INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~ 作:とんこつラーメン
Pleasure slaves falling on sick limbs
基地内 通信室
モニター越しとはいえ、そこで葉月は久方振りに自分の上官の顔を見た。
『こうして顔を合わせるのは久し振りだな』
「少将閣下もお元気そうで何よりです」
『ククク……お前もそんな事を言えるようになったのか』
少し前までは機械的な反応しか示さなかった彼女は、今では相手の事を気遣うような言葉を発する事が出来る。
明らかにハーゼ隊の面々や千冬と出会った影響だ。
『(もしも、感情の発露が悪い意味で作用していたのならばリセットする事を考慮しなければいけなかったが、その必要はなさそうだな。あくまで現段階では…の話になるが)』
完全無表情だった顔も、今は心なしかキリっとしているようにも見える。
人間の持つ感情の強さはグレイヴも理解しているので、葉月に起きた変化を一概には否定しない。
寧ろ、ペイルライダーの…HADESとは今の彼女の方が相性が良いとさえ言える。
何も感じない機械は効率よく敵を排除は出来るが、殺気のような物は感知できない。
だが、今の葉月は違う。無機質な『兵器』から、徐々にではあるが『人間』になりつつあった。
これならば、HADESの性能を十全に発揮できるかもしれない。
『その制服は支給された物か? 中々に似合っているではないか』
「ありがとうございます」
『思えば、お前には年頃の娘が着るような服は一切渡してこなかったな』
「私はドイツ軍の兵器ですので。そのような物は不要かと」
『その割には、制服をちゃんと着こなしているではないか』
「着こなしている…のでしょうか」
『あぁ…よく似合っているぞ。正直、見違えた』
いつにも増して上機嫌で饒舌なのは、目下の目的である『害虫駆除』が順調だからだ。
今のグレイヴならば、葉月に小遣いもくれるかもしれない。
本人は『結構です』と言って断るかもしれないが。
「それで、本日は何の御用でしょうか?」
『おっと、そうだった。つい話が脱線してしまったな』
咳払いをしてから、モニターの向こうのグレイヴは座り直して机の上に両肘をついた。
『コード80。お前は『ティアーズ計画』というものを知っているか?』
「少しだけならば。確か、イギリスで行われているビット兵器搭載型ISを開発するプロジェクト…ですよね?」
『その通りだ。現在、二機のISが開発途中らしいのだが、それを狙って例の連中が生意気にも動き出しているらしいという情報を掴んだ』
「女性権利団体…ですね」
『そうだ。この世に湧き出た膿であり、排除すべき害虫でもある。欲望のままに動き、男女問わずに搾取し続けている醜き蛆虫共。奴らはどこにでも潜んでいる。イギリスにもな』
さっきまでの穏やか(?)な雰囲気は無くなり、その顔が怒りに染まる。
それを釣られてか、葉月もまた真剣な顔つきに変わった。
「まさか、今回の任務とは……」
『察しが良いな。そうだ。これからイギリスまで飛んで貰い、開発中の試作ISを防衛せよ。無論、その際における相手の生死は問わん』
「了解しました。ですが、一つだけ質問をしてもよろしいでしょうか?」
『なんだ?』
「この度のそれは、イギリスからの救援要請があったから…と思ってよろしいので?」
なんと、あの葉月が任務に対して質問をしてきた。
これまでは、他の情報などは全て後でペイルライダーに送っていたが、事前にこんな事を聞いてきたのはこれが初めてだった。
『…そうだな。過去の諍いなどは忘れ、これからは世界共通の敵に対して一致団結をしなければいけない時代だ。国交問題の事もあるのだが、それとは別にイギリスには私個人の知り合いも多くてな。彼らから頼まれては嫌とは言えないだろう?』
「仰る通りです」
『我等の同志は思っている以上に多く存在しているのだ。それをよく覚えておけ』
「承知しました」
大きく頷いてから、葉月も彼の考えに同意した。
感情の発露が確認されたと言っても、根っこの部分はまだ何も変わっていない。
『言うまでも無い事だが、もしも相手が『強硬手段』に打って出た場合はペイルライダーの使用を許可する。何か聞かれた時は…そうだな。ドイツで開発された試作機とでも言っておけ。お前はそのテストパイロットだという事にしておこう』
「分かりました」
