Silver Lining ~ BanG Dream Story~ 作:おたか丸
夜の9時。晩御飯を食べて、お風呂にも入った。毎日のドラムの練習もしっかりしたし、明日の学校の用意も済ませた。準備完了ということで、胸が高鳴るのを感じながら、私はベッドの上に座って電話を掛ける。
プルルルル。プルルルル。2コール後に、電話は繋がった。
「もしもし、貴嗣? 聞こえるー?」
「ああ、聞こえるよ。お疲れ様、沙綾」
「うんっ。お疲れ、貴嗣」
私の好きな男の子の声、低くて芯の通った声が、スマホのスピーカーから聞こえてきた。
*
「——それでね、皆で練習終わりにカラオケに行ってから、近くの雑貨屋さんに行ったんだ」
「おおっ、いいじゃん。何か良い物買えた?」
「うん! 新しいシュシュ、買ったんだ」
「新しいシュシュ……もしかしたらこの前お店に行った時につけてた紺色のやつ?」
「そうそう! よく覚えてたね」
「沙綾にしては珍しい色だなーって思って。結構印象に残ってた」
「確かに青系の服とか小物はあんまり持ってないかも。……ねえねえ、貴嗣」
「んー?」
「紺色のシュシュ、どうだった? 私が付けてても違和感なかった?」
「もちろん。よく似合ってたよ」
「やった♪ ありがとう♪ 貴嗣にそう言ってもらえると嬉しいよ」
「それは良かった。でもなんでまた紺色? 最近のお気に入りの色とか?」
「うーん……半分正解かな」
「あははっ、なんだよそれ。もう半分が気になるなぁ」
「ふふっ、当ててみて」
「うーん……わからんっ」
「ふふっ……あははっ!」
10秒ほど唸ってから、貴嗣は自信満々にそう答えた。あまりにも堂々と分からないって言い切るから、私はつい笑ってしまった。そして私の笑い声につられて、次第に貴嗣も笑い始めた。
君が好きな色だから、あのシュシュを選んだんだよ——答えを伝えたら、貴嗣はどんな反応するのかな。
「あー、なんだかこうやって2人で笑うの、久しぶりだね」
「ああ。久しぶりだな。……なあ、沙綾」
「ん?」
「最近その……店に行けなくてごめんな」
「どうして謝るの? 貴嗣は最近コンテストに向けて練習してるんだもん。忙しくて当然だよ」
貴嗣達は1カ月程前から〈Next Era Contest〉っていう大きなコンテストに向けて練習している。結成当初からSNSとか動画サイトに投稿していたカバー曲だったり、CiRCLE主催のライブイベントに参加したのがきっかけで、運営さんの目に留まったんだって。
やるからには出来るだけ良い結果を残したい、今の自分達がどこまでいけるのか試したい——その想いで、貴嗣達は今一生懸命練習している。学校が終わればすぐにギターケースを持ってライブハウスに向かう貴嗣の姿を、この間から私はずっと見ている。
そんな忙しい中でも、何とか時間を作って私のお店に来ようとしてくれてるっていうのを、この前穂乃花から聞いた。そのことを伝えると、貴嗣は恥ずかしそうに笑った。
「あはは……穂乃花は相変わらずお喋り好きだなぁ。それが穂乃花の良い所なんだけどさ」
「そうだね。……ねえ、貴嗣」
「ん?」
「私ね、穂乃花からその話聞いて、すごく嬉しかったんだよ。ライブハウスの予約とか練習メニューの作成とかで毎日忙しいのに、時間作ろうとしてくれてありがとう」
「……約束守れてないのにありがとうって言ってくれるのか?」
「あの日の約束は『出来るだけ毎日パン買いに来るよ』でしょ? 毎日行くとは言ってないんだから、貴嗣は約束を守ってくれてるよ」
「……沙綾は優しいな」
「誰かがいつも私に優しくしてくれてるからだよ」
「……ははっ、やっぱ沙綾には敵わないなぁ」
貴嗣と話す機会は確かに減った。
本当のことを言うと……やっぱり寂しい。店番をしている時でもレジからお店の出入り口を見つめて、「来てくれないかな」なんて思っちゃうこともある。
でも貴嗣は毎日私の事を考えてくれている。そのことがすごく嬉しいから、寂しいけれど大丈夫。寧ろ寂しさがあるからこそ、今みたいに貴嗣とゆっくり話せることが、物凄くドキドキするし嬉しいって思える。
「私ね、こうやって貴嗣とお話するの、大好きなんだ。でもそのせいで貴嗣に無理して欲しくないんだ」
「無理って……別に俺、無理なんかしてないぞ」
「ほんとに? でも今の貴嗣の声、元気ないよ」
