INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~ 作:とんこつラーメン
ドイツ滞在中、基本的に千冬はハーゼ隊の隊員達が寝泊まりしている寮の空き部屋を借りて生活をしている。
その部屋の惨状は推して知るべしなのだが、それは重要ではない。
コード80が基地へとやって来た日の夜。
彼女が来た時点で既に本日の訓練メニューは全て完了しており、あれからすぐに解散となった。
いつもならば、訓練終了後も自主的に訓練をする者達が多少はいたのだが、今日ばかりは誰もしようとはしなかった。
いきなりやって来た『兵器』を自称する謎の少女。
自分達とさほど年が違わない子供が、自分達の所属している軍にて人間扱いされていなかった。
どこの国の軍にも必ずある『深淵の闇』の一部を図らずも垣間見てしまったのだ。
時間をおいて精神を回復させる必要があった。
それは千冬も一緒で…というか千冬が一番精神的ダメージが大きかった。
半端にコード80と知り合ってしまっていた事が原因である。
そんな彼女は今、自分の携帯にて誰かと話していた。
『…今日は随分と元気がないね、ちーちゃん』
「全てを見ていた上でそれを言っているのか…束」
話し相手は、千冬の親友にしてお幼馴染、全てのISの生みの親でもある『篠ノ之束』その人だった。
束は身内以外の他人を全て見下し、興味すら覚えないような排他的な人間なのだが、そんな彼女でも親友の事は心配のようで、こうやって時折、電話を介して話したりしている。
「あの子は…一夏を助けてくれた恩人なんだ……それなのに…私は何もしてやれない……なんと声を掛ければいいのかすらも分からない……」
『……あんまり、こういう事は言いたくないんだけど……」
「束…?」
『ちーちゃん。これ以上、あの子に近づかない方が良いと思う。ちーちゃん自身の為にも』
「なんだと…?」
『確かに、あの女の子はいっくんを助けてくれた恩人だよ? それは私も認めるし、凄いって思う。けど、それとこれとは別』
「お前は何が言いたい?」
『…あの子…コード80と呼ばれてた子と、ちーちゃんは出会うべきじゃなかったんだよ』
そこまで話を聞き、千冬は束の言葉に違和感を感じた。
「お前…あの子の事を知っているのか?」
『知ってるっていうか、調べたって言うか……』
「だったら頼む! 私にも教えてくれ! あの子が何者なのかを!」
『…知れば必ず後悔するよ。同時に、自分の事を激しく責める事にもなる。正直、ちーちゃんにだけは絶対に教えたくはないんだよね。実際、私も調べた時は軽く鬱になりかけたし』
「それでも…私は知りたい。さっきも言ったが、あの少女は一夏のことを体を張って救ってくれたんだ。なのに、私が何もせずに傍観しているだけなど絶対に出来ん」
『はぁ…ちーちゃんは昔からそういう性格してたよね。頑固で、真っ直ぐで……』
「性格云々に関しては、お前にだけは絶対に言われたくはないがな」
『はいはい。…けど、本当に覚悟しておいてね。近くに刃物とか無いよね?』
「それ程なのか……」
例え、彼女の過去にどんな悲劇が待っていても、千冬は全て受け止めるつもりでいた。
数分後、その決意は粉々になって砕け散ってしまうのだが。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
『まずは、あの子の本当の名前を教えるよ』
「頼む」
『彼女の本当の名前は『
「冥紅葉月……」
ようやく知れた恩人の名前。
心に刻みつけるように、千冬は自分の口でも呟いた。
『その葉月ちゃんなんだけど……6年前から行方不明扱いになってるんだ』
「行方不明…だと? どうしてだ? 本人はちゃんとここにいるじゃないか」
『それは………』
言うべきか、やっぱり黙っておくべきか。
少しだけ迷ったが、千冬が覚悟を決めた以上は自分も覚悟を決めるべきだと思い、勇気を振り絞って言った。
『あの子の家族は……白騎士事件の時に死亡してるんだよ』
「なんだとっ!?」
白騎士事件。
千冬と束にとって、忘れたくても忘れられない事件。
まさか、彼女の家族はあの時に…?
