機動戦士ガンダム0090 方舟のレガリア   作:しゃくなげ

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 九十年 七月 七日

 

 これを起動するのも、ひさしぶりだ。

 

 なにから記録したものか、時間をおくと書き方を忘れてしまう。文章にへたなところがあったら、目をつむってほしい。

 

 さて、僕も君も、あいかわらずだ。いや、あいかわらずではないけれど、その話はあとにしよう。

 

 あれから、気持ちとログの整理にかなりの時間を要した。

 

 思考をログとして出力するのだから、どうしても不要な情報が増えてしまうのがサイコ・レコーダーの欠点だ。

 

 そこで、今回の一件に関係ない部分の記録を思いきって削除したり、わかりづらいところを追記してみた。これで、かなり読みやすくなったのではないだろうか。

 

 こうして雑多(ざった)な文章を整理する行為を、推敲(すいこう)と呼ぶらしい。さわりの部分だけではあるものの、そうした知識が身についた。

 

 もちろん、今回の推敲(すいこう)で削除したログは別のファイルに保存してある。そっちもまた内容ごとに関連づけしてまとめるつもりだ。

 

 この記録を君に読んでほしかったのは、どうしてだろう。そんなことを考えながら自分自身の経験や思考を読みこむ作業は、なかなか新鮮なものだった。

 

 たぶん、きっと。僕は君に、彼らのことを知ってほしかったんだと思う。

 

 君からしたら、彼らはとつぜん現れたアクシズの残党で、僕らの日常にとっては異物でしかない。ただの憎むべき敵であって、それだけの存在だったろう。

 

 けれど、実際にはそうではない。あいつらにはあいつらの思いや考えがあって、今回は僕がうまくやれなかった、ただそれだけの話だ。

 

 だから、まあ、なんと言ったらいいのかな。僕と戦ったあいつらを、どうか、ゆるしてやってほしい。それが、僕がこの記録をまとめている理由でもある。

 

 僕が救えなかったあいつらを、せめて、憎まないでやってほしい。もう、あのふたりはなにもできやしないのだから。

 

 ひとをゆるすことは、とても難しい。けれど、君にはそのすべを身につけてほしい。

 

 僕のように、人格的な問題が原因でそうしやすいのではダメだ。君のように感情が豊かなひとが、ひとをゆるせるようになることが重要なことだ。

 

 ニッコのやつは、それができなかった。サヴァへの愛が深いだけ、その反動で兄をうばった僕への怨念(おんねん)が強いものになってしまった。

 

 きっとサヴァのやつだって、僕がニッコを()ったらそうなっていただろう。

 

 深く結びついたふたりというのは、その半身をうばわれると、怨念(おんねん)のかたまりになってしまう。

 

 僕たちだって、そうならないとは言いきれない。だから、僕たちはこのできごとから、なにかを学ぶ必要があると感じている。

 

 君まで怨念(おんねん)に囚われてしまったら、僕は嫌だ。君にはいつまでも、君のままでいてほしい。いつものままの君で、僕のとなりにいてほしい。

 

 だから、まずは君にあのふたりのことを知ってほしくて、この記録をできるだけ読みやすいようにまとめてみた。

 

 あのふたりをゆるして、そして、できたらあいつらのいいところを見つけてやってほしい。

 

 誰にも気づかれないままで死んでしまったあいつらを、僕らはせめて、覚えていたい。

 

 そして、どうか、君はいつまでも幸せであってくれ。

 

 それだけが、僕の願いだ。

 

 

 

 九十年 七月 九日

 

 ひさしぶりのバーには、マスターの姿しかなかった。僕と彼のふたりきりだと、最近は寂しさというものを感じるようになった。

 

 いつものカウンター席に座って、マスターの出すものを飲む。味も匂いもわからないけれど、僕はここでの飲食が好きになっている。

 

 そんなルーチンワークのような流れの中で、キャプテンからの伝言をあずかっていると聞かされたときはおどろいた。

 

「皆様、もう出発されましたよ」

 

 マスターはそれだけつけ加えて、グラスをみがいている。カウンターの向こう側は、いつもと変わらない光景のままだ。

 

