九十年 六月 十三日
時計が十二時を回って、日付が変わる。
ウェイブライダーは、星の海を切り裂くように
機体の反応は
ゼータの変型機構は初めての体験だけれど、短距離の高速移動には最適だ。インターフェースも直感的で、わかりやすくできている。
「乗り手は選ぶけれど、こいつはいいな。よし、射程に入った」
コムサイまでの距離が、モニターに表示される。ビーム・ライフルの射程に入った証だ。
ウェイブライダーからモビルスーツへの変型は、コンマ数秒で完了する。コマンドキーを
「ナンバーテン、ナンバーテンかっ!」
不意の通信と同時に、ミノフスキー粒子の濃度が戦闘用まで急上昇する。サヴァの声には怒りがにじんで、体に突き刺さるようなするどさがあった。
ゲーマルクが、コムサイの陰から姿を表す。もう船外に出ていたのか、サヴァのやつ、気が早過ぎる!
突きつけられる左右のマニピュレーターに、メガ粒子の光が見えた。サヴァめ、最初から
「だから、気が早いっ!」
横跳びに座標をずらして、前へ。二射目にあわせて、下へ、もう一度左へ。距離が遠い、もっと近づく必要がある。
あれは、どこのパーツだった。両手は違う、
「殺す気はない、大人しくしろ、サヴァ! そのコムサイじゃ降りられない、ニッコとふたりで死ぬだけだ!」
「うるさい、うるさい、黙れ黙れ黙れぇ!
胸部、股間部、マニピュレーターの砲塔が光を放つ。サヴァの攻撃は冷静さがない、怒りにまかせて単純だ。メガ粒子砲が火を
「落ち着けへたくそ、自分の船まで
ビーム・ライフルを照準。コックピットではダメだ、殺すためにきたんじゃない。ロックオンを解除、ああ、くそ、やりづらい!
ゲーマルクが、
「私たちは、降りるのだ! ミネバ様が我々を待っておられるのだ!」
さけび声こそ激しいものの、ゲーマルク自身の動きは直線的で、読みやすい。サヴァが熱くなるだけ、こっちは冷静でいられる。
経験の差だ。実戦にちゃんと出ていないから、サヴァのやつは舞いあがってる。気持ちを抑えきれていない。モビルスーツの操縦に、感情が出過ぎている。
「降りられないんだよ! あれじゃ、消し炭になるだけだ!」
見える。サヴァの殺意が、手にとるように見える。
半端な距離で好きなように
だから、大きい武器で
「出まかせを、言うなぁ! 消し炭になるのは、貴様が先だ!」
サヴァの敵意が、膨れあがる。けれど、攻撃はこない、わかっている。
「なんだ、どうして、なぜ
前進、突撃。ビーム・サーベル、最大出力。コックピットと動力部を避けて、右腕を。回避なんてさせない、一撃で斬り飛ばす!
「まだ修理中だろ! そこ、もらった!」
装甲を引き裂く手応えが、コックピット全体を震わせた。獣のうなり声のような、サヴァの
サヴァのやつが
ゲーマルクは、まだ止まらない。サーベルを抜き放つ動きに、サヴァの迷いは感じられなかった。
「死ね、ナンバーテン、死ねぇ!」
振りおろされる一撃を、切り払って弾く。出力はあっちが上か、続けて受けるのはまずい。
バルカン、
左手を斬り落とす……いや、間にあわない。サヴァの動きが、速くなっている。体当たりで距離を取られた、サーベルの間合いから外される。
バーニア全開、やつの頭上へ。座標を一気に飛ばして、射角を抜ける。昔は
「貴様は、私がここで
背部のコンテナが、射出されるのを見た。嫌な感覚が、うなじを、背中を這い回る。
──逃げて、ファンネルがくる!
「ウェイブライダーならっ!」
変型と同時に、ざらりとした感覚が背後にまわりこんでくる。危機感にまかせてバーニアを全開、残光をゲーマルクのファンネルが
間一髪、串刺しにはなっていない。ファンネルの精度に甘さがある、実戦慣れしていないからだ。
「ユイ、全部で何機だ!」
気づけば、彼女を呼んでいた。声が届かなくても、届くという確信があった。コンソールに表示されるログが、その確信を裏づける。
──十四……違う、二十八! 上と下から狙ってる!
