INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~ 作:とんこつラーメン
突如として格納庫へと入ってきた女達は、葉月たちを見下すようにしながら近づいてきた。
その顔には不敵な笑みを張り付けていて、誰が見てもいい印象は覚えないだろう。
「どうやら、完成まであと一歩というところみたいね」
「それがどうかしたのか」
先程まで穏やかな表情をしていたカムラが、女達には敵意を剥き出しにして全く隠そうとしない。
たったそれだけの事ではあるが、葉月は彼の事を本気で信用に値すると判断した。
「もうそろそろ返事を頂けるかしら? この『ブルー・ティアーズ』と、奥にある二号機の『サイレント・ゼフィルス』をこちらに引き渡してくださる? カムラ技術大尉さん?」
「その件なら何度言われても答えは同じだ! 貴様たちみたいな我欲の権化なぞに、俺達が精魂込めて製造したブルーもゼフィルスも絶対に渡さん!!」
格納庫内全体に響き渡るような叫びで反論するが、女達は全く動じていない。
それどころか、先程よりも笑みを深くしていた。
「こちらも何度だって言ってあげるわ。全てのISは私達が運用する事で初めて役に立つの。何故なら、我々こそがISに選ばれし存在なのだから」
「戯言もそこまで行くと滑稽だな」
「…なんですって?」
「いいか、よく聞け! このブルーはそこにいるセシリアが努力と才能と実力で勝ち取った物なんだ! ISの本質すらも理解していない馬鹿が安易に触れていいもんじゃないんだ!!」
「セシリア…? あぁ…あのオルコット家の。成る程…その子が……」
セシリアの事を見つけると、彼女の方に視線を向けて威圧する。
だが、そんなプレッシャーに何て全く気圧されることなく、セシリアはしっかりと足を踏ん張って睨み返した。
「何をどうやったかは知らないけれど、そんな没落寸前の家の小娘なんかには過ぎた代物よ。ISとは、篠ノ之束という偉大な存在が我等にお与えくださった力であり、私達こそがISを使うに最も相応しいのだから」
「実力とか言ってたけど、どうせ金や体を使って候補生になったんでしょう?」
「落ちぶれ貴族のオルコットさんは大変ねぇ~!」
「「「ははははははははははっ!!!」」」
「貴女たち…我が家に対するこれ以上の侮辱は許しませんわよ!!」
挑発に乗ってセシリアが前に出ようとするが、それを阻むようにして葉月が体を広げて静止させた。
「ハヅキさん! そこをどいてくださいまし! その者達は私の家を馬鹿にしたのですよ!」
「ダメです。絶対にどきません」
「ハヅキさん!!」
セシリアの事を押し留める葉月を見て、女達は目を細める。
見慣れぬ服装を着た、見慣れぬ少女がここにいるのだから当然だが。
「…その黒い服を着た子が、二号機のテストパイロットってわけ?」
「だとしたらどうする?」
「決まってるじゃない。美しきISに集る蠅は潰すだけ」
なにやら勘違いをしているようだが、葉月にとっては都合がいい。
変に素性を探られるよりはマシだ。
(落ち着いてくださいオルコットさん。ここで下手に暴れれば、それこそ奴らの思う壺です)
(しかし!)
(もしもここであいつ等に殴り掛かりでもしたら、それをいいように捏造された挙句、一気に追い込まれます。頭の中身や思想は蛆虫以下の連中ですが、その政治力と狡猾さは本物です。恐らく、証拠映像を撮る為の小型の機器やら録音機やらを持っていると思われます)
セシリアを宥めるように小声で話す葉月。
それを聞いた彼女も同じように小声で話した。
代表候補生として訓練を受けているセシリアには容易い。
(ここは我慢をしてください。怒りが収まらないのであれば、後で幾らでも私の事を殴っても構いませんから)
(そ…そんな事なんて出来るわけないじゃない!)
