機動戦士ガンダム0090 方舟のレガリア   作:しゃくなげ

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 九十年 六月 十三日

 

 時計が十二時を回って、日付が変わる。

 

 ウェイブライダーは、星の海を切り裂くように()んでくれる。静止しているコムサイを、もう肉眼でも確認できる。慣らし運転にはちょうどいい距離感だ。

 

 機体の反応は繊細(せんさい)で、抜群(ばつぐん)にいい。バーニアに限らずどの調整も遊びがなくて、タイト過ぎるのが逆に心地よかった。

 

 ゼータの変型機構は初めての体験だけれど、短距離の高速移動には最適だ。インターフェースも直感的で、わかりやすくできている。

 

「乗り手は選ぶけれど、こいつはいいな。よし、射程に入った」

 

 コムサイまでの距離が、モニターに表示される。ビーム・ライフルの射程に入った証だ。

 

 ウェイブライダーからモビルスーツへの変型は、コンマ数秒で完了する。コマンドキーを押下(おうか)したころには、すべての処理が終わっているほどの速さだった。

 

「ナンバーテン、ナンバーテンかっ!」

 

 不意の通信と同時に、ミノフスキー粒子の濃度が戦闘用まで急上昇する。サヴァの声には怒りがにじんで、体に突き刺さるようなするどさがあった。

 

 ゲーマルクが、コムサイの陰から姿を表す。もう船外に出ていたのか、サヴァのやつ、気が早過ぎる!

 

 突きつけられる左右のマニピュレーターに、メガ粒子の光が見えた。サヴァめ、最初から()つ気でいる。

 

「だから、気が早いっ!」

 

 横跳びに座標をずらして、前へ。二射目にあわせて、下へ、もう一度左へ。距離が遠い、もっと近づく必要がある。

 

 あれは、どこのパーツだった。両手は違う、()ってくる、肩のやつも生きている。反応が速い、いいぞゼータ、()べ!

 

「殺す気はない、大人しくしろ、サヴァ! そのコムサイじゃ降りられない、ニッコとふたりで死ぬだけだ!」

 

「うるさい、うるさい、黙れ黙れ黙れぇ! ()トンボが、()ちろぉ!」

 

 胸部、股間部、マニピュレーターの砲塔が光を放つ。サヴァの攻撃は冷静さがない、怒りにまかせて単純だ。メガ粒子砲が火を()く、その瞬間にバーニアを()かす。

 

「落ち着けへたくそ、自分の船まで()とす気か!」

 

 ビーム・ライフルを照準。コックピットではダメだ、殺すためにきたんじゃない。ロックオンを解除、ああ、くそ、やりづらい!

 

 ゲーマルクが、()ぶ。コムサイから離れて、僕を殺そうとしている。押しつけられるような重圧は、サヴァの殺意そのものだ。

 

「私たちは、降りるのだ! ミネバ様が我々を待っておられるのだ!」

 

 さけび声こそ激しいものの、ゲーマルク自身の動きは直線的で、読みやすい。サヴァが熱くなるだけ、こっちは冷静でいられる。

 

 経験の差だ。実戦にちゃんと出ていないから、サヴァのやつは舞いあがってる。気持ちを抑えきれていない。モビルスーツの操縦に、感情が出過ぎている。

 

 宇宙(そら)の闇を裂いて、メガ粒子の閃光が走る。両脚二門、胸部二連装、あわせて四条。ロール、バーニア、上昇して回避。いいぞゼータ、速い、速くていい!

 

「降りられないんだよ! あれじゃ、消し炭になるだけだ!」

 

 見える。サヴァの殺意が、手にとるように見える。

 

 半端な距離で好きなように()っても、避けられてばかりならいらだってくる。それはそうだ、当然だ。誰だって、当てて()とすのがいちばん楽しい、気分がいい。

 

 だから、大きい武器で()としたくなる。わかるよサヴァ、狙っているのが。

 

「出まかせを、言うなぁ! 消し炭になるのは、貴様が先だ!」

 

 サヴァの敵意が、膨れあがる。けれど、攻撃はこない、わかっている。

 

「なんだ、どうして、なぜ()てないっ!」

 

 前進、突撃。ビーム・サーベル、最大出力。コックピットと動力部を避けて、右腕を。回避なんてさせない、一撃で斬り飛ばす!

