Silver Lining ~ BanG Dream Story~   作:おたか丸

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 今回も作者の独自の考察が強いです。ご了承ください。


第53話 落涙

 

 

 

 

 小さい頃、私達は何をするのも一緒だった。

 

 

 春には一緒に桜を見に行き。

 

 夏には一緒に海で泳ぎ。

 

 秋には一緒に紅葉狩りを楽しみ。

 

 冬には一緒に家でサンタさんを待っていた。

 

 

 どんな時も、私達はいつも一緒にいた。

 

 お父さんやお母さん、それに周りの大人や友人からは、“仲良しな双子”と思われていた。そして、実際にそれは正しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな関係が崩れ始めたのは、いつ頃だろうか。

 

 はっきりとは覚えていないけれど、それは恐らく、私達2人が中学生になってから——私が日菜と比べられる(・・・・・・・・)機会が増えてから。

 

 中学校に上がると、人は何かを比較される機会が非常に多くなる。それは勉学の成績であったり、生活態度であったり、性格であったり。それは私達も例外ではなかった。

 

 

 日菜が俗に言う天才という存在だと認識したのも、丁度この頃。

 

 あの子は私の背中を追いかけるあまり、私のすることを全部真似した。勉強も、習い事も、部活動も——細かいものを挙げたらキリがない。そしてその一切を、私よりも高いレベルで成し遂げた。

 

 

 あの子は私と違う。私が努力に努力を重ね、やっとの思いで達成したことを、なんの苦労も無くやってのける。そして涼しい顔をしてこう言うのだ。

 

 

 

「んー、全然難しくなかったなあ」

 

 

 

 何度この言葉を聞いたことか。何度この言葉に傷つけられたか。

 

 私の努力を知らないで、よくもそんなことを言えるわね——心の中で、そう呟かなかった日は無い。

 

 ついてこられるのが、真似されるのが、全部嫌だった。その度に私を超え、先に行き、皆から評価される。

 

 

 

 

 

 そんな日菜の姿を見るのが苦痛で、いつしか私は、日菜のことを避けるようになった。

 

 朝、家を出る時間を早くした。

 

 夕方、家に帰る時間を遅くした。

 

 夜、お風呂に入るのが一番遅くなった。

 

 私はあの手この手で、日菜との接触を避けるようになっていた。幼い頃、仲良しな双子と言われた私達の関係は、完全に冷めきっていた。

 

 

 

 

 そんなある時、私はあるものと出会った。ギターだ。

 

 

「(これなら……日菜に……!)」

 

 

 私は一生懸命貯めていた貯金を使って、今使っているギターを購入した。

 

 それから私は、のめり込むように練習した。家に帰ってきてからも練習した。あの子に構わず、一心不乱に練習した。

 

 

 

 

 そして紆余曲折を経て、湊さんと出会った。

 

 彼女の理想に、私は感銘を受けた。この人は、私が今までであって来た人達のような、弱々しく、甘い考えを持っていない。ただ“技術”の一点のみを求めるその姿勢に、私は賛同する他無かった。それから他のメンバーが集まって、Roseliaが生まれた。

 

 

 この人達となら……私は頂点を目指すことができる。

 

 この人達となら……私はより高みに行ける。

 

 そして何より、この人達となら——

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「——日菜さんに勝つことができる。そう思いながら、Roseliaのギタリストとして活動してきたってことですか」

「……そうです」

 

 

 静寂の中、初めて彼が口を開いた。

 

 山城君は私から見て斜め90度の位置に椅子を移動させ、前かがみになって座りながら静かに私の話を聞いていた。話の合間にゆっくりと頷いて、私の言葉をしっかり聞いてくれていた。

 

 

「そんな中、私はあなた達の存在を知りました。そして……そのバンドのギタリストが、以前に校門で話をした、山城君だったんです」

 

 

 Silver Lining——突如として表れた、高い演奏技術を持つ4人組のバンド。今井さんが見せてくれた動画を見た時の衝撃は、今でも忘れられない。

 

 

「あれだけの歌を歌いながら、あなたの演奏は正確無比でした。……そして、山城君の弾き方は私のそれに似ていました」

「だから俺の演奏を参考にして、自分のものにしようとしたんですね」

「……その通りです」

 

