INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~ 作:とんこつラーメン
デュノア社の地下開発室にて、ペイルライダーの現状などをチェックし終えた葉月とアルベールは、その足で車に乗り込み、今度こそデュノア家自宅へと向かっていた。
勿論、車の周囲には護衛車両が並走している。
「機体のチェックというよりは、まるで身体検査を受けているようでした」
「ははは…それに関しては仕方があるまい。君の場合は事情が事情だからな」
「そうですね。本国で似たような事をされるのには慣れているのですが、他国の企業でペイルライダーの検査をされるのは初めてでしたので」
「普通はそうだろうな。自国のISを他国にて整備するなんてことは、通常では決して有り得ない事だからな」
「それは承知しております。今回は相当なイレギュラーな事態であることは」
ペイルライダーの構造自体は他のISと比べても、そこまで差があるわけではない。
非常に高性能ではあるが、それでもあくまで『現代技術の結晶』でしかない。
問題があるとすれば、それは頭部に設置されたブラックボックスである『HADES』であろう。
あれだけは、ドイツにてペイルライダーを開発した者達にしか解析は出来ない。
「まずは、ドイツ製のISであるペイルライダーでも使用可能なパーツを探す事から始めなくてはな。幾ら、修繕などをすると言っても、変にフランス製のパーツを使えば却って機体性能が低下してしまうことぐらいは我々も理解している。だが…ペイルライダーの事を見た時はかなり驚かされたな」
神妙な面持ちで腕を組み渋い顔になるアルベール。
それは社長としてではなく、一人の技術者として出た言葉だった。
「君のペイルライダーは万が一の時も想定しているのだな。アレには大量の『統合整備計画』のパーツが使われていた」
統合整備計画。
メーカーや各国ごとに異なる部品や部材、更には各種装備やコックピットの操縦系統や規格・生産ラインなどを統一することによって、生産性や整備性の大幅な向上、機種転換訓練時間の大幅な短縮などを図った計画で、IS委員会主体で実行に移された。
これにより、多少未熟なパイロットでも問題無く運用することが可能になっている。
実際、デュノア社で生産されている『ラファール・リヴァイヴ』や日本の倉持技研で生み出された『打鉄』なども、この『統合整備計画』の影響を大きく受けていて、機体性能自体は異なるものの、パーツの互換性や操縦系統が同じという事で大半の機体が訓練用に使用されている。
いざという時は現地での改修や応急修復なども出来るので、統合整備計画がもたらした影響は想像以上に大きい。
ペイルライダーもその例に漏れず、殆どのパーツに統合整備計画にて生み出されたパーツが用いられていて、戦場にて何らかの不測の事態が起きた時の為に即席の修理でもどうにかなるように設計されている。
その気になれば、他のISの腕部や脚部をそのまま換装することも可能になっていた。
「あれはどこまでも『戦場で戦うことを想定したIS』になっている。それ故に修復自体はそこまで苦も無く行えるだろうが……」
「問題はその後…ですか?」
「あぁ。あいつ等が調子に乗って『強化する』なんて言い出すとはな。腕はいいのだが、どうも性格に難ありというか……」
「科学を志す者なんて、往々にしてそんな者達ばかりだと思いますが」
「実感がこもってるな……」
「事実ですから」
因みに、葉月が想像したのは自分やペイルライダーを開発した研究者たち。
彼らは紛れもないマッドなサイエンティストたちだった。
「今頃は、必死になってペイルライダーに合致しそうな部品や装備などを見繕っているだろうな」
「少しだけ不安が残りますね……」
「大丈夫だ。拙いと感じた時は私がブレーキになろう。余りグレイヴを怒らせたくはないしな」
父親故の癖なのか、自然と葉月の頭に手が伸びて頭を撫でてしまう。
別に不快ではないので、そのまま何も言わずに撫でられていたが。
「しかし……」
「どうしました?」
「いや…な。まさか、本当にあの『PR計画』が実行に移され、その完成体が君のような少女だとはな……。娘を持つ身としては、何とも複雑な気分だ…」
葉月の歳自体は、アルベールの娘であるシャルロットと同じぐらいだ。
例え、それが他国の初めて会った少女だとはいえ、自分の昔馴染みの手によって全てを歪められてしまったと思うと心中穏やかではない。
「私は大して気にはしていません。それに……」
「それに?」
「この身になったからこそ、手に入れた物もありますから」
「ハヅキくん…君は……」
この少女は強い。自分の想像以上に。
普通ならば、自分の身体を好き放題に改造された挙句に過去の記憶まで失ったとあれば、絶望して錯乱したり暴走したりするものだ。
だが、葉月にはその気配はない。彼女はどこまでも前を見つめている。
自我を保っていわれるだけの『大切な何か』を手に入れているのだ。
「本当に凄いな君は…心から尊敬するよ」
「お褒め頂き光栄です」
しかも、ちゃんと礼節まで弁えている。
最早、この歳にしてどこに出しても恥ずかしくない立派なレディになっていた。
「ペイルライダーの修復が終われば、次は……」
「君を助けてくれた例の『イフリート』とやらの解析だな」
「実際に乗った身としては、あの機体自体に危険性は無いと思われますが……」
「それは私も同感だ。だが、だからと言って調べない訳にはいかない」
「そうですね。私も、アレに付いての情報は持っておきたいです」