 

「まだ修理中だろ! そこ、もらった!」

 

 装甲を引き裂く手応えが、コックピット全体を震わせた。獣のうなり声のような、サヴァの怨嗟(えんさ)が通信に入りこむ。

 

 サヴァのやつが()ちまくるから、パーツの生死確認が楽だった。主砲を温存する性格も、僕の有利に働いてくれた。

 

 ゲーマルクは、まだ止まらない。サーベルを抜き放つ動きに、サヴァの迷いは感じられなかった。

 

「死ね、ナンバーテン、死ねぇ!」

 

 振りおろされる一撃を、切り払って弾く。出力はあっちが上か、続けて受けるのはまずい。

 

 バルカン、掃射(そうしゃ)。くそ、カメラを飛ばせなかった。装甲板に弾かれて、赤い火花が次々と散っていく。

 

 左手を斬り落とす……いや、間にあわない。サヴァの動きが、速くなっている。体当たりで距離を取られた、サーベルの間合いから外される。

 

 バーニア全開、やつの頭上へ。座標を一気に飛ばして、射角を抜ける。昔は()って()とせば終わりだったのに、勝手が違う。

 

「貴様は、私がここで()とす!」

 

 背部のコンテナが、射出されるのを見た。嫌な感覚が、うなじを、背中を這い回る。

 

 ──逃げて、ファンネルがくる!

 

「ウェイブライダーならっ!」

 

 変型と同時に、ざらりとした感覚が背後にまわりこんでくる。危機感にまかせてバーニアを全開、残光をゲーマルクのファンネルが()()いていった。

 

 間一髪、串刺しにはなっていない。ファンネルの精度に甘さがある、実戦慣れしていないからだ。

 

「ユイ、全部で何機だ!」

 

 気づけば、彼女を呼んでいた。声が届かなくても、届くという確信があった。コンソールに表示されるログが、その確信を裏づける。

 

 ──十四……違う、二十八! 上と下から狙ってる!

 

 機体の上下を反転させつつの、再変型。見えた、七つ。ビーム砲をシールドで防ぎつつ、バルカンで手近なやつを()()とす。

 

 撃墜の爆炎と着弾の衝撃が、混ぜこぜになる錯覚。狙いが甘いから助かった、こんなファンネルでも囲まれたら不利だ。

 

 ──普通のよりも、射程が長い! 大きなコンテナが、中継機なの!

 

「なら、そいつを()とせば!」

 

 機体の周囲を、ファンネルが駆けめぐっているのを感じる。

 

 いいさ、このまま振りきってやる。

 

 ゼータの変型は、上々だ。推進剤の残量を横目で見ながら、フットペダルを踏みこんだ。加速のGが、心地いい。

 

 星の群れが尾を引いて後方に流れ、背後からはいくつもの閃光が追いかけてくる。

 

「当たれ、当たれ、当たれ当たれ当たれぇ!」

 

 ──大きいのも()ってくる、避けて!

 

 ユイの言葉にまかせて、ロッドを引く。機首を三度調整、コンテナの足元へ潜りこむ。ビームカノンの放った一撃が、頭上すれすれを通り抜けていく。

 

 再変型、ビーム・ライフル、真上のコンテナへロックオン。真下(ました)への対応は遅い、いまなら抜ける!