だが、ここで千冬は冷静になる。
幾ら同じ日に死亡したからと言って、それとこれとが関係しているとは限らない。
そうだ。きっとそうだ。単なる偶然に決まっている。
そんな風に信じていた千冬の一縷の希望を、束は残酷な真実で壊した。
『あの時…私もちーちゃんも把握していなかったミサイルの破片が、とある民家に直撃して……それが原因で火事になって…父親と母親…その胎内にいた赤ちゃんが死んだんだ……』
「その…民家というのが……」
『葉月ちゃんの家…だよ』
束から告げられた真実を聞かされた瞬間、千冬は携帯を床に落とした。
その目は揺れ動き、焦点が全く合っていない。
『その時、葉月ちゃんはお友達と一緒に公園に遊びに行っていたから難を逃れていたけど…あの子は訳も分からないままに掛け替えのない家族を、思い出の詰まった家を一度に失ったんだよ』
震える手で携帯を拾い直し、頭の中が真っ白になりながらも束の話を聞き続ける。
『それからすぐに、葉月ちゃんは突如として行方不明となった。どこに消えたかは誰も知らず、捜索願も出されて警察も必死に探したらしいけど……全く見つからなかった』
「まさか…その時に…彼女は……」
『何者かによってドイツに連行されたんだろうね。本人の意志とは関係なく』
大きく目を見開いたまま、千冬は大粒の涙を流す。
なんだこれは。ふざけているのか。
自分達のせいで全てを失ったのに、自分はその子に弟を救って貰ったのか?
皮肉なんてレベルじゃない。己の愚かさに吐き気すらしてくる。
「彼女を連行したのは…グレイヴ…なのか…?」
『そこまでは分からない。けど、その可能性は高いと思う。もしくは、奴の部下とか…』
千冬が激情的な性格をしていれば、グレイヴを諸悪の根源として思えるのだろうが、実際には全く違う。
そもそも、奴にそのような切っ掛けを与えてしまったのは、葉月の家族を奪ってしまったのは、紛れもない自分なのだ。
謂わば、自分は彼女にとって憎むべき仇。
そんな葉月に自分はなんて言った?
ありがとう? すまなかった?
そんな陳腐な言葉を投げかけられた相手の事を少しでも考えたのか?
何も知りませんでした、で済まされる話ではない。
今になって、束がさっき付近に刃物が無い事を確認した意味が分かった。
もしも、この場にナイフや包丁の類があれば、迷いなく自分の胸に突き立てていただろう。
自分の命一つで償えるような軽い罪ではないと知っていても。
弟が一人、残されると分っていても。
「彼女は…当時の事は覚えているのか…?」
『覚えてないと思う。強化手術をされた際に脳の方も相当に掻き回されたみたいだから……昔の事は愚か、家族の事や自分の名前すら覚えてないんじゃないかな…。あの子が自分の事を『コード80』って言ってるのが証拠だよ』
「……………」
もう言葉すら出てこない。
何も覚えていない相手に償っても、相手が困惑するだけだ。
自分の罪を自覚し、償うべき相手が目の前にいても、何もする事が出来ない。
「お前は…どう思っているんだ……」
『私だって、償えるなら償いたいよ。確かに私は他人の事が石ころのようにしか思えないけど、だからと言って自分の犯した罪から逃げたくはないし、こんな自分のせいで酷い目に遭った子がいるのに、それを無視するほど外道なつもりもない。だけど、だからと言って何をすればいいのか全く分からない。何も覚えていない、何も知らない子に何かをしても、それはどこまで行っても単なる自己満足の域を出ないんだよ』
「自己満足…それがどうした……」
『ち…ちーちゃん?』
俯いた顔を上げた千冬の目は、完全にハイライトを失っていた。
受話器越しの束には彼女の様子は見えていないが。
「彼女は私達のせいで家族を、思い出を、人権すらも奪われたというのに、その私は家族とぬくぬくと暮らしている? ふざけるな! そんな事が許されていい筈がない!!」
『落ち着いて、ちーちゃん! 確かに原因は私だけど、今みたいになってしまった事とは関係ないよ!』
「関係あるだろうが! 私達があんな事さえしなければ…彼女は今でも家族と一緒に幸せに暮らしていたかもしれないんだ! その幸せを破壊したのは我々だ! 例え偽善と蔑まされようとも構わん! 私は…私が守らなくちゃいけないんだ!」
