Silver Lining ~ BanG Dream Story~ 作:おたか丸
新たにお気に入り登録をして下さった皆様、アンケートに答えてくださった皆様、ありがとうございます。
Roselia編も折り返し地点です。今回から54話まで、重要な話が続きます。気合を入れて書いていきます。
それではどうぞー。
「どうだ真優貴? 痛くないか?」
「うん。寧ろ気持ち良すぎて寝ちゃいそう」
「ははっ、ちゃんとベッドで寝なきゃダメだぞー」
お兄ちゃんの大きな左手が、私の長い髪に添えられる。お風呂上りの髪を、右手に持った櫛でゆっくりと
夜の11時頃、静かなリビングにいるのは、私とお兄ちゃんの2人だけ。ソファに並んで座って、私がお兄ちゃんに背を向けている状態。お兄ちゃんと触れ合うこのゆっくりとした時間が、私はとっても好き。
「今日の練習、だいぶ良い感じだったな」
「うん。この調子だと、本番でも上手く行きそうだね」
今週末、Sterne Hafenの地下ステージで小さなライブが行われる。お母さんやお父さんの知り合いの人達と一緒に、私達兄妹も演奏する。私がピアノで、お兄ちゃんがボーカル。今日もさっきまで練習があって、今は練習後のリラックスタイム。
「今日はいつもと違って静かだな。疲れたか?」
「ううん。疲れてはないけど……ちょっとね」
「……何か気になることがあったのか?」
「……うん」
私の兄は鋭い。鋭いからこそ、今みたいに少ない言葉でも、「悩みがあるんだけど聞いてくれる?」と直接言わなくても、意思疎通が出来てしまう。家族として長い間一緒に過ごしてきたから尚更だ。
「今日の楽器屋さんのこと……氷川さんと日菜さんのことが、頭から離れなくてさ」
「うん」
「上手く言い表せないんだけどね……何だか昔の私達を見てるみたいで……ちょっと辛い気持ちになっちゃった」
「……そっか」
スッスッと髪を梳く櫛の音が、静かなリビングにゆっくり広がる。
「実は俺もさ」
「うん」
「真優貴と一緒で、昔を思い出してた」
「やっぱり」
今日の日菜さん達の様子を見て、お兄ちゃんも私のように昔のことを思い出しているはず。すれ違い、お互いを傷つけてしまった過去を思い出すことは、お兄ちゃんにとっても辛いことなのは間違いない。
「でも私よりもお兄ちゃんの方が辛かったよね?」
「あれくらい大丈夫だよ」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
そう。お兄ちゃんは絶対に人前で弱音を吐かない。昔からそう。
でも私は知ってる。お兄ちゃんの方が何倍も辛い思いをしている。
私の兄には、普通の人と違う性質がある。その場の空気とか、話している相手の気持ちとか——そういうものを感じ取って共感する力が、兄は物凄く強い。
それはあまりにも強すぎて、時には自分を傷つけてしまうくらい。兄は他人の気持ちを読み取って、自分の気持ちのように受け取ってしまう。
凄く元気でポジティブな人と関わることは、何にも問題はない。その気持ちが伝わってきて、お兄ちゃん自身も楽しい気持ちになれるから。良いことばっかり。
その逆で、苦しい気持ちになっている人と話したり、ネガティブな空気に身を置くことは、お兄ちゃんにとっては危険。「辛い」とか「悲しい」っていう気持ちに共感しすぎて、自分を苦しめてしまうことがある。
人の気持ちが自分の中に流れ込んでくる——私にはそれがどんな感覚なのか分からない。けれど、今感じているのは自分の気持ちなのか、それとも他人の気持ちなのか……その区別がつかなくなるって、考えるだけで怖くなる。それは全てお兄ちゃんにしか分からないことだ。
今日の楽器屋さんでも、お兄ちゃんは氷川さんや日菜さんの気持ちを感じ取ったはず。あの2人がポジティブな気持ちだったなんてことは……あり得ない。
「ねえお兄ちゃん」
「んー?」
「もし……もしもだよ?」
甘えるように、私は後ろに座っているお兄ちゃんの体に頭を預ける。お兄ちゃんも私の頭を撫でてくれた。
「もし氷川さん達が昔の私達みたいにすれ違っちゃってて……今すごく辛い思いをしてたらさ……お節介かもしれないけど、私何か助けになりたいんだ」
「……そっか。真優貴は優しいな」
「……お兄ちゃんならどうする?」
回答が分かり切っている質問を、お兄ちゃんにしてみる。
「助ける。何があっても助ける」
「お兄ちゃんが傷つくことになっても? 辛い気持ちになったり、悲しい気持ちになっちゃうかもしれないんだよ?」
「それでもだ」
「……そっか。お兄ちゃんは優しいね」
うん。そうだよね。お兄ちゃんならそう言うって分かってた。
1度やるって決めたら、何が起こってもやり通すのがお兄ちゃんだもん。自分が傷ついちゃうかもとか、そんなこと一切考えないもんね。傷ついている人がいたら放っておけない、お兄ちゃんは優しい人だから。
でも傷ついている人を助けるってことは、お兄ちゃんも同じ痛みを経験するってこと。沙綾ちゃんの時も、ひまりちゃんの時も、彩さんの時もそうだったはず。
人を助けるって、凄くいいことだと思うよ? でもそれでお兄ちゃんも傷ついちゃうんだったら……それって本当に正しいことなのかな?
