INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~   作:とんこつラーメン

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その出会いが幸運とは限らない。






The gear of fate that began to turn

 織斑千冬。

 日本代表IS操縦者であり、第一回モンドグロッソの優勝者。

 そして、織斑一夏の姉でもある。

 

 誘拐犯達を撃退した直後に、ISを装備した状態の彼女が半ば無理矢理に近い形で廃工場に侵入、鎖で繋がれている一夏と、それを外そうとしている少女に遭遇した。

 

「ち…千冬姉っ!?」

「良かった…どうやら無事のようだな…」

 

 まずは弟の安否が確認できて一安心。

 少しだけ心に余裕が出来た千冬は、次に一夏の傍で何かをしている少女に目を向けた。

 

「…で、そいつは誰だ?」

「そうだった! 実は、この子が誘拐犯達をやっつけて、俺の事を助けてくれたんだ!」

「なんだと?」

 

 一夏が嬉々とした様子で話してくれたが、俄かには信じられない。

 確かに、後姿とはいえ、少女が着用しているのがISスーツであることは分かる。

 となれば、彼女がISを用いて誘拐犯達を倒したのは間違いないだろう。

 だが、一体どこの誰が、どうして一夏の事を助けてくれたのか。

 その思惑などが全くの不明だった。

 

「さっきから何をやってるんだ?」

「俺の身体をこの柱に括り付けてる鎖を外そうとしてくれてるんだよ。おい! もう大丈夫だぞ! 千冬姉が来てくれた!」

「少々お待ちを。あと少しで……」

 

 バキン。

 そんな音と共に鎖が切断され、ようやく一夏の身体が解放された。

 

「切れました。これでもう大丈夫の筈です」

「ありがとう! 君がいなかったら本当にどうなっていたか分からなかったよ…」

「礼には及びません。こちらも仕事でしたので」

 

 立ち上がろうとした一夏に手を伸ばし、彼の補助をする。

 固い床に長い間、座らされていたせいで足腰が少し硬くなっていた。

 

「ん? 少し待ってください」

「なんだ?」

「左手に掠り傷が付いています」

「あ…ホントだ」

 

 鎖で拘束されている時に暴れたせいで、いつの間にか怪我をしていたようだ。

 と言っても、本当に小さな傷痕で、負傷した一夏本人も指摘されてようやく気が付いたほどだ。

 

「小さな傷とはいえ、ここはお世辞にも衛生的とは言えません。傷口から細菌などが入ったら大変です」

「大袈裟だなぁ…これぐらい、ほっとけば勝手に治るって」

「手を貸してください」

「聞いてねぇし……」

 

 拡張領域からコンパクト状の容器に入った傷薬を出し、それを一夏の左手に付いた掠り傷に優しく塗った。

 

「これでよし。後は絆創膏か包帯などがあればよいのですが……」

「そ…そこまでしなくてもいいって! 薬を塗ってくれただけでも十分だよ!」

「そちらがそう言うのであれば」

 

 ここまで言って、ようやく少女は引っ込んでくれた。

 誘拐犯から助けられた上に傷まで治療されたとあっては、流石に男として惨めになってくる…と一夏は思っていた。

 

「……私もまだまだだな」

 

 弟の命を救ってくれただけでなく、怪我まで気にしてくれた。

 その背後にどんな思惑を持った存在がいようとも、あの少女自身が優しい事には違いが無い。

 ほんの少しでも、少女に何か裏があって一夏を助けたのだと思っていた、ついさっきまでの自分に対して呆れしかなかった。

 何はともあれ、まずは礼を言う事が先ではないか。

 

「弟を助けてくれて本当に感謝する。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ここで下手に何かを言えば確実に訝しまれると判断し、敢えて妥当な返事をすることに。

 それで気をよくしたのか、千冬は少女に向かって手を差し出してきた。

 

(……しなければいけませんかね)

 

 なんだか彼女のペースに流されているような気がしなくもないが、ここは握手に応じる事に。

 