(……優しいんですね、貴女は。そんなオルコットさんだからこそ、奴らの毒牙に掛けさせるわけにはいかない。今は耐えてください…お願いします)
(ハヅキさん……)
葉月の説得が成功したのか、セシリアは拳を震わせながらも後ろへと下がった。
唇を噛み締めながらも、必死に女達の侮辱に萎えている。
「どうやら、平行線みたいね」
「平行線? 寝言は寝てから言うんだな。これから先もずっと、こっちの答えは永遠に変わる事は無い! 諦めて、とっとと帰るんだな!」
「…絶対に渡す気は無いと?」
「当たり前だ!! ここにあるネジ一本に至る全て、腐れ外道の馬鹿どもに渡す物なんて何も無い!!」
これまでのやり取りでカムラも頭に血が上っているようで、冷静さが無くなってきている。
それを見て葉月は密かに『ヤバい』と思っていた。
下手に怒らせたら何を仕出かすか分からない連中だから。
「…いいでしょう。なら、こちらにも考えがあります。行くわよ」
「「はい」」
笑みを消してから踵を返し、大人しく去っていく女達。
その引き際に不気味さを感じる葉月。
彼女の胸中に嫌な予感が湧き出てくる。
「二度と来るな!!」
格納庫の出入り口の扉が閉まると同時に、カムラは傍にあったスパナを投げつけた。
扉に当たって虚しく床に落ちただけだが。
「はぁ…はぁ…はぁ……クソが!!」
女達がいなくなってもイライラは収まらず、思わず床を思い切り踏んで少しでも発散させようとした。
何回かしている内に、やっと気持ちが落ち着いて冷静になったようで、最後に大きな溜息を吐いてから肩を落とす。
「…奴らが例の?」
「あぁ…この国の女性権利団体のバカ共さ。なんでもかんでも自分達の好き放題に出来ると本気で信じている連中だ」
扉の方を見て、葉月は頭の中でこれからの事を考える。
自分が奴等ならばどうするか。どのような行動をしてくるのかを。
「…また来ると思うか?」
「来るでしょうね。十中八九」
「だよなぁ……」
今更ながらに考えてしまう。
アイツ等の主張なんかに耳を貸さずに、軽く受け流しておけばよかったじゃないかと。
だが、これまでに溜まった鬱憤がそれを許してくれなかった。
「あいつ等がここに来たのは今日が初めてじゃない。これまでに何回も来てるんだ。話す事は全く同じだがな」
「ティアーズ計画のISを渡せ…と?」
「そうだ。一体どこでブルー達の情報を手に入れたのやら…。一応、完成するまでは機密扱いで、軍や政府の連中でも知っているのは極僅かの筈なんだが……」
「…情報のリークがあったのでしょう」
「なんだと?」
「出所は、その『政府の連中』かと。国によっては、権利団体の影響力は国家の中枢にまで及んでいる場合があります」
「……冗談でも笑えないな」
勿論、葉月が冗談で言っている訳ではないのは分かっていた。
それでも、そう言わないとやってられない。
「奴らの様子から察するに、次は『強行策』で来る可能性が高いでしょう」
「ISか!?」
「はい。ですが心配ありません。そのような時の為に私が派遣されたのですから」
「……悪いな」
「任務ですから」
分かっていることとはいえ、そう簡単には割り切れない。
自分の半分も生きてないような少女に全てを託すだなんて事は。
大人なのに何も出来ない。情けなくて嫌になる。
「…ハヅキさん」
「落ち着きましたか?」
「えぇ…情けない姿をお見せしましたわ」
「気にしないでください。寧ろ、私は好感が持てました」
「こ…好感?」
「えぇ…とても人間らしくて。私なんかとは違って……」
無表情だったハヅキの顔が一瞬だけ暗くなる。
本当に僅かな間だけの事だったが、傍にいたセシリアは見逃さなかった。
「それよりも、奴らがいつ来るか…ですが」
「分かるのか?」
「予想だけなら。今までの経験と情報を基に分析をすれば、奴らの大凡の傾向も見えてきますから」
「君は一体…何者なんだ…?」
「ただの『害虫駆除業者』ですよ」
彼女が言う『害虫』が何を指しているのか、カムラにはすぐに理解出来た。
出来てしまったからこそ、今の世界の業の深さも同時に理解してしまった。
(あんな風に狂った連中が台頭してくる以上、それを倒す為だけの存在が現れても不思議じゃないが……)
それをやっているのが、まだジュニアスクールに通っていそうな少女。
この世界はもう、取り返しのつかない域に達しているのかもしれない。
