Silver Lining ~ BanG Dream Story~ 作:おたか丸
俺と美咲ちゃんは静かな病室でかなでちゃんの話を聞く。〈Silver Lining〉の演奏が好きだという彼女は、その理由を教えてくれた。
「上手く言えないんだけれど……『聞いている人を癒したい、勇気づけたい』っていう貴嗣さん達の気持ちが、音から伝わってくるの」
不思議な答えだった。その証拠に、隣に座っている美咲ちゃんは首を傾げている。そんな美咲ちゃんとは違い、俺は内心とても驚いていた。
以前かなでちゃんが聞いていたという曲は、有名な応援ソングをカバーしたものだった。今まで演奏した中でも特に評価が高い曲だ。その歌詞には「聞いている人を癒したい、勇気づけたい」というメッセージが込められていて、自分達もそういう想いを込めて演奏した。
その気持ちを、この子は音を通じて読み取ったということになる。もしそれが本当なら、並外れた感受性だ。
「私ね、ポジティブな気持ちがこもったものが好きなんだ。音楽とか、映画とか、アニメとか。前向きな気持ちが込められたものに触れると、私にもそれが伝わってきて……胸がすうっと楽になるんだ」
「うんうん。そうなんだね。じゃあ俺達の音楽に込められたプラスの気持ちが、かなでちゃんに伝わったってことなのかな?」
「うん……『誰かの助けになりたい』っていう貴嗣さん達の気持ちが……すごくあったかく感じるんだ」
俺達は演奏する時、必ず考えていることがある。「音楽を通して、誰かの助けになりたい」という気持ちだ。
自分達の演奏を聞いてくれる人が、もし落ち込んでいたら勇気づけたい。傷ついていたら癒したい。どんな曲を演奏するときも、その気持ちは常に持っていようと4人で決めている。
「気持ちが……伝わってくる……」
「美咲ちゃん? どうした?」
「この前あたしがかなでちゃんと会った時の話、貴嗣君にもしたでしょ? あの時もね、あたしの考えてること、かなでちゃんは全部分かってた」
美咲ちゃんの話を思い出す。公園で動画を見て微笑んでいるかなでちゃんに、こっそり後ろから近づいてバレた時の話だ。
バレた時の焦りは想像できるにしても、「怖がらせちゃったかな?」「怒らせちゃったかな?」という心配を、美咲ちゃんは一切口にしていない。それでもかなでちゃんは正確に、美咲ちゃんの気持ちを読み取っていた。
「もしかしたらあの時も、あたしの気持ちとか考えが伝わってきた……ってことなのかな?」
「……うん。そうだよ、美咲さん」
美咲ちゃんとかなでちゃんのやり取りを見て、ふと閃いた。
俺達〈Silver Lining〉は、「誰かの助けになりたい」という気持ちで演奏している。それはプラスのエネルギーを持つ感情で、演奏を聞くかなでちゃんには、
ならその反対は? マイナスのエネルギー、即ちネガティブな感情に触れるとどうなるか? かなでちゃんも負のエネルギーを浴びて、辛い気持ちになってしまうのではないだろうか? 「病は気から」という諺もあるように、精神と体調は密接に繋がっている。精神的ストレスによって免疫力が下がることについては、これまでに多くの本や学術論文が発表されているし、的外れな話ではないはずだ。
つまりかなでちゃんが体調を崩しがちというのは……。
「ねえ、かなでちゃん。かなでちゃんが体調崩しがちっていうのは、『気持ちが伝わってくる』っていうのと関係あったりする?」
「……!?」
かなでちゃんの体が、ビクッと震えた。とても驚いている様子だった。まずい質問をしてしまったと内心焦ったが、そう考えている内にかなでちゃんが口を開いた。
「……正解だよ、貴嗣さん。やっぱりあなたも鋭いね」
そう言ってから、かなでちゃんは体を俺達の方に向けた。
「美咲さん、貴嗣さん。あかりちゃんから聞いてると思うけれど、私、ちっちゃい頃から体調を崩しがちなんだ。……その理由、聞いてくれる?」
「もちろん。あたし達もかなでちゃんのこと、もっと知りたい」
「……ありがとう」
暫しの沈黙の後、かなでちゃんはゆっくりと口を開いた。
「私ね、他の人の気持ちを、自分の気持ちみたいに感じちゃうんだ」
静かな病室で、かなでちゃんは自身について話し始めた。
◇◆◇◆
物心ついた頃から、私は他人の気持ちに敏感だった。他人の気持ちが伝わってきて、まるで自分の気持ちのように感じてしまう。
楽しい気持ちの人といれば、私も楽しくなる。辛い気持ちの人といれば、私も辛くなる。無意識の内に他の人の気持ちをキャッチしてしまい、それに振り回されてしまう。