「そ…そうだ! 千冬姉! 決勝戦は……」

「辞退してきた。試合の結果よりも、お前の方が大事だったからな。相手の選手にも事情を話して、ちゃんと向こうの了承も得ている」

「……ごめん。俺のせいで……」

「お前は何も悪くない。悪いのは、お前を誘拐した連中だ」

「そうだけどさ……」

 

 チラっと床で未だに伸びている、少女が倒した男達を見る。

 実際に悪いのは確かに彼らかもしれないが、自分自身も心のどこまで油断をしていたのもまた事実だ。

 初めての海外という事もあり浮かれてしまっていたのだろう。

 もっと警戒心を強く持っていれば、こんな事にはならなかったんじゃないか。

 後の祭りだと分ってはいても、そう思わずにはいられない。

 IFの事を考えて後悔する。典型的な落ち込みだった。

 

「む? どうやら、この施設の調査が完了したようだな」

「え?」

 

 千冬と少女が奥の方を見ると、そこから黒いISを装備した眼帯を付けている女性がこっちに来ていた。

 

「…では、そろそろ私は失礼します」

「そ…そっか……本当にありがとな」

 

 床に落ちている外套を拾い上げ、自分の身体に巻いてから少女は走って犯人たちが逃げた方へと走っていき、あっという間に闇に紛れて見えなくなってしまった。

 

「…そういや、名前を聞きそびれてた」

「そうなのか? てっきり、もうお互いに自己紹介をし終えていたかと思っていたぞ」

「色々とあって、そんな暇が無かったっていうか……」

「それなら、私が聞けばよかったかもしれんな。こっちも完全に聞きそびれてしまった」

 

 この場所を見つけて一夏を救出しに来たIS操縦者ならば、ほぼ確実にどこかの国か企業に属している筈。

 再会する機会はどこかでまたあると信じ、その時にでも改めて名前を聞こうと思う千冬だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 廃工場を出た少女は、近くにあった茂みに飛び込むようにして身を隠し、そこでバタリと倒れ込んでしまった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…! く…薬……薬が…いる……」

 

 胸の辺りを強く握りしめ、苦しそうに悶える。

 先程までの表情は完全に無くなり、身を丸くして痛みが去るのを必死に待つ。

 ギュッと目を瞑り、全身に冷や汗を掻きながら耐える。

 

(我慢は…するものじゃないわね……)

 

 実は、この苦しみ自体は戦闘終了直後から発生していた。

 けれど、あの場での最優先事項は一夏の救出であり、自分の事は二の次にして然るべきなのだ。

 変に自分の症状を顔に出せば、彼を心配させてしまう。

 要救助者に余計な心配をさせるなど論外中の論外。

 少なくとも少女はそう考えており、自分一人が苦しむ事で全てが万事上手くいくのであれば、喜んで幾らでも苦しむだろう。

 

(HADESの反動……痛い…よ……)

 

 呼吸をする度に全身に激痛が走り、軋む。

 諸刃の刃と言うには、余りにもデメリットの方が多い禁断の力。

 

(…任務完了の報告…しなく…ちゃ……)

 

 頭では成すべき事が分かっているが、体が言う事を聞いてくれない。

 手元に薬があれば最高なのだが、それをさせてくれれば、ここまで苦しんだりはしていない。

 

 全身を蝕む苦痛が僅かではあるが和らいだのは、それから一時間後の事で、動けるようになってから少女…コード80は帰還を始めた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 総鉄製の椅子に全裸で座らせられ、両手足を拘束され、全身にケーブルが繋がれた状態で眠っているコード80。

 その周りには、機器を操作している者やメスを持って手術をしている者、それを補佐している者などが大勢いた。

 

「任務は無事に完了…だが、随分と帰還が遅れたようだな」

「恐らくは、HADESの反動が原因かと。どれだけ強化を施しても、アレの反動だけは軽減できませんから」

 

 そんな異常な光景を強化ガラス越しに見ている二人の男。

 一人は軍服を着て帽子を被り、もう一人は白衣を着て眼鏡を掛けていた。

 