『私から向こうに話は通しておく。それで問題は無い筈だ。それから、今回の移動には専用の輸送機を使って貰う。帰還の際も同様だ。任務完了次第、こちらに報告しろ。それに合わせて迎えを出してやる』
今までに比べれば破格の扱いだった。
国内ならばいざ知らず、他国に年端もいかない少女を使い潰している姿を見せたくないのか。
なんだかんだ言って、結局は腹の探り合いをしているのかもしれない。
『それと、これも言っておかねばな』
「なんでしょうか?」
『今回の防衛対象である試作型ISの内の一機にはもうパイロット候補がいるらしくてな。それがとある名家の御令嬢の代表候補生らしい。もしかしたら会う機会もあるやもしれん。その時は、余り失礼が無いように対応しろ。ま、今のお前ならば問題無いかもしれんがな』
その後も、任務に関する話が続いてから通信は終了した。
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「任務でイギリスに行くことになった…だとっ!?」
「はい。ですので、申し訳ありませんが、少しの間だけここを離れる事になります」
基地内にある食堂において、先程の通信に付いて話せる範囲だけではあるが全員に報告をしていた。
イギリスに出張紛いになる事を言った瞬間、全員が騒然となったが。
「ど…どれぐらい掛かる予定なのだ?」
「それはまだなんとも。相手次第…と言ったところでしょうね」
いつもならば強気なラウラが、目を潤ませながら訪ねてきた。
同年代の仲のいい相手がいなくなることは、今の彼女には相当に堪えるようだ。
「大丈夫ですよ、ボーデヴィッヒ少尉。別にずっと向こうにいる訳ではありません。長くても一週間ぐらいではないかと予想しています」
「一週間…か……」
たった七日。されど七日。
長いと言えば長いが、短いと言えば短い時間だった。
「168時間……もしくは、10080分か……」
「どうして時間と分に換算するんですか?」
ここで珍しく葉月のツッコミ。
混乱して思わず細かく計算してしまったラウラの頭に手を乗せる。
「私がいない間、訓練を頑張っていてください。そして、戻ってきたらまた模擬戦をしましょう」
「う…うん……ぐじゅ……今度は私が勝つがな!」
「楽しみにしています」
葉月の方が僅かではあるがラウラよりも背が高いので、親友同士というよりは姉妹のように見えてしまう。
実際、今のラウラは完全に葉月の成すがままにされながら頭を撫でられている。
「任務にはいつから向かうのですか?」
「明日の早朝からになる予定です。ですので、後で準備に取り掛からねばいけません」
「我々に出来る事は何かありますか?」
「今は何も。強いて言うならば、ここをお願いします…としか」
「それは当然です。この基地こそが我が家に等しいのですから」
葉月の事を心配したクラリッサだったが、却って彼女に心配されてしまう。
まだまだ自分達と葉月の実力差は大きいとはいえ、なんとも情けなかった。
「それじゃあ今日は…ハヅキちゃんの送別会だぁ~!」
「「「「おぉ~!」」」」
「いや…別に私はすぐに戻ってくるつもりなのですが……聞いてますか?」
全くもって聞いていないだろう。
結局、そのまま流されるがままに送別会に巻き込まれた葉月であった。
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「では、行って参ります」
「頑張って来いよ」
基地内の殆どの人間に見送られながら、葉月は輸送機に搭乗する。
コックピットでは、以前にも彼女を運んだ経験のある操縦士が乗っていた。
「よぉ…久し振りだな」
「お久し振りです。また、お世話になります」
「…………」
最後に見た時とは完全に別人となっている彼女を見て、操縦士は思わず口を開けたままフリーズしてしまった。
「お…お前…本当に、あのコード80かよ……」
「はい。そうですが何か?」
「い…いや……なんつーか…変わり過ぎだろ……」
「少将閣下にも言われましたが、そうでしょうか?」
「明らかに変わってるだろ……」
帽子を深く被り直し、今更ながら罪悪感が迫ってくる。
(前に見た時は『言葉を話す人形』って感じだったのによ…今じゃ完全に『普通の女の子』になってるじゃねぇか。これで根っこの部分はそのまんまとか……)
「はぁ~……」
操縦桿を握りしめながら、大きな溜息を吐く。
もうその顔には陽気な笑顔は浮かんでいなかった。
(俺…絶対に碌な死に方しねぇな……クソ…!)