 

「ふたつ、もらった!」

 

 トリガーを二度、ひと息に絞る。炸裂するコンテナの破片が周囲に飛び散って、背後に感じていた殺気がうすれた。

 

「こんな、ばかな、私が、こうも、旧型なんぞに……!」

 

 ファンネルの操作系統に、異常が出ているらしい。中継機を失って、子機が知覚外に取り残されたか。

 

「いい加減に投降しろ、サヴァ。このまま戻れば、誰も死なずにすむ!」

 

 ライフルの銃口を突きつける。これで止まるようなやつなら、ここまで苦労はしなかった。だから、こんなものは形式上のポーズでしかない。

 

 最悪、四肢を()ってダルマにすれば、脱出するしかなくなるだろう。ニッコのやつがおびえないか心配だけれど、殺してしまうよりはいい。

 

「このままだと、みんな死ぬぞ! おまえも、弟も、ひとり残らず死んでしまう!」

 

 ゲーマルクは、止まらない。左腕をこちらに突きつけ、五指に搭載されたメガ粒子砲の照準をあわせている。

 

「遊びや楽しみでさんざん殺した貴様が、いまさら生命の尊さでも説くつもりか!」

 

「それは僕が背負う罪だ、無関係のおまえが口を出すことじゃない! おまえは弟を犬死にさせたいのか、自分の頭で考えろ!」

 

 ──ジンロウ、くる!

 

 宇宙(そら)を、蹴る。生じた慣性でゲーマルクの右面へと回りこみ、メガ粒子の奔流をやり過ごす。トリガーを絞るのは、一度だけ。

 

 残った左腕が、ライフルの一撃でちぎれ飛ぶのが見えた。もう諦めろ、そこで終わらせろ。僕の思いは、まだ届かない。

 

「ぐ、う、お、おぉぉ! 旧型のくせに、旧型のくせにぃ!」

 

 サヴァの声は、殺意と怒りで針のようにとがっている。耳で聞くだけで、全身を突き刺されているような心地になる。

 

 不快だ。とても、ひどく。こういう、怨念(おんねん)のような声は、胸の奥を締めつけられる。

 

 思わず、トリガーを引いていた。ライフルから()()された閃光が、ゲーマルクの右脚を、関節部を両断する。

 

 聞きたくなかったあいつの声を聞いたのは、そのときだった。

 

 

 

「に、に、兄さん、い、いま、行くから!」

 

 通信に、聞きなれた声が割りこんでくる。高熱源体の接近を知らせるアラートが、コックピットに鳴りひびいた。

 

「チャ゠トゥーラ、()て、こいつを()てぇ!」

 

 サヴァの声にあわせて、ゲーマルクがこちらへと向きなおる。脚部と胸部の砲塔に光が(とも)り、狙いの甘い閃光が宇宙(そら)を裂いた。

 

 死に体となったゲーマルクは、牽制(けんせい)射撃をくり返しながら後退を始める。それを追いかけるよりも先に、頭からつま先まで、押しつぶすように強烈な重圧がのしかかってくる。

 

 ニッコのやつ、こんなだったのか。兄よりうまいとは思っていたけれど、予想外だ。

 

「じ、ジュロー、ど、どうして、兄さんを、いじめる、の。ゆ、ゆるしてくれたって、思ってたのに!」

 

 初めて感じる、明確なニッコの怒り。むき出しの感情をまき散らしながら、闇のかなたで青い炎が膨れあがる。反応が接近するに従って、そのかたちが大きくなっていく。

 

 ──なに、これ、なんなの

 

 肩まわりからのシルエットは、キュベレイに似ている。でも違う、あれよりもずっと大きい、なにもかもが。

 

 大型だったクィン・マンサとも違う、あれは多脚型じゃない。モノアイでもなければ、あんなにハデなエングレーブだってなかった。

 

「なんだ、こいつ……これが、おまえたちの切り札か!」

 

 六本脚と大きな(はね)は、虫の姿を思い出す。マニピュレーターが杖状の武器を握っていることで、上半身は人型であることをかろうじて認識できた。

 

 赤々と輝く単眼は、こっちを、僕を見つめている。アクシズでも見たことのないモビルスーツだ。

 

 ──ジンロウ、くる、くるよ!