 

 彼や彼のバンドの皆さんと一緒に練習していく中で、幸運にも、私の技術は少しずつ、でも確実に磨かれていった。

 

 

「……そんな感じで調子良かったのに、昨日またミスが増えた。そしてその前の日に、氷川さんは俺と真優貴に出会っている。……なるほど。これで全て説明がつきますね」

 

 

 ゆっくりとそう話す山城君。相変わらず、頭の回転が速い。

 

 

「俺達が仲良かったのを見て、心が乱されてしまったんですね。氷川さんのあの質問……『真似されるのは嫌じゃないのか』って言葉の意味、今なら分かります」

「……私は……私のエゴで、日菜を突き放してしまいました……これは私のせいなんだって、全部私が悪いんだって、そう言い聞かせていました……」

 

 

 しかし、図らずも彼と彼の妹さんによって、その決意は揺らぐことになった。

 

 

「練習をすることで、技術が向上している実感は湧く。それと同時に俺と真優貴の関係を思い出してしまって、それを羨ましいと感じ、苦しい思いをする……そんな感じですかね」

「……」

 

 

 山城君の言う通りだった。返す言葉も見つからなかった。

 

 

「そんなタイミングで、さっきの楽器屋さんってわけですね」

「……どうして……あの子がギターを……」

「……憧れじゃないですか? “お姉ちゃん”への憧れってやつです」

「……ッ……! ……お姉……ちゃん……ッ!」

 

 

 その単語がトリガーとなって、私の感情が爆発する。

 

 

「お姉ちゃんお姉ちゃんってなんなのよ!! 憧れられる方がどれだけ負担に感じているか……分かってないくせにっ!!」

 

 

 一度溢れ出したら、もう止まらなかった。

 

 

「なんでも真似して! 自分の意思はないの!? 姉がすることが全てなら……自分なんて要らないじゃないっ!!」

 

 

 目を瞑って俯きながら、何かに八つ当たりするかのように叫ぶ。こんなことをしても、何も意味はないのに。

 

 

「——っ……わ……私は……」

 

 

 一瞬ハッとなり、また俯く。

 

 ズルズルと、何かを引きずる音がした。それは私の隣で止まり、それと同時に、大きな影がそこに落ちた。

 

 

「氷川さん」

 

 

 山城君が私の隣に来たらしい。落ち着いた声で、私の名前を呼ぶ。

 

 

「もうこの際、全部ぶつけてください」

「……えっ?」

「氷川さんの今の気持ち、全部俺にぶつけてください。ここで出し切るんです」

 

 

 一体何を言っているのか、私には分からなかった。

 

 

「俺に対しても、色々あるでしょ」

「……っ……」

「ぶつけてください。氷川さんの思っていること、全部」

 

 

 言い終わる前に、遮られる。私はゆっくりと口を開いた。

 

 

「私は……あなた達が羨ましかった……妹さんと上手くいっているあなたが……羨ましかった……」

 

 

 羨望と嫉妬が混じったような、ぐちゃぐちゃな感情を彼に伝える。

 

 

「あなたと練習している時は……少し気が楽だった。あなたは私の技術を見てくれて、評価してくれて……誰かと比べるんじゃなくて、私だけを見てくれた。……いつも『このフレーズ良くなりましたね』って言ってくれて……成長できている気がして嬉しかった……」

 

 

 事実、自分でも上手くなっているように感じていた。彼の邪気のない純粋な言葉に、心のどこかで私は喜びを感じていた。

 

 

「でも……あなたとギターを弾く度に、あなたと妹さんが笑い合っている光景が浮かんでしまうんです。……あなた達が仲良しそうしているのを考えると……羨ましくて……苦しくて……」

 

 

 いつしか、私は涙を流していた。

 悲しくて、苦しくて、辛くて、妬ましい。

 

 

「……分かりますか……私の気持ち……? 何をやっても比べられる苦しさが……あなたには分かりますか……?」

 

 

 泣きながら山城君に問いかける。

 

 彼は何も言わない。ただ聞いているだけ。私は俯いているので、彼がどんな顔をしているか分からなかった。

 

 

 いや、違う。

 

 