「それをどうにかするのが貴様等の仕事だろうが」

「そう言われましても…これ以上の強化は危険です。最悪の場合、暴走する可能性も……」

「…こいつにはまだまだ『害虫駆除』をして貰わねばならん。ここで使い潰すには惜しいか……」

「他にもHADESに適応出来た者がいればいいのですが、生憎と他の被験体は全てシステムの負荷に耐えきれず、自我崩壊や死亡しています」

「そんな事は私も知っている。その失敗作たちの中から生まれた唯一無二の成功体。それがコード80だということもな」

「はい。かなりの強化をしたとは言え、まさか本当にHADESに適応出来るとは……彼女は非常に貴重な存在です。こちらとしても、コード80の扱いには慎重になるべきだと進言します」

「やむを得ん…か」

 

 理解はしたが納得は出来ない。

 そんな顔をしながら、軍服の男は胸のポケットから煙草を取り出そうとする。

 

「申し訳ありませんが、ここは禁煙でして……」

「ちっ……」

 

 仕方がないので、いそいそとポケットに煙草を戻した。

 

「ところで、例の話はどうなったのですか?」

「あぁ…ブリュンヒルデをドイツに来させる件か。それに関しては心配はいらん。というか、こちらから何かを言う前に、向こうが勝手にしてくれた。手間が省けて助かるよ」

「それは良かったですね」

「近日中にでも、彼女は例の『特殊部隊』に教官として一年間だけ赴任する事になっているらしい」

「それはまた…よくもまぁ頭の固い上層部が一年間と言う短い期間で妥協しましたね?」

「そこは私の発言だよ。下手に長居をさせても面倒だが、かといって短すぎても意味が無い。一年間ぐらいが最も妥当なのだよ」

「成る程」

 

 ふと、ガラスの向こうで調整を受けているコード80に目を向ける。

 今は胸部をメスで切開し、その奥にコードをつなげる作業を行っていた。

 

「では、再調整が完了し次第、彼女を例の部隊に…?」

「行かせる予定だ。無論、『配属』ではなくて『配備』する形でな」

「あくまで部隊員としてではない…?」

「当たり前だ。あそこには人工子宮から生まれた『遺伝子強化素体(アドヴァンスト)』もいるらしいが、所詮は人間の出来損ないにすぎん。何をどうしようとも、こいつとペイルライダーを越える存在はいない」

「その通りです。その為に、『生体コアユニット』と共に採算度外視の調整と強化と改造を施したのですから」

 

 性格は真逆のようだが、この二人の認識は共通している。

 コード80と呼んでいる少女を人間として扱っていないという認識が。

 

「部隊に行っている間、彼女の『任務』はいかがなさるおつもりで?」

「無論、継続して続けさせる。どこにいようとも奴のやるべき事は変わらない。なんなら、任務の様子を実況中継させても面白いかもしれんな。お飾りの小娘たちにはいい薬になるだろうよ」

「それはまた随分と過激な事で……」

「だからどうした。世の中の現実を知らない愚か者共に同情する余地などない」

 

 露悪的な態度を全く隠そうとせずに、軍服の男はポケットに手を入れる。

 煙草が無いから手持無沙汰になっているのだ。

 

「ペイルライダーの整備の方はどうなっている?」

「そちらの方も抜かりは有りません。HADESも問題ありませんし、ご要望通り、コード80の意志でいつでも自由にリミッターを解除できるようにしてあります。これまで以上の多大な負荷が掛かる事が予想出来ますが、我々の計算ではギリギリのところで耐えられる筈です」

「本当にそうならばよいのだがな」

 

 大きな溜息を吐きながら、軍服の男は背中を向けて部屋から出ようとドアへと向かう。

 

「私はもう行く。再調整終了後にコード80には私の執務室に来るように伝えろ」

「了解しました」

 

 軍服の男が去った後も調整作業は続けられ、コード80の切開された胸部の中から伸びているコードが、各部装甲を展開した状態で背後に屹立しているペイルライダーに接続してあった。

 

 まるで意志を持つかのように、ペイルライダーのメインカメラが怪しく光る。

 その内には何を秘めているのか、それは誰にも分らない。

 運命共同体とも言えるコード80にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




始まりまで…長い。

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