機体の上下を反転させつつの、再変型。見えた、七つ。ビーム砲をシールドで防ぎつつ、バルカンで手近なやつを
撃墜の爆炎と着弾の衝撃が、混ぜこぜになる錯覚。狙いが甘いから助かった、こんなファンネルでも囲まれたら不利だ。
──普通のよりも、射程が長い! 大きなコンテナが、中継機なの!
「なら、そいつを
機体の周囲を、ファンネルが駆けめぐっているのを感じる。
いいさ、このまま振りきってやる。
ゼータの変型は、上々だ。推進剤の残量を横目で見ながら、フットペダルを踏みこんだ。加速のGが、心地いい。
星の群れが尾を引いて後方に流れ、背後からはいくつもの閃光が追いかけてくる。
「当たれ、当たれ、当たれ当たれ当たれぇ!」
──大きいのも
ユイの言葉にまかせて、ロッドを引く。機首を三度調整、コンテナの足元へ潜りこむ。ビームカノンの放った一撃が、頭上すれすれを通り抜けていく。
再変型、ビーム・ライフル、真上のコンテナへロックオン。
「ふたつ、もらった!」
トリガーを二度、ひと息に絞る。炸裂するコンテナの破片が周囲に飛び散って、背後に感じていた殺気がうすれた。
「こんな、ばかな、私が、こうも、旧型なんぞに……!」
ファンネルの操作系統に、異常が出ているらしい。中継機を失って、子機が知覚外に取り残されたか。
「いい加減に投降しろ、サヴァ。このまま戻れば、誰も死なずにすむ!」
ライフルの銃口を突きつける。これで止まるようなやつなら、ここまで苦労はしなかった。だから、こんなものは形式上のポーズでしかない。
最悪、四肢を
「このままだと、みんな死ぬぞ! おまえも、弟も、ひとり残らず死んでしまう!」
ゲーマルクは、止まらない。左腕をこちらに突きつけ、五指に搭載されたメガ粒子砲の照準をあわせている。
「遊びや楽しみでさんざん殺した貴様が、いまさら生命の尊さでも説くつもりか!」
「それは僕が背負う罪だ、無関係のおまえが口を出すことじゃない! おまえは弟を犬死にさせたいのか、自分の頭で考えろ!」
──ジンロウ、くる!
残った左腕が、ライフルの一撃でちぎれ飛ぶのが見えた。もう諦めろ、そこで終わらせろ。僕の思いは、まだ届かない。
「ぐ、う、お、おぉぉ! 旧型のくせに、旧型のくせにぃ!」
サヴァの声は、殺意と怒りで針のようにとがっている。耳で聞くだけで、全身を突き刺されているような心地になる。
不快だ。とても、ひどく。こういう、
思わず、トリガーを引いていた。ライフルから
聞きたくなかったあいつの声を聞いたのは、そのときだった。
「に、に、兄さん、い、いま、行くから!」
通信に、聞きなれた声が割りこんでくる。高熱源体の接近を知らせるアラートが、コックピットに鳴りひびいた。
「チャ゠トゥーラ、
サヴァの声にあわせて、ゲーマルクがこちらへと向きなおる。脚部と胸部の砲塔に光が
死に体となったゲーマルクは、
ニッコのやつ、こんなだったのか。兄よりうまいとは思っていたけれど、予想外だ。
「じ、ジュロー、ど、どうして、兄さんを、いじめる、の。ゆ、ゆるしてくれたって、思ってたのに!」
初めて感じる、明確なニッコの怒り。むき出しの感情をまき散らしながら、闇のかなたで青い炎が膨れあがる。反応が接近するに従って、そのかたちが大きくなっていく。
──なに、これ、なんなの
肩まわりからのシルエットは、キュベレイに似ている。でも違う、あれよりもずっと大きい、なにもかもが。
大型だったクィン・マンサとも違う、あれは多脚型じゃない。モノアイでもなければ、あんなにハデなエングレーブだってなかった。
「なんだ、こいつ……これが、おまえたちの切り札か!」
六本脚と大きな
赤々と輝く単眼は、こっちを、僕を見つめている。アクシズでも見たことのないモビルスーツだ。
──ジンロウ、くる、くるよ!
