「噴射、飛翔、安全装置を解除」
加速の際に感じるものは、体がシートに引きこまれるような圧迫感だ。
オーガスタ研究所で与えられたペイルライダーは、モノコックフレーム機のもつ独特の挙動を感じさせる。
それは、どこか硬くて、機体を動かすたびにあちこちが引っかかるような感覚だ。
「減速、滑空、射撃をひと呼吸で」
ペダルをゆるめる角度は、髪の毛で数本程度のミリにも満たない単位。コンマ数秒の逆噴射を一度だけ挟んで慣性を殺し、重力に引かれながらトリガーを絞る。
標的への着弾を確認、同時にもう一度だけ逆噴射。着地の瞬間、内部機構の軋む音が装甲を通じて聞こえてくる。
「慣性を相殺しながらの旋回、計器の確認」
推進剤の残量は、八割と七分ほど。ロックオンアラートが鳴りひびき、赤いランプが点灯する。
「バルカンは、これか。……前のやつのクセかな、ずれてるじゃないか」
トリガーを絞ると、振動のような駆動音と絶えることのない砲声が轟いた。盛大に吐き出される弾丸は、訓練用の小型ミサイルを
けれど、射出される弾丸の軌跡は、僕の思い描いた射線とは気持ちずれている。
前にも、直せと言っておいたはずなのに。どこの研究所でも、こういう部分の仕事が遅い。
最近は、あっちもこっちも人工ニュータイプの完成が急務らしい。やたらといじられていた四番は、もう、戦場に出ているのだろうか。
「……一度くらい、話してみればよかったかな」
ヘルメットの中では、自分の声しか聞こえない。そして、聞こえてくるその声は、違和感しかないものだった。
こんな風に考えた記憶は、ない。僕が、彼女と話をしようだなんて、思ったことはないはずだ。
四番だろうと何番だろうと、ロザミアとかいうオーガスタ研のやつだとしても、誰にも興味は抱かなかった。それが、僕という強化人間だ。
いまさらになって、こんな夢を見るのはなぜだろう。いや、夢を見るのは前々からで、思考が変わってしまったのだろうか。
やっぱり、昔の夢は調子が狂う。めまいと吐き気が、頭と腹をごちゃ混ぜにしているようだ。
どこから目が覚めていたのかは、わからない。夢の記憶は色濃く残って、不快感も尾を引いている。
すすけた汚い天井と、となりから聞こえてくる小さな寝息。昔の夢を見たあとは、いつもこの、これだ。
体を起こして、首を一度、回してみる。頸椎の三番目あたりから、クラック音が聞こえた。
それから、ユイのほほへと触れてやる。長いまつ毛が小さく揺れて、寝ぼけまなこがあらわになった。
「……ジンロウ、どうしたの?」
寝起きに特有のあいまいな声で、ユイは僕の名前を呼ぶ。その手は離れないと伝えるように、僕のシャツを握りこんで、くいと弱く引いている。
なんでもないと返してから、もう一度、つぶれた枕に頭をうずめた。僕が寝直すと、安堵したようにユイは寝息を立て始める。
あの四番と、話してみたい。そんな風に、夢の中で思ったのだろうか。
話したところでなにがあるのかなんて、わかりもしないくせに。自分自身を笑いながら、それでも、たしかに僕は
別に四番でなくたっていい。誰かと話して、ひとつでもいいから、かたちのないなにかを知りたい。
そんな、いまだに自分でも理解のできていない行為が、いつかこの子のためになる気がした。
九十年 四月 二十一日
この日は、マスターの私用とやらでバーが休みだった。結果的に、昼食は自分で対応することになる。
僕が買い出しに行くことについて、ユイはいつまでも反対していたけれど、だからといってなにも食べないわけにはいかない。
あの子はいまが成長期だから、栄養は可能な限り摂取させるべきだろう。月に住み始めてからは、そういうところにも気をつかえるようになった。