上手く言葉にできないけれど、他人の気持ちが私の中に入り込んでくる、みたいな感覚。多分普通の人には理解できない感覚だと思う。私が何もしていなくても、悲しい気持ちの人が傍を通るだけで、私も悲しい気持ちになってしまう。自分の気持ちと他人の気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざっちゃうような感じ。
人が集まる場所は、昔から苦手だった。他人が嫌いとかではない。むしろ他の人とお話ししたり、遊んだりするのは好き。でも皆がポジティブな気持ちでいるかといえば……それは違う。ネガティブな気持ちの人が同じ空間にいれば、その気持ちが私にも伝わってきて、私も辛くなってしまう。
そして私にとって、避けては通れない「人がたくさん集まる場所」があった。学校だ。小学校では毎日クラスの皆と過ごす。そして私には……クラスの皆全員の気持ちが流れ込んでくることになる。
マイナスの気持ちが伝わってきて、それがどんどん溜まっていくと……ある時限界が来る。そうなると一気に体の調子が悪くなってしまう。フラフラになって、頭が痛くなって、体が物凄く重くなる。ひどいときは熱も出てしまう。そうやって体調を崩して、その度に入院をしてしまう。
病院では基本的に1人だから、少しずつ体調は回復する。でも学校に戻ったら、また同じことの繰り返し。皆の気持ちを感じ取って、いつかは限界が来て、体調を崩して入院。そんな生活を……私は幼い頃からずっと続けている。
これが私。他人の気持ちを自分の気持ちのように感じてしまう、入院しがちな女の子だ。
◇◆◇◆
「他の人の辛い気持ちを感じ取っちゃって、自分も辛い気持ちになっちゃうんだな。自分がそうじゃなくても、他の人の『怖い』とか『辛い』とか『悲しい』とかが伝わって来ちゃって、自分もその気持ちになっちゃうんだ」
「そう。それで物凄くしんどくなって……気が付いたら、こうやって病院のベッドの上にいるの。これの繰り返しなんだ」
かなでちゃんは自身の性質と、これまでのことを話してくれた。その話は彼女の辛い気持ちで満ちていて、胸の奥がズキズキと痛んだ。美咲ちゃんも同じなのだろう、表情が強張っている。
「私、思うんだ。なんで私は普通じゃないんだろうって。なんで私は……他の人と違うんだろうって」
「かなでちゃん……」
「でもね、この前貴嗣さん達の音楽に出会ったの。貴嗣さん達の演奏はね、すごく温かくて、優しい気持ちでいっぱい。〈Silver Lining〉さんの曲を聞いている間は、辛い気持ちが前向きな気持ちに変わるの」
かなでちゃんは窓の外を見ていた。彼女の視線は、病院のすぐ近くにある公園に向けられていた。
「本当は私も……今あの公園にいる皆みたいに、毎日友達と遊んでみたい。毎日学校で勉強したい。でも……退院して少しの間は学校に戻れても、また他の人のネガティブな気持ちを感じ取っちゃって、辛い気持ちになっちゃう。それが……すごく怖いの」
途中からかなでちゃんの声が涙声に変わっていた。涙を溜めた目で、かなでちゃんはこちらを見ていた。
「ねえ貴嗣さん、美咲ちゃん……私、笑いたいよ……辛い気持ちに振り回されるんじゃなくて……心の底から笑いたい……でも……どうすればいいか全然わからないの……」
気が付くと、俺は鞄から予備のハンカチを取り出して、かなでちゃんの涙を拭いていた。嫌がられるかと思ったが、かなでちゃんは一瞬驚いただけで、そのままじっとしていてくれた。
「かなでちゃん、話してくれてありがとう。人の気持ちを自分の気持ちみたいに感じちゃうのは……本当に辛いよな。胸も痛くて体もしんどくて……辛い気持ちを俺達に教えてくれてありがとう」
「……っ……うん……」
これ以上かなでちゃんにストレスを与えるのはまずい。そう思い、隣の美咲ちゃんに小声で提案する。
「今日はここまでにしないか?」
「うん。これ以上はかなでちゃんに負担かけちゃうよね」
美咲ちゃんからも了解があり、今日の面会はここまでとなった。しばらくの間かなでちゃんを落ち着かせてから、俺達は荷物をまとめた。
「そうだ、かなでちゃん。〈ハロー、ハッピーワールド!〉っていうバンド知ってる?」
「えっ? 〈ハロー、ハッピーワールド!〉……この前美咲さんと一緒にいたお姉さん達のバンド……?」
「そうそう! そのとおり」
マフラーを巻いた美咲ちゃんが、席を立つ前にかなでちゃんにそう聞いた。かなでちゃんは首を傾げながらも、以前こころ達が来たことを思い出したようだった。