「ジュロー、は、ともだちだって、思ってた、のに!」
肩のアーマーが四枚とも、一斉に持ちあがった。動物の
もともとの巨体が、こうしているとさらに大きく見える。乱暴な
アーマーの裏面にびっしりと配置されたそれを見て、背すじが冷える。機体も大きければ、武装のサイズも特大か。
「レガリア、行くよ!」
いままで聞いたこともない声で、ニッコが吼えた。その声に呼応するように、次々とファンネルたちが射出されていく。
これが、サヴァの言っていたレガリアか。あれは、モビルスーツのコードネームだったのか。
──二、三、四……うそでしょ、五十も同時だなんて!
「この距離じゃ不利だ、キャプテン、船を退避させろ!」
飛び立つファンネルがあまりにも多くて、追いきれない。なにより、ニッコの重圧が骨までしみこんでくるようだ。
ウェイブライダーに変型させ、ゼータを最大速度で走らせる。
「ニッコめ、サヴァとは大違いだ、くそっ。こちらゼータ、予定より苦戦してる! 聞こえないのか、キャプテン!」
機体をロールさせて、
通信の返事はない。逆に考えれば、彼らの船はまだ危険な宙域にはいないということか。
ファンネルの操作に無駄がない、まるでこの全域を見ているようだ。ニッコのやつは、こっちの攻撃を読んでいる。
「さすがに、速い!」
──もう、数が多過ぎるよ! ジンロウ、ちょっとだけ待って、考えるから!
ウェイブライダーは、音を置き去りにして
「くそっ……ニッコめ、うまい!」
バーニア、全開。加速と同時に変型、慣性に乗ったままでゼータを反転させる。グレネード、発射。
「これなら、どうだ!」
ターゲットサイトを調整、スピンアップ開始。トリガーを、力いっぱい引き絞る。
「こ、のぉ! お、
お互いの射線が、交差した。バルカンの弾丸が、次々とメガ粒子砲の熱線で蒸発する。けれど、こっちの方が早い。
「ちぃっ!」
コックピットに衝撃が走った。前面のモニターにダメージレポートが出力されていく。回避しきれない、肩と腰をかすめた。装甲板がふっ飛んだだけだ、フレームは死んでいない。
──ジンロウ、聞いて、ジンロウ! あたしの声を、モニターに出力して!
ライフルの
「出力先を、モニターに……ユイ、切り替えたぞ!」
ウェイブライダーへ変型、時間稼ぎに距離を取る。狙撃されるまでの数秒を、コンソールの操作に割り当てた。ユイの声は、作業の完了と同時に表示される。
──よし、できた! これでファンネルの位置がわかるはずだよ!
周囲のモニターに、ナビゲート用のマーカーが点灯していく。視線をめぐらせると、十方の空間に色とりどりの目印が駆けまわっていた。
──近くは赤、遠くは緑、
「そうか、これなら……助かる、ユイ!」
左側面に展開したマーカーが、またたく間に白色へと表示を変える。攻撃の瞬間には、ファンネルだって動きを止める!