 

「ジュロー、は、ともだちだって、思ってた、のに!」

 

 肩のアーマーが四枚とも、一斉に持ちあがった。動物の威嚇(いかく)めいた動作で手脚を目いっぱいに拡げると、のしかかる重圧が強さを増す。

 

 もともとの巨体が、こうしているとさらに大きく見える。乱暴な目方(めかた)でおよそ四十、もしかすると五十メートルはあるようにも見える。

 

 アーマーの裏面にびっしりと配置されたそれを見て、背すじが冷える。機体も大きければ、武装のサイズも特大か。

 

「レガリア、行くよ!」

 

 いままで聞いたこともない声で、ニッコが吼えた。その声に呼応するように、次々とファンネルたちが射出されていく。

 

 これが、サヴァの言っていたレガリアか。あれは、モビルスーツのコードネームだったのか。

 

 ──二、三、四……うそでしょ、五十も同時だなんて!

 

「この距離じゃ不利だ、キャプテン、船を退避させろ!」

 

 飛び立つファンネルがあまりにも多くて、追いきれない。なにより、ニッコの重圧が骨までしみこんでくるようだ。

 

 ウェイブライダーに変型させ、ゼータを最大速度で走らせる。四方八方(しほうはっぽう)から、嵐のように閃光が放たれる。道ですらない、わずかなすき間を抜けるしかない。

 

「ニッコめ、サヴァとは大違いだ、くそっ。こちらゼータ、予定より苦戦してる! 聞こえないのか、キャプテン!」

 

 機体をロールさせて、真下(ました)へと上昇。上下がさかしまになったまま、牽制(けんせい)にビームガンを射出する。ファンネルたちは、上下左右に座標をずらしてそれをやり過ごす。

 

 通信の返事はない。逆に考えれば、彼らの船はまだ危険な宙域にはいないということか。

 

 ファンネルの操作に無駄がない、まるでこの全域を見ているようだ。ニッコのやつは、こっちの攻撃を読んでいる。()()とそうとしても、うまい具合に避けてみせる。

 

「さすがに、速い!」

 

 ──もう、数が多過ぎるよ! ジンロウ、ちょっとだけ待って、考えるから!

 

 ウェイブライダーは、音を置き去りにして宇宙(そら)を駆ける。ニッコのファンネルは、その機動力にさえ食らいついてくる。まるで猟犬のように、背後にぴったりとついてくる。

 

「くそっ……ニッコめ、うまい!」

 

 バーニア、全開。加速と同時に変型、慣性に乗ったままでゼータを反転させる。グレネード、発射。

 

「これなら、どうだ!」

 

 ターゲットサイトを調整、スピンアップ開始。トリガーを、力いっぱい引き絞る。

 

「こ、のぉ! お、()とせ、ファンネル!」

 

 お互いの射線が、交差した。バルカンの弾丸が、次々とメガ粒子砲の熱線で蒸発する。けれど、こっちの方が早い。

 

 掃射(そうしゃ)のために整列していたその鼻先で、数発の六十ミリがグレネードに着弾。炸裂した弾頭に巻きこまれ、数機のファンネルが爆発する。

 

「ちぃっ!」

 

 コックピットに衝撃が走った。前面のモニターにダメージレポートが出力されていく。回避しきれない、肩と腰をかすめた。装甲板がふっ飛んだだけだ、フレームは死んでいない。

 

 ──ジンロウ、聞いて、ジンロウ! あたしの声を、モニターに出力して!

 

 ライフルの掃射(そうしゃ)で、ファンネルを散らす。射撃位置に戻る前に、ペダルを目いっぱいに踏みこんでやる。

 

「出力先を、モニターに……ユイ、切り替えたぞ!」

 

 ウェイブライダーへ変型、時間稼ぎに距離を取る。狙撃されるまでの数秒を、コンソールの操作に割り当てた。ユイの声は、作業の完了と同時に表示される。

 

 ──よし、できた! これでファンネルの位置がわかるはずだよ!

 

 周囲のモニターに、ナビゲート用のマーカーが点灯していく。視線をめぐらせると、十方の空間に色とりどりの目印が駆けまわっていた。

 

 ──近くは赤、遠くは緑、()ってくるのは白くなる!