なんて、この気持ちを伝えたとしても、お兄ちゃんは絶対に止まらないだろうけど。
「さあ、もう夜も遅い。そろそろ寝よう。それとももう少し話聞こうか?」
「ううん。大丈夫。スッキリした」
「なら良かった」
「でも、もうちょっとこのままがいい」
「りょーかい」
ううん。やめようやめよう。こんなに難しいこと、考えたって答えが出ない。
ネガティブな気持ちを振り払うように、私は頭をお兄ちゃんの体に強く押し付ける。ホープがいつもやっているように、目を瞑ってスリスリと擦り付けると、温かい兄の体温を感じる。
それから数分間、2人で寝室に向かうまで、その心地よい温かさに私は甘えさせてもらった。
◇◆◇◆
「紗夜、また同じ所間違えているわよ!」
「っ! ……すみません……」
湊さんの声がスタジオに響き渡る。その声は氷川さんのミスを厳しく指摘する。
スタジオの中は、お世辞にもいい雰囲気とは言えなかった。一切の気の緩みを許さない張り詰めた空気のせいか、体が非常に重く感じる。
「もう一度、さっきのところから行くわよ」
湊さんが凛々しい声でそう告げる。あこちゃんのカウントの後、再び演奏を始める。さっきからこれの繰り返しだ。
別にそれは不思議な事じゃない。演奏をして、誰かがミスをすれば一旦止めて確認し、また演奏するという練習は俺達もする。
けれど。
「(……だめだ)」
そう思った瞬間、また氷川さんの顔が歪む。
そう。今日の練習、氷川さんのミスが多いのだ。この前俺と練習した部分は見違えるように良くなっているが、今度は他の部分でミスが増えている。
「(今度のギター練……悪いことが起こらないように注意しないと)」
小さな決心をして、俺は引き続きRoseliaの演奏を見ていた。
◇◆◇◆
そして時は過ぎ休憩時間。これから30分休憩だ。
各自片付けをして休憩に入った後、メロディ隊である俺と花蓮は、今月末の事前審査で演奏する曲について少しだけ話し合っていた。
「ここのアレンジなんだけどさ、こういうのはどうかな?」
「おーすげえ。さっすが花蓮」
今話し合っている曲には本来DJのパートがあるのだが、俺達のバンドにDJはいない。原曲をそのまま再現するのが難しい時は、こうやって俺と花蓮が主体となって意見を出し合い、自分達流にアレンジをする。
「次は花蓮の案で演奏してみるか」
「ありがとう。……ふふっ」
「どうした?」
「なんだか、楽しいなって。こうやって誰かと色々考えるの」
「そりゃあよかった」
そんな感じで和んでいる俺達の元に、誰かが近づいてきた。足音に花蓮が気付き、その人物に声をかけた。
「あれ? 氷川さん? 休憩に行ったんじゃなかったんですね」
「お疲れ様です。高野さん。少し山城君と話したいことがあって……」
「そうなんですね。話は大体済んだので、大丈夫ですよ。……だよね?」
「ああ。じゃあ、先に花蓮は休憩しといて。はい、これ今日のクッキー」
「やった。それじゃあ、貴嗣君も頑張ってね」
十中八九、さっきの演奏についてだろう。花蓮もそのことを察したのか、足早にスタジオを後にし、皆の元に向かった。
「ごめんなさい。貴重な休憩時間を取らせてしまって」
「いいですよ。俺よりも、氷川さんのほうが休憩必要なんじゃないですか?」
「私は……必要ないです。……いえ、休憩している暇なんてありません」
苦しそうな表情を見せる氷川さん。何が原因で自分をここまで追い詰めるのだろうか。この間の日菜さんとの1件も、関係しているのだろうか。
「休憩しないと疲れるのは承知だと思いますけど……氷川さんがそういうなら、今のところ止めません。それで、お話しというのは?」
「……今度のギター練習なのですが、この前のように、今日の演奏のミスを分析していただけないでしょうか?」
「もちろん。構いませんよ」
もちろんミスをしたから焦っているっていうのもあるだろう。でもこの人のそれは普通じゃない。まるで傷を負って鬼気迫っている獣のように、何かに追い詰められているような……。
「……ありがとうございます」
「はい。さっきはお疲れ様でした。ミスしたのは悔しいと思います。また明日、しっかり練習しましょう。俺も出来る限り手伝います」
「……」
「どうかしましたか?」