緑黄色野菜と、たんぱく質、カルシウム。店内に並べられた食物の成分を読みながら、必要なものをかごに放りこむ。
数日分の量を購入するから、いつも荷物は多くなってばかりだ。
「さっきねえ、ガラの悪いのがたむろしてたよ」
会計の最中、いつものストアの店員が、そんな言葉を口にした。
なにがあったのかは知らないけれど、ごろつきとやらが増えているそうだ。向かいの路地で女が襲われただとか、そういう話を聞かせてくる。
彼の発言は、危険の共有を目的としたものだろう。どうやら、僕が襲われることを心配しているらしい。
素直にいえば、店員のそれは無意味な心配だ。拳銃で武装したごろつきなら、素手で制圧することなんて造作もない。
ただ、それを口にするのは、なにかが引っかかった。こういうときには、なにを言えば良いのかを考えてみる。
「そっちも、気をつけるようにしなよ」
僕の返答が気に入ったのか、ああとうなずいて、店員は口角を持ち上げた。
いまのは、正解だったらしい。
ひとは、誰かに心配されたり、気をつかわれたりするのを喜ぶものだ。
当然ながら、ユイもその傾向がある。そういう経験があるから、うまく会話をあわせられたのだろう。
「おたがい、無事にいたいものだね。なにかあったら、すぐ逃げるんだよ」
購入した野菜やらなにやらを慣れた手つきで袋に押しこみながら、店員はそんな忠告を口にした。
無意味のようだけれど、その思考を抑えて、彼の言葉にうなずきを返す。
誰かと話すというのは、そういうことだろう。ひとから向けられる感情に、自分の意思で手を伸ばすのだ。
いままで僕は、悪意か、殺意か、そういうものばかりを感じてきた。そのせいなのか、この感覚は、ひどく落ち着かない。
「それじゃ、またおいで」
なにを言えばいいのかわからないまま、ぱんぱんになった袋を手に、店員に背中を向ける。
ユイが向けてくる感情以外に意識して触れようとしたのは、いつ以来だろう。
すっかり忘れてしまっていた感覚だけれど、存外に悪いものではなかった。
「……うんざりするな、これは」
店を一歩出ると、時間帯のせいか
建物の陰になっている、迷路のような路地を進む。ユイがいないと、僕の歩みは自然と速くなった。
店まで、あと二百メートルもない。直角になった最後の曲がり角に、三人組の背中が見えた。
肌に感じるのは、ざらりとした不快感。ぢりぢりと、うなじのあたりに刺激が走る。
怒鳴り声での、口汚いののしり言葉が路地裏にひびく。早口でまくし立てているせいで、その内容までは聞き取れない。
もう一歩ばかり近づくと、立ち並ぶ厚い肉壁の向こう側に、細い肩がちらりと見えた。
ガラの悪い三人組に、誰かが絡まれている。
昔のままの僕だったなら、気に留めなかっただろう。いや、それ以前に、そもそもこのやりとりに気づかなかっただろうと思う。
そういう僕でなくなって、よかったのか。それとも、悪かったのか。いったいどっちなのかは、わからない。
「君たち、やめてくれないかな。このあたりで、そうやって騒がれると迷惑なんだ」
男たちに、話しかける。こういうときの言葉づかいは、どうするのが正しいのだったか。
僕の声に三人が三人ともふり返ると、一斉に大声で笑い始めた。連中が向けてくるこれは、侮蔑の感情だろう。
最初の声かけは、失敗だったようだ。けれど、そんなことはどうでもいい。男のひとりに胸ぐらを掴まれたそいつの顔を見て、思考が完全に止まっていた。
僕の視線に気づいたらしく、ばたつく足の動きが激しさを増す。
「じ、じ、ジュロー、ジュローなの? ね、ねえジュロー、た、た、助けて、助けてよう!」
取り囲まれておびえているのか、僕を呼ぶその声はかすれてうわずっている。