「いやいや、そんなこと……ふあぁ~……」
「あははっ、おっきな欠伸」
無理なんかしてないっていうのは嘘。最近の貴嗣は本当に疲れている。授業中でもずっと眠そうにしている。やることが多くて、あんまり眠れてないんじゃないかな。
今日だって疲れ切ってヘトヘトなのを我慢して、私と電話してくれているんだと思う。声のトーンで元気じゃないのがはっきりと分かる。他人のことを優先しすぎて、自分のことを後回しにしちゃってる、そんな印象。
「もう夜も遅いし、そろそろ寝よっか」
「ああ。……なんか気を遣わせたみたいでごめんな」
「もう……今日の貴嗣、謝ってばっかりだよ? 『ごめん』じゃなくて、『ありがとう』って言ってほしいな」
「あはは……うん。分かった。ありがとう、沙綾。沙綾と電話できて、俺も嬉しかった」
「うんっ♪ 私もすっごく嬉しかった。じゃあ、また明日学校でね。おやすみ、貴嗣」
「ああ。おやすみ、沙綾。また明日」
ゆっくりと耳元から携帯を離して、名残惜しい気持ちを抑えながら、通話終了のアイコンを押した。通話時間は1時間ちょっと。久しぶりに貴嗣と2人きりで話せて、とても嬉しかった。
Sâya〈今日はありがとう! ゆっくり休んで、元気になってね〉
送ったメッセージに既読は付かない。電話が終わったのと同時に寝ちゃったんだね。
「おやすみ、貴嗣。ゆっくり休んでね」
静かになった部屋で1人呟いて、私も部屋の電気を消した。
◇◆◇◆
次の日の放課後、俺は美咲ちゃんと一緒に病院に来ていた。ハロハピが笑顔を届けようとしている少女、かなでちゃんが入院している病院は、花咲川学園から歩いて15分程のところだった。
受付の人と話している美咲ちゃんの後ろで、周りを見渡す。病院内はとても静かで落ち着いた雰囲気だった。外の方を見ると、すぐ近くにある公園で遊んでいる子ども達の姿も見えた。元気よく遊んでいる彼らを眺めていると、美咲ちゃんに肩を叩かれた。
「今受付の人に言ってきたよ。担当の看護師さんが呼びに来てくれるみたいだから、ちょっとここで待っていようか」
「了解。ありがとう」
受付から戻って来た美咲ちゃんと一緒に、俺は病院の休憩スペースにある椅子に座った。暖房が効いていて、とても温かい。ただ先程まで外を歩いていたので、手がかなり冷えてしまっていた。
11月に入ってから気温が急に下がった。厚着をしないと外を歩くのは少々きつい。制服の上に羽織っている
「あのさ、貴嗣君。今回はその……あたしのせいで巻き込んじゃってごめんね」
「大丈夫だよ。自分達が力になれるんだったら、それは協力するべきだと思うしさ。それに……」
「それに?」
「“誰かを笑顔にする”っていうのは、正しいことだと思うんだ。それに協力できるのは、とても嬉しいって思ってる」
俺個人の考えだけどね、と付け足して、Pコートのポケットからカイロを取り出して手を温める。そんな俺を見つめる美咲ちゃんの表情が、少し安心したようなものに変わった。
「うん、そっか。ほんとにありがとね」
「どういたしまして。ハロハピとかなでちゃんの笑顔の為に、俺も出来る限りのことをするよ」
「……前から思ってたんだけどさ」
「ん?」
「やっぱり貴嗣君って仏だよね」
「あははっ、だからそれは大袈裟だって。それ最初に会った時も言ってなかったか?」
「ふふっ。うん、言ったね」
冗談を交わして、美咲ちゃんに笑顔が戻る。ここに来るまでもずっと申し訳なさそうにしていたから、今の美咲ちゃんを見て俺は安心した。
「あかりちゃんって子も、足を怪我しちゃったんだっけ?」
「そうそう。手術は成功したんだけど、勇気が出せなくて中々リハビリができなかったんだ」
「そんなあかりちゃんを、美咲ちゃん達が勇気づけたって訳だな。流石だ」
「なんかそう言われると嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、何だかこそばゆいかも」
「あははっ。胸を張っていいと思うよ」
美咲ちゃんは満更でもないといった様子だった。ほんの少しだけ顔も赤くなっているし、やっぱり美咲ちゃんもハロハピの活動を評価されると嬉しいらしい。最初はあんまり乗り気じゃなかったと聞いていたから、美咲ちゃんがハロハピとして楽しく活動できているのは、自分も嬉しく感じる。
