Silver Lining ~ BanG Dream Story~ 作:おたか丸
自然に包まれた、落ち着いた公園。秋の心地よい空気に包まれながら、僕はギターを弾く。
楽譜を見ながらゆっくりと指を動かす。だが順調に弾けたのはほんの一瞬、すぐに音を外してしまう。
「はぁ……また同じところ……」
落胆のため息が出る。この曲は初心者が練習するための、とても簡単な曲。簡単なはずなのに、僕は同じところでミスをしてしまう。何度も練習しているのに上手く弾けない、そんな才能のない自分が嫌になって、胸の奥がキュッと痛くなる。
もし真優貴が練習したら……僕とは違って一瞬で弾けるようになるに違いない。そんな考えが頭をよぎって、胸の中のモヤモヤがどんどん大きくなって……苦しくなって……。
「こんな調子じゃいつまでたっても上手くなれないよ……はぁ……」
またため息が漏れる。大きなため息だったからか、近づいてくる小さな足音に気付かなかった。
「ため息ばっかりついていたら、幸せが逃げちゃうよ」
「うわっ!?」
突然後ろから声を掛けられ、ビクッと体が跳ねる。でもその声を聞いて、誰がいるのかはすぐ分かった。
「のぞみ……!?」
「うん。やっほー、貴君」
雪みたいに白い肌と髪。けれどその白さは美しいというよりは病的で、髪に艶は無く、腕と足も細い。
彼女の名前は
「どうしてここに? 病院から出てきて大丈夫なの?」
「うん。今日は体の調子が良いんだ。窓を開けていたら、公園からギターの音が聞こえたの。気になっちゃって来ちゃった」
「来ちゃったって……そんなに簡単に病院から出てきちゃだめだよ。急に苦しくなったりしたら危ないのに……」
「ずっとベッドの上にいるの、すごく退屈なんだよ? 体を動かしたい気分だったし、それに……」
そこまで言って、のぞみは俺の顔からギターへと視線を移した。
「すごく悲しい音が聞こえたの。悲しくて、辛そうな音」
のぞみの言葉にドキッとする。胸の奥を言い当てられた時の感覚。僕の幼馴染は物凄く鋭い子だ。僕の考えていることは何でも分かるという彼女は、まるでお母さんみたいだ。のぞみは感が鋭くて、こっちの気持ちとか考えとかを、正確に当ててくる。
「ギターが上手く弾けなくて、嫌になってたの?」
「……何回練習しても上達しないんだ。こんな調子じゃダメなんだ。もっと上手にならないと——」
「わたしと一緒にセッションできない?」
こうやってこっちの言おうとしてることを先読みするのも、彼女は得意だ。
「初めから上手く弾ける人なんていないんだよ? そんなに落ち込む必要ないと思うな」
「……真優貴だったらすぐ弾けるようになるよ。姉ちゃんだってそうだ。2人とも僕と違って才能が——」
「はーい、ストップ」
真っ白で細い彼女の指が、僕の唇を抑えつけた。のぞみはやれやれ、みたいな顔でこちらを見ていた。
「他人と自分を比べるんじゃなくて、自分のいいところを見て。前からずーっと言ってるのに、貴君ったら全然言うこと聞いてくれない」
「……そんなの簡単にできるもんじゃないよ」
そう言って、傷が増え始めた指先を見る。傷が増えるばっかりで、ギターの腕前はちっとも伸びやしない。
「知ってるだろ? 僕は真優貴や姉ちゃんと違って、何をやっても上手く出来ない。……誰も喜ばすことができない僕は……ただの役立たずだよ」
「……それは違うと思うな」
のぞみが隣に座った。
近くで見ると、もう本当に体が細くなっている。毎日病院に見舞いに行くようになってから数ヶ月経つけど、明らかに前よりも腕とか脚が細くなって、とても脆く見えてしまって、自分のことじゃないのにとても怖くなる。
けど——
「貴くんは役立たずなんかじゃない。今まで頑張ってたの、わたし知ってるよ」
そんな弱々しい雰囲気の彼女の笑顔は、太陽のように温かくて力強く見えた。
「それに誰も喜ばすことができないっていうのも違う。だって貴君が毎日見舞いに来てくれて、わたしはすっごく嬉しいんだよ」
「……ほんと?」
「うんっ。ほんと」
そう言われて、カアっと顔が熱くなるのを感じた。のぞみはいつだってこう。僕のことを肯定してくれる。本当に優しくて、あったかい女の子。
照れているのを見られたくなくて、顔をギターの方に向けた。
そんなに優しくされたら、もっと君のことが好きになってしまう。好きすぎて頭がおかしくなっちゃいそうだから、そんなに優しい言葉を掛けないで——そんな心の奥底もお見通しなのか、のぞみは何も言わずに、ただクスッと笑うだけだった。