体を持ち上げられそうになって爪先立ちになりながらも、細くて小柄な体は男の手から逃れようと必死にあがいている。
ざらついた刃先のように不快な感覚が、僕の方へとその行き先を変える。
「なんだい兄ちゃん、俺たちに用があるのか」
三人組の怒鳴り声が、また路地裏にひびく。
あまりの大声におどろいたのか、掴まれたままの彼がびくりと震えるのがわかった。助けを求められたせいで、僕と彼が仲間だと認識されたらしい。
その一方で、僕は自分に向けられている男たちの悪意にさえ、意識を割くのが惜しいと感じてしまう。
そのぐらい、僕の胸中は、ものごとの優先順位をつけ忘れてしまうほどに、彼の存在で混乱をきたしていた。
「おどろいた……生きていたのか、ニッコ」
その名前を口にしたのは、いつぶりだったろう。
チャ゠トゥーラ・ニッコ。
ネオ・ジオンに所属していたあのころに、アクシズで僕が出会った、何人かの強化人間のひとり。
こんなところで出会うだなんて夢にも思わなかった存在に、頭の奥の方から、にぶい頭痛があちこちへと広がっていった。
九十年 四月 二十二日
ケールやパセリといった栄養価の高いものを洗って、廃棄部を取り除きミキサーの中へ。
さらに酸味の強いドリンクを注ぎ、スイッチを入れる。激しい駆動音とともに、一分ほどで濃緑色のスムージーが完成した。
グラスに移した野菜液は、器の中でぐるぐると渦を巻いている。主食にゆで卵を三つほど添えて、朝食のできあがりだ。
「ねえジンロウ、いつも言ってるけどさ、それ、死ぬほどまずいよ」
テーブルに肘をついたまま、ユイは半目で僕を見つめてはため息をもらした。
「大丈夫、食べても問題ない材料で作ってあるよ」
それにいつも通りの返答をしてから、グラスの中身を飲みくだす。
ユイはどこか諦めたような表情を浮かべると、鼻をつまんでグラスをかたむけた。
細いのどを鳴らしながらひと息に飲み干したユイの感想は、いつだって芳しいものではない。
整った眉が寄っている様子を見るに、今日もまた、その通りになりそうだ。
「うええ、やっぱり土と芝生の味がする!」
「そんなもの、食べたことないだろ」
「なくてもわかるの!」
やはり、予想の通りだ。おいしいものは、僕にはまだ作れそうにない。
「まあまあ。ところでさ、今日は客がくるよ」
情報の共有と同時に、昨日のことをまた思い出す。
ニッコの情けない顔が、どうしても記憶から出ていかない。
やわらかな明るい茶髪と、はしばみ色の大きな瞳が特徴的な少年だ。あのとき、ぼろのフードからのぞいた顔は、たしかに彼のそれだった。
昔と、記憶の中の姿と変わらない。間違った名前の発音まで、なにもかもがそのままだ。
男たちに絡まれていた彼を、なりゆきで助けてやった。そこまではいい、そこまでは。
あのあと、ニッコは僕のことを根掘り葉掘り聞いてきた。仕事は、金は、生活は。そういうどうでもいい話を、彼はなんでも聞きたがった。
そのやりとりが面倒で、ジャンク屋を営んでいると正直に答えてしまったのが失敗だったのだ。
せっかくだから遊びに行きたいと、彼は喜色満面で口にした。なんだったら、僕の仕事を手伝わせてほしいと理解のできないことまで言い出す始末だ。
「あれは絶対に、芝生……ふうん、めずらしいね。いつもジンロウが行ってばかりなのにさ」
ユイには、どうやってニッコのことを説明しよう。そうだねと返事をしながら、僕はひとり考える。
そもそも、あいつがひとりで生き延びたとは思えない。
殺したり殺されたり、
だとすれば、兄か、そうでなければネオ・ジオンの上官がニッコと一緒にいるはずだ。そう考えると、ユイのことを知られるのはまずい気もする。