一体、どこの誰が葉月の元にイフリート・シュナイドを送りつけてきたのは分からない。
だが、まるで彼女の為だけに誂えたとしか思えない程の同調率は普通ではない。
今後の為にも、あの機体だけは詳細に調査しておく必要がある。
「社長。もうすぐご自宅に到着します」
「もうか。話に夢中になっていると、時間が経つのもあっという間だな」
「全くですね」
それから数分もしない内に、車はデュノア家の邸宅へと到着した。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
(これはまたなんとも……)
屋敷の中は、以前にも訪れたオルコット家にも勝るとも劣らない程だった。
流石は大会社の社長宅。色んな意味で伊達ではない。
「帰ったぞ」
「おかえりなさいアナタ!」
「おかえり、お父さん!」
「あぁ…ただいま」
帰宅した夫を出迎えたのは、先に帰宅していた妻のロゼッタと娘のシャルロット。
まだ疲れてはいるようだが、それでも家に帰ってきた事と父が帰ってきたことで心の方は休まったようだ。
「帰る前にも話したが、今日から少しの間だけ彼女…ハヅキくんを泊める事になる。客間は空いているな?」
「勿論よ。さっきまで気晴らしついでに掃除をしていたから」
「大切な恩人に少しでも快適に過ごして貰おうと思って」
「そうだったのか……」
一日の殆どを会社を過ごしているせいか、家に付いては余り把握していないことが多い。
社長夫人という事でロベルタも会社にいる事は多いが、それでもまだ彼よりはマシな方だった。
因みに、今のデュノア家で最も家の事を把握しているのは何気に娘のシャルロットだったりする。
「少しの間ではありますが、お世話になります。どうか、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。そして、改めてお礼を言わせて。ボクだけじゃなくて、家族や会社まで救ってくれて本当にありがとう」
「礼を言われる程では……いいえ、違いますね。どういたしまして」
今までの彼女ならば、ここで『任務だから』と言っていただろうが、ハーゼ隊や千冬、セシリアなどと交流をして心が成長した今の葉月は相手の礼の言葉を素直に受け止められるようになっていた。
「そういえば、この子…ハヅキさんのISはどうだったの?」
「酷くやられていたよ。といっても、戦闘によって破損したわけじゃないが」
「え?」
「どうやら、ドイツからフランスに短時間で来るために大気圏離脱用の超大型ブースターを使ったようでな。その衝撃によって全身がズタボロになっていた。修復には時間が掛かりそうだ」
「それは大変ね……」
別に機密に触れるような事は話していないので問題は無い。
ソロモン・エクスプレス自体は秘密にするような事ではない。
アレの存在は他国にも普通に知れ渡っている。
「それよりも、疲れたでしょ? まずはお風呂にでも入って疲れを取った方がいいよ」
「そうだな。ハヅキ君、君から先に入りなさい」
「よろしいのですか?」
「構わんよ。君は我々だけでなく、会社や国まで救ってくれた大恩人だ。一番に労われる権利がある」
「そこまで仰って頂けるのならば…遠慮なく入らせて貰います」
「うむ。自分の家だと思ってゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます」
「決まりだね! さ、行こ!」
シャルロットに背中を押されながら、葉月は奥へと連れて行かれた。
当然だが、こんな事になるだなんて予想もしていなかったので、着替えの類は一切持って来ていない。
そもそも、まだ葉月には『着替えを持って他国に出かける』なんて習慣が無いので無理も無いのだが。
少し前まで、葉月のとっての海外遠征とは基本的に日帰りだったので、まだそこまで気が回らないのだ。
仲睦まじげに浴場へと向かう二人の後姿を見つめながら、ロゼッタが静かに呟いた。
「あのハヅキって子…良い子そうね。シャルロットのいい友達になってくれそうだわ」
「そうだな……きっと、ハヅキ君にとっても、同じ年頃の同性と一緒にいる事は良い頃に繋がるだろう……」
「あなた?」
葉月こそが、今の世の『闇の部分』が具現化したような存在。
本当ならば自分達のような大人が背負わなければいけない業を、彼女はたった一人で背負っている。
しかも、己の意志とは全くの無関係に。
だからこそ守らなければいけない。
この世界の『歪み』に加担をしてしまっている人間として。
『闇』を消し去る為に戦っている儚き少女を。
「恐らくだが…彼女にはもう血の繋がった家族はいないだろう……」
「なんですって…!?」
「グレイヴの奴がどこからか拾ってきた孤児か、それとも……」
葉月の素性は全く分らない。
だが、少なくともグレイヴの傍にいる以上は普通の経歴ではないのは間違いなかった。
「…いや、そんなのは関係ないか。大切なのは、あの子が我々を救ってくれたという事実と、これから先も大勢の人々を守る為に戦うであろうという事だ」
「……どうして、あの子なのかしらね……」
「それは私にも分らない。分からないが……」
ロゼッタの肩に優しく手を置き、アルベールは辛そうな顔をしながらも決意を口にする。
「この家にいる間だけは、彼女に普通の女の子として過ごさせてあげよう…」
「そうね…あなた。私も、シャルロットと同じ歳の子が戦場に立つ姿は見たくないもの…」
「あぁ……」
救われた恩とは関係無しに、夫婦は葉月の心を救いたいと思った。
子を持つ親として、一人の人間として。
風呂は心の洗濯である。