機動戦士ガンダム0090 方舟のレガリア   作:しゃくなげ

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 九十年 六月 十日

 

 開店直後のぶしつけな訪問にも、マスターは嫌な顔ひとつせずに対応してくれた。

 

 こういう質問は、客の少ないいまだからできる。

 

 それどころか、まだ静かなバーの店内には、ユイの姿も、ミス・ロザーミックの姿もない。僕とマスターのふたりだけだ。

 

「なるほど、ふうむ……子どもであれば、目立ちますからな。印象に残っているとは思うのですが……」

 

 僕の説明にしばらく聞き入ったあと、困ったように太い眉をさげながら、彼はゆるゆると首をふる。

 

 その先は、半ば予想していた言葉を聞かされる。言葉づかいが違うだけで、この三日間、あちこちで同じ意味のせりふを聞かされてきた。

 

「あいにく、存じあげません。お力になれず、申しわけのないことです」

 

 ニッコとサヴァのどちらにしても、マスターは知らないらしかった。これで、正直、手づまりだ。

 

 目の前が暗くなるとまではいかないけれど、カウンターに突っ伏してしまいたくなる。

 

 どうしたらいいのかわからない、考えるのにも体力がいるなんて知らなかった。

 

「なにかわかったら、教えてもらっていいですか」

 

 僕の言葉にあわせたように、ドアベルが澄んだ音を奏でる。

 

 新たな来客へ会釈(えしゃく)すると、マスターはいつも通りの声色であいさつを交わした。それから、僕の方へと笑顔を向ける。

 

「ええ、ええ、承知いたしました。お力になれるとよいのですが」

 

「あー、いいかなマスター、ビールと……あとはなにか、適当で」

 

 僕らの会話が終わったのを見て、ひとつ離れたところに座った男が片手をあげる。以前も見た、傷顔の運び屋だ。

 

「すまないね、話しこんでしまって」

 

「いいさ、気にするなよ」

 

 やりとりは、それだけで終わるはずだった。終わらせるなと告げたのは、僕の直感だ。

 

 耳に残る男の声が、まるで歯車が噛みあうように見えないなにかとつながる。

 

 いつだかの言葉が正しければ、彼はニッコの依頼を受けた男のはずだ。それも、ガンダムを運搬していた。

 

 だとすれば、あいつの居所を知っているのは彼かもしれない。

 

 思い出す。このバーで、ほかの客がどんなやりとりをしていたか。最初に僕をここに連れてきたスウィフトは、顔なじみにどんな言葉をかけていたか。

 

 彼から情報を引き出すために、なにを言えばいいのかを考える。きっと彼が、ニッコを探すための鍵だ。

 

「迷惑をかけたんだ、一杯くらいおごらせてほしい。君も、ジオンの軍人だろう」

 

 記憶の中にある諸々を参考にして、慎重にせりふを選ぶ。僕も君も仲間であると、そう伝えるように。

 

 他人との交流が、こんなにも緊張するものだとはおどろきだ。ひとつでも言葉を間違えたら、それで終わってしまいそうだった。

 

「そうかい、そいつは悪いな」

 

 傷顔の男はどこか嬉しそうな顔で口笛を吹くと、僕のとなりへと席を移してくれた。

 

 うまくいったようで、本当に、よかった。

 

 

 

 九十年 六月 十一日

 

 ひさしぶりのノーマルスーツは、思っていたよりも体になじむ。

 

 これを使わなくなって、一年と、どのくらいぐらいだろう。体を締めつけるような感覚が、自然と昔を思い起こさせた。

 

「ティターンズのスーツだろ、それ。亡命組にしちゃ、店にもなじんでたな」

 

 エンジンを始動させながら、傷顔の男は僕を見やる。僕のそれと対照的な重装型のノーマルスーツは、無酸素状態での作業従事者らしい装いだ。

 

「ジオンの生まれでないから信頼ができなくなったとか、そういうことを言い出しはしないだろうね、ギャル」

 

「なあに、金はもらってるんだ、きっちり運んでやるさ。おれにもおれの、厳守してるルールってやつがある」

 

 そう言って、傷顔の男はトレーラーを発進させる。

 

 小刻みな振動はすぐにおさまり、車はフォン・ブラウンのドームを抜けて無酸素地帯へと僕らを連れ出した。

 

 運転席はせまいものの、気密されているから酸素の節約ができるのは幸いだ。念のためにバイザーの開閉機能を、もう一度試しておく。

 