 

「そうか、これなら……助かる、ユイ!」

 

 左側面に展開したマーカーが、またたく間に白色へと表示を変える。攻撃の瞬間には、ファンネルだって動きを止める!

 

「み、見えてるっ! い、行けぇ!」

 

「甘い、そこっ!」

 

 砲撃の寸前に、ライフルを掃射(そうしゃ)。同時にバーニアを()かして切り返し、赤い光点を正面に捉える。爆散したのは、全部で四機。

 

 包囲のために隊列を組み直しているのが、マーカーの動きで手に取るようにわかる。これなら、勝機はある。

 

「あ、あ、う、こ、こ、このぉ!」

 

 初めて反撃を受けて、ニッコの重圧がわずかに揺らいだ。こいつもやはり、()たれることには慣れていない。

 

 動きを止めたファンネルを撃墜しながら、前へ、前へ。この場を切り抜けるためにも、戦場を支配しているニッコのレガリアを()とすしかない。

 

 十や二十では収まらないが、明確に五十と数がわかっている。サイコミュは扱えなくとも、ユイといっしょに戦っている。

 

 機体のスペックは覆せなくても、負ける気がしない。このゼータなら、最後まで僕についてくると信じられる。

 

「見える……ああ、大丈夫だ、僕にも敵が見えている。ありがとう、ユイ」

 

 宇宙(そら)()んでいた。いつかのように、ただ前を見て、まっすぐに。

 

 白亜の城にも似たレガリアが、前方モニターの中心で大きくなっていった。

 

 

 

「チャ゠トゥーラ、私が援護する! 動きをあわせろ、()とすぞ!」

 

「に、に、兄さん、ありが、と! ジュローが、は、速くなってる! ファンネルが、お、追いつかない!」

 

 ふたりのやりとりが、通信に入りこむ。前方で、半壊したゲーマルクがこちらを向くのが見えた。

 

 危険を知らせるユイの声が、モニターに映し出される。わかっているさと応えて、ゼータの空間座標をわずかに沈め、即座に上昇させた。

 

 頭上を通り抜ける、一射。足下をかすめていく、二射。サヴァの攻撃はあくまで(おとり)だ、本命はニッコの方にある。

 

「う、う、あ、あ、あーっ!」

 

 射程に捉えたのと、ほぼ同時だ。ニッコがさけび、レガリアは手にした杖から光の柱を形成して、力まかせに前面をなぎ払う。

 

「くそ、速くて長い……上昇、間にあわないか!」

 

 コックピットに衝撃が走る。今度こそ、一撃をもらった。流れていくダメージレポートで、左足の損傷を確認する。

 

 あれは、ビーム・サーベルだ。ばかみたいに大型の、戦艦でも切り裂けそうなサーベルだった。

 

 ゼータの左足首から先が、刃に触れて斬り飛ばされた。だからといって、止まってはいられない。

 

「じ、じ、ジュロー、じ、じゃまを、しないでよぉ!」

 

 地球に降りるんだと、ニッコがさけぶ。目的だけしか見えていない、子どものままで。どうなるかなんて考えてない、子どものままで。

 

 それじゃダメだ、ダメなんだ。語りかけても、ニッコに声は届かない。背後を振り返ると、赤いマーカーが白へと切り替わっていく。

 

「チャ゠トゥーラ、そいつを食い止めろ! あの船だ、あの船が、やつにファンネルの動きを伝えている! あそこにいる、私にはわかる! あれさえ()とせば、おまえは勝てる!」

 

 ああ、くそ、どうしておまえはそうなんだ、サヴァ。

 

 弟を勝たせるためには、たしかにそれが最善の策だ。だけど、おまえのゲーマルクは、もう死んでいるも同然なんだ。

 

 僕のゼータから逃げられるだけの力は、もう、そいつに残っていないんだ。

 

「いつものとおりだ、おまえの道は私が作ってやる! おまえが()とせ、ナンバーテンを撃墜しろ! さあ集え、ファンネル!」

 

 だから、やめろ。

 

 それ以上、進むな。あの子を危険に晒すんじゃない。

 