これは非常にいい事の筈なのに、どうして前のままでいてくれなかったんだという気持ちも残っている。
あの頃のままだったならば、今のような罪悪感も無かったのに。
「それじゃあ、座席にしっかりと座ってシートベルトをお締めくださいな。可愛いお嬢さん」
「了解しました」
死ぬ時はせめて、この子を守って死にたい。
そうでも思わないと、この罪悪感とは向き合えそうになかった。
そして、輸送機は一路、イギリスの首都ロンドンにあるIS開発研究所まで飛んで行くのであった。
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幾ら技術が発展したとはいえ、矢張りたった一晩では辿り着けない。
夜になり、真っ暗な機内の小窓から夜空を見つめ、星の煌めきに目を奪われる。
(本当に変わっちまったなぁ……アイツ)
自動操縦にして休憩していた操縦士は、ジッと窓の外を見つめる葉月を見て改めて考える。
見た目だけは、ごく普通のどこにでもいるような少女なのに、あの小さな体に大の大人すらも軽く殺せる程の力が宿っているなんて誰が想像するだろう。
少なくとも、初見の相手では絶対に分からない。
(…そういや、うちの従姉妹もあれぐらいの歳の頃だったっけ…。あいつも、本当なら今頃は普通に親と暮らしてたんだろうに……)
考えないようにしていても、一度でもスイッチが入ってしまうと止まらない。
頭の中はもう、葉月のIFの事で一杯だった。
「ん?」
葉月の様子を伺っていると、彼女の様子がおかしい事に気が付く。
窓を見ていた彼女の顔が下がっていて、息遣いも静かになった。
「…寝ちまったのか」
仕方がないので、操縦席を離れて機内にある毛布を彼女の身体に掛けてやることに。
それでまた罪悪感が増していくのだが。
「せめて、安全快適なフライトだけは約束してやるよ……お姫様」
そう呟いてから、操縦士はそっと葉月の頭を撫でてから操縦席に戻った。
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次の日になり、輸送機は何事も無くイギリスに入国できた。
管制塔からの通信を聞きながら進んでいくと、ロンドンの街中の一角に明らかに大きな建築物が見えた。
建物の横には広大な離着陸出来る場所があり、この輸送機でも余裕で降りられる。
因みに、今回は軍の任務という名目で来ているので、空港には降り立っていない。
勿論だが、葉月はパスポートなんて物は持っていない…のだが、実は後々の事を考えて密かにグレイヴが彼女の為のパスポートを作っていて、それは既にペイルライダーの拡張領域内に収納してあった。
知らぬは本人だけだった。
「あそこか。着陸するぞ! しっかり捕まってろ!」
ゆっくりとではあるが確実に高度を下げていき、降着装置を出して着陸に備える。
そのまま甲高い音を出しながら地面を走り、いい具合に着陸に成功した。
「ふぅ~……よし。もう大丈夫だ。降りてもいいぞ」
「ありがとうございました。帰りもお願いします」
「おう。任せときな」
丁寧にお辞儀をしながら挨拶をしてから輸送機を降りていく葉月を見送りながら、彼は静かに呟いた。
「俺がお前にしてやれる事なんて…それぐらいだしな」
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輸送機を降りていくと、そこには出迎えと思われる人物達が立っていた。
一人は背広を着て眼鏡を掛けた、いかにもな男性で、もう一人は葉月と同じ歳の頃と思われる金髪の美しい少女だった。
「お待ちしておりました。お話は少将閣下から既に伺っております」
「こちらこそ、今回はよろしくお願いします」
なにやら自分に向けて視線を感じたので目を動かすと、いつの間にか少女が近くまで来ていて葉月の事を凝視していた。
「貴女が、ドイツから派遣されてきた護衛役…ですの?」
「そうですが…貴女は?」
「まぁ! このような時は普通、ご自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」
今まで、そんな人間らしい教育なんて一度も受けた事が無い葉月にそんな事を言っても意味が無い。
彼女は普通に受け止め、糧にするだけだ。
「コード80。もしくは葉月。どちらでもお好きな方でお呼びください」
「コ…コード…? いいでしょう…では、ハヅキさんと呼ばせて貰いますわ」
いきなりのぶっ飛んだ名前に戸惑いながらも、少女はわざとらしく咳払いをしてから腰に手を当てながら名乗り始めた。
「私こそ、オルコット家の元当主であり、イギリスの代表候補生にしてティアーズ計画で生み出された試作IS一号機『ブルー・ティアーズ』の専属パイロットになる予定の『セシリア・オルコット』ですわ。短い間の関係になるでしょうが、どうかお見知りおきを。ハヅキさん」
運命は、どこに転がっているか分らない。