『…だから、ちーちゃんにだけは言いたくなかったんだよ。こんな風になると思ってたから…』
束もコード80の事に関して何も思わない訳ではない。
けれど、それ以上に千冬の事を大切に思っているので、敢えて傍観の姿勢でいる事に決めたのだ。
少なくとも、現状では何も起きてはいないのだから。
「例え束であっても、私を止められると思うなよ……」
『思わないよ。もう何を言っても無駄みたいだし。ちーちゃんの好きにすればいい』
「言われなくても、そうするつもりだ」
『…グレイヴだけには気を付けてね。それじゃあ…また』
最後にそれだけを言い残して、束から通話を切った。
「そうだ…私が…私が守るんだ……今度は私が…私が…!」
誰から見ても様子がおかしい千冬であるが、この場にそれを指摘する者は誰もいない。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
熱くなった頭を冷やす為に外へと出てきた千冬。
ふと格納庫付近を歩くと、少しだけ開いている出入り口から明かりが漏れているのが見えた。
「なんだ…?」
生き物の本能か、自然と明るい方へと足が向く。
近づくと、見張りの男性軍人が心配そうに中を見ていた。
「どうした?」
「あ…織斑教官! どうなされました?」
「少し飲み過ぎてな。気分転換に外の空気でも吸おうと思ってたんだが…何かあったのか?」
「はい。実は……」
彼が中を指差したので千冬も試しに覗いてみたら、そこではコード80が昼間と全く変わらないISスーツ姿のままで武器の手入れを行っていた。
「な…何をやっているんだ!?」
「きょ…教官っ!?」
ついさっきの話から、すぐに今の光景を目撃してしまったので、千冬は迷うことなく中へと入っていった。
見張り君が慌てるが、別に悪い事をしている訳ではない上に、千冬の剣幕に気圧されて止められなかった。
「織斑教官? このような時間にどうなされたのですか?」
「それはこちらの台詞だ! こんな所で何をやっている!」
「見ての通り、ペイルライダーの武装の手入れですが何か?」
「何か? ではない! そんな事は明日にでもやればいいだろう! 今は休め!」
「私に休息などは必要ありません。道具は眠りませんから。皆さんが休眠している時間を利用して手入れや調整をしておけば、有事の際にはすぐに動けます」
「そんな事を言っているんじゃないんだ…! 私は…お前を…!」
このまま話していても埒が明かないと判断したのか、千冬はコード80の身体を無理矢理に持ち上げてお姫様抱っこをした。
「部屋はどこだ? 連れて行ってやる」
「ありません」
「…なんだと?」
「道具である私に自室なんて存在しません。強いて言えば、この格納庫こそが基地内において自分にとっての待機場所と心得ます」
部屋が無い? そんな馬鹿なと思い、急いで先程の見張りに聞いてみた。
すると、彼の口から驚くべき台詞が返ってきた。
「いや…こっちも連絡を受けた時は『秘密兵器を輸送してくる』としか聞かされてなくて…部屋なんて全く用意してないんですよ。俺達だって、来るのが女の子だって知ってれば、ちゃんと準備してましたよ…」
「ちっ…!」
こうなる事すらも読んでいたのか。
一体どこまで彼女から人間らしさを奪う気なのだ。
舌打ちをしながら、コード80を連れて寮へと帰って行く。
「ど…どうするつもりですか?」
「決まっている。部屋が無いのであれば、私の部屋で寝泊まりをさせる」
「本気ですかっ!?」
「私は本気だ。彼女がこのまま格納庫内で寝る姿なんて見逃せるか」
本来ならば何か言わないといけないのだろうが、基地内では千冬もまた自分にとっての上官である為、彼女が『自分の部屋に泊まれ』と発言をした以上、それに従わない訳にはいかなかった。
「心配するな。お前の事は私が必ず守ってみせるからな」
「はぁ……了解です」
千冬の真意が全く読み取れないコード80は、曖昧な返事をするしかなかった。
こうして、コード80は千冬の部屋で同居する事になるのだが……部屋の惨状を見て戦慄したのは言うまでも無い。
名前の由来。
冥紅→『冥』はHADESから。紅は発動時に赤く染まる事から。
葉月→八月の和風月名。型式番号であるRX-80PRから。