 それ以上は、おまえを()とさなければいけなくなる。

 

「止まれ、サヴァ、止まってくれ! キャプテン、逃げろ、この宙域から退避しろ!」

 

「ジュロー、まって、に、兄さん、に、逃げて、逃げてぇ!」

 

 見えないからこそ、ファンネルの攻撃は恐ろしい。

 

 見えているなら、()つ瞬間がわかるなら、避けられない道理がない。ニッコのファンネルは、もう、恐ろしくない。

 

 前方、上方、次いで左側面から。飽和攻撃をできるほど、いまのニッコに余裕はない。どうしたって、攻撃にタイムラグが生じる。

 

 だから、避けられる。上昇、旋回、急速前進。コンマ数秒のあとに、もといた座標が()()かれ、宇宙(そら)の闇が明るく裂ける。

 

 中継機を失ったことで操作不能だったファンネルに接近して、ゲーマルクは体勢を整えているところだった。

 

 あまりに隙だらけのうしろ姿だ、本当に戦場の空気が読めていない。それから、ひと握りだけど、サヴァのやつの恐怖を感じる。

 

「兄さん、うしろ、逃げて、兄さん!」

 

 どうして、うまくいかないんだろう。

 

 おまえたちを殺したくて、ここにきたんじゃないのに。どうして、うまくいかないんだ。

 

「ナンバーテン、貴様さえ、貴様さえいなければ……!」

 

 トリガーを、絞る。

 

 ユイとサヴァの生命を天秤にかけて、自分の目的を踏みつぶす。そこだけは、絶対に譲ることのできない一線だ。

 

 僕の放った殺意に射抜かれ、ゲーマルクは赤い爆炎に包まれる。サヴァの恐怖と絶望が、全身を通り抜けていった。

 

 

 

「あ、あ、あ……に、に、兄さん、兄さん……?」

 

 ニッコの呼びかけに、サヴァが応えることはなかった。ノイズ混じりの通信回線には、ニッコの声だけがむなしく呼びかけを続けている。

 

 僕が()ったのだから、返事がないのは当然だ。サヴァのゲーマルクは火花のようにきらめいて、宇宙(そら)の闇に散っていった。

 

 どうしてと、ニッコの声が問いかけてくる。すすり泣いているようなその声が、耳にこびりついて離れない。

 

「う、う……ど、して、どうして、だよぉ! ジュロー、どうして、に、に、兄さんを……!」

 

 ニッコの泣き声が、黒く染まっていく。見えているわけではないのに、そう感じる。

 

 返事はしない、言い訳もしない、謝りだってしない。トリガーを引いたのは僕の指だ。うまくいかなかったのも、僕の責任だ。ニッコの怨念(おんねん)は、僕が背負うべきものだ。

 

「レガリア、かたきを討て、レガリアぁ!」

 

 ニッコの咆哮に呼応して、レガリアが動く。周囲に展開していたファンネルが、再び宇宙(そら)を駆けめぐる。

 

「わかった、やろう。相手をしてやる、ニッコ!」

 

 モビルスーツの装甲を通して、ニッコの怨念(おんねん)を感じる。一度は揺らいだ重圧が、ここにきて強さを増した。

 

 もう、ニッコは僕の救いなど必要としていない。あいつにとって、僕は兄を奪った敵でしかない。

 

 レガリアのバーニア炎が、ぶわりと大きく膨れあがった。ばかでかい巨体が、弾丸めいた速度で宇宙(そら)()ぶ。

 

 上下後方、マーカーが赤から白へ。背すじを冷たい汗が流れた。こっちもまごついていられない。

 

 右に、違う、罠だ。射線の穴があからさま過ぎる。

 

「くそ、これで最後か!」

 

 三射したところで、エネルギーパックが空になった。下側の隊列は乱せた、あとは拡げた穴に飛びこむしかない。

 

 ファンネルの放つメガ粒子砲が、嵐のように吹き荒れる。すき間をこじ開けたと思えば、すぐに隊列を変えて第二射の構えに移り変わる。

 

