京極の処刑天誅は、間もなく始まろうとしていた。
いつもは殺し合いばかりしているプレイヤー達が、固唾を飲んでそこに集中する―――当然だ。京極は先程のトトカルチョ天誅で奇跡的な勝利を収め、袖の下には莫大な諸々が含まれること間違いなしなのだから。先程までの主催人であり、数刻後の処刑人である「祭囃子」も、ロープと滑車によって構成された複雑な絞首天誅器の傍らで、斧型刀「非変荷巣」を弄びつつ、静かにその時を待っていた。
静寂が流れる。そこに乗じて暗殺天誅を仕掛けた数名のプレイヤー達は、袋叩き天誅の波に悉く耐え切れず、散らした肉体を遺留品に変えて消えていく。もちろん、これらの事象も"静寂"の例に漏れない―――アイテムは拾われず、掛け声は上がらず、空気は張りつめている。辻斬・狂想曲:オンラインというゲームの光景としては、極めて異様なそれと言えた。
張本人たる京極もやはり黙りこくって、踏み台と拘束具に身を任せていた―――一体今、彼女はどのようなことを思考しているのだろう。そんな一致した疑問を数名が浮かべるが、その数名が出した結論は決して一致しなかった。例えばある者は辞世の句の構成を練っているのだと考えたし、ある者は脱出のための作戦を組み立てているのだと柄の目釘を覆ったし、ある者は諦めて筋書を受け入れているのだと得意げに腕を組んだ。
静寂は時間の対価として成立せず、時は無意味な静けさの中で流れ続けていた。
この世界にアナログ時計は存在しない。勿論連続的砂時計はあるが、この場には設置されていない。それが何かしらの―――つまるところ、砂時計は必要ではないとする―――判断によるものなのか、或いは単なる不備なのかは、誰かが確かに知っている筈なのに、同時に誰も知らなかった。だからこそ今流れた一瞬が、実際の所は1秒なのか、1分なのか、1時間なのかが、誰にでもわかって誰もわからないと言えた。確かに存在する終着点とは、すなわち処刑人が立ち上がり、携えたその大斧を振り上げることであり、そこが1時間後でも、1分後でも、1秒後でも、結果としては同じだったのだ。
そして。
「辞世の句を―――」
刹那でありかつ永劫である時流の末、その終着点はついに実現した。
「―――読め」
立ち上がった「祭囃子」は、そう確かに言い放ったのだ。静寂は依然として静寂だったが、その時確かに感動を乗せていた。遂にか、やるぞ、うまくいく。そういった無限の感情たちに満たされた雰囲気の中で、京極は―――奇跡の当選者にして悲劇の被処刑者は、顔面に貼り付けた無表情を、強くすることも弱くすることもせず、ただ淡々とこう呟いた。
「―――広き世の、果てに見えるは、狭き道」
高揚が静寂を食い散らかし、しかし一方で保たれる静寂もあり、矛盾めいた広場がそこに実現した。誰とて掛け声を上げることも無いが、誰もが掛け声を挙げたがっていることが分かるような、不可思議な雰囲気。それらを受け止めて、
「天晴」
そう言い放った「祭囃子」は、斧を振り上げて、力を込めて、3秒ほど姿勢を保って―――そして、3Fにも満たない速度で思い切り、
眼前の、
荒縄を、
叩き切った。
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」
荒縄と同時に千切れ飛んだ静寂をどこかに置いて、あらゆるプレイヤー達が一斉に駆け出す。絞首天誅器が一瞬遅く作動し、京極の首を確実に締め付けてDoTを与える。そしてやはり一瞬遅く絞首天誅を完了させると、これまた一瞬遅くドロップアイテムを散らばした。
一瞬遅くを繰り返して完了された京極の処刑に群がる人々はやはり一瞬遅くて、歓喜の笑みと共に疾走する彼らは、最前線のプレイヤー達は、ラグを挟んで辿り着き―――
落とし穴に、落ちた。
「祭囃子」は先程までの神妙な面持ちを、隠し持っていたがごとき凶悪な笑みで塗りつぶし、倒れ込むようにして崩壊していく円陣をみながら、斧をそこらに放り投げ……吊り餌天誅の戦果を確認しに、兜を被りながら穴へと向かっていった。静寂はいつの間にか戻ってきていて、今から繰り広げられる光景を、既に見守り始めていた―――
処刑は、速やかに行われた。