「どんなに遅くても、明日の夜には仕掛けてくるでしょう。流石に奴等も、自分達の暴挙を表沙汰にはしたくないでしょうから」
「あの連中なら、どんな手段を使ってでも揉み消しそうな気がするがな。で、最も早い場合は?」
「今夜です。勿論、今回のように正面から訪問なんてしないでしょうね。文字通り、ISという名の暴力に訴えてくると思われます」
「アラスカ条約も何もあったもんじゃないな……」
「あいつ等に常識を求めても無駄ですよ」
「だろうな」
もう呆れて笑うしかない。
一気に肩の力が抜けて、この場に座り込みそうになった。
「私はこれから、奴らの夜襲に備えて警戒行動に移行します」
「具体的には?」
「研究所の外で待ち伏せます。連中は力はあっても、軍隊のような連携や作戦を練る能力は持ち合わせてませんから。組織であるにも拘らず、最初から統率力を捨てて力にモノを言わせる事しかしない。その気になれば、付け入る隙は幾らでもある」
「今からか?」
「今からです」
自分の腕にあるダミーの待機形態であるブレスレットを触りつつ、葉月は格納庫から出ようとするのだが、そこにセシリアが待ったを掛けた。
「ちょ…ちょっと待ってくださいまし!」
「どうしました?」
「カムラおじ様! ここには他のISはもう無いんですのっ!?」
「一応、研究用のリヴァイヴが一機だけありはするが……」
「では、それをお借りしますわ!」
「何をする気だっ!?」
「決まっています! 私もハヅキさんと一緒にティアーズを守るのですわ!」
「なんだってっ!?」
いきなりの爆弾発言に、カムラは驚きの余り尻餅をつきそうになった。
なんとかギリギリの所で耐えたが。
「ティアーズはいずれ、私の専用機となるIS…。ハヅキさんにばかりに任せるなんてオルコット家の名折れ!」
「セ…セシリア! ちょっと待て!」
カムラの必死の叫びも虚しく、セシリアはリヴァイヴを受け取りに研究所の奥に行ってしまった。
「はぁ……無駄にプライドが高いのは母親譲り…か」
「カムラ技術大尉は、オルコットさんのご両親の事を御存じなのですか?」
「まぁな。あの子の両親には生前から世話になってたんだ」
「生前と言うと……」
「…少し前に二人揃って亡くなってる。越境鉄道の横転事故でな。その原因は未だに不明で、当時は様々な説が言われていたもんだ」
少し汚れた眼鏡を磨く為に一旦は外して、布巾で磨きながら話し続ける。
「いきなり二親を同時に亡くしたもんだから、彼女は本当に大変な目に遭った。手元に残された両親の莫大な遺産を狙って親戚連中がこぞって彼女に取り入ろうとした。その姿が余りにも不憫すぎてな…俺が彼女の後見人になる事にしたんだ」
「同情ですか?」
「それもあった。けど、一番の理由は恩返しさ」
「恩返し?」
「さっきも言っただろ? 彼女の両親…オルコット夫妻には恩があるってな。それを返しきれない内にいなくなっちまったからな。せめてもの恩返しに…ってな」
カムラの話を聞いて葉月も考えてしまった。
自分はちゃんと恩を返せているのだろうかと。
己を拾ってくれたグレイヴに、ハーゼ隊の皆に、千冬に。
「お前さんにこんな事を頼むには筋違いだと分っちゃいるんだが…それでも頼む。あの子を…セシリアの事も守ってやってくれ。この通りだ」
「大丈夫ですよ」
頭を下げるカムラの肩にそっと触れ、静かに微笑んだ。
「オルコットさんは、これからの世界に必要な人物です。何があっても絶対に守ってみせます。例え…何を犠牲にしても」
「……!?」
根っからの技術屋であるカムラに戦いや戦士のなんたるかは全く理解出来ないが、そんな彼でもハッキリと分かった。
この少女の浮かべているこの顔は…最初から死ぬ覚悟が出来ている人間の顔だと。
任務達成の為ならば、迷うことなく自分すらも犠牲に出来る少女なのだと。
「では、これよりティアーズ型ISの警備に移行します」
「あ……」
去りゆく葉月の背中に手を伸ばすが、もう彼女は届かない場所まで移動している。
そのまま、格納庫を後にしてしまった。
残されたのは、虚しく手を伸ばしているカムラだけ。
「…子供に戦いを押し付けて、大人は後ろで傍観する世界…か。こんなの…絶対に間違ってる…! なんで…こんな世の中になっちまったんだよ…クソッタレ…!」
まるで自分に言い聞かせるような彼の一言は、格納庫内に静かに反響した。
共闘。芽生える絆。