「だからそんなに落ち込んでないで、ギターの練習しよう。今度はわたしが隣で教えるから、もう1回最初から弾いてみて」
「……何回失敗するか分からないよ?」
「別にいいじゃん。出来るようになるまで練習すればいいんだよ。貴君は絶対にあきらめない人だもん、この練習曲だって、弾けるようになる」
わたしはそう信じてる、と彼女は言ってくれた。その言葉が何よりも嬉しくて、幸せだった。僕は楽譜を見ながら、もう一度ピックを持った右手を動かし始めた。
*
真夜中に、突然目が覚めた。
「……っ!?」
夢を見ている途中で、無理矢理現実に意識を引っ張られたような感覚。目の前に広がっていたのは、のぞみの笑顔ではなく、真っ暗な天井であった。
「ハア……ハア……」
激しい頭痛だ。呼吸は酷く乱れていて、大量の汗もかいていた。
すぐに体を起こし、ペットボトルの水を一気に飲む。用意していたタオルで汗を拭いていると、少しずつ心臓の鼓動も収まっていった。
「……顔洗いに行くか」
息を整えながら、だるい体を起こして1階へと向かった。
*
冬の季節に入ると、のぞみの夢を毎日見るようになる。
5年前からずっとそうだ。夢の中で彼女と出会い、過去の記憶を追体験して、そして……今みたいに突然目が覚める。
「……相変わらず、ひどい顔だな」
明かりをつけた洗面所、その鏡に映った自分の顔は、ひどくやつれているように見えた。のぞみの夢を見て目が覚めた時は、いつもこうだ。
幼馴染である彼女と過ごした日々は、毎日が幸せに満ちていた。春に彼女が入院し、夏は一緒に花火を見に行き、秋には紅葉狩りにも行った。
そして冬には……冬にのぞみが「クリスマスツリーを見に行きたい」って言って、町に飾られていた大きなツリーを夜に見に行って、そしてその後で……。
「(『自分の犯した罪を忘れるな』……冬の季節に君が夢の中に出てくるってのは……そういうことだよな)」
忘れるはずもない。
自分は取り返しのつかないことをしてしまった。本当なら俺は、こうやって楽しい毎日を過ごしていい人間ではない。罪人なんだ。
「……ははっ、何被害者面してんだよ、俺。そんな顔する資格なんてないだろ」
朝起きて、家族とおはようを言い合って、学校に行き友達と出会って、話して、笑って。彼女が一番望んでいたはずの毎日を、罪人である自分が過ごしているのだ。そんな理不尽な話があっていいはずがない。
でも自分は今もこうして生きている。心臓は動いているし、呼吸もしている。度し難い罪人である自分が生かされているのには、理由があるはずだ。
『他の人の心の痛みを感じることができる——私ね、それってとっても大切なことだと思うんだ。貴君にはその力がある』
『だから、これからも傷ついた人がいたら、貴君の力で癒してあげてほしいの。わたしの心を……貴君が癒してくれたみたいに』
かつての彼女の言葉が、頭の中に蘇る。
他の人に幸せになってほしい。笑顔になってほしい。だけど心が傷ついてしまうと、人は幸せから遠ざかってしまう。でも……人の心の痛みを知り、理解し、それを取り除くことができれば、人を笑顔にできるかもしれない。幸せにできるかもしれない。
「たかがちょっと眠れないくらいで、そんな情けない顔してんじゃねえぞ」
鏡に映る自分を睨みつけて、1人呟く。こんなことで立ち止まっている場合ではないんだと、自分に言い聞かせる。
この程度で弱音を吐いていたら、かなでちゃんを笑顔になんかできない。かなでちゃんに笑顔を届けようと一生懸命頑張っているハロハピの皆を、大河達を、そして美咲ちゃんを助けられない。
他の人の幸せに貢献する。
「他の人の幸せの為なら……俺はやってやる」
再び呟いてから、自分の部屋に戻るために洗面所の明かりを消す。一瞬で辺りに暗闇が広がって、鏡に映っていた自分の顔——人に見せられないくらい弱々しくやつれた顔も、夜の黒色に塗りつぶされた。
そんな情けない自分の顔が見なくてよくなったからか、どこかホッとしている自分がいた。
◇◆◇◆
CiRCLEのスタジオ内は、練習の熱気で満たされていた。Silver Liningの4人に加えて、ハロハピの5人も同じ空間にいるというこの状況は、Roseliaとの合同練習を思い出させる。
だがその雰囲気はある意味真逆で、これまた興味深い。友希那さん達との練習では、良い意味で真剣な空気が張り詰めていた。対照的にこころ達との練習は、楽しいという気持ちで満ちていた。