 彼がどんな表情をしているのか、知るのが怖かった。自分と日菜を勝手に比べて、嫉妬している。あまつさえ今度は自分と彼の境遇を比べて、八つ当たりに近いことをしている。

 

 怒っているだろうか? それとも、軽蔑しているだろうか? 何れにせよ、私は恐怖で彼の顔を見ることができず、ただ泣きながら床を見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

 

「……?」

 

 

 ふと気づいた。

 

 

 涙で歪む視界の端に、けれど確かに、雫が落ちていくのが見えたのだ。

 

 

 それも1回だけじゃない。何度も何度も、透明な雫は落ちる。

 

 

 私は何かに導かれるように、視線を上にあげた。

 

 

「——……えっ?」

 

 

 思わず声が出た。私の視界に、彼の顔が映る。

 

 

 怖くて見られなかった、彼の顔。

 

 

 彼は怒っても、蔑んでもいなかった。

 

 

「どうして……」

 

 

 震える声で、私は彼に問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……泣いているんですか?」

 

 

 

 

 

 彼は私と同じように……涙を流して泣いていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「どうして……泣いているんですか……?」

 

 

 彼は前を向いて、ただ静かに泣いていた。

 

 私の問いかけに反応し、彼は私の方を向き、真っ直ぐ私を見つめた。彼の目を見た瞬間、私は言葉を失った。

 

 

「(……なっ……なんて悲しい目なの……)」

 

 

 言葉で表せないほど、彼の目は悲しみに満ちていた。こんなに悲しい目を、今まで見たことが無かった。

 

 

「……氷川さんが悲しいからです」

「……えっ?」

「氷川さんが……悲しんで……苦しんで……辛い思いをしているからです」

 

 

 山城君の声は震えていた。私と同じように、悲しくて辛い気持ちで一杯な声だった。

 

 私は彼の言葉が理解できなかった。人は自分が悲しいから泣くのであって、誰かが悲しいから泣くのではない。

 

 けれど現に彼は、言葉にできないほど悲しそうな目を見せながら、ただ静かに、私と同じように(・・・・・・・)涙を流していた。

 

 

「……ずっと今まで、しんどい思いをしてきたんですね」

 

 

 濡れた銀色の瞳は、悲しみで染まっているように見えた。

 

 

「……いつも比べられて、その度に傷ついて、自分が否定されているように感じて……今日までずっと……その苦しさに耐えてきたんですね」

 

 

 彼の低く、落ち着いた言葉が体に入ってくる。それと同時に、何故かさっきまで苦しかった胸の奥が、少しずつ楽になっていった。

 

 しばしの沈黙の後、彼は涙を流しながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「話してくれてありがとうございました。そして……今までの自身の行動を……氷川さんを傷つけた言動を謝罪します。あなたを傷つけてしまい、本当にすみませんでした」

 

 

 その言葉を聞いて私はハッとなり、すかさず声を出してしまった。

 

 

「ち、違います! 山城君に非はありません!」

「そうかもしれません。けれど悪意が無かったとはいえ、俺のこれまでの無意識の発言や行動で、氷川さんが傷ついたことは事実です」

 

 

 違う。そうじゃない。

 あなたは私を傷つけようとしたんじゃない。何も悪くない。

 

 

「……山城君は何も悪くないんですよ……? 山城君だけじゃない……あの子も……日菜も何も悪いことなんかしてない……全部私です……私が勝手に劣等感を抱いて、勝手に嫉妬して……」

 

 

 そう。他の人は誰も悪くない。

 

 

「……悪いのは……全部私なんです……」

 

 

 膝の上に置いた両手を握りしめる。こうしないと、自分がやってきたことの重さに、耐えられないように感じた。

 

 その時、私の手に何かが触れた。触れたというよりも、包み込んでくれた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

 

「氷川さん」

「山城……君……?」

 

 

 山城君は、その大きな手で私の両手を優しく包み込んでくれていた。

 

 ゆっくりと彼の顔を見る。彼は私の手を握りながら泣いて、でも穏やかに笑っていた。

 

 

「氷川さんは、今日までたくさん頑張りました。たくさん努力して、耐えて、踏ん張って、頑張ってきました。だから……もう“悪いのは自分だ”なんて、言わないでください」

 

 

 優しくて、温かい言葉だった。

 

