機動戦士ガンダム0090 方舟のレガリア   作:しゃくなげ

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 九十年 五月 三十一日

 

 壊れかけていたガンダムは、時間をかけてゆっくりと、正しいかたちに戻っていく。

 

 欠けていたものが埋まっていくたびに、エラーログが減っていく。

 

「おまえも、足りないものがあるとさびしいのかい」

 

 この質問には、特に意味なんてない。

 

 機械に問いかけたところで、答えなんてないのは知っている。ただなんとなく、思ったことを言いたかった。

 

 もちろん、返事はない。それも最初から、わかっている。

 

「早く、元のかたちになりたいよな」

 

 装甲を外してむき出しになった膝まわりのフレームは、ログを見る限りであと二カ所の破損パーツがあるらしい。

 

 代替品は確保しておいたから、なにもなければ今日中には終わるだろう。そう考えていた僕の予想は、すぐにくつがえされる。

 

「あ、あの、ジュロー、あの、ジュロー。ごはん、あの、いっしょに、た、食べよう」

 

 また、今日も、これだ。

 

「僕はもう食べたから、好きに食べていけばいい」

 

 最近、ニッコは僕の作業をじゃまするようになった。

 

 サヴァのやつが指示してるのか、それともニッコが自分からやってるのかはわからない。どっちであっても、なんというか、でたらめな感じだ。

 

 ガンダムの修理を終わらせるのが、少なくともサヴァの目的のはずだ。だというのに、最近のニッコの行動はその逆をいっている。

 

 なにかを言いたそうにしていたものの、ニッコはいつものように、サンドイッチをもそもそと食べ始めた。

 

「おまえ、元気がないな。僕が断ったからかい」

 

 その様子がさびしそうだったから、つい、話しかけてしまう。これは、最近できた僕の悪い癖だ。

 

 こくりと一度うなずいて、ニッコは黙りこむ。口が開いたり閉じたりしているのは、言葉を発しようとしているからだ。

 

 それを、作業に集中しながら待ってやる。別にせかすことでもないし、手を止めなければ、待ったところで困ることもない。

 

「……、あ、あ、あの、あの、ひ、ひ、ひ、ひとり、あの」

 

 なんだいと、返事だけはしてやる。関節部のシールドをひとつずつ取り外して、半ばがひび割れたシャフトを見つけた。

 

「ひ、ひ、ひと、り、……、あの、あの、と、と、と、友達、な、の?」

 

 接続部を分解して、破損したパーツを取り除く。その間にも、ニッコは言葉を探し、つっかえながらも問いかけてくる。

 

 今日はなにを言っているのかと聞き返しそうになって、続いた言葉に手が止まった。

 

「あの、あの、女の、ひと。ジュロー、の、ひとり、だけ、あの、と、と、と、友達?」

 

 どこで見たのかと聞きかけて、やめる。

 

 この問いに、反応をしてはいけない。警笛のようなものが、頭のかたすみでやかましく鳴っている。

 

「どの女のひとだい。あいにく、そういう知りあいはいないけれど」

 

 ニッコは、黙って僕を見つめている。

 

 いまの言葉が本当かうそか、それを確認しているように。

 

 だから僕も、自然と彼を見つめるはめになる。はしばみ色の瞳を、まっすぐに。

 

「……、に、に、兄さんが、ね、あの、あの、……、し、写真、み、見せて、くれた」

 

 普段のニッコと、話し方が変わっている。単語が出るまでの間が、ひどく長い。

 

「なら、見せてごらんよ、その写真を」

 

 原因は、過度のストレスだろうか。ニッコはサヴァから、なにかを命じられているのかもしれない。

 

 僕の返事を聞くとニッコはうつむいて考えこんだものの、すぐに片手でボロのコートをごそごそと漁り始める。

 

 金色の髪と、かっちりしたドレス。差し出された写真には、見覚えのあるひとの姿が写っていた。

 

「ああ、知ってはいるよ。バーの、シンガーってやつだね、歌うひとさ」

 

 ミス・ロザーミック。写真の女性は、まぎれもないそのひとだ。

 

 サヴァのやつはなぜ、このひとの写真をニッコに見せたのか。ニッコのやつは、どんな意図で僕にこの写真を見せたのか。

 

 こいつの真意が、わからない。わからないから、僕はどうしても疑い深くなる。

 

「……、あ、あ、あの、ジュロー、と、と、友達じゃ、ない、の?」

 