 片足がいかれて、速度が落ちている。ライフルを再装填、バルカン掃射(そうしゃ)。ダメだ、牽制(けんせい)にもならない。

 

「お、お、()ちろ、()ちろぉ! ガンダムなんて、()ちればいいんだぁ!」

 

 背後の攻撃をやり過ごしたと思えば、今度は前だ。光の柱が伸びる、長くて太い。どんな出力のサーベルなんだ、くそ。

 

 大上段から、レガリアの一撃が走る。

 

()べ、ゼータ!」

 

 推進剤の残量なんか気にしていられない、バーニアを目いっぱい()かす。目と鼻の先を、紫電(しでん)混じりの光が通り抜けていった。

 

 グレネード射出、狙うのは左腕の関節部。でかいだけあって、装甲が厚い。残り一発、残り、ゼロ。こんな火力じゃ、止められないか。

 

 前進だ、退がったら勝てない、前に出るしかない。レガリアの挙動にあわせて、前へ。光の柱が駆け抜ける、その軌道をかいくぐる。

 

「みんな、みんな、いなくなってしまえよ、みんなぁ! ジュローも、ガンダムも、だいきらいだぁ!」

 

 背後に回りこんでいたマーカーが、白一色へ染まっていく。モニターの背面が塗りつぶされて、宇宙(そら)が見えない。

 

 こんな状況で、飽和攻撃するつもりだ。ニッコのやつ、前がちゃんと見えていない。サヴァを()たれたせいで、自分のことまで見えなくなっている。

 

「やめろニッコ、射線を考えろばかやろう!」

 

「ファンネル、()とせ、ジュローを()とせぇ!」

 

 ファンネルの砲塔が、ニッコの声に応じて火を()く。同時に視界のかたすみで、光の柱が出現するのを見た。

 

 ゼータなら、振りきれる。こいつなら、僕についてくる。

 

 ああ、くそ、けれど。

 

()べ、ニッコ!」

 

 それじゃ、間にあわない。どうして斬りかかったんだ、ばかなニッコ。

 

 レガリアのサーベルに、左の腕を消し飛ばされた。けれど、生きている。僕はまだ、生きている。

 

 ファンネルの砲撃に向けてトリガーを絞る、ライフルの残弾を()()くしてもいい。投射したメガ粒子同士がぶつかりあって、衝撃が駆け抜けていく。

 

 全部なんて()()とせない、最初からわかっている。

 

 左脚部に被弾、膝から下が()()かれた。閃光はなおも止まらずに直進する。射線の先にある、レガリアへと向かって。

 

「っ、え、あ、あ……!」

 

「止まるな、()べ! ニッコ、()べぇ!」

 

 力を振り絞れ、ゼータ。おまえなら、()べるだろ。

 

 フットペダルを、限界まで踏みつぶす。眼前まで迫っていた閃光が、最初に右肩を突き破った。すぐに右足を持っていかれる、腰から下が反応消失、着弾の衝撃でモニターに亀裂が走った。

 

「う、うわ、あ、あ、に、に、兄さん、助けて、兄さん!」

 

 ニッコの泣き声が、通信機から聞こえる。

 

 一斉に放たれたファンネルの飽和攻撃は、流星群のように宇宙(そら)を貫いてほとばしった。

 

 射線上にあるゼータもレガリアも、なにもかもを巻きこんで。

 

「ニッコ、ニッコ! 回避しろ、()べ、ニッコ!」

 

 レガリアの巨体が食い破られて、爆発が巻き起こる。

 

 死に体のゼータでは、沈みゆくレガリアを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 真紅のモノアイはゆっくりと、まぶたを閉じるように光を失っていく。

 

 レガリアは下半身と右腕を喪失し、胴体にも風穴が口を開けていた。破れた装甲の間を、漏電の光がときおり照らしては消えていく。

 

 あいつのファンネルは、もう力を失っていた。あちこちにただよっているだけで、ただのデブリと変わりなかった。

 

 こっちの状況も、ひどい。流れていくダメージレポートは、目を通す意味すら感じられないほどの量だ。

 

