とあるリリィの日常   作:Wednesday

2 / 2
アールヴヘイム~外征の夜

ねえ、亜羅椰起きてる?

田中壱(たなかいち)は隣で毛布をかぶる遠藤亜羅椰(えんどうあらや)にそう問いかける。

「何よ、少しでも休まないと次いつゆっくりできるかわからないわよ」

「ただでさえ今日はマギを使い切っちゃったんだから」

気怠げな様子で毛布を引き寄せながら、とろんとした口調で亜羅椰はそういった。

夜を徹したヒュージ掃討任務の束の間の休息。

放棄区画の中で一夜を過ごせそうな廃屋の一つの寝台の中での出来事。

百合ヶ丘ではルームメイトではない二人だが、こう言う状況では主に亜羅椰の主張で同室になることが多い。

「だから何か話があるなら早く言いなさいな」あくびを噛み殺すこともせず、亜羅椰は催促する。

しばらく悩んだ後、顔を近づければなんとか聞き取れる声で壱はつぶやく。

「亜羅椰、あんたは死ぬのは怖い?」

「急にどうした?」

今回の外征は久々に厳しい戦いで、こんな空家で夜を明かすことになるとは思ってもみなかった。

アールヴヘイムには幸い負傷者は出なかったが他ガーデンのリリィにも随分負傷者……

ひょっとすると死者も出ているかもしれない。

そのせいで、壱も少し弱気になっているのかも。

亜羅椰はそんなことを思いながら横目で壱の顔を見る。

「ただの雑談だよ。早く答えて、眠いんだから」目を擦りながら壱はいう。

「起こしたのは壱でしょう?」不満を表すために壱の頬を軽くつねりながら答える。

「死ぬのは怖くない」

「はい、おわりおわり。いつヒュージが再侵攻して来るかわからないんだし、もう寝るよ」

しばらくすると、納得して眠りに落ちたかと思った壱が再び口を開く。

「死ぬこと以外の怖いことはなに?教えて欲しいのよ」しつこく食い下がってくる。

「何が言いたいのよ?」

「死ぬの『は』怖くない」ってことは他に怖いこと、あるでしょ?」

細かい言葉をよく聞いてるな、そう感じると同時に

無意識にそんな言い方をしていたことを亜羅椰は不覚に思った。

少し間を置いてから答える。

「死ぬのは怖くない、それはホント。でも、自分が守りきれなくて誰かが死ぬのは怖い」

「昨日まで笑いあってた仲間がいなくなるのは……こわい」

こんなことを他人にいうのは初めてかもしれない。亜羅椰は自分に驚く。

「死ぬのはみんなを守ってから。そう決めてる」

それが百合ヶ丘の外征旗艦レギオン、アールヴヘイムの一員としての誇りと誓い。

「もし亜羅椰が死ぬってなったらアールヴヘイムが壊滅する時だろうから……」

「東京はもうだめかもしれないね」天井を見つめたまま壱が続ける。

「私は樟美(くすみ)には死んでもらいたくないんだよね」

「だからさ、もしそんな時が来たら……私と亜羅椰でしんがりになってみんなを逃そうか」

壱の冗談めかした口調とは裏腹な顔。

「確かにそうね、樟美は守ってあげたいね。じゃあ天葉(あまは)さまについててもらおう」

「あの人が私たちの言うことを聞いてくれるかはわからないけれど」

「ってか、私が死ぬ分にはいいのかよ?」もう一度、壱の頬をつねる亜羅椰。

夜明け前の廃屋で笑い出す二人。

「……想い人がいる人たちはなんとしても生きてて欲しいわ」

「私と壱は今のところ誰もいないしね」

亜羅椰は遠くを見つめる瞳でそうつぶやく。

ゆっくりと夜明けの近づく空は濃紺の中にエメラルドの輝きを帯び始めている。

弥空(みそら)とは頼めば一緒に付き合ってくれそうだけど」

壱の声はだんだん輪郭がぼやけてくる。

「弥空には付き合ってもらってもいいけど、辰姫には私のお墓にチャームをお供えしてもらうから」

亜羅椰は辰姫に自分の専用武器を作らせるのが夢なのだ。

「アーセナルって言うなら弥空も同じなんだし、二人とも生きて帰った方がいいでしょ」

「なに?壱そんなに私と二人きりがいいわけ?」

からかう様子の亜羅椰。

「亜羅椰を一人で死なせたくない、それだけだよ」壱は真剣な口ぶりで告げる。

「あはは、一人で死なせたくない。なんて映画じゃないんだから」

なぜ、自分が死ぬ時のことをこんなに真剣に考えているのかはわからないが……

きっとこんな夜は誰しも考えるものなのだろう。

しかし亜羅椰は不思議と気持ちが軽くなる気がした。

 

「でも、私と亜羅椰が頑張ってみんなを助けて……そうしたら、いつか銅像なんか建っちゃってさ」

壱は眠気に抗い難いのか、ぼんやりした口ぶりになっていく。

「百合ヶ丘の守護天使、遠藤亜羅椰と田中壱なんて呼ばれちゃうわけか」

亜羅椰はまんざらでもない様子でいう。

「いやいや、名前、名前、わたし壱なんだからわたしの名前が先に呼ばれるのは決定」

語尾を崩しながら、壱はそのまま眠りに落ちる。

百合ヶ丘の守護天使……いい響きだ。亜羅椰は心からそう思う。

一人じゃ死なせたくないなんてかっこいいこと言っちゃって。

そうささやくと、柔らかく寝息を立てる壱の目尻にうっすらと浮かんだ涙を指で拭う。

 

一緒に戦って、一緒に死んでくれる人がいる。

その事実と言葉を胸に抱いて、亜羅椰は先のことも、そして過去のことも考えないことに決める。

それは感傷的な思い出と、まだ来ぬ未来への不安に過ぎないのだから。

壱の寝息を聞きながら、亜羅椰はゆっくりと目を閉じた。

明けそめる陽の最初の光が頬に当たる。目覚めの時は近い。

寝返りをうった壱の手が亜羅椰の髪に触れる。そっとその手を握り返す。

少し眠ったらまた戦いが始まる。けれど今はまだ、まどろみの中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。