INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~ 作:とんこつラーメン
時が過ぎるのはあっという間で、気が付けば葉月がドイツに帰る日になってしまっていた。
オルコット邸で一週間過ごしたことにより、今まで人間性の薄かった葉月に明らかな『変化』があった。
まず、心を許した相手には今まで以上に感情を表現するようになり、微笑程度ではあるが、よく笑うようになっていった。
更に、チェルシーのお蔭で人並み以上に下着や服装などに気を使うようになった。
これが一番大きな成長だったりする。
そして、場所は葉月が最初にイギリスに降り立った地である研究所の隣にある離着陸場。
もう既に輸送機はやって来ていて、その前にはカムラを初めとする研究所職員たちと、セシリアを初めとするオルコット邸の面々が勢揃いしていた。
「まさか、こんなにも多くの人達が見送りに来てくれるとは思いませんでした」
「大切な友人が故国へと帰るのですから、これぐらいは当然ですわ」
「その通りだ。今回、お前さんには本当に大きな借りが出来てしまった。何かあればいつでも連絡をくれ。出来る事は限られるかもしれないが、それでも全力で協力をさせて貰うよ」
「セシリア、カムラ技術大尉…ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる葉月の足元には、大きなスーツケースが一つ。
中には、オルコット邸から貰った古着の数々が入っている。
古着と言っても、実際にはかなりの高級な服ばかりなので、見た目だけで言えば新品同様に等しい。
「チェルシーさん。貴方にも本当にお世話になりました」
「いえ…こちらこそ、ハヅキさんをお会い出来て本当に良かったです。メイド一同、これからのご活躍を応援しております」
「はい。お任せください。少しでも、世界の平和に貢献してみせます」
そっと自分の胸に手を当てながら、葉月は力強く言ってみせた。
今までの彼女からは想像が出来ないような反応だった。
「しかし…この洋服類は本当に頂いてもよろしいのですか?」
「ご遠慮は無用です。それはもうハヅキさまの所有物。洗い方などは前にレクチャーした通りにして頂ければ問題ありません」
「洗濯の仕方一つとっても色々と技術がいる…本当に、チェルシーさんから教わった事は全てが目から鱗な事ばかりでした」
屋敷にいる間、葉月はチェルシーから様々な事を教わっていた。
それこそ、今まで彼女が学びたくても学べなかった一般教養から、生活の知恵などに至るまで沢山。
元々から物覚えが良かった葉月は、それらをまるで乾いたスポンジのように吸収していった。
「…もうそろそろ離陸の時間になりますね」
「これでもう…お別れなんですのね…」
「果たしてそうでしょうか?」
「ハヅキさん?」
悲しそうにするセシリアの手を、葉月が徐に優しく両手で包み込む。
「私達のどちらかが死なない限り、永遠の別れというものは存在しません。いつの日か必ず、どこかで再会する機会はあると思っています。なので、私はここで敢えて『さようなら』という言葉は使いません」
「では…なんと言うおつもりなんですの?」
「『また会う日まで』」
「………っ!?」
あの無機質で氷を思わせるような少女から、再会を望むような言葉が出てくる。
たったそれだけの事で、セシリアの目尻には涙が滲み出てきた。
「ハヅキさん!」
限界だったのか、セシリアは葉月の体に抱き着き、その胸に顔を埋めた。
彼女の体は震えていて、ずっと泣きたい気持ちを我慢していた事が分かった。
「私も…私もお別れは言いませんわ…。いつの日か必ず、また会える日を信じています……」
「はい。その日が来るまで、お互いに成すべき事を成していきましょう」
「えぇ…えぇ…! 次にお会い出来るときには、あなたの友人として恥じる事のない立派な代表候補生になってみせますわ……」
「楽しみに待っていますよ…セシリア」
僅か一週間の出来事ではあったが、お互いの人生の中で最も濃密で穏やかな一週間になった。
輸送機の操縦者も、空気を呼んで黙って二人の少女の友情を静かに見守っていた。
・・・・・
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・・
・
離陸した輸送機の中。
葉月は窓の外を眺めつつ、物思いに耽る顔を見せていた。
「はぁ……」
そして、時折吐く溜息。
その様子を横目で見ている操縦者の男は、帽子を深く被ってから今更ながら罪悪感に胸を痛めていた。
(もう完全に『兵器』じゃなくて、一人の『少女』になっちまってるじゃねぇかよ…くそっ! あんな顔を見せられちまったら…もう何も言えなくなっちまうよ……)