けれど、だからといって、最初からニッコを拒んでいいのか。その判断が、難しい。
「きたね」
来客を示すチャイムの電子音が、顔をあげたユイの声が、思考を中断させる。
ニッコであれほかの客であれ、顔を出さないわけにはいかない。腰をあげると、椅子が床をこする音が響いた。
「悪いけれど、片づけは任せていいかい」
はあいと間延びした返事をするユイを残して、作業場へと向かう。正体の見えないぢりぢりした不快感は、いまも首のうしろにへばりついたままだ。
なにもかもを拒んでおけば、ユイを危険から遠ざけられる。それが彼女にとっての幸せになるのか、僕にはわからない。
居住スペースから、ジャンク品を山積みにした作業場へ。間をつなぐ一本しかない廊下の先で、昨日会ったばかりの顔が手を振っていた。
「じ、じ、ジュロー、ジュロー! す、すごいね、ここ、き、君の店なのかい!」
どもりがちなニッコの声に、思わず舌打ちをしてしまう。ジュドーを思わせるその発音が、僕はどうにも苦手だ。
最初にジュウロウと名乗ったのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。何度も指摘したけれど、ニッコの発音はアクシズにいたころからまるで変わらない。
「その発音はやめてくれって言っただろ、ニッコ。それに、店というかガラクタ置き場だよ。こいつらは便利そうなパーツのストックだ、売りものじゃない」
「が、が、ガラクタって、も、モビルスーツの、ぱ、ぱ、パーツとかもあるよね? ほ、ほら、あれ、あの、ザク系の、ど、動力パイプ! ま、ま、まだ使えそうなものがこんなにある、し、修理だってできそうだよ!」
そう言いながら、上目にちらちらとこちらを盗み見て、ニッコは僕の様子を探っている。
僕だって無能ではない、彼の言葉の端々から、なんとなくだけれどその狙いが見えた。こいつ、駆け引きだとかうそをつくのもへたくそだったのか。
こんな不器用なやつが、ひとりで生きているとは思えない。頼りになる大人だとか、そういう人間がいるのではないか。だとすれば、それはいったい、誰なのか。
「できないことはないけれど、君、それが目当てかい。働き口でなくて、モビルスーツの修理がしたいのか」
僕の指摘に、ニッコはしまったと言わんばかりの顔をする。いままでの演技は、彼なりにうまくやっていたつもりなのだろう。
そのまま黙って見ていると、ニッコはますます落ち着かない様子で、きょろきょろと視線を泳がせ始める。僕がなにも言わずにいると、彼はとうとう肩を落としてため息を吐き出した。
「あ、あ、あの、その、うん、えーと……ご、ご、ごめんね、ジュロー。そうなんだ、し、し、修理、あの、も、モビルスーツの、が」
「上官とかもいるのかい、サヴァも」
店の外には、ひとの気配はない。隠れる場所はいくつかあるものの、ひとの視線はまだ感じない。
僕に問われて、ニッコはうろたえたように言葉をつまらせる。そのまま見ていると、彼は次第に顔を赤らめ、左右の手を重ねると指の先を小刻みにすりあわせ始める。
言葉がうまく出てこないのか、うーうーとうなり声が漏れる。もごもごとなにかを言いかけては止めて、それを何回かくりかえし、やがてニッコは小さな声でぼそぼそと話し始めた。
「に、に、兄さんはね、ふ、船に、あ、あの、ち、中佐がね、ぼ、ぼ、僕たちを、それで、し、修理、あの、中佐っていうのはね、あの、あの」
よくわからない手ぶりを交えて必死に言葉を探すニッコは、まるで子どもの使いだ。昔よりも不安定なのか、ストレスに弱くなっているらしかった。
そんな、いまにも泣き出しそうな彼の話から、それなりに状況は推察できる。ネオ・ジオンの上官も、ニッコの兄も月にいる。重要なのは、その点か。