「だいたい、六十キロだっけ」

 

「そんなもんだな、すぐに着くさ」

 

 ニッコの荷物を受け取ったという場所へ、今日は僕を運ばせる。その道すがら、気になっていたことを男へと問いかけた。

 

「人手は、まるでなかったんだね。あいつのほかに、ネオ・ジオンの軍人はいなかった」

 

「ああ、作業に立ち会ったのはおまえの言ってるガキだけさ。積みこみまでやらされるなんて思わなかったぜ」

 

 酒に酔っていた昨夜と、話の内容は変わらない。それをもう一度、頭の中で考える。

 

 あのときの違和感が、いまならわかる。

 

 ニッコのやつは、どうして人手を用意できなかったのか。ガンダムなんて決戦兵器を、あいつはどうして、たったひとりで運搬したのか。

 

「鹵獲したモビルスーツをアクシズから持ち出す人手はあったのに、君のトレーラーに積みこむ人手はなかった。ザクみたいな量産機ならそのあつかいもわかるけれど、あれは違う」

 

 たしか、レウルーラ。ニッコの話では、戦艦の新造に資材や人員を導入しているらしい。

 

 その話をしても、傷顔の男は首をふるばかりだ。彼の反応は、予想していたとおりのものだった。

 

「いいや、そんな派手なモンは見ちゃいない。アナハイムの工場にってんならわかるがよ、それならそもそも、なあ」

 

 ガンダムだって、そこで修理すればいい。

 

 そうだ、そのとおりだ。こうして話を考えると、なにもかも、ニッコが苦しまぎれのうそを言ったとしか思えない。

 

 なぜ、そんなことをする必要があるのか。なぜ、人手が出せないのか。

 

「もうすぐだ、この先に二機のコムサイがある。そのうちの片方が、例のガンダムを積みこんだ場所さ」

 

 それを考える時間的余裕は、もらえなかった。

 

 

 

 彼の言葉どおり、すぐにコムサイは見えてきた。格納庫のハッチが開いたままで、月面に打ち捨てられたように横たわっている。

 

「あっちは、ハッチが閉じたままだね。ニッコのやつはなにか言ってたかい」

 

「電源が死んでるとか、なんとか。めんどうは嫌いだからよ、なにも聞かなかったさ」

 

 バイザーを下ろして、ロック。通信機の周波数は、出発前にあわせてある。

 

「ここで、待っていてくれるかな。もしかしたら、めんどうが起こるかもしれない」

 

 そうさせてもらうと、男は僕の言葉を素直に聞き入れた。互いに問題がないことを確認して、ドアロックを解除する。

 

「気をつけてな」

 

「そっちも。それじゃあ、行ってくる」

 

 ドアを開くと、車中に残っていたわずかな空気が外へと吸い出される。

 

 まずは、ハッチが開いたままのコムサイへ。歩くたびに、月の砂にソールが埋まりそうになるのが不快だ。

 

 開け放たれた格納庫の内部には、ガンダムを格納していたであろうスペースと、ゲーマルクらしい解体中の機体が残されていた。

 

「さすがに、格納庫には誰もいない。これから居住スペースに向かう」

 

 搭乗用のハッチは、機体内部が真空状態であることを示す赤いシグナルが点灯していた。エアロックを開放する。

 

「いま、内部に入った。たぶん、通信が乱れると思う」

 

 外部ドアと入れ替わるように、内部ドアが開放する。センサーの表記どおり、機内に空気は供給されていない。

 

 狭い通路には、あかりが(とも)っていなかった。どこまでも続いているような暗闇が、ぽっかりと口を開けている。

 

「電源は……生きてる、……」

 

 操作板を叩くと、わずかな間をおいての反応がある。あかりが(とも)ると同時に、細い通路に赤を見た。

 

 壁に、床に、バケツでぶちまけたように散らばっている赤を。

 

 踏み出そうとしたつま先がなにかを蹴って、止まる。視線を下ろすと、背中から()たれたらしい男の死体が転がっていた。

 

「ギャル、聞こえるか、ギャル。返事をしなくてもいい、ドアロックをかけて警戒を。通路が、死体だらけだ」

 

 通信機からは耳ざわりなノイズが流れてくるだけで、返事はない。

 

 飛び散った血液は、もうすっかりと乾いているように見えた。転がっている死体も、かさかさに乾ききっている。

 