今の葉月は『狭間』にいる。
殺戮兵器『コード80』と、人間の少女『葉月』と狭間に。
これから先、彼女がどのようになっていくのか。
それは誰にも分からない。
唯一つだけ言えることがあるとすれば、それは……。
(セシリア……私は……)
この時期を逃せば、もう二度と葉月は『人間』には戻れないという事だ。
・・・・・
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・・・
・・
・
上空にて一晩過ごし、輸送機はハーゼ隊基地内にある離着陸場へと降り立つ。
そこにはクラリッサやラウラを初めとするハーゼ隊の面々だけでなく、千冬も腕組みをしながら葉月の帰りを待っていた。
「コード80。只今、イギリスから帰還しました」
輸送機の扉が開き、葉月が降りてから皆の前で帰還の報告と敬礼をする。
別に何もおかしな所は無い。ごく普通の事だった筈…なのだが…皆の反応は全く違っていた。
「ハ…ハヅキ? お前…本当にハヅキなのか?」
「そうですが…?」
皆を代表して、ラウラが指先を震わせながら訪ねた。
葉月からすれば、いきなり何を言いだすんだといった感じだが。
「表情が凄く優しくなってる……」
「ねぇ! この髪すっごくサラサラしてるんですけどッ!?」
「ホントだ! めっちゃ手入れされてる! ナニコレ!?」
「肌もスベスベしてる! エステでもしたのッ!?」
「顔から疲れを全く感じない…。スッキリしてる?」
「皆落ち着け! 言いたい事は分かったから、総合的に判断しましょう!」
現隊長であり最年長でもあるクラリッサが、驚きまくる部隊員達を一括して落ち着かせる。
なんだかんだ言っても部隊長なだけあって、このような時の統率力は流石だ。
葉月もそう思っていたのだが、次の言葉でその感想は一気に崩壊する。
「結論…ハヅキちゃんはイギリスに行った事で……」
「「「「「今まで以上の超絶美少女になって帰ってきた!!」」」」」
「はぁ……」
この団結力をもっと別の時に発揮出来れば、必ずハーゼ隊は強くなるのに。
息を荒くし、ギラついた目で自分を見る皆を見て、そう思わずには言われなかった。
「ボーデヴィッヒ少尉? 先程からずっとこちらを凝視していますが、どうしたのですか?」
「あ…うあ……」
たった一週間で大きく変貌してしまった葉月を見て、顔を真っ赤にしながら心臓をドキドキさせているラウラ。
勿論、彼女がそんな事になっているなんて葉月には知る由も無いわけで、純粋に彼女を心配してそのおでこにそっと手を添えた。
「もしかして、熱でもあるのでしょうか? 大丈夫ですか?」
「ふ…ふにゃぁぁぁっ!? いきなりにゃにをするっ!?」
「何をすると言われても…なんだか具合が悪そうに見えたので、熱でもあるのかと思い至りまして…」
「わ…私の事を心配してくれたのか?」
「少尉を心配するのは当然の事でしょう?」
「ふにゃっ!?」
これまでの葉月からでは想像も出来ないような優しい微笑みを至近距離で見た事で、ラウラのキャパは完全に限界突破してしまった。
葉月自身は、単純に同じ基地にいる仲間として心配していただけなのだが、言葉足らずの彼女にはそれを言うまでには至らなかった。
「ゆ…百合の花が…遂に……」
「咲いた……」
隊員達が震える声で彼女たちの方を振り向く。
実は、葉月がイギリスに行っている間、ずっとラウラは訓練にも身が入らない程の放心状態になっていて、彼女にとって葉月と言う存在がどれだけ大きな存在になっているかが伺えた。
それを見て、隊員達は『もしかして』と思っていたが、その『もしかして』が目の前で現実となったのだから、彼女達の驚きと喜びもひとしおだった。
「葉月…お前は……」
「織斑教官? どうしました?」
他の隊員達とは別の意味で千冬は感動に打ち震えていた。
まさか、あの葉月がこれ程までに人間らしくなって帰ってくるとは予想すらしていなかったから。
イギリスで一体何があったのかは知らないが、少なくとも葉月がここまで大きく変わるほどの出来事が起きたのは間違いない。
本人は全く自覚していないが、まるで子供の成長を喜ぶ親のような心境だった。
「よく……帰ってきたな……」
「それは先程も言いましたが……」
「お前が無事なら…それだけでいい……」
「はぁ……」
葉月の頭をそっと撫でつつ、自然とそのまま彼女の事を抱きしめていた。
「おかえり…葉月……」
「ただいま…です。織斑教官…」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
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基地内にある通信室。