氷川さんは表情を変えないまま、黙り込んでしまった。
「さっきの演奏のこと、考えてます?」
「……はい」
か細い声で、俺の質問に肯定する。
「……この前、あれだけ山城君に教えてもらったのに……今度はまた違うところでミスを……」
「人間は失敗から学ぶ生き物です。成長の余地があるって捉えましょう」
「……でも……それじゃダメなんです……あんなミスをしているようでは……」
この人、とことんネガティブ思考というか、自分に厳しいというか……どうしたものかなぁ。
「終わったことの話すのはナンセンスです。今できることに集中しましょう」
「……」
「とりあえず、俺は休憩に入りますね。また後で」
一言入れてから、財布とスマホを持ってラウンジに向かう。
「そうだ」
「?」
扉の前で振り向き、氷川さんの方を見る。
「さっきの演奏ですけど、この前一緒に練習したところはマジで完璧でした。聞いていて気持ちよかったですよ」
「……えっ?」
「それじゃあ、また後程」
気のせいかもしれないけど、少しだけ、氷川さんの表情の硬さが消えたような気がした。
僅かながらの安心を感じながら、俺は今度こそ皆が待つラウンジへと向かった。
◇◆◇◆
「今日は何を買う予定なのですか?」
「ギターの弦です。アコギの」
「アコギも持っているのですか?」
「はい。とは言っても、そんなに高くないやつですよ」
氷川さんとのギター練習2日目。スタジオに行く前に、少しだけ俺の用事に付き合ってもらった。今週末に開催されるうちの店でのミニライブで、俺はアコギを弾く予定なのだが、結構練習しているので弦の消耗が激しい。
CiRCLEの近くにある楽器屋さんに2人で入り、素早く商品をとる。
「よいしょっと」
「いつもその弦なんですか?」
「いや、最近ハマってるやつです。なんだかこの弦のほうが弾き心地が良いんですよ」
「なるほど……」
楽器屋さんに寄ることは、昨日の時点で氷川さんに伝えてある。俺がどんな弦を使っているのか気になるということで、氷川さんも一緒にお店に立ち寄ることになった。
「おおっ、貴嗣君じゃん。今日もまたギターの弦?」
「こんにちは。今日はこの子です」
「ほほう、アコギね! でも貴嗣君って、ライブでアコギ弾いたことないよね?」
「そうですね。……あっ、次イベントに参加することがあったら、アコギ弾いてみましょうかね?」
「えっ、それいいと思う!」
今話しているのは、このお店の店員さん。ここに通っている内に仲良くなってくれた女性だ。
「あれ? 紗夜ちゃんも一緒なんだ」
「こんにちは」
「ええー! どういう組み合わせ? まさか彼氏彼女とか!?」
「ち、違います……! 私達がフェス出場を目指しているので……その練習に付き合ってもらっているだけです」
「ほほー! 他の人の練習見てあげてるってことだね~。さっすが貴嗣君!」
「ありがとうございます……ん?」
店員さんと話していると、丁度レジの後ろに貼ってあるポスターが目に入った。
そしてそのポスターに写っていたのは、非常に見覚えのある人物だった。
「ああ、これ? 貴嗣君も知ってる? 氷川日菜ちゃん!」
「——……えっ?」
店員さんがその名を口にした瞬間、隣にいた氷川さんから声が漏れた。
それと同時に、体が急激に重くなった。
まずい。この感じは……この前の、氷川さんが日菜さんと話していた時に感じたのと同じ……いや、もっとヤバい。
「……いえ、知らないですね。何々……Pastel*Palettes……?」
「そう! パステルパレット! 最近デビューした超期待のアイドルバンド! そのギター担当が、この氷川日菜ちゃんってわけ! 紗夜ちゃんの妹さんだよ!」
もちろん知っている。知っているとも。
この間まで関わっていた人達だ。知らないはずがない。
でもここで素直に答えるとまずいと、直感がそう告げていた。
「——……っ……日菜……」
隣に立つ氷川さんから伝わってくる、重くドロドロとした負の感情。それが泥のようになって、自分の中にゆっくりと流し込まれるような感覚になる。
「……私……っ……外で待ってます……!」
何かから逃げるように、氷川さんは店の外に行ってしまった。
「紗夜ちゃん? どうしたんだろ?」
