無限の風が、機体に受け流されて歌っていた。
歌の先に存在する旋風が、突風が、烈風が―――すべてが、異様なほど静かにただ場を駆け巡る。それはまさしく演出のようであり、荒野に対峙する二機のネフィリムの、今まさに切り落とされんとしている火蓋を、これでもかと目立たせていたのである。
ネフィリムの片方―――八砲微塵のパイロットたるルストは、機体間通話回線にてもう片方に話し掛ける。
『……準備はできた、サンラク』
もう片方―――三岐腸のパイロットたるサンラクは、外からは見えもしない頷きを無意味に行い、返信する。
『ああ―――無問題だぜ、ルスト』
『そう……じゃあ、カウントダウンを始めるね』
『……お願い、モルド』
【5】
『いやちょっと待って?』
『……何』
【4】
『何でモルドが機体に搭乗してるんですかね』
『何って……ネフィリムは普通オペレーターとパイロットが一人ずつ乗り込む物だろう?』
『……えっ』
【3】
『……もしかして:オペレーターがいない』
『はい』
『えぇ……』
【2】
『うるせェ~~~ッ!!布団が吹っ飛んだ!!!!』
『ふ、ふふふふふふふふ』
『……モルド、マイク切って』
【1】
『ま、まあいいさ……これでモルドが使い物にならなくなった以上、状況としては事実上の1対1だ―――負けない、からな』
『……それは、こっちの台詞』
【0】
【START】
◇
三岐腸は初手で自爆した。
と言っても、何も戦闘を諦めたわけでは無い―――さらに言えば、操作ミスでもない。それは推進力と軽量性を同時に得るための行動に他ならず、爆発によって舞い降りた鉄塵は、実際の所三岐腸の加速に恐ろしいほどに貢献していた。かくして黄赤の中量機は戦闘開始と同時に黄赤の軽量機へと変形し、超軽量機並みの加速と共に、眼前の八砲微塵へと突っ込んだ。彼の機体は、いわば自身で断捨離することがコンセプトだ―――すなわち、無駄な武装を戦闘中に爆破し、切り離し、撃ち抜く。コアにダメージがいかない以上敗北とはならないこのネフホロ2において、こういった変形機体は大量に見ることができる。
『そこッ!』
一方の八砲微塵は、その断速たる一撃をどう躱したか―――それは。
『……甘い』
『……分離した、だとッ!?』
三岐腸が足の裏を少しばかり自爆させ、カウンターに備えつつ呟く―――そして、それはまさに状況を的確に表した発言と言えた。超重量機だった八砲微塵の機体は、今や八つの超軽量機へと変化している。
『……可逆的な物でなければ、分離機構を搭載するのは簡単』
そして―――その八つ、厳密には七つは、それぞれ理想郷における最前線に相応しい高性能人工知能を搭載されていて。
三岐腸へと、総攻撃を―――始めたのだ。
『クソがッ!』
『……悪いけど、勝たせてもらう』
その時、サンラクの脳裏は様々な考えに埋め尽くされていた―――マズい。見た所それぞれにリソースはそこまで振られていなさそうだから、一機落とす分には簡単だ―――だが、本体がどれか分からない。ネフホロ2はコアの破壊が必要だから、本体を―――即ち、ルストが乗っている機体を―――破壊しなければ意味が無い。しかし眼前の八機は、舞い踊る閃光も相まって全く見分けがつかない。狙い撃ちは、基本的に運ゲーと化すだろう―――サンラクは、乱数が嫌いだった。
だからこそ、敢えて狙い撃った。
『そこだァ!』
確実に落ちたのを確認すると、一瞬後に発生する膨大たる弾幕を回避すべく顔面を爆破する―――極めて平たいそれと化した顔面に構いもせず、自爆による加速力を駆使して後ろへと退避し……
『……お前だな』
分析を、完了させた。
落とした事に対し、AIは基本的に反応しない―――仲間の撃墜真偽はマップで確認することが可能だし、それよりも前方の相手に重機を乱射することが先決だ―――だが、人間は違う。撃墜音に対し、例え思考の中のごく僅か―――それこそ、シナプスを砂粒にも満たないほど小さく使用する程度の―――ものであっても、必ず反応してしまう。そして。
『知ってるかルスト―――VRでは、思ったことがそのまま行動に出る』
片腕のスナイパーレールガンによる、再びの狙撃。
それはまさしく、当たりを完全に―――そう、完全に撃ち抜いたのであった。
完了した処刑の先には、落ちていく機体が一機だけあった。
◇
『……妙だな、勝利表示が出ない』
サンラクは呟いた。それがボイスチャットに垂れ流されている事にも構わず、眼前の不可思議に外からは見えもしない首を捻った。
『ひょっとしてアレか―――確かにルストの乗ってる機体は落としたが、コアは別の機体に入ってるとか?だとしたら、こいつらを順繰りに落とせば―――』
その時。
そう―――サンラクは気付かなかった。八砲微塵の分離先は八機ではない事に。背後に回り込んだ、構造上特殊な形状にせざるを得なかった、その一機、そしてそれを操縦する―――
『―――取った』
モルドに。
処刑の行方は、まだ分からない。