「み、見えてるっ! い、行けぇ!」
「甘い、そこっ!」
砲撃の寸前に、ライフルを
包囲のために隊列を組み直しているのが、マーカーの動きで手に取るようにわかる。これなら、勝機はある。
「あ、あ、う、こ、こ、このぉ!」
初めて反撃を受けて、ニッコの重圧がわずかに揺らいだ。こいつもやはり、
動きを止めたファンネルを撃墜しながら、前へ、前へ。この場を切り抜けるためにも、戦場を支配しているニッコのレガリアを
十や二十では収まらないが、明確に五十と数がわかっている。サイコミュは扱えなくとも、ユイといっしょに戦っている。
機体のスペックは覆せなくても、負ける気がしない。このゼータなら、最後まで僕についてくると信じられる。
「見える……ああ、大丈夫だ、僕にも敵が見えている。ありがとう、ユイ」
白亜の城にも似たレガリアが、前方モニターの中心で大きくなっていった。
「チャ゠トゥーラ、私が援護する! 動きをあわせろ、
「に、に、兄さん、ありが、と! ジュローが、は、速くなってる! ファンネルが、お、追いつかない!」
ふたりのやりとりが、通信に入りこむ。前方で、半壊したゲーマルクがこちらを向くのが見えた。
危険を知らせるユイの声が、モニターに映し出される。わかっているさと応えて、ゼータの空間座標をわずかに沈め、即座に上昇させた。
頭上を通り抜ける、一射。足下をかすめていく、二射。サヴァの攻撃はあくまで
「う、う、あ、あ、あーっ!」
射程に捉えたのと、ほぼ同時だ。ニッコがさけび、レガリアは手にした杖から光の柱を形成して、力まかせに前面をなぎ払う。
「くそ、速くて長い……上昇、間にあわないか!」
コックピットに衝撃が走る。今度こそ、一撃をもらった。流れていくダメージレポートで、左足の損傷を確認する。
あれは、ビーム・サーベルだ。ばかみたいに大型の、戦艦でも切り裂けそうなサーベルだった。
ゼータの左足首から先が、刃に触れて斬り飛ばされた。だからといって、止まってはいられない。
「じ、じ、ジュロー、じ、じゃまを、しないでよぉ!」
地球に降りるんだと、ニッコがさけぶ。目的だけしか見えていない、子どものままで。どうなるかなんて考えてない、子どものままで。
それじゃダメだ、ダメなんだ。語りかけても、ニッコに声は届かない。背後を振り返ると、赤いマーカーが白へと切り替わっていく。
「チャ゠トゥーラ、そいつを食い止めろ! あの船だ、あの船が、やつにファンネルの動きを伝えている! あそこにいる、私にはわかる! あれさえ
ああ、くそ、どうしておまえはそうなんだ、サヴァ。
弟を勝たせるためには、たしかにそれが最善の策だ。だけど、おまえのゲーマルクは、もう死んでいるも同然なんだ。
僕のゼータから逃げられるだけの力は、もう、そいつに残っていないんだ。
「いつものとおりだ、おまえの道は私が作ってやる! おまえが
だから、やめろ。
それ以上、進むな。あの子を危険に晒すんじゃない。
それ以上は、おまえを
「止まれ、サヴァ、止まってくれ! キャプテン、逃げろ、この宙域から退避しろ!」
「ジュロー、まって、に、兄さん、に、逃げて、逃げてぇ!」
見えないからこそ、ファンネルの攻撃は恐ろしい。
見えているなら、
前方、上方、次いで左側面から。飽和攻撃をできるほど、いまのニッコに余裕はない。どうしたって、攻撃にタイムラグが生じる。
だから、避けられる。上昇、旋回、急速前進。コンマ数秒のあとに、もといた座標が
中継機を失ったことで操作不能だったファンネルに接近して、ゲーマルクは体勢を整えているところだった。
あまりに隙だらけのうしろ姿だ、本当に戦場の空気が読めていない。それから、ひと握りだけど、サヴァのやつの恐怖を感じる。
「兄さん、うしろ、逃げて、兄さん!」
どうして、うまくいかないんだろう。
おまえたちを殺したくて、ここにきたんじゃないのに。どうして、うまくいかないんだ。
