チンピラ乙女ゲー騎士転生者様 作:自己顕示欲
トロワ・カトルは自身が低俗な人間である事を自覚していた。
さしたる特技もなく、人に誇れる功績もなく、それなりの容姿にそれなりの器用さ、優れたるは家柄のみ。そんな平凡な人間でありながら、他者を嫉み、蹴落とす事ばかりは一端にこなす。これが物語ならば当て馬にされて退場するような、その程度の低俗で凡庸な人間。
だがそれがどうしたと言うのか。この世は物語のように因果応報の法則に基づいてなどいないし、彼女は自身の身の丈にあった──と本人は思っている──幸せを享受している。
元より社会とは競争の場。社交界は貴族の戦場。
他者を蹴り落とさなければ昇れず、踏みつけねば立場もない。誰しもがやっている事に凡庸な彼女が倣っただけである。誰がそれを責めようとも、彼女はそれを悪いとは思わない。
トロワ・カトルという名のありふれた貴族令嬢は、低俗で、凡庸で────しかし、幸せな人間だった。
半年前までは。
おおよそ半年前。前の年に大きな災禍もなく、どの貴族の領地も、収穫も開拓も徴税も順調であると明るい報告が相次いだ。差し迫った脅威はなく、大規模な公共事業を抱えている訳でもない。つまり政争の好機である。
その前準備として、複数貴族合同で大きなパーティーを開いた。敵味方を区別し、味方に渡りを付け、敵に仕込みを行うための、つまり前哨戦だ。名目上は前年度の成功を祝うためではあるが。
そこで一つの噂が流れた。曰く、異世界から人間が迷い込んで来たと。
まるで陳腐なお伽噺のようだが、火のない所に煙は立たない。噂が事実でなくとも、その噂が流れた事自体に意味があるはずだ。
調べてみれば直ぐにわかった。王城に潜り込ませたメイドからの情報。『皇太子が女を一人囲っている』と。
どこぞの毒婦に引っ掛かったのか、それとも麒麟児とは名ばかりの色ボケだったのか。どちらせよ
隣国の姫と婚約をしておきながら、女を囲い、あまつさえその言い訳が『異世界人』である。これを期に戦争が始まってもなんらおかしくないほどの蛮行。
しかしカトルにとってはチャンスだ。『皇太子に目を掛けられた女』という特上の餌を、ローリスクで貪る好機。
間諜の可能性を疑ってもいい。皇太子を惑わせた毒婦として責め立ててもいい。あるいはその女の情報を隣国に流し、その首で譲歩を引き出す方向に外交を誘導してもいいだろう。
どれもこれも、対応としては妥当なのだ。こちらに非は一切ない。むしろ王国に貢献したとして評価が上がるはずだ。皇太子からの覚えは悪くなるだろうが、ここまでの醜聞を起こした以上、王位継承権の繰り下げもあり得る。皇太子とは不変の立場ではない。
『取らぬ狸のなんとやら』と言うが、相手はネギを背負った鴨。まさか失敗する事はないだろう。
────なんて事を考えてから、たった四日後。
例の女が学院に入学して来た。皇太子に連れられて。
その場にいたカトルを含めた令嬢令息、つまり皇太子とその女の関係を邪推していた貴族が、一様に唖然とした。なにも知らない平民の生徒達が、新しい学友の登場にそれなりに盛り上がったが、貴族達の異様なリアクションを察して少し控えめになる。
そんな冷えた空気の中、淡々と──本当に淡々と、山も谷もなく事態が進行していく。
彼女──一織二識という名前のその少女──が異世界人である。とか。
高等な教育を受けているので、足を引っ張る事にはならないはずだ。とか。
どうも彼女のいた国とこの国の公用語は同じらしい。とか。
それでも不馴れな異国、それも異世界での生活である故、気を使ってやるように。とか。
皇太子はあくまで彼女を保護しただけで、彼女は王家の人間ではない──今は、という注釈をやけに強調していた──とか。
そんな、酒場でも笑い飛ばされるような紹介を、堂々と、長々と続けた。
最後に、ずっと無言だった
当然ながら、と言うべきか。貴族達からすれば、それで済ませていい問題ではない。もちろんカトルにとっても。
しばらくの間自失しつつも、しかし体だけは教師の支持に忠実に、頭の中ではノロノロと考えを巡らせる。
王国の最高学府たるこの学院で、王位継承権一位の人間が、堂々と彼女を『異世界人』と呼び、教師はそれを咎めなかった。
それはもう、王国の公式見解を示したに等しい。
事実かどうであれ、王国にとってはそれが事実となる。なにせ学院の教師は形式的には王の直属の部下に当たる。権威的には各騎士団の団長と同等。そんな手合いがそれを事実としたからには、王もそれを認めているという事。
皇太子一人の暴走では決して済ませられない。
異世界人の少女、という狂言は、たった今否定の許されない事実になった。
そしてついでのように、隣国との関係悪化が決定的なものになった。
尚カトル家は領地を持つ子爵家であり、その領地は隣国との国境に隣接する形で広がっている。
だからなに、という話でもなければ、どうにか出来る事ではないが、カトルは少しだけ、因果応報という言葉を思い出した。
あと色ボケ王家の血は途絶えた方が国のためになる。とも思った。
悪役令嬢ちゃん
別にシリアス担当ではない。もし続きがあればきっとギャグパートでの参加になる。ドジではない。
前回
読み返して首を傾げた。結局なにを書きたかったんだっけ……まあたぶんプロローグ的なあれ。