「今の演奏、すごくよかったわ! 貴嗣もそうでしょ?」
「ああ。今までで一番音が合ってたと思うよ、こころ」
同じボーカルとして歌を歌っていたこころ。彼女のこの笑顔が、ハロハピとの練習の雰囲気を物語っている。演奏することを、皆が楽しんでいるのだ。
「それじゃあ予定通り、一旦休憩に入ります。各自休憩に入ってください」
そう声を掛けると、こころ達は動き始めた。
もちろんRoseliaとの練習が嫌だったとか、そういう訳ではない。全力で練習に打ち込むあの雰囲気も、俺達は大好きだ。同じガールズバンドのRoseliaとハロハピだが、ここまで練習の雰囲気が違うものなのか、ハロハピとの練習を通して新しい発見があるかもしれない、なんて思っていると、肩を叩かれた。
「貴嗣」
「ん? ……ああ、大河か。どうした?」
「いやいや、珍しく貴嗣がボーっとしてたから気になってさ。考え事か?」
「まあ、そんなとこ。この合同練習でまた成長しないとなーって思ってた」
「おお~向上心の塊。……ってなわけで、休憩に入る前に1回4人で合わせるか」
「ああ、そうだったな。ボケッとしててすまん」
俺達はまだ休憩に入らない。〈Next Era Contest〉の2次審査で演奏する曲を、休憩に入る前に1回合わせる。ハロハピと一緒に練習する分、こういった隙間時間に音合わせをしようと、4人で決めたのだ。
「いやでも喉乾いたなぁ。練習する前に水分補給しとくか」
「賛成。……あっ、でも俺さっき水飲み切っちゃったんだよな」
「じゃあ自販機に買いに行くか。俺も付き合うよ」
「助かるぜ~貴嗣」
なんて話しているときだった。
「貴嗣君、大河君」
「「ん?」」
2人で話していると、横から声を掛けられた。振り向くと、スポドリを4本手に持っている花音さんがいた。
「これから練習するんだよね? ささやかなものだけど、私達からの差し入れだよ。練習、頑張ってね」
そう言って、俺達2人にスポドリを渡してくれた花音さん。ふんわりとした優しい笑顔を浮かべている花音さんを見て、大河がふと呟いた。
「——天使がいる」
「ふ、ふえぇ~……!? て、天使って……ぜ、全然そんなのじゃないよぉ~!」
花音さんは顔を真っ赤にして首を横にブンブンと振る。だが必死になって否定する姿も、何だか天使的なフワフワとした雰囲気があって、やっぱり可愛らしかった。
「やっぱり天使だ……」
「ふ、ふえぇ~……/// やめてよ大河君……///」
「あははっ。デレデレしてるなぁ。……おっ。なあ大河。後ろ見てみ」
「ん? 後ろ?」
デレデレしている大河の肩を叩き、後ろを向かせる。その視線の先には……ニヤニヤしている穂乃花と花蓮がいた。
「ねえ大河、それ花音先輩のこと口説いてるの~?」
「でも口説くにしてはその台詞はちょっとキザすぎるよ~。せめて2人きりの時にそっと囁く、くらいしないと~」
「でもでも、恋愛相談なら、あたし達いつでもオッケーだぞ♪ だから頑張れ♪」
「頑張って♪」
「だから2人とも勝手に話を進めすぎだって……キャラ変わってるって……」
「ううっ……/// 穂乃花ちゃんも花蓮ちゃんも……か、からかわないでぇ……///」
からかってくる2人に、大河が半分呆れ口調で答えた。恋バナが大好きな穂乃花と花蓮は、こういうシチュエーションではテンションが上がる。そして話の話題にされてしまった花音さんは、やっぱり顔を赤くして、可愛らしく狼狽えていた。
◇◆◇◆
「羊毛フェルトでお守りを作る?」
「そうそう。ライブ以外に何かできることないかなーって考えてたら、ふと思いついたんだ」
Silver Liningとしての練習を終えて、ハロハピに合流した俺達。ラウンジのテーブルでグビグビとコーヒー牛乳を飲んでリラックスしていると、美咲ちゃんがこちらに来た。
「かなでちゃんが退院してからも、また他の人のストレスを感じ取っちゃって辛くなると思うんだ。そんな時にお守りとか持ってたら、多少は安心できるんじゃないかなーなんて思ってさ」
「確かに。受験生が鞄にお守り付ける、みたいな感じか」
「そうそう。『かなでちゃんがこれからも楽しく毎日を過ごせますように』っていう気持ちを込めて作ったお守りを作って渡したいなーって。このアイデア、どうかな?」
お守りを通して、自分達の気持ちをかなでちゃんに伝えたいと、美咲ちゃんが話す。どこにでも持って行けるような小さくてかわいいお守りを羊毛フェルトで作るのは、いいアイデアだと感じた。そのことを伝えると、美咲ちゃんは安心したように笑った。