「そういえばさ、貴嗣君は入院したことある?」
「ああ。あるよ。子どもの頃に何回か」
「へえ~意外かも。体ガッシリしてるからそんなイメージなかったや」
「子どもの頃は体弱かったんだ。……でもそれ以上に」
「?」
「お見舞いに来ることの方が、遥かに多かったかな」
「お見舞い? 友達の?」
「……ああ。友達の」
顔を上げて、病院内をぼうっと見つめる。
「凄く大切な友達の、かな」
『あっ、貴君だ。今日も来てくれたんだね。ありがとう』
『やった、貴君が来てくれた。嬉しいなあ。私、待ってたんだよ』
『今日もいっぱいお話してくれてありがとう。私、楽しかったよ。また来てくれたら嬉しいな』
「……貴嗣君!」
「……!?」
美咲ちゃんに強く肩を叩かれて、意識が現実へと引き戻された。
「さっきから呼んでたのにどうしたの? もしかしたら体調悪いとか?」
「い、いいや。大丈夫。……すまん、ちょっと考え事してた」
「ならいいんだけど。それよりもほら、看護師さん来てくれたから、かなでちゃんのとこに行こう」
「分かった」
俺は美咲ちゃんに答えて、カイロをもう一度コートのポケットに入れてから席を立った。
*
担当の看護師さんに案内されて、俺達は病院の中を移動する。病院内のこの清潔感のある風景は、問答無用で昔を思い出させる。
紗夜さんと日菜さん、真優貴と一緒にドッグランに行ってからだ。事ある毎に、彼女と過ごした日々が思い出されるようになった。学校にいる時も、練習の時も、寝る時も……気持ちが休まる時間なんてない。
幼馴染の女の子、家族と同じくらい大切だった彼女との会話。忘れることなど許さないと、記憶の欠片が追いかけて来る。
「(……あの頃はほとんど毎日、見舞いに来てたっけな)」
物思いにふけっていると、かなでちゃんが入院しているという病室の前まで来ていた。頭をブンブンと振って、気持ちを切り替える。
「かなでちゃんがいるのはこの部屋です。あの子はとても繊細ですが、誰かと話すのが大好きな子です。たくさん話しかけてあげてくれると、私も嬉しいです」
「分かりました。色々とありがとうございます。それじゃあ、あたしが先に入るね」
「オッケー。一旦俺はここで待ってるよ」
美咲ちゃんは数回ノックをしてから、かなでちゃんのいる病室に入った。
「こんにちは、かなでちゃん」
「あっ……この前のお姉さん……美咲さん、だよね?」
「うんっ。あたしのこと、覚えててくれてたんだね。ありがとう」
「うん……この前私とお話してくれたから覚えてた。今日は……私に会いにきてくれたの?」
「そうだよ。それに今日は、あたしだけじゃないんだよ。かなでちゃんが大好きなお兄さんも来てくれてるんだ」
「えっ……それって……」
美咲ちゃんに呼ばれてから、俺はゆっくりと部屋に入った。
部屋に入った瞬間に、奥にいる少女と目が合った。黒髪ショートにブラウンの瞳、大人しそうな女の子こそ、かなでちゃんだった。
かなでちゃんを見た瞬間、何かを感じた。言葉で説明するのが難しいのだが……普通の人とは違うオーラを纏っているというか、とにかく違和感があった。
「あっ……Silver Liningの……貴嗣さん……?」
「うん、そうだよ。はじめまして、かなでちゃん。山城貴嗣です。よろしくね」
繊細なかなでちゃんを怯えさせないように、出来るだけゆっくりと話す。
かなでちゃんは驚いた様子でこちらをジーッと見つめていた。だがその視線は俺が来たことではなく、全く違う別のことで驚いているように見えた。
「この人……私と一緒……?」
「ん? どうかした?」
「う、ううん。なんでもない。変なこと言って……ごめんなさい……」
「大丈夫だよ。今日はかなでちゃんと一緒に少しお話がしたいんだけど、いいかな?」
「貴嗣さんも……私とお話してくれるの?」
「そう。ほら、俺達の音楽が好きって言ってくれたんだよね? どういうところが好きなのか、教えてもらいたいんだ」
俺の言葉にかなでちゃんは、ゆっくりと頷いてくれた。
かなでちゃんが小声でボソッと言った言葉が何だったのか気になるが、一旦それは無視。俺と美咲ちゃんがベッドにすぐ近くの椅子に座ったのを見計らって、かなでちゃんは静かに話し始めた。
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