 どう返答するべきか、それが読めない。

 

「難しいな、会話をするだけの相手が友達かどうか、だけれど。たぶん、違うと思うよ」

 

 だから、ニッコの意識から、あのひとを遠ざけることにした。

 

 友人だと答えたなら、もしかすると人質になるかもしれない。

 

 そうでなくても、ミス・ロザーミックを見張られたら、いつかはユイの存在に気づかれるかもしれない。

 

 悪い方向には、いくらだって考えられる。

 

「……そ、そ、そっ、か。……あ、あ、あの、うん、あの、そ、それなら、……よ、よ、よかった」

 

 ほっと安心したように、ニッコはため息をもらした。

 

 それきりひと言も話さずに、ニッコはもそもそと黙ったままでサンドイッチをかじり始める。

 

 僕の返答が正解だったのかは、わからない。

 

 ただ、僕の周囲には少なくとも、とても嫌な流れがきているような気がした。

 

 

 

 九十年 六月 二日

 

 しばらくぶりに、夜のバーへ足を運んだ。

 

 扉を開けると、熱気のようなものが店内から流れ出してくる。ミス・ロザーミックのショウタイムも重なって、大盛況だ。

 

 店に入った時間が遅かったせいで、座席はどこも埋まっている。傷顔の男やあごひげの大男も、いまではすっかり常連の顔だ。

 

 幸い、さほど広くない店内にはニッコの姿もサヴァの姿も見当たらなかった。

 

「満員ですね」

 

「ええ、ええ、今夜は特にすごいですね。すみません、小さな店で」

 

 マスターとのやりとりは、長引かないから気が楽だ。

 

 冷えたグラスビールを受け取ろうと手を伸ばすと、テーブル席の男たちが勢いよく両手を打ち鳴らし始める。同時に、バーの照明が一段暗いものになった。

 

 カウンターの向こう側で、照明を操作しているユイのうしろ姿が見える。それも、ほんの一瞬だ。マスターからなにかを言われて、ユイはすぐに店奥のセラーへ行ってしまった。

 

 すぐに聞こえてくる、しっとりとしたピアノの旋律。ミス・ロザーミックのハミングがそれに重なっていく。

 

 澄んだきれいな歌声が、バーの空気を静かなものに塗り替えていく。誰もがみんな、いつものように、あのひとの歌に聞き入っている。

 

 ふたりとも、何事もない。この店内は、いつもと変わらない。それが、そうだ、いまの僕にはとても嬉しい。

 

 入口近くの壁に、背中をあずけてグラスの中身をのどの奥に流しこむ。いまは、誰とも話さなくていい、誰にも知られなくていい。

 

 無事がわかったのなら、ここに長居する必要はない。今日の目的は、確認だけだ。

 

「……あれ、いまの」

 

 ふと、帰ろうと思っていた足が止まる。

 

 別に、不快感などではない。ただ、気づいたことがあったからだ。

 

 あの日と今日で、一部の歌詞が違っていた。これが、アドリブだとか、アレンジというやつだろうか。

 

 ユイがいたら、もっと詳しく教えてくれたのに。

 

「……けれど、ロータスさん」

 

 別に聞こえなくてもいい、だから、口の中でつぶやくだけだ。

 

 僕は、あの日の歌詞の方が、好きだ。

 

 今日のは、なんだかとても、さびしい感じがする。あの日と違う、たったひと言のフレーズのせいだ。

 

 まるで、いつかの別れを告げているような。今日の歌は、そんなふうに聞こえてしまう。

 

 空のグラスと代金をテーブルにあずけて、店をあとにする。人気のなくなった路地は、いつもよりもずっと暗く見えた。

 

 あの歌を思い出しながら、試すように口ずさんでみながら、重たくなった気のする足を進める。

 

 夜の街並みを、誰もいない店へと向かって。

 

 

 

 九十年 六月 五日

 

 秒針が十二時を示すと同時に、電話機が電子音を奏で始める。

 

 非通知の着信を示す、液晶の表示。それを確認してから、いつものように通話のボタンを押下(おうか)する。

 

「もしもし」

 

「おはよう。本とね、サンプル、受け取ったよ!」

 

「なくしたりするなよ、お金になるかもしれないものだから」

 

 わかってると笑う声は、ユイのそれに似ていて、やはりどこか違って聞こえる。

 

 先日サイコ・レコーダーのことをユイに教えたら、どうやら興味を持ったらしい。

 