「よかったぁ……。『お守りなんて気休めにしかならない』みたいなこと言われないかなー……ってちょっと心配だったんだ」
「そんなこと言うもんか。お守りの効果を舐めちゃだめだからな。それで、具体的にどんな形のお守りにするつもりなんだ?」
「ハロハピらしさってことで……ちっちゃなミッシェルにしようかなって思ってる。こんな感じ」
美咲ちゃんはそう言って、スケッチブックのようなものを俺に見せてきた。そこには美咲ちゃんの言う通り、可愛くデフォルメされたミッシェルが書かれていた。使うフェルトの種類や色のメモが書かれていることから、これが設計図的なものだとすぐに分かった。
元々ミッシェルはこの町の商店街の人気マスコット。ハロハピの活躍もあって、その人気はどんどん広まっている。個人的にああいうキグルミは、目に光が無くほんのちょっと怖かったりするのだが……子ども達からすると、あのまん丸としてフォルムが可愛くて好きみたいだ。
まあそんなことはともかく、スケッチブックを見ながら「ミッシェルならかなでちゃんも気に入ってくれるかも」なんて考えていたところで、あることに気が付いた。
「なあ美咲ちゃん、この絵のミッシェルが首に掛けているものって、ネックレス?」
「おっ、よく気が付いたね。その通りだよ。あたし達、合同ライブする予定でしょ? ハロハピとSilver Liningのコラボって感じでいいかなって思ったんだ」
俺達Silver Liningは演奏をするとき、4人とも同じネックレスを付けている。菱形の銀色のネックレスなのだが、ハロハピとSilver Liningの協同作品みたいな意味合いなのか、そのネックレスを身に着けたミッシェルを美咲ちゃんは作ろうとしているみたいだ。
「うんうん。超良い感じだと思う。それで、これは美咲ちゃんが1人で作るつもりなのか?」
「あー、それなんだけど、ミッシェルはあたしが作るとして……折角だし、この銀のネックレスの部分は貴嗣君に作ってもらいたいんだ」
美咲ちゃんの言うことはごもっともだった。ハロハピと俺達のコラボなんだし、羊毛フェルトだって役割分担する方が雰囲気は出る。だが1つ問題があった。
「おおっと……俺がこれを作る感じなのか……」
「? あっ、もしかして練習が忙しくて作る時間がないとか? それなら全然大丈夫だよ、あたしが作るよ」
「ああいや、そういうことじゃなくて……」
「?」
美咲ちゃんが首を傾げる。
俺は観念して、自分が今悶々としている理由を説明した。
「本当に恥ずかしい話なんだけどさ……俺、裁縫とかめっちゃ苦手なんだよ」
「……えっ!? そうなの!?」
驚く美咲ちゃんに、俺は苦笑いをすることしか出来なかった。
「なんかこう、細かい作業が昔からほんと苦手でさ……細い針みたいな小さな道具を使う作業とか特に……」
「そ、そんなに?」
「ああ……」
だがこれはある意味好機かもしれない。苦手を克服しろという、天からの啓示なのかもしれない。
「けどやるよ。羊毛フェルト、俺も挑戦してみる」
「えっ? 大丈夫なの?」
「ああ……苦手だって言って逃げてばっかりじゃ絶対に成長できないし。これもかなでちゃんの為だ、頑張ってみるよ」
「あははっ、ありがと。あたしもしっかり教えるから、安心して」
「ありがとう美咲ちゃん。……ああ、でも1つだけお願いがあるんだ」
「ん? 何?」
「羊毛フェルトする時にさ、近くに救急箱を置いといてほしいんだ。……多分俺、針で指刺しまくるから……」
「そ、そんなに不器用なの貴嗣君……!? 」
「気が付いたら辺り一面血の海に……」
「いやいや怖いってそれは……!」
こうして、俺は美咲ちゃんと共に羊毛フェルトなるものでお守りを作ることになった。心の中には、これを機に出来ることを増やそうというやる気と、針によって指が傷だらけになることへの不安が満ちていた。
ハロハピでのあなたの推しは?
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弦巻こころ
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瀬田薫
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北沢はぐみ
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松原花音
-
奥沢美咲