「ナンバーテン、貴様さえ、貴様さえいなければ……!」
トリガーを、絞る。
ユイとサヴァの生命を天秤にかけて、自分の目的を踏みつぶす。そこだけは、絶対に譲ることのできない一線だ。
僕の放った殺意に射抜かれ、ゲーマルクは赤い爆炎に包まれる。サヴァの恐怖と絶望が、全身を通り抜けていった。
「あ、あ、あ……に、に、兄さん、兄さん……?」
ニッコの呼びかけに、サヴァが応えることはなかった。ノイズ混じりの通信回線には、ニッコの声だけがむなしく呼びかけを続けている。
僕が
どうしてと、ニッコの声が問いかけてくる。すすり泣いているようなその声が、耳にこびりついて離れない。
「う、う……ど、して、どうして、だよぉ! ジュロー、どうして、に、に、兄さんを……!」
ニッコの泣き声が、黒く染まっていく。見えているわけではないのに、そう感じる。
返事はしない、言い訳もしない、謝りだってしない。トリガーを引いたのは僕の指だ。うまくいかなかったのも、僕の責任だ。ニッコの
「レガリア、かたきを討て、レガリアぁ!」
ニッコの咆哮に呼応して、レガリアが動く。周囲に展開していたファンネルが、再び
「わかった、やろう。相手をしてやる、ニッコ!」
モビルスーツの装甲を通して、ニッコの
もう、ニッコは僕の救いなど必要としていない。あいつにとって、僕は兄を奪った敵でしかない。
レガリアのバーニア炎が、ぶわりと大きく膨れあがった。ばかでかい巨体が、弾丸めいた速度で
上下後方、マーカーが赤から白へ。背すじを冷たい汗が流れた。こっちもまごついていられない。
右に、違う、罠だ。射線の穴があからさま過ぎる。
「くそ、これで最後か!」
三射したところで、エネルギーパックが空になった。下側の隊列は乱せた、あとは拡げた穴に飛びこむしかない。
ファンネルの放つメガ粒子砲が、嵐のように吹き荒れる。すき間をこじ開けたと思えば、すぐに隊列を変えて第二射の構えに移り変わる。
片足がいかれて、速度が落ちている。ライフルを再装填、バルカン
「お、お、
背後の攻撃をやり過ごしたと思えば、今度は前だ。光の柱が伸びる、長くて太い。どんな出力のサーベルなんだ、くそ。
大上段から、レガリアの一撃が走る。
「
推進剤の残量なんか気にしていられない、バーニアを目いっぱい
グレネード射出、狙うのは左腕の関節部。でかいだけあって、装甲が厚い。残り一発、残り、ゼロ。こんな火力じゃ、止められないか。
前進だ、退がったら勝てない、前に出るしかない。レガリアの挙動にあわせて、前へ。光の柱が駆け抜ける、その軌道をかいくぐる。
「みんな、みんな、いなくなってしまえよ、みんなぁ! ジュローも、ガンダムも、だいきらいだぁ!」
背後に回りこんでいたマーカーが、白一色へ染まっていく。モニターの背面が塗りつぶされて、
こんな状況で、飽和攻撃するつもりだ。ニッコのやつ、前がちゃんと見えていない。サヴァを
「やめろニッコ、射線を考えろばかやろう!」
「ファンネル、
ファンネルの砲塔が、ニッコの声に応じて火を
ゼータなら、振りきれる。こいつなら、僕についてくる。
ああ、くそ、けれど。
「
それじゃ、間にあわない。どうして斬りかかったんだ、ばかなニッコ。
レガリアのサーベルに、左の腕を消し飛ばされた。けれど、生きている。僕はまだ、生きている。
ファンネルの砲撃に向けてトリガーを絞る、ライフルの残弾を
全部なんて
左脚部に被弾、膝から下が
「っ、え、あ、あ……!」
「止まるな、
力を振り絞れ、ゼータ。おまえなら、
フットペダルを、限界まで踏みつぶす。眼前まで迫っていた閃光が、最初に右肩を突き破った。すぐに右足を持っていかれる、腰から下が反応消失、着弾の衝撃でモニターに亀裂が走った。
「う、うわ、あ、あ、に、に、兄さん、助けて、兄さん!」
ニッコの泣き声が、通信機から聞こえる。
一斉に放たれたファンネルの飽和攻撃は、流星群のように