 結果として、プログラム関連の参考書と予備の試作品を、マスター経由で渡すはめになってしまった。この様子だと、問題なく渡せたようだ。

 

「ジンロウは、これで考えたことを記録に残してるんだよね。あたしも、そういうの作りたい! そしたら、思ってること、どんどんジンロウに伝えられるもの!」

 

「君は、いつも言葉で伝えてくれるのにかい」

 

「いいの、口だと言いづらいことだってあるんだから。それにさ、あたしがなにかすごい発明をしたら、ジンロウだって助かるでしょ?」

 

 そうかもしれないねと答えたところで、会話が止まる。電話口からは、小さなノイズが聞こえるだけだ。

 

 ユイがなにかを言おうとしているのがわかって、僕も言葉を止めた。秒針が時間を刻む音だけが、かすかに聞こえている。

 

 鼻をすする音が、小さく聞こえた。

 

「あたしは、ジンロウの役に立ちたいんだ」

 

 つぶやくような声で、ユイが口を開く。

 

 いつも明るいはずの声が、そのときだけは曇って聞こえる。泣き出してしまいそうな声に、胸の奥に痛みを感じる。

 

「いつだって、助けてもらってるよ。君がいなければ、僕はこうして生きていられない」

 

 言葉を重ねても、伝わるかはわからない。思えば、こんなだからこそ、このレコーダーを作ったのかもしれない。

 

 僕はやはり、感情を表現したり、心を伝えるのが苦手だ。そういう機能を、ずっと使ってこなかった。

 

 だから、いまよりもっと、うまくなりたい。せめて、ユイを安心させてやれるくらいには。

 

「引き渡しが終わったら、すぐに会えるさ。約束するよ、必ず君を迎えにいくから」

 

 息づかいだけが聞こえる、無言。

 

 むにゃむにゃと言葉にならない声が聞こえて、ノイズがそれを押し流す。それから、ミス・ロザーミックの小さなせき払い。

 

「もしもし、ジンロウくん? ごめんなさい、ユイちゃん、泣いちゃって。……きっと、さみしいんだと思います」

 

 電話を変わったミス・ロザーミックが、落ち着いた声色で話してくれた。泣いていないと強がる声が、その向こうから聞こえてくる。

 

「わかっています、僕もさみしいと伝えて……いえ、やっぱり自分で伝えます。こっちは一段落しました、あとは引き渡せば契約完了です」

 

「ああ、それはよかったですね、お疲れさま! 落ち着いたら三人で食事でもしませんか? おいしいお店、ユイちゃんとたくさん調べましたから」

 

 一方的に、約束ですよとミス・ロザーミックが念を押す。こういうふうにぐいぐい入りこまれるのが、いまは心地よかった。

 

「わかりました。……ああ、最後に、もう一度代わってやってください。きちんと、伝えたいので」

 

「ふふ、ええ、それじゃあ代わりますね。泣いてる女の子を慰めるのは、男の役目、ですものね」

 

 なんだか、緊張する。

 

 向こう側から聞こえるやりとりが終わると、また小さなノイズが走る。

 

 伝えるべき言葉を思い浮かべてから、ゆっくりと息を吸いこんだ。

 

 

 

 九十年 六月 八日

 

 ニッコのやつが、作業場へこなくなった。

 

 仕事の合間に街中を探してみても、ボロのコートは見つからない。それならとサヴァを探してみたものの、結果は同じだ。

 

 ガンダムなんて決戦兵器を残して、サヴァのやつが月から出るとは思えない。なにか、動けない事情でもあるのだろうか。

 

 考えたところで答えが出ないのは、知っている。答えを知りたいなら、自分で探すしかないことも。

 

「本当に、探しにいくんですか。ジンロウくん、あなた、脱走兵なんでしょう?」

 

 ユイに気をつかってくれているのか、ミス・ロザーミックは電話口で声をひそめる。

 

 結局、彼女は僕がなにを話しても疑わなかった。それこそ、あなたの生命が脅かされるかもしれないだなんて、子どものたわごとさえ信じてくれた。

 

 そういうひとを、巻きこみたくなかった。いまとなっては、こうして電話で警告するしか僕にできることはない。

 

 それが、無力だ。

 

「ロータスさんも、気をつけてください。強化人間は、たいてい精神的に不安定だ。彼らの動きは、どうしたって読みづらい」

 

 僕のこれも、きっと、大人から見れば短絡的な子どもの行動なのだろうか。

 