 

「……っ……」

「辛かったのに、悲しかったのに、苦しかったのに、氷川さんは今ここまで頑張ってきたんです。えらいえらい、です」

 

 

 今まで1人で抱えていた気持ちを理解してくれているみたいで……私のことを受け入れてくれているみたいで……。

 

 

「こんなに辛かったのに、それを誰にも言えないで、今までずっと1人で戦ってきたんですね」

「……はい……っ……」

「いつも比べられるのが苦しくて、でも憧れられるからそれが終わらなくて……辛かったですね」

「……はい……っ……辛かったんですよ……?」

「はい……辛かったですね……もう大丈夫です」

 

 

 私と一緒に泣いてくれている。比べられる苦しみも、憧れられる辛さも、彼は分かってくれているみたいだった。

 

 そう思って安心したのか、今まで我慢していた涙が、ぶわっと溢れてきた。

 

 

「……っ!」

「うおっ」

 

 

 無意識のうちに、山城君の胸元に飛び込んだ。

 彼は一瞬驚いたようだけど、すぐに泣きながら震えている私の体をそっと包んでくれた。

 

 

「俺の事は気にせず、今は全部流し切ってくださいね」

「はい……っ……ありがとうございます……」

 

 

 泣いている赤ん坊をあやすように、彼は私の背中をトントンと優しく叩いてくれた。気持ちを落ち着かせるように、私の頭をゆっくりと撫でてくれた。

 

 

 山城君の大きな胸元にしがみついて、私は泣いた。我慢なんてせず、ただひたすらに泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 数分後、ようやく私が落ち着いてきたところで、山城君が口を開いた。

 

 

「氷川さんはどうしたいですか?」

「……どうしたいとは……?」

「日菜さんとの関係です」

 

 

 日菜という名前を聞いて、ドキッとしてしまう。

 

 

「このまま現状を維持するのか、子どもの頃みたいに笑い合える関係を目指すか」

「……」

「氷川さんは……どうしたいですか?」

 

 

 そんなの、決まっている。

 

 

「私は……日菜とまた一緒に笑い合いたいです……もう一度……あの頃みたいに……」

「はい」

 

 

 山城君に抱きしめられたまま、小さな声で自分の願いを伝える。

 

 

「でも……日菜を突き放したのは私です。遠ざけたのは……私なんです。今更前みたいな関係を望むなんて……」

 

 

 自分から突き放したのに、今度はまた仲良くなりたい——そんな都合の良い話が通用するわけない。

 

 思わず体に力が入ってしまう。そんな私を落ち着かせるためか、山城君は落ち着いた声で私に話しかけた。

 

 

「大丈夫です」

「えっ……?」

「確かに氷川さんは、日菜さんを突き放してしまったかもしれません。でもそれはあなただけのせいじゃない。周囲の人達の反応や態度、その時の環境……色んな要素が複雑に絡み合って、今の関係が出来上がっているんです。誰か1人のせいにできるほど、人間関係って単純じゃないですよ?」

 

 

 彼は私を見つめて、言葉を続ける。

 

 

「間違ったのなら、またやり直せばいいんですよ」

 

 

 彼の言葉を聞いていると、もしかしたら……と思うけれど、その考えは一瞬で上書きされてしまう。

 

 

「……今更そんな関係を望むなんて、許されるわけがないです。それにどうすればいいかなんて……全然分からないです……」

「……そうですよね。そんなこと言われても分からないですよね」

 

 

 その言葉を聞いて、また気持ちが沈む。

 彼の言葉に抱いた僅かな希望も、所詮は絵空事なんだと思った時だった。

 

 

「だから俺がやります」

「……えっ?」

 

 

 突然の声に、少し驚いてしまう。

 

 

「氷川さんが……氷川さんと日菜さんが、もう一度笑い合えるように」

 

 

 彼の目は、さっきまで私に見せていたそれとは違った。

 

 

「そのために、俺は俺ができることをします」

 

 

 いつもの優しい目でも、さっきまでの悲しい目でもない。

 

 強い意志が宿ったような、そんな力強い目だった。

 

 

 

 





 読んでいただき、ありがとうございました。

 次回も来週中の投稿を目指して頑張ります。よろしくお願いします。

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