 ひとの気配は、通路には感じられない。奥を目指して、ゆっくりと足を動かし続ける。

 

 自分の足音がスーツの中にだけ響く、真空特有の感覚が気持ち悪い。

 

「刺されてるやつもいるな……通路のやつらは、どれもハッチに向かっていた」

 

 なぜ、僕の見張りはニッコだけだったのか。なぜ、あいつはみんなの話をできなかったのか。

 

 その答えが、きっと、これだ。

 

 扉の向こうにあったのは、うす暗い食堂だ。ブリーフィングに使用していたらしく、スウィートウォーターへの航路図が食卓から床に落ちている。

 

 転がっている連中は、詳しく確認する必要もない。どうせ死んでいる、調べたところで時間と酸素の無駄だ。

 

「逃さないため、かな」

 

 殺された兵士のものだけかと思ったけれど、予備のノーマルスーツはどれも、ヘルメットのバイザーが叩き割られていた。

 

 それだけじゃない、スーツそのものも切り裂かれているものがある。これでは、生き残りがいてもコムサイの外には出られないだろう。

 

 コックピットはもうダメだ、扉や隔壁(かくへき)ごと爆破されていた。気になるのは、居住用区域の一部にだけ酸素供給がされていることだ。

 

「ここは、空気があるのか。こっちの扉を閉じてから、ええと……いけるかな」

 

 これ以上の捜索は、意味があるとも思えなくなっている。酸素の節約ができるなら、一応確認する程度でいい。

 

 死体ばかりの食堂をあとにして、居住区へと向かう。

 

 廊下の向こう側では、電灯がちかちかと明滅をくり返している。なにかの影が壁に浮かびあがってはまた消えて、ひどく不吉な雰囲気を感じさせた。

 

 

 

 背後の扉が閉じる音が、空気ではなく床を、体の骨を伝って聞こえてくる。

 

 居住区に向かう連絡通路には、いまでもあかりが(とも)っていた。

 

 この一区画だけ、空気も電気も供給されているらしい。センサーの反応を確認してから、ヘルメットのバイザーをあげた。

 

「……なんだって、こんなふうになっているんだ」

 

 違和感は、どうしたってぬぐえない。

 

 この先にあるものといえば、兵士たちの私室だけだ。なぜ、このブロックを生かしておく必要がある。

 

 動作音を立てて、扉が開く。

 

 背後にあるそれとは違って、目の前に現れた通路は最初から明るい。ただ、死体はやはり、転がっていた。

 

 意識しないと腐敗臭も認識できない僕の嗅覚は、この状況では幸運だったのかもしれない。

 

 通路の空気はすっかりと冷えきって、冷凍庫の中に似ている。手近な扉を開こうとしても、施錠されているようで反応がない。

 

 ふと、小さなものおとが聞こえた。通路の最奥に位置する扉の、向こうからだ。

 

 念のため、開閉するかを確認。やはりほかの扉と同様に、反応はない。

 

「ニッコ……? ニッコ、そこにいるのか? サヴァ゠トゥーラ、おまえか? それとも、チャ゠トゥーラか?」

 

 扉をへだてて、知らない男の声がする。

 

 僕をサヴァのやつと勘違いしているのが、その発言でよくわかった。

 

「いいや、どっちでもない。ニッコたちから依頼を受けた、ただのジャンク屋だよ」

 

「スーツは、ノーマルスーツの予備はないか? 頼む、ここから出たいんだ、スーツはないのか?」

 

 僕の素性を知るなり、男はおびえきった声で救いを求めた。

 

 あいにくと、そんな余裕はない。それを正直に伝えると、意気消沈したのか声のトーンが暗くなる。

 

 そのまま、そうかとひと言だけつぶやいて、閉じこめられた男は黙ってしまった。なんでもいいけれど、このままではらちが開かない。

 

「……こっちも元ネオ・ジオンの所属だ、その点では安心してくれ。ここで、なにがあったんだい」

 

 身分を明かしたくはないけれど、話をさせるにはこれがいちばん早い。

 

 簡単な自己紹介をいくつかすると、男は僕の言葉を信じたらしかった。

 

「サヴァ゠トゥーラが、いかれちまった。仲間を皆殺しにして、俺をここに閉じこめたのさ。外に逃げようにも、スーツもビークルもない」

 

 語られる内容は、予想していた展開のままだ。

 

 この様子だと、もう一機のコムサイも似たようなものだろう。いまは、ニッコたちはここにいないと見てよさそうだ。

 

