよ。早く練習したかったんじゃないですか?」

「……っ!?」

「まあ俺も練習好きなので、氷川さんの気持ちはすごく分かりますよ……よいしょっと」

 

 

 完全に言い当てられ驚いたのも束の間、彼は両手を頭の後ろに動かし、慣れた手つきで目隠しを外した。

 

 

「ふうーっ……改めまして。お疲れ様です。氷川さん」

 

 

 黒い布が外れ、彼の特徴的な垂れ目が現れる。あまり意識していなかったけれど、本当に優しそうな目をしている。

 

 そしてその中から覗くのは銀色の瞳。引き込まれるような美しさは、不思議と力強い意志のようなものを感じさせる。

 

 

「いやー、すみません。汗ダラダラで見苦しいですよね。すぐ拭きます」

「あっ……い、いえっ、お気になさらず……」

 

 

 その汗の量は、彼の練習量を物語っていた。もしかしたら、1時間前から休憩なしで練習していたのかもしれない。

 

 

「部屋の温度とか大丈夫ですか?」

「ええ……大丈夫です」

「なら良かったです。もし何かあれば遠慮なく言ってくださいね……よしっ。じゃあやりますか」

「えっ?」

「練習ですよ。皆が来るまであと30分弱ありますから」

 

 

 水分補給を終えた彼は、すぐにスタンドに置いていたギターを持ち始めた。

 

 

「ギター、一緒に練習しましょう。氷川さんの練習、是非見させていただきたいです」

 

 

 まさか、もう練習するつもりなの? だって水分補給をしただけじゃない……?

 

 

「(……いいえ。何を言っているの)」

 

 

 私は彼の練習を見て、自分の技術を高めなければいけない。

 その目を見れば、彼がやる気だなんて誰でも分かる。何を躊躇っているの?

 

 

「ええ。練習時間は少しでも多い方がいいです。山城君、お願いします」

 

 

 気を引き締める。

 

 少しの時間でも、彼から学ぶのよ。

 

 自分に足りないものは何なのか。

 

 どうすれば技術が上がるのか。

 

 彼にはできて私にはできないことは何なのか。

 

 

 

「(私は1秒も無駄にはできない……だって今の私には……)」

 

 

 

 

 

 今の私には……ギターしかないのだから。

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 Roselia編は書きたいことが多いので、情報量が多くなりがちになると思います。長文になりすぎないように頑張ります。

 早くもアンケートに答えてくださった皆様、ありがとうございます。「あっ、このキャラが人気なんだな」って言うのが見て分かるので、凄く面白いです。

 それでは次回もよろしくお願いします。

 

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