ユイを連れて脱走兵となった僕からすれば、それが、いちばん厄介だ。
「わかった、ニッコ、わかったからまず落ち着け。仕事をしないとは言ってないだろ、受けてやる。モビルスーツの修理でいいんだな」
ここでニッコを手ぶらで返したら、次は兄がくるだろう。兄の方はこいつよりも頭がいいから、よけいにやりづらくなる。
だから、僕はニッコと話をするしかない。
その上で、次の行動を考えるしかない。
「あっ、あ、う、うん、うんっ! よ、よかった、あの、あの、し、し、し、修理してくれるんだね、じ、ジュロー!」
「言っておくけれど、そんなに期待するなよ。僕ができるのは、ここにあるパーツでの応急処置だ。サイコミュなんかは、どうにもならないからな」
何度もうなずくニッコは、どこまで僕の言葉をわかっているのだろう。いまの彼からは、言いつけを守れたことへの安心しか感じられない。
こいつのことだから、見たことはなんでも話しているだろう。そして、なんでもかんでも喋られたら、困るのは僕だ。
作業台のひとつに腰をあずけながら、ゆっくりと言葉を探していく。
「ところでニッコ、僕のことは話したのか。その、中佐だとか、サヴァとかに」
「あ、え、うん、あの、じ、ジュローと会ったって、あの」
ほら、思った通りだ。
それのなにがいけないのか、こいつにはわからない。ニッコはきっと、脱走兵という言葉だって知らないだろう。
「じゃあ、そいつらには店にくるなと言っておいてくれるかい。僕はもう他人の顔を見たくない、アクシズの関係は特に、だ」
なにかを言いかけたところで、ニッコは口をつぐんだ。しばらく考えこんでから、ゆっくりとうなずいてみせる。
結局は口約束だ、とてもじゃないけれど完全には信じられない。けれど、こっちが警告をしておく意味は伝わるだろう。
「僕は旧型の強化人間だからね、人間を素手で解体するぐらい簡単だ。けれど、できれば手荒なことはしたくない。僕の言いたいこと、わかるよな?」
使う予定のないレンチを握ると、親指に力をこめる。硬い金属の感触があったものの、すぐに工具は半ばから折れて床へと落ちた。
こうした示威行為なんて、本来は意味のないことだろう。それでも僕は、なにかを壊すという方法でしか意思を示す方法を知らない。
話しあうという行為をもっと練習すべきだったと、いまさらながらに感じている。
「あ、あ、あの、あ……うん、わ、わ、わかった、よ。に、兄さんに、ちゃんと、言う。……あの、じ、ジュローは、じ、ジオン、あの、き、き、きらいに、なったの?」
アクシズのときは、そんなじゃなかったのに。
ニッコの言いたいことがなんとなく察せて、床に落ちた工具の成れの果てを拾ってごまかした。
「さあ、どうだろう。もともと、好きなものなんてなかったからね。僕はほら、ティターンズからアクシズに亡命してるだろ」
「あ、ああ、う、うん、そ、そうだね。そっか、あの、じ、ジュローは、その、も、もとから、す、す、好きじゃ、ないんだね」
どこか寂しげに、ニッコは言う。
「そういう君は、好きなのかい」
僕が問いかけると、ニッコはおどろいたように目を丸くして、それから照れくさそうに笑った。
「う、うん、うん! あ、あの、うん、す、好きだよ。に、に、兄さんも、僕も、父さんや母さんも、じ、ジオンの人間、だもの」
へえ、そうなのか。口から出たあいづちは、自分の声なのに冷たいものに聞こえる。
両親がどうだとか、そういう話は僕にとって、理解ができないせいだろう。
ニッコのやつは、そんな僕の反応を気にした様子もなかった。