「あなたは、どうして殺されなかったんだ。サヴァのやつ、弟以外に情けをかけるタイプじゃないだろ」

 

「こいつを操縦する人間が必要なのさ、地球に降りるって聞かなくてな。ただ、大事な弟がずいぶんと戻ってないんだ。おかげでサヴァ゠トゥーラのやつ、いらだちがひどい」

 

「なるほど、あなたが生きてる理由は納得だ。しかし、戻ってないって……ニッコのやつ、どこにいるんだ」

 

 不確定な情報とはいえ、潜伏場所はこれでほぼ確定だ。兵士が何人もいるのだと、そう思いこんでいた。

 

 ニッコの所属する部隊なんて、最初から存在してなかった。大勢ならまだしも、ふたりでゆっくりと過ごすだけなら、水も空気も足りたのだろう。

 

「……くそ、なんだか出し抜かれた気分だ。あなたが、あれかな、中佐ってやつか」

 

 扉の向こうからは、肯定する声が返ってくる。彼もまた、とんだ災難を拾ったものだ。

 

「悪いけれど、いまは時間も物資も足りない。一度、フォン・ブラウンに戻ってから助けにくる」

 

「おい待て、待ってくれ! 行くな、行かないでくれよ!」

 

 できないものは、泣きつかれたってどうしようもできない。サヴァは無計画なやつだけれど、目的のために生かしているなら殺すことはないだろう。

 

 出口に向かうために振り返ると、連絡通路との隔壁(かくへき)めいた扉が、ゆっくりと大口を開けるところだった。

 

「中佐の言うとおりだよ。ナンバーテン、もっとゆっくりしていったらどうだ」

 

 こうなると、サヴァの声がいまいましいものに聞こえてくる。

 

 得意げな顔をして連絡通路に立つサヴァは、拳銃をこっちに突きつけたまま、僕のことをにらみつけていた。

 

 

 

「チャ゠トゥーラが、まるで笑わない」

 

 床を踏み締める足音は、ひどく冷たい。

 

 サヴァのやつは、僕の頭に狙いを定めてトリガーに指をかけている。わずかにでも力を加えれば、いつでも()てると言っているようだ。

 

 けれど、やつは不用意に近づいてはくれない。僕の手が届くところで戦うのは、避けたいのだろう。

 

「そんなものだろ、あいつは」

 

 形状的に、ナバンの、九ミリ拳銃か。大口径でないのは幸運だ。あれなら、死ぬことはない。

 

「いいや、少なくとも月に降りるまでは違った。私を……いや、そんな話をしている場合ではないか。どうだナンバーテン、考えなおす気になったか?」

 

 ガンダムに乗るかと、サヴァは以前のように問いかける。あのときの答えも、また、これだ。こいつが、仲間を殺し過ぎた。

 

 びりびりとした、息苦しいほどの重圧を感じる。ほかの誰でもない、目の前の男からだ。

 

「断ると言っただろ、ガンダム一機でなにができる」

 

「一機じゃないさ、私はゲーマルクに乗る。それにな、チャ゠トゥーラには切り札がある。我々の、ミネバ様をお救いするための切り札だ。連邦の基地を襲撃し、姫様をお救いするのが我々の天命なのだよ! ジオンのレガリアは、ジオンの姫君のもとへお届けするのだ!」

 

 いったい、なにを言ってるんだ、この男は。

 

 さけぶなんてものではない。高らかな声で、サヴァは吼えた。僕を見つめる目は血走って、とても正気とは思えない。

 

 いまの口ぶりでは、切り札なんていってもモビルスーツが一機だけだ。基地を襲撃するには、とても足りるはずがない。

 

 それに、ゲーマルクはメガ粒子砲の修理が終わってないままだ。戦力としての価値が劣っていることなんて、わかりきっているはずだ。

 

 こいつは、まさか、そんなことも認識できていないのか。

 

 ジオンの人間はたしかに宗教的な側面があるけれど、こいつのこれは、度が過ぎてる。強化をやり過ぎたんだ。

 

「サヴァ、ばかは休み休み言え。子どもが、たった三人で戦争を始められると思ってるのか。たった三機のモビルスーツで、連邦の基地を襲撃するつもりなのか」

 

「そうとも、そうだ、そうだとも。我々の方舟で、姫様を救い出す、救い出せる! 私もチャ゠トゥーラも、そのために今日まで生きてきたのだ。それを、軟弱者どもが邪魔するから……!」