「あたし達もバンドやってるんだ。まあその……貴嗣君達みたいな正統派バンドじゃなくて色々とぶっ飛んでるんだけど……って、なんか自分で言うと悲しくなるな……」
「? 美咲さん、大丈夫?」
「ああ、ごめんね。それでね、あたし達のバンドの音楽はね、すっごく楽しくて派手で、笑顔でいっぱいなんだ。だからかなでちゃんにも一度聞いてみてほしいんだ」
「……うんっ。分かった。〈ハロー、ハッピーワールド!〉の曲、聞いてみる」
「ありがとう。それじゃあ、あたし達は帰るね。今日はありがとう、かなでちゃん」
かなでちゃんに感謝を伝えて、俺達は病室を後にしようとした。
「み、美咲さん……! 貴嗣さん……!」
ドアに手を掛けたところで、後ろから彼女に呼び止められた。俺達は同時に振り向いた。
「また……お話しに来てくれる……?」
俺と美咲ちゃんは顔を合わせて、頷いた。
「「もちろん!」」
力強く答える。出てきた言葉も全く同じだった。
それを聞いたかなでちゃんは、ほんの少しだけど、嬉しそうに笑ってくれたように見えた。
◇◆◇◆
「おまたせー貴嗣君。ホットコーヒー、持ってきたよ」
「ああ、ありがとう美咲ちゃん。……あぁ~、あったけぇ~……」
「あははっ、変な声出てる。……ふぅ~、あったか~い……」
コンビニの休憩スペースでホットコーヒーを飲む。外の寒さで冷えた体に熱が入ってきて気持ちいい。ポカポカと体の内側から温まってきて、脱力しきった声が思わず出てしまった。
「最近のコンビニのコーヒーって美味しいよね」
「確かに。美味しいのは認めるけど……うちの店のコーヒーには及ばないな」
「あははっ、そりゃあ専門店には勝てないでしょ。貴嗣君の家のお店は特に味に拘ってるんだから、比べるのはコンビニがかわいそうだよ。……そういえばお腹減ったなぁ。何か食べたい……」
「そう言うと思って……じゃじゃーん」
「あっ、ミニサイズのクッキーだ。美味しそう。それ、貴嗣君の手作り?」
「その通りでごぜーます。真優貴とこの前作ったバニラクッキーなんだ。コーヒーとも合うと思う。はい、どうぞ」
「ありがとう。それじゃあ、いただいます。……んん~美味しい♪」
かなでちゃんとの面会の後、あたし達は帰り道の途中にあるコンビニに寄り道をしていた。休憩したかったのもあるし、今日の話をまとめた上でこれからどうしていくか、貴嗣君と相談したかったからだ。
コーヒーとクッキーを一通り堪能し一息ついてから、あたしのほうから話しかけた。
「今日は一緒に来てくれてありがとう、貴嗣君。貴嗣君がいてくれて本当に助かったよ」
「どういたしまして。……それで、今日の面会の感想は?」
「う~ん……なんかもう、情報量が多かったっていう感じかな。まだ頭の整理ができてなくてさ……でも貴嗣君達の音楽が好きな理由は、何となく分かった。かなでちゃんは、周りの気持ちに振り回されちゃうってことなんだよね?」
「うん。要するにかなでちゃんは、『共感能力が高すぎる』子なんだ」
貴嗣君の言葉はとても分かりやすかった。なるほど、共感能力か……と心の中で納得した。
「一般的な共感っていうのは、相手の気持ちとか考えを自分自身のこととして考えて、理解できる能力のこと。かなでちゃんみたいな子は、その共感能力が高すぎる。考えて理解するってレベルを超えて、『その人になってしまう』んだと思う。自分と他人の間の境目がすごく薄いんだ」
「自分と他人の境目……他人の気持ちと自分の気持ちがぐちゃぐちゃに混ざっちゃうような感覚って、かなでちゃんも言ってたね」
「そうだな。例えば、悲しくて泣いている人を見たら、自分も泣いてしまうみたいな感じだ。『自分は悲しくない。でも他の人が悲しいから自分が泣く』っていう、一見よく分からない現象が起きるんだよな。感情移入しすぎ、共感しすぎとも言えるかも」
そう話す貴嗣君の口調に、あたしはほんの少し違和感を覚えていた。あまりにも詳しく知ってて、どうもそれが気になって仕方がない。
病院でかなでちゃんと話している時もそう、話が難しくて唸っていたあたしと違って、貴嗣君はあの子の話をすんなりと理解できていた。かなでちゃんみたいな子に会うのは初めてじゃない、とかなのかな。
まあでも、説明が分かりやすいことに変わりはなくて、彼の解説のおかげで、あたしもかなでちゃんの性質について大分理解ができていた。