 ハッチは、開けられない。ノーマルスーツは、サヴァに()たれたせいで穴だらけだ。応急処置だけの状態で、外に出られる余裕なんてなかった。

 

「ニッコ、おい、ニッコ! 聞こえるか、ニッコ、生きてるのか!」

 

 だから、呼びかける。通信機越しに、あいつの名前を呼び続ける。

 

 聞こえてくるのは、ノイズばかりだ。

 

「いいかニッコ、そこで待ってろ、そこにいろよ。動くな、おまえだけでも助けてやる、そこで待て!」

 

 気に入らないけれど、いまの僕にできるのはこうして呼びかけるだけだ。正直、なにひとつうまくやれなかった。

 

 ヘルメットのバイザーをあげると、冷たい空気が流れこんでくる。ひたいに浮いた汗が、顔を流れていくのが不快だ。

 

 通信機からニッコの泣き声が聞こえたのは、そのときだった。生きている、ニッコのやつは生きている。

 

 キャプテンとの通信は、まだ復活しない。危険はなくなった、彼らがきても問題はないだろう。

 

「ユイ、聞こえるか。ニッコのレガリアは活動を停止したけれど、ゼータもやられて動けない。キャプテンに、救助を頼んでくれないか」

 

 ──まかせて、すぐに行くから!

 

 モニターに表示された文字を見ながら、ようやくひと息をついた。このままうまくいけば、ニッコのやつは助けられるかもしれない。

 

「……ジュロー、ねえ、ジュロー」

 

 ニッコが、ふと僕の名を呼ぶ。

 

 かすれてしまった声に呼びかけられて、おどろいた。返事があるなんて、思ってもいなかったから。

 

「なんだい、ニッコ」

 

 見えないなにかをつかもうと、レガリアが残された左手を僕の方へ伸ばしたように見えた。

 

 三本だけになった指が、なにもないところでむなしく泳ぐ。

 

「ゆるすって、すごく、むずかしいね、ジュローは、だから、すごいなあって」

 

 ニッコの言葉は、いつものようにとぎれとぎれではない。ゆっくりではあるけれど、きちんと流れるようにつむがれていく。

 

「僕ね、できない、ずっと、ずっと、このままだ、くるしいなあ、やだなあ」

 

 ゼータは、もう動けない。コントロールロッドも、フットペダルも、操作したところで反応はない。

 

 最後の息吹(いぶき)のように、レガリアのバーニアが点火する。老人がせきこんでいるように、ひどくかぼそく、力なく。

 

 角度を修正しているのだと、すぐにわかった。(とも)ることのないモノアイで、レガリアは青い星を見おろしている。

 

「ああ……だからだ、そっか、ジュロー、いくよ、いまね、そうしたい、わかったんだ、僕が」

 

 モニターに映し出されるレガリアは、僕に背中を向ける。視線の先には、地球が、ニッコたちの目的地が広がっている。

 

 本当なら、止めたい。行くなと声をかけて、必死になって説得したい。

 

 けれど、ニッコの言葉を聞いて、それはダメだと考えなおした。せめてこいつだけでも生かしたかったのに、最後の最後で僕にはできないと思い知った。

 

 自分のミスで失敗を重ねたというのも、もちろんある。けれど、本質はそこじゃない。

 

「兄さんと、してたんだ、いこうって、約束」

 

 ユイを、自分の半身を喪ったなら、僕もきっとああなるだろう。

 

 あの状態で生きることがどれほど辛いのか、自分に置き換えられるから理解できてしまう。だから、生きろだなんて、今のニッコには言えなかった。

 

 レガリアが、()ちていく。

 

 地球の重力に引きずられて、青い星へ()ちていく。

 

 機体は摩擦熱で燃えあがり、装甲板が溶けていく。きっとあのまま燃え尽きて、なにも残りはしないのだろう。

 

「……さよなら、ニッコ」

 

 赤い尾を引くように、ながれ星になるように。

 

 僕の目の前で、ひとりの友達が消えていった。

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