INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~ 作:とんこつラーメン
「貴女は一体何者なのですか?」
突如としてチェルシーから投げかけられた質問に、葉月は一瞬だけ固まって彼女の事を見てしまった。
「…それはどういう意味でしょうか?」
「私は一介のメイドではありますが、それでも分かる事はあります。見た所、ハヅキ様は明らかに未成年。歳の頃はお嬢様と同じか、もしくは一歳上か下辺りでしょう」
葉月自身、自分が今何歳なのかはよく分かってはいない。
過去の記憶が無いせいもあるが、それ以上に『不必要』と判断されて、自分自身に関するプロフィールの類は何一つ知らされていないのだ。
彼女に求められるのは、どんな事があっても絶対に怯まない鋼の如き意志と、引き金を引く指先だけ。
「ハヅキ様が着ていらしたのは明らかに軍服のソレでした。流石の私でも、未成年が軍人にはなれないという常識ぐらいは知っているつもりです。故に尋ねているのです。子供の身でありながらも軍服を着て、ドイツからたった一人で派遣されてきたという貴女は何者なのですか…と」
「……………」
これはもう下手に誤魔化しが出来るような空気ではない。
もし仮に、ここで適当な言葉を使ってこの状況を逃れようとすれば、それこそ朝まで質問攻めにされる可能性が高い。
基本的に睡眠を必要としていない葉月には何も問題は無いのだが、こっちの都合で泊まらせて貰っている上に仕事を邪魔するような真似までしてしまったとあっては、ドイツ軍としての沽券に関わる…と思っている。
なので、ここで葉月が取れる選択肢など有ってないようなものだった。
「…まず、これだけは言わせて下さい」
「なんでしょうか?」
「チェルシーさんが仰っている事は、半分正解で半分ハズレです」
「半分…?」
「はい。現在、特殊な部隊ではありますが、ドイツには部隊員の殆どが未成年で構成されている部隊が実在しています。私もお世話になっている部隊です」
「俄かには信じられませんが…不思議とハヅキ様が嘘をついているようには思えません……」
チェルシーがそう思うのも当然だ。
葉月は『兵器』となってから今に至るまで、一度も嘘をついたことが無い。
それ以前に、彼女には『嘘を付く』という機能が存在していない。
「そして…今から話す事は機密事項に該当する事なので、内密にお願いします。口外した場合のあなたの身の安全は保障できません」
「…承知しました」
真剣な目で自分の事を見てくる葉月に対し、チェルシーは冷や汗を掻きながら頷くしかなかった。
「確かに、私はドイツ軍に属する者ではありますが、決して兵士ではありません」
「え…?」
兵士ではないのに軍服を着ている。
明らかに矛盾している言葉にチェルシーは戸惑った。
「少し、お手をお借りします」
「は…はぁ……」
そっとチェルシーの手を取り、それを自分の胸に当てる。
傍から見れば、本当に意味不明な行動だが、葉月の場合はこれだけで自分名何者かを伝えるに十分だった。
「あの…ハヅキ様は一体何をして…?」
「これだけでは少し分かり辛かったですか。では、次はご自分の手を胸に当ててみてください」
「こう…ですか?」
言われるがままに、自分の手を胸に当てる。
当然だが、ドクンドクンという心臓の鼓動を肌越しに感じる。
「…あれ?」
ここでようやくチェルシーは気が付いた。
自分の両手から感じる明らかな違和感に。
(ハヅキ様に触れている手からは…心臓の鼓動を感じない…?)
この世に生きている生物ならば、大抵の者には存在している一番大切な命を司る器官。
所謂『命の鼓動』とも呼べるものが、葉月の身体からは全く感じなかったのだ。
「お分かり頂けましたか?」
「こ…これは一体……」
「私の身体には、皆さんの身体にもある『心臓』が存在していません」
「し…心臓が…ない…?」
そんな馬鹿な。
葉月の言っている事が真実ならば、どうして彼女は生きている?