「頭が混乱しちゃうんだね。これは自分の気持ち? それとも他人の気持ち? って。そりゃあストレス溜まるよね……」
「ああ。体に支障が出るレベルで、だな」
そう言って、貴嗣君はまた一口、ホットコーヒーを飲んだ。それにつられて、あたしもコーヒーカップを口へと運んだ。
「……かなでちゃんさ、笑顔になりたいって言ってたよね」
「ああ。学校に行って勉強する、公園で友達と遊ぶ、運動会とか行事に参加する……そういうのに憧れてるんだな」
あの子は、あたしが想像できないくらい辛い思いをしてきたんだと思う。「心の底から笑いたい」と泣きながら言うかなでちゃんの姿が浮かんで、胸がギュッと締め付けられた。
そんな彼女を見て、あたしは思った。
「あたしさ、かなでちゃんを笑顔にしたい。かなでちゃんに、思いっきり笑って欲しい」
前のあたしだったら、やりたい気持ちより、まずそれが出来るのか出来ないのかって考えの方が先行していた。けどハロハピとして活動してきたからかな、そんなこと出来るわけないじゃんっていう考えよりも、誰かを笑顔にしたいっていう気持ちが、今回は先に出てきた。
あたしでも誰かを笑顔にできるんだったら……あたしはかなでちゃんを笑顔にしたい。
「でも今のあたしじゃ、具体的にどうすればいいのか、良いアイデアが浮かばない。だから貴嗣君。あたしに……ハロハピに協力してくれないかな?」
あたしは貴嗣君の目を真っ直ぐ見つめて言った。貴嗣君は視線を逸らさず、ゆっくりと頷いてくれた。
「分かった。俺も協力する。大河達とも話し合ってみるよ」
「うんっ。ありがとう」
彼の透き通った銀色の瞳が、あたしの気持ちをしっかりと受け止めてくれるみたいだった。
「ところで」
「ん?」
「さっき美咲ちゃんがコーヒー頼んでくれている間に、1つアイデアが浮かんだけど、聞いてもらってもいいかな?」
「えっ!? もう思いついたの!?」
思わず驚いてしまった。貴嗣君は苦笑いして、「ものすごーく大雑把だけどな」って言いながら、メモ帳をあたしに見せてきた。
左のページには、さっきのかなでちゃんとの会話の内容が綺麗に整理されていた。そして右のページには、貴嗣君が思いついたアイデアとそれに関するメモが大まかに書かれていた。メモは乱雑で、まだ考えが十分に纏まっていないのが見て取れた。
「かなでちゃんの共感能力はすごく強い。他人の気持ちを、自分の気持ちのように感じてしまう。マイナスの面に注目しがちだけど、楽しい気持ちの人と触れ合えば、かなでちゃんも楽しい気持ちになれるってことだろ?」
「うんうん。〈Silver Lining〉の音楽が好きな理由も、それに近かったよね。楽しい気持ちに触れる……あっ!?」
貴嗣君の言いたいことが、ピコンと頭に閃いた。
「あたし達ハロハピの音楽なら、かなでちゃんを笑顔にできるかも……!?」
「そう。美咲ちゃんも言ってただろ? ハロハピの音楽は、楽しくて、派手で、笑顔に満ちているって。ポジティブな気持ちを伝えるっていうのは、美咲ちゃん達が一番得意なんじゃないかな」
「すごい……すごいよ貴嗣君! 確かに細かいところは煮詰まってないけど……なんだかいけそうな気がする!」
「もうほんとに安直な考えだけどな。まだまだしっかりと考えないといけないから、とりあえず1つの案ってことで考えておいてほしい」
そう言って、貴嗣君はメモ帳を閉じて鞄に入れた。
全く別のバンドのことだけど、一生懸命考えてくれてるんだなぁ。なんだかこういうの、すっごい嬉しいかも。
「さてと、そろそろ帰りますか。次の行動はどうする?」
「あっ、それなんだけどさ、明日の放課後に駅前の図書館に行ってもいいかな? かなでちゃんの高い共感能力っていうのについて調べたいんだ」
「おおっ、いいね。なら心理学のブースにあるかもだな。明日、調べに行ってみるか」
「うんっ。お願いします」
「お安い御用だ」
ニコッと笑って答える貴嗣君。その笑顔を見て、何だか安心感というか、あったかい気持ちになる。かなでちゃんの言っていたのは、もしかしたらこんな気持ちなのかも。
貴嗣君達が協力してくれれば、かなでちゃんを笑顔にできるかもしれない。そんな期待を抱きながら、あたしはコーヒーカップを持って、最後の一口を流し込んだ。
読んでいただき、ありがとうございました。
性懲りもなく、またまたアンケートを作らせていただきました。お時間があれば是非。
ハロハピでのあなたの推しは?
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