 

 話せば話すほど、語気がどんどん強くなる。サヴァのやつはいらだちを隠しもせずに、頭をかきむしっている。

 

 こいつは、自分の言葉に酔って、自分の言葉に昂っている。話をするたびに、どこかが食い違うような気持ち悪さがある。

 

 こっちの話を聞いているけど、理解まではしていない。それができるなら、コムサイの連中も死ぬことはなかった。

 

 もう、話しあいでどうこうできるような相手ではなくなってしまっている。サヴァのやつは、手に負えなくなったタイプの強化人間だ。

 

「なにが方舟だ、不時着したコムサイじゃないか。あんな状態で、大気圏突入なんてできるものかよ」

 

「誰かがやらなければならないんだ、誰かがやらなければ! だからこそ、我々兄弟はいまこそ立つんだ!」

 

「やりたければひとりでやりな、ニッコをおまえの妄言につきあわせるんじゃない。ミネバ・ザビなんか誰も求めていないよ、役に立たないガキなんか」

 

 サヴァが、目を見開く。顔をまっかにして、ほほを引きつらせている。ひどくざらついた、むき出しの殺意を感じる。

 

 奥歯を強く噛み締める、歯ぎしりの音さえ聞こえた。心酔するように調整されている偶像を貶したのだし、当然だろう。

 

「貴様、貴様、それでも、それでも貴様、ジオンの男かぁ!」

 

 ──くる。

 

 とっさに顔を、両腕で防ぐ。同時に銃声が聞こえて、衝撃が、痛みが、胸に、腕に、肩、胸、くそ、ああ、痛い。

 

「貴様が、貴様が、貴様がっ! 私は、私は手を差し伸べたというのにっ!」

 

 鳴り止まない銃声と、痛みと、衝撃と、壁に背中がぶつかる、また()たれた、ちくしょう。

 

 かちかちと、撃針が空を打つ音が聞こえる。それから、舌打ちの音と、扉が閉じる音。

 

 サヴァのやつ、替えの弾倉を持ってなかったようだ。向こうの方舟とやらに逃げて行ったらしい。

 

「ああ、くそ、スーツが穴だらけだ……」

 

 扉の向こうで、中佐が騒いでいるのが聞こえる。返事をしてやる余裕は、いまの僕には残されていなかった。

 

 

 

「こいつは、本当にめんどうなことになったな」

 

 トレーラーに戻ったとき、傷顔の男が口にした言葉がこれだ。

 

 幸いなことにサヴァのやつは彼を相手にせず、ビークルでフォン・ブラウンへと逃げて行ったらしい。

 

 僕はといえば、帰りの車中で傷口の応急処置だ。あれだけ()たれた痛みは、すっかりと引いている。

 

「君の顔を見られたわけじゃないだろ、心配しなくて平気さ」

 

 弾を抜いておけば、あとは勝手に治るのを待つだけだ。全部で八発も()ちこまれた、ひどい話だと思う。

 

 けれど、あれだけ敵意をむき出しにしたのだから、サヴァも僕と組むのは諦めただろう。

 

 あとはユイを、ミス・ロザーミックを守ることに集中すればいい。

 

「心配なのは、ニッコか。あいつ、ひとを殺せるようなやつには見えなかったけれど」

 

 けれど、虫も殺せないように見えるけれど、ニッコのやつは兄からの命令をなんだって聞いていた。

 

 それがいちばんうまくいくのだと、そう信じている節があった。だとしたら、サヴァが命令していたら、どうなるのか。

 

 兄弟でいっしょのところにいると考えていたから、予想が完全に外れた。サヴァのやつまでニッコを見失っていただなんて、想像もできなかった。

 

「ああ、ダメだ。どう動くのかまるで読めない、ニッコめ。どんくさいやつのくせに、なんだってこんなところでおまえは厄介なんだ」

 

 トレーラーの硬いシートに背中を預けて、そうぼやくのが精いっぱいだ。

 

 あいつは危険には見えないという自分と、あいつも危険だという自分がいる。どっちを信じたらいいのか、判断ができない。

 

 ひどく、嫌な空気だ。なにもない月面を見ながら、ふと思う。

 

 どこかでもう既に、僕はなにか、間違いを犯しているんじゃないだろうか。

 

 その考えが、いつまでたっても頭から離れてくれなかった。

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