こうして触っている今でも、彼女の身体からは確かな温もりを感じているのに。
「心臓の代替器官として、ISコアが内蔵されているのです」
「IS…コア…!」
ISコア。それは、この世にたった467個しか存在していないとされている、文字通りISの根幹ともいえる部品だ。
常識的に考えて、絶対に人体になんて入れるような代物ではない。
だが、目の前にいる少女の体の中にはソレが内蔵されているという。
例え冗談であっても笑えなかった。
「私は兵士などではなく『兵器』……ドイツ軍所有の対人殲滅用の兵器なのです」
「兵器……貴女が……?」
待った躊躇する様子も見せずに葉月はハッキリと言ってのけた。
人として必要な感情を『開発』の段階で殆ど取り除かれてしまった彼女に、人間らしい恐怖なんて有りはしない。
「その…対人殲滅というのは……」
「私が主な標的としているのは『女性権利団体』です。これまでにも幾多の支部を壊滅させてきました」
女性権利団体に関しては、チェルシーもよく知っている。
このイギリスにおいても、奴らは好き放題に暴れているから。
そして、そんな連中の支部が次々と何者かによって破壊されているのも、ニュースなどでよく見ていた。
「こ…今回もまさか……」
「いえ。今回の任務はあくまで『ティアーズ型IS2体の守護』でしたので、襲撃してきた者達は一人も殺害はしていません。もし仮にそのような命令が下されたとしても、セシリアの目の前では決して行いませんけど」
「それは…どうしてですか?」
「…彼女には、そんな血生臭い事は似合わないと思うからです。セシリアには表側の世界で光を浴びながら生きていてほしい。汚れ仕事は全て、私のような『兵器』がやればいいのです」
悲しい言葉だった。
本人はそんな事は思っていないだろうが、傍で聞かされる方は溜まったものではない。
まるで、胸を締め付けられるような思いがチェルシーの中を駆け巡る。
「どうして…そこまでセシリアお嬢様の事を気遣ってくれるのですか?」
「セシリアは、こんな私の事を…殺すしか能のない私の事を『友達』と言ってくれたのです。それからでしょうか……自分でも分からないのですが、セシリアの身体だけでなく、その心も守ってあげたいと思ってしまったのです」
自分の手を見つめながら、葉月はどことなく悲しそうな顔をしながら静かに呟いた。
「私の身体は、それこそ頭の先から爪先まで敵の返り血で塗れています。なのに、セシリアはそんな汚れた手を握って微笑んでくれるのです。それを見る度に…私は自分でも分からない気持ちに支配されてしまうのです」
チェルシーには分かった。他でもない
自分の事を人殺しと言っている彼女の本質は、友達を大切に想える優しい心の持ち主であると。
その事が理解出来た途端、チェルシーは思わずハヅキの事を抱きしめていた。
「申し訳ありませんでした……貴女は間違いなく、セシリアお嬢様のご友人です……」
「チェルシーさん……」
「辛い事を話させてしまって…本当にすみませんでした……」
「お気になさらないでください。私も気にしていませんから」
「お話し頂いたことは、墓まで持っていくことをお約束いたします……」
「ありがとうございます」
葉月といい、セシリアといい…今の世の中には余りにも不幸な子供達が多すぎる。
どうして、子供達ばかりがこんな目に遭わないといけないのか。
それを考えるだけで、チェルシーの目からは涙が止まらなくなる。
「チェルシーさん…泣いておられるのですか?」
「はい…お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません…」
「いえ…大丈夫ですよ? 不謹慎だと承知しているのですが、誰か泣いている姿を見ていると、少し羨ましいと思ってしまうので…」
「羨ましい…ですか?」
「人間らしい感情を失った今の私では、皆さんのように泣くことも非常に難しいですから……」
「ハヅキ様……」
痛みなどで涙を流す事はあっても、感情の高ぶりによって涙を流したことは一度も無い。
だからこそ、そう言った様子を見ると羨ましくもあり、物珍しくも思ってしまうのだ。
「この屋敷に滞在している間は、貴女様の事をメイド一同、全力でお世話をさせて頂きます…」
「はい。少しの間になるでしょうが、改めてお世話になります」