 マスターから渡された手紙には、初めて知ったキャプテンの名前が記されている。おどろきのあまりというやつか、封を切って中身を読みこむまで多少の時間を要した。

 

「約束の時間にきたのに」

 

「かれこれ、一時間ほど前でしたね」

 

 きっと、彼は最初からそのつもりだったのだ。手紙の内容とキャプテンの行動を考えてみれば、自然とその結論にたどりつく。

 

 結果から言えば、キャプテンとの約束は反故になってしまった。

 

 彼らはもう、スウィートウォーターへ旅立っていた。僕を兵士として雇うと、あんなに言っていたくせに。

 

 彼らの船には被害もなく、僕の手持ちの現金で、燃料代も足は出ていない。それなら必要以上に取り立てることもない。

 

 そんな、とってつけたような理由が手紙の冒頭に記されていた。

 

 そもそも、あれは僕の目的を果たすための契約だった。だから、僕が失敗した以上は契約もなかったことにするのだと、キャプテンはそう言ってフォン・ブラウンを出ていったそうだ。

 

 おまえは、おまえの宝石を守れ。

 

 結びの言葉は、そうしめくくられていた。いまの僕には、あたたかくて心地のいい言葉だ。

 

 いつかどこかで、彼とまた会える日がくると嬉しい。

 

 そのときには、きっと今日のお礼を言おう。

 

 

 

 九十年 七月 十二日

 

 ひと月が経過したけれど、いまでもあなたがいなくなったと思えない。

 

 あなたはこっそりと旅に出ていて、いつかひょっこりと帰ってくるのではないか。玄関の扉を見ていると、そんなふうに思ってしまう。

 

 あなたが、どうして僕らにこの部屋をわけ与えてくれたのか、それは僕にはわからない。

 

 ただ、あなたのおかげで、僕らの生活がよいものになったと感じている。

 

 最近は、ユイからあなたの話をたくさん聞かせてもらっている。僕の知らない間に、ふたりでいろいろなことを経験していたのだと知って嫉妬もした。

 

 あの子を学校に通わせるための手続きも、うまく終わりそうだ。保険だとか戸籍だとか、そういうものの手続きも、ふたりで調べながら進めている。

 

 もうすぐ、僕らはこのフォン・ブラウンに市民として、いや、人間として登録される。あなたが事前に用意してくれた資料には、助けられてばかりだ。

 

 あなたの思いや、考えや、理由や、そういうものにふれることができないのが、とても、とても残念に思う。あなたに受けた恩をどうやって返していけばいいのか、まるで 見当(けんとう)もつかない。

 

 ありがとう、ミス・ロザーミック。

 

 あなたとの出会いは、僕らにとって、なによりも幸運なことでした。

 

 

 

 

 

 この記録を読んだ、君か僕へ。

 

 僕の名前は、ジンロウ・セナ。軍隊から脱走した、旧型の強化人間だ。

 

 ここまで読み進めたなら、もう予想はついているだろう。僕はいまも、月のフォン・ブラウンに住んでいる。

 

 住居がアナハイムの本社に近くなって、治安はとてもよくなった。栄えている街並みにも、ゆっくりと慣れ始めている。

 

 僕の仕事場は、あいかわらずのゴミの山だ。つまり、僕の仕事はあいかわらずのジャンク屋だ。

 

 運びこまれるジャンク品をバラして、使えそうなパーツを流用したり、それをもとにして修理をしたり、つまりいろいろしている。

 

 とっくに死にかけたボロボロの機械を、どうにかこうにか延命させてやる。

 

 そういう、とても退屈な仕事だ。

 

 ただ、退屈なのは変わらないけれど、以前より生活は安定している。税金というものも納めて、自分にできる範囲で社会に貢献しているつもりだ。

 

 未来のことはわからないけれど、僕たちは、いまもふたりで生きている。幸いなことに、怨念(おんねん)に囚われるようなことも起こっていない。

 

 君たちも、そうであることを願っている。どうか、ずっと、いつまでも幸せなふたりであってほしい。

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