 答えの出ない思考を切り捨てて、電話機だけを手に作業場をあとにする。

 

「わかっています、心配はありがとう。でもね、自分を追いつめないで。あなたがひとりでなんとかしなければならない理由なんて、ないんですからね」

 

「……たぶん、言葉としては理解できているんです。ただ、僕はずっとひとりで()んできた。だから、誰かに頼るやり方がわからないんです」

 

 呼びかけるミス・ロザーミックの声を振りきって、通話を切りあげる。

 

 ニッコが自分の目で見えている間は、あいつがどこにいようと気にしなくたってよかった。けれど、こうして姿が見えなくなると、話は別だ。

 

 見えている状態からの不意打ちとは、わけが違う。

 

 なにかあっても対処できる僕ならまだしも、ユイやミス・ロザーミックが狙われたりしたら。そう考えると、背中がぞわぞわと冷たくなった。

 

 ポケットに電話機を押しこみながら、ニッコの足取りを探して細い路地へ。

 

 最初にあいつと出会った場所を、最後にあいつと食事をした場所を、頭の中から探し出す。このあとは、どこを探すべきだろう。

 

「部隊の規模だけでも、聞いておくべきだったな……潜伏場所が読めない」

 

 どうせ肉体を強化するなら、犬の嗅覚でもあればよかったのに。あれなら、すぐに見つけ出せる気がする。

 

 雑居ビルの屋上から、フェンス越しの街並みを見おろす。午前中の大通りは、人通りもまばらなのだと初めて知った。

 

 ニッコや大勢の兵士を連れて上層にいくのは、とても目立つ。隠れているなら、この最下層だろう。

 

「サヴァ、ニッコ、ガンダムは修理が終わったぞ」

 

 呼びかけたところで、返事はない。

 

 裏路地から、ほかのジャンク屋へ。何件かの同業者をはしごして、ニッコ兄弟のことを知らないか聞きこみをくり返す。

 

 意外なことに、僕のほかにニッコたちの仕事を請け負った店は見当たらなかった。どこの店主も、サヴァのやつもニッコも見た覚えがないという。

 

「うちにしかきていないのか、あいつら。戦艦を新造してるとか、言ってなかったっけ」

 

 それがいつごろの会話だったかさえ、覚えていない。

 

 ただ、うちにあんなものを持ちこんだのは、新造の戦艦に資材を回してしまったからだとか、そんな話だったはずだ。

 

 そこは、たしかに覚えている。

 

「ほかのモビルスーツは、メンテナンスができているのか。ジャンクパーツで修理できるようなガンダムをなぜ外注したんだ、おまえたち」

 

 噛みあわない歯車のような不快感が、また顔を出す。

 

 ニッコのやつが言っていたことは、やっぱりどこかおさまりが悪い。正しいことのようで間違っているのか、間違っていることのようで正しいのか。

 

 見えそうで見えない不快感の正体に、いらだちにも似た感覚が増していく気がする。

 

 ネオンが消えたランチタイムの酒場通りに、教えてやった古いダイナー。高めのレストランに、そのあたりに並んでいる飲食店を手当たり次第。

 

 ドラッグストアや薬局を覗きこみ、細い裏路地、ホームレスの寝床になっている廃ビルに至るまで駆けまわった。

 

 結局なにも見つからず、最後には出発地点に逆戻りだ。見落としていた近所の店に、最後の望みを託すしかない。

 

「ああ、この子……いや、今日はまだきてないね。あの子、君の友達かい? 今度きたら、探していたって伝えておくよ」

 

 いつものストアの店員は、ニッコを見たと言った。

 

 けれど、あくまでそれは朝食を買っていたときだけの話だ。話を聞いてみれば、今月に入ってからはまだ見ていないとも言う。

 

 これで、僕が思い当たるニッコの行き先は全部だ。あいつがなにをしていたか、もっと見ておけば、聞いておけばよかった。

 

 時間を浪費しているばかりで、成果はひとつもあがらない。それが、よけいに僕の精神を疲労させていく。

 

 心や精神も、こんなふうに疲れるのか。いまさらながら、おどろいた。

 

「ああ、くそ。本当に、厄介なことになった……」

 

 今日の収穫は、ゼロだ。一日中あちこちを歩き回って、ひとつの成果も得られなかった。それが、ひどく歯がゆい。

 

 明日は、考え方を変えて探してみようと思う。大勢の人間が隠れられる場所なんて、そう多くはないはずだ。

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