葉月は誰かを守る存在ではない。誰かに守られるべき存在だ。
少なくとも、ここにいる間は彼女の事を主人と同じように護ろうと決意をするチェルシーだった。
「…ところでハヅキさま…一つ宜しいでしょうか?」
「はい?」
「入浴後に、髪はちゃんと乾かしましたか?」
「タオルで入念に拭きはしましたが…」
その一言を聞いて、チェルシーの中にあるメイド魂に火が点いた。
「いけません。淑女たる者、タオルで拭いてハイ終わりではダメなのです」
「私は淑女ではないのですが……」
「問答無用です。最初に拝見した時から気になっていたのですが、ハヅキ様には女性としての恥じらいなどが足りません」
「そう言われても……」
恥らってなんかいては、それこそ任務に支障が出てしまう。
極端な例ではあるが、その気になれば葉月は大衆の面前で裸体を晒す事も、排泄行為をする事も全く厭わない。
そんな訓練も徹底的にしてきて、精神の方も改造されてきたから。
「まずは、髪を乾かしましょう。確か、備え付けのドライヤーがあった筈……」
先程までの姉のような温かみは消え、完全に一人のメイドとしてのチェルシーになっている。
この状態の彼女に逆らうのは得策ではないと判断したのか、葉月は大人しく彼女の『奉仕』を受け入れることにした。
「そこの椅子に座ってください」
「了解しました」
言われた通りに椅子に座ると、チェルシーはその後ろに立ってから静かに優しくドライヤーを当てつつ、器用に櫛を使って葉月の黒い長髪を乾かし始めた。
「殆ど引っかからない…。ハヅキさまは、何か髪の手入れなどを行っておられるのですか?」
「いいえ…そのような事をしている暇は無いので」
「ということは、これは完全に天然の髪質……。痛めてしまうのは非常に勿体無いですよ?」
「そう…なのですか?」
「勿論ですとも。まるで黒曜石のような輝きを持つ、この美しい黒髪を何の手入れもせずに放置してしまうのは、同じ女性として我慢できません」
「はぁ……」
自分の髪について褒められたことなんて一度も無いので、こんな時にどんな反応をすればいいのか分からない。
そもそも、髪になんて全く興味が無い葉月は、これまでにも何回か髪を切ろうと試みた事があるのだが、なんでかそんな時に限って周囲から全力で止められている。
「そう言えば、先程の話はお嬢様にもお話ししたのですか?」
「いいえ。最初は話そうとしたのですが、その時に限って邪魔者が入ってしまい、それから流れで話す機会を失ってしまいました。今では、話さなくて正解だったと思っていますが」
「私もそう思います。もしも、お嬢様がハヅキさまの真実を知ってしまったら悲しまれるでしょうから……」
「セシリアのそんな顔は見たくありません。彼女には…いつも笑っていてほしい…」
そこまでセシリアの事を大切に想ってくれるのは嬉しいが、チェルシーは同時にこうも思ってしまう。
もっと自分の事も大切にしてほしい…と。
「ハヅキ様は、あの軍服以外に私服の類は持っていらっしゃらないと仰っていましたよね?」
「はい。今いる部隊から支給された軍服だけしか持っていません」
「支給された? それまではどうしていらしたのですか?」
「基本的にISスーツだけしか着ていませんでした」
「なんと……」
それは流石に論外中の論外だ。
セシリアが代表候補生をしている事もあって、チェルシーもISスーツがどんな物なのかはよく知っている。
殆ど水着も同然の格好を常日頃からしていただなんて、もしもセシリアが知ったら卒倒しそうだ。
「玄関先でお嬢様も仰られていましたが、ハヅキ様には人並みの服装を学ぶことが必要なようですね」
「人並みの服装……」
この超金持ちの家で人並みの服装とはこれいかに?
あの時は確か、お古の服とか言っていたが、それでも確実にそこらの一般人が着ている服よりは遥かに高級な服が出てくるのは簡単に予想出来る。
「明日から早速、ハヅキさまのサイズを調べないといけませんね」
「……よろしくお願いします」
戦場ではともかく、この屋敷内では自分は無力な小娘でしかないと実感した葉月は、心を無にして頷くしかなかった。
余談だが、この日の夜は今までで一番熟睡出来た夜だった。
羽毛布団の恐ろしさが身に染みて実感できたと、後に葉月は語っている。
時には流される事も大事。