「あ、あ、あの、み、み、みんな、じ、ジオンは死んでないって、あの、言ってた、い、い、言ってた、よ、じ、じ、ジオン、は、て、生きてた、あの」
ニッコが口にする言葉は、僕にはわからない感覚ばかりだ。けれど、それなりに納得もできる。国とか組織とかに属する人間は、そういうものなのだろう。
特にジオンの人間は、なんとなく、その傾向が強いように思う。そういうやつを、この月で何人も見てきた。
「残党が、スウィートウォーターに集まっているってやつかい。君たちも、そこに行くのか」
「あ、あ、あの、う、ううん、ち、ちがうよ、あの、あ、あ、あそこには行かないんだって」
僕の予想を裏切って、ニッコはゆるりと首をふった。
「ふうん、そうかい」
くず鉄の山に、折れた工具を放る。金属同士がぶつかって、冷たく硬い音を立てた。
「あ、あ、あの、さ……あの、じ、ジュローも、さ、も、戻りたくなったら、あの、お、お、お、おいでよ。その、ぼ、僕だって、あの、あ、あー……あの、う、嬉しいから、さ」
ニッコはそう言って、ひとなつこい笑顔をみせる。戻ることなんてないけれど、ああと返事だけはしておいた。
それからいくつかの思い出話をして、ニッコはどこかへ帰っていった。モビルスーツの搬入は、また後日だと言い残して。
九十年 四月 二十三日
さて、厄介なことになった。
ニッコからの連絡は、まだない。モビルスーツの搬入にしても、一日やそこらではできないだろう。
だから、いまのうちに動かなくてはならない。
やらなければならないことが山積みだ。仕事もそうだけれど、いちばんは、ユイをどうやって連中の目から隠すかだ。
ホテルにでも泊まらせてやれば、どうにかなるだろうか。お金の問題さえ解決すれば、寝床としては悪くない気はする。
いや、ニッコやその仲間たちが利用していないとも言い切れない。誰かひとりでもプルシリーズを知っている人間がその中にいたら、そこで問題はややこしくなる。
困ったことに、僕にはこういうときに頼れるひとがいない。いまになって思えば、早いうちにユイを匿ってくれるようなツテを作っておくべきだったのだろう。
やっぱり、この社会で他人とのコミュニケーションをせずに生きていくのは難しい。自分ひとりならまだしも、ユイを守るには人手が足りない。
とりあえずは、明日から上層のホテルを当たってみよう。
「……まだ戦争してるのか、あいつ」
ふと、ニッコの情けない顔を思い出して、言葉が漏れた。
彼らは、ジオンの連中は、なぜ戦いを続けるのだろう。
考えたところで、きっと、いまの僕にはわからない。そういう心が、戦う意志が、僕にはまるで欠けている。
敵を
過去の僕といまの僕は、あまりに違いすぎている。戦争を楽しんでいた僕は、どんな僕だったのか。それすら、わからなくなっている。
戦う意味だとか、理由だとか。いままで考えもしなかったものたちが、いまではすごく重要なことのように感じている。
そういう、いろんなものがわからない限りは、戦いというものを思い出せそうにない。なんとなくだけれど、僕はそう考えている。
だから、あいつにネオ・ジオンに戻らないかと誘われたって、この先も僕がうなずくことはないだろう。
ニッコは、そんな僕をどう思ったのか。あのころとは別人のようだと、おどろいたかもしれない。
「ねえジンロウ、お昼どうするのさー?」
ふと、ユイの呼びかけで意識が現実に引き戻された。時計を見ると、もうすぐランチタイムになるところだ。
「……なんだって、こんなにあれこれ考えているんだ。混乱してるのかな、僕は」
混線しているような思考を切り替えて、やるべきことに目を向ける。
まずは、ユイを匿えるところを探そう。彼女を戦争に関わらせるのは、どうしたって嫌だから。