射線上にあるゼータもレガリアも、なにもかもを巻きこんで。
「ニッコ、ニッコ! 回避しろ、
レガリアの巨体が食い破られて、爆発が巻き起こる。
死に体のゼータでは、沈みゆくレガリアを見ていることしかできなかった。
真紅のモノアイはゆっくりと、まぶたを閉じるように光を失っていく。
レガリアは下半身と右腕を喪失し、胴体にも風穴が口を開けていた。破れた装甲の間を、漏電の光がときおり照らしては消えていく。
あいつのファンネルは、もう力を失っていた。あちこちにただよっているだけで、ただのデブリと変わりなかった。
こっちの状況も、ひどい。流れていくダメージレポートは、目を通す意味すら感じられないほどの量だ。
ハッチは、開けられない。ノーマルスーツは、サヴァに
「ニッコ、おい、ニッコ! 聞こえるか、ニッコ、生きてるのか!」
だから、呼びかける。通信機越しに、あいつの名前を呼び続ける。
聞こえてくるのは、ノイズばかりだ。
「いいかニッコ、そこで待ってろ、そこにいろよ。動くな、おまえだけでも助けてやる、そこで待て!」
気に入らないけれど、いまの僕にできるのはこうして呼びかけるだけだ。正直、なにひとつうまくやれなかった。
ヘルメットのバイザーをあげると、冷たい空気が流れこんでくる。ひたいに浮いた汗が、顔を流れていくのが不快だ。
通信機からニッコの泣き声が聞こえたのは、そのときだった。生きている、ニッコのやつは生きている。
キャプテンとの通信は、まだ復活しない。危険はなくなった、彼らがきても問題はないだろう。
「ユイ、聞こえるか。ニッコのレガリアは活動を停止したけれど、ゼータもやられて動けない。キャプテンに、救助を頼んでくれないか」
──まかせて、すぐに行くから!
モニターに表示された文字を見ながら、ようやくひと息をついた。このままうまくいけば、ニッコのやつは助けられるかもしれない。
「……ジュロー、ねえ、ジュロー」
ニッコが、ふと僕の名を呼ぶ。
かすれてしまった声に呼びかけられて、おどろいた。返事があるなんて、思ってもいなかったから。
「なんだい、ニッコ」
見えないなにかをつかもうと、レガリアが残された左手を僕の方へ伸ばしたように見えた。
三本だけになった指が、なにもないところでむなしく泳ぐ。
「ゆるすって、すごく、むずかしいね、ジュローは、だから、すごいなあって」
ニッコの言葉は、いつものようにとぎれとぎれではない。ゆっくりではあるけれど、きちんと流れるようにつむがれていく。
「僕ね、できない、ずっと、ずっと、このままだ、くるしいなあ、やだなあ」
ゼータは、もう動けない。コントロールロッドも、フットペダルも、操作したところで反応はない。
最後の
角度を修正しているのだと、すぐにわかった。
「ああ……だからだ、そっか、ジュロー、いくよ、いまね、そうしたい、わかったんだ、僕が」
モニターに映し出されるレガリアは、僕に背中を向ける。視線の先には、地球が、ニッコたちの目的地が広がっている。
本当なら、止めたい。行くなと声をかけて、必死になって説得したい。
けれど、ニッコの言葉を聞いて、それはダメだと考えなおした。せめてこいつだけでも生かしたかったのに、最後の最後で僕にはできないと思い知った。
自分のミスで失敗を重ねたというのも、もちろんある。けれど、本質はそこじゃない。
「兄さんと、してたんだ、いこうって、約束」
ユイを、自分の半身を喪ったなら、僕もきっとああなるだろう。
あの状態で生きることがどれほど辛いのか、自分に置き換えられるから理解できてしまう。だから、生きろだなんて、今のニッコには言えなかった。
レガリアが、
地球の重力に引きずられて、青い星へ
機体は摩擦熱で燃えあがり、装甲板が溶けていく。きっとあのまま燃え尽きて、なにも残りはしないのだろう。
「……さよなら、ニッコ」
赤い尾を引くように、ながれ星になるように。
僕の目の前で、ひとりの友達が消えていった。