「早く練習したいんですよ。てなわけで、これでピッタリですかね?」
「ああ! お会計ね! はい、丁度いただきました。また来てね」
「はい。ありがとうございました」
大きな不安を抱えながら、俺も店を後にした。
◇◆◇◆
あの後CiRCLEに着くまでの間、氷川さんは一言も喋らなかった。俺達の間を支配していたのは、冷たい沈黙だった。楽器屋さんからCiRCLEまで距離が近かったことは、不幸中の幸いだろう。
「はい。スタジオの鍵です」
「ありがとうございます」
スタッフさんから鍵を受け取り、少し小さめのスタジオにやっとの思いでたどり着いた。
黙々とセッティングをし、この前のように俺がメモをしたスコアを渡し、練習を進めていた……のだが。
「……ッ!! また同じところで……! 山城君、もう一度……お願いします……!」
「了解です」
何度も何度も、同じフレーズでミスをする。それによってストレスが溜まり、またミスをする。完全に負のループに陥っていた。
ぶっ通しで10分以上だろうか? 問題のフレーズを何度も一緒に練習するが、氷川さんはミスをしてしまう。
「……ハア……ハア……」
息も絶え絶えな氷川さんを、俺は黙って見つめる。
ピックを持つ右手は痛みで震え、弦を抑えている左手も、疲れのせいで動きが覚束ない。顔も青白い。誰がどう見ても、今の氷川さんは限界であった。
「……っ……ハア……山城……君……ハア……もう一度……お願いでき……ますか……?」
「今の氷川さんが弾けるのであれば、何度でも」
「……何を言って……弾けるに決まっ——」
そう言いながら右手を構える氷川さん。
だが現実は残酷かな、右手に持っていたピックは、クルクルと回って床に落ちた。
「……もうピックを持つのもキツイんでしょう。少し休憩しましょう」
「っ!? ……い、いいえ! 私はまだできます……!!」
「……その根性には感服しますけど、お手洗いに行って鏡を見た方がいいです」
「……? 何を訳の分からな——」
氷川さんが言い終わる前に、俺はたまたま持っていた手鏡を氷川さんの前に差し出した。
鏡に映し出された自分の顔を見て、氷川さんは目を開いた。
「分かりましたか? 今自分がどういう状態なのか」
「……」
「顔色悪すぎ、右手はピックすら持てないくらい筋肉を痛めている、左手も同様。……こんな状態でできると思っているんですか?」
俺の問いかけに、氷川さんは答えない。その沈黙が意味するのは、ただ1つ。
答えない代わりなのか、氷川さんは震えている右手を何とか握りしめ、悔しそうに歯を食いしばっている。
「とにかく、俺は保冷剤もらってきます。もうそれ以上動かさないでください」
そう言って立ち上がろうとした時だった。
「…………けない……」
「?」
「…………負けない……」
刹那、自分の胸の中に、氷川さんの感情が入り込んでくる。
「…………あの子には……日菜には……負けない……っ!」
胸の痛みが強くなったその時、ついに氷川さんは叫んだ。
「私は日菜に負けないっ!! あの子にギターだけは絶対に負けるわけにはいかないっ!! だから……こんなところで立ち止まるわけにはいかないのっ!!」
そして最後の言葉は、まるで俺の心を突き刺すかのように。
「私にはギターしかないの!!!!!」
憎たらしくて、妬ましくて、たまらない。
でも悲しくて、苦しくて、たまらない。
そんな声。
「……私には……ギターしかないの……比べられるのは……もうたくさんなの……」
その顔は、深い悲しみと、激しい妬みで穢されていて。
「……どうですか? 吐き出して、ちょっとはスッキリしましたか?」
「……!? わ、私は……一体何を言って……」
その気持ちは間違いなく——
「聞かせてくれませんか? 氷川さんと……日菜さんについて」
それは間違いなく——“嫉妬”だった。
読んでいただき、ありがとうございました。
前書きにも書かせていただきましたが、今回52話から54話までは、非常に重要なエピソードになります。内容も濃くなるので、頑張って参ります。
次回は明日投稿予定です。よろしくお願いします。
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