そこで、葉月は画面越しのグレイヴに帰還の報告をしていた。
「グレイヴ少将閣下。コード80、帰還しました」
『うむ。任務ご苦労だった。体を休める事は出来たか?』
「はい。心身ともに、万全の状態にすることが出来ました。いつでも次の任務を受けられます」
しっかりとした敬礼をする葉月を見て、グレイヴは少しだけ目を見開いていた。
これまでは死んだ魚のような無機質な目をしていた彼女が、今は生気に満ち溢れた目をしているから。
それだけ疲労が蓄積していたのか、それとも彼女をそこまで変化させる何かがあったのか。
グレイヴはすぐに後者が原因であると結論づけた。
(よもや、表側にいる人間達と交流させるだけで、ここまでの変化を齎すとはな…。私の求める兵器とは程遠くなってしまったが、それ自体は調整次第でどうとでもなる。それよりも、コード80のこの状態を有効活用しない手は無い)
両肘を机の上に置き、両手で口元を隠してから邪悪な笑みを浮かべる。
(ここまで人間らしくなったのであれば、今までは出来なかった潜入工作も可能になるかもしれんな。念の為に知識や訓練などは施していたが、まさかそれが役に立つ可能性が出てくる日が来るとは思わなかった。これは思わぬ行幸…。内側から滅ぼされる瞬間、あの女共はどんな阿鼻叫喚を聞かせてくれるのだろうな…)
自分の任務に新たな種類が増えるかもしれない事なんて全く知らない葉月は、画面の向こうで黙っているグレイヴの事をジッと見ていた。
『報告によると、どうやら心身の休息以外にも、色々と貰ってきたようだな』
「はい。もう着なくなった古着を何着か。その他にも色々と…」
『そうか。まぁ…その事に関して何か言うつもりはない。今にして思えば、お前には碌に私服の類などは与えてこなかったしな。この機に、一般人に紛れて行動する訓練でもしてみるのもいいかもしれんな』
「追跡、尾行をする為の一環の訓練ですね。了解しました。今後の訓練メニューに組み込んでみます」
『よろしい。これからも、有事の際に備えての訓練と準備を怠らぬように。いつ、どこで今回のような任務があるか分からないのだからな』
「了解しました」
『では以上だ。下がっていいぞ』
「はっ」
向こうから通信を切り、室内が一気に暗くなる。
そうなってから、葉月は思い切り息を吐いた。
「はぁ……」
(今までは、こんな事は一度も無かったのに…なんでか少将閣下の顔を見ただけで緊張をしてしまった。まさか、私が『緊張』なんて感情を露わにする日が来るなんて……)
自分はどうしてしまったのだろうか。
『兵器』としての己の有り方が根底から崩れ去る感覚があるのに、どうしてかその事が全く不快ではない。
セシリアと共に過ごした日々は本当に楽しかったし、彼女と別れる時も寂しく感じた。
そして、戻ってきたラウラや千冬、ハーゼ隊の皆の顔を見た途端に安堵をする自分がいて、彼女達に出迎えられたことが純粋に嬉しかった。
「私が……壊れる……」
両腕で自分の身体を抱きしめ、その場に蹲る。
彼女の目からは、一筋の涙が零れた。
「怖い…よ……」
その呟きは、誰にも聞かれる事無く闇の中へと消えていった。
・・・・・
・・・・
・・・
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コツコツという足音が響く。
両手をポケットに入れた状態で、グレイヴはPR計画の研究所内の廊下を白衣を着た研究員と一緒に歩いていた。
「例の機体が完成したというのは本当か?」
「完成…というよりは、完成間近と言った感じです。少なくとも、今年中には確実にロールアウトするかと」
「よかろう。もう組み上げは終わっているのか?」
「それは勿論ですとも」
一番奥まで到達すると、そこには電子ロックの掛かった扉があった。
「少々お待ちください」
研究員は慣れた手つきでパスコードを入力し、指紋確認と網膜確認を済ませてからロックを解除した。
「お待たせしました」
空気を抜くような音と共に扉が開かれ、中では数多くの研究員たちがとあるISの周りにて忙しく作業を行っていた。
「あれが…そうか?」
「はい」
それは、ペイルライダーに非常に酷似している全身装甲のISだった。
違いがあるとすれば、全身が青いペイルライダーとは違って、それは基本的に白を基調としている事と、頭部には特徴的な二本のアンテナがあり、右腕には複合兵装と思わしき巨大な武器が装備されている事だった。
「コード80の齎してくれた戦闘データと稼働データを元に改良を加え続け、ようやくここまで辿り着きました」
「そうか…」
「これこそが、この『PR計画』の集大成にして、ペイルライダーを再設計した量産検討機であり、その試作一号機。名付けて……」
「ペイルライダー・
『死』は、一つじゃない。