INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~ 作:とんこつラーメン
コード80に睡眠は必要ない。
正確には『出来ない』と言った方が正しいか。
ISコアを体内に埋め込んでいる彼女は、『休眠状態』にはなれるが『睡眠状態』にはなれないのだ。
ISコアを超低出力状態にすることで、体を強制的に休ませることが出来る。
これは所謂『省エネ状態』であり、大幅に体を休ませる『睡眠』ではない。
故に、誰かに『眠れ』と言われても『無理です』としか答えられないのだ。
「…………?」
昨夜、千冬によって強制連行された寮の部屋。
それ自体は何も問題は無い。別にそこまで支障がある事ではないから。
問題があるとすれば、それはこの部屋の惨状だった。
詳しい描写は千冬の名誉に為に敢えて伏せさせて貰うが、非常に分かりやすく言えば『足の踏み場も無い状態』だ。
一般常識に非常に乏しくなってしまったコード80でも、この状態は決して無視出来ることではないと理解出来た。
どういうわけか、千冬は彼女の事をベットに寝かせ、まるで添い寝をするかのように隣で一緒に寝た。
天井の方を向き、目の前に投影型簡易ディスプレイを表示させ、現在の時刻を確認する。
(…午前5時47分28秒)
ディスプレイを消してから目だけを横に向けて千冬の様子を見てみる。
彼女はまだ熟睡していて、そう簡単には起きそうにない。
静かに音を立てないように細心の注意を払いながらベットから這い出て、灯りを点けずに改めて部屋の惨状を確認する。
彼女の眼球は暗視ゴーグルのような機能が付与されているので、暗闇の中でも全く問題無く物を見ることが可能だ。
(これはどうにかしなくては。織斑教官の為にも)
彼女は千冬個人を心配して言っている訳ではない。
常識的な感性から述べているに過ぎないのだ。
(…やりますか)
千冬が起床するまでには綺麗に片付けておきたい。
もう自分に目標を設けるコード80であった。
数時間後、起床してから非常に申し訳なさそうに千冬が彼女に謝ってきたのだが、コード80からしたら当然の事をしただけなので、それを素直に話したら、まるで平服するようにしてもっと謝ってきた。
織斑千冬。守ると誓った僅か数時間にて早くも大人としての威厳が崩壊しかける。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
朝食を終え、隊員達は千冬指導の元、基地内の訓練場にて午前の訓練を開始する。
昨夜までの情緒不安定な彼女はなりを潜め、今は厳しい教官としての顔を見せていた。
「そこ! 動きが鈍くなってきているぞ! 次また同じような事をしたら、腕立て500回だ!」
「は…はい!」
現在、目の前では隊員同士のISを使った模擬戦が行われている。
使用しているのは、基地には5機ほど配備されている黒に塗装された部隊専用のラファール・リヴァイヴだ。
色が違う事を除けば、性能自体は他のラファールと大差はない。
コード80は、そんな光景を千冬の隣で見学していた。
「織斑教官。上官侮辱罪になると承知した上で一つ、発言をさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「な…なんだ?」
「教官の部屋は非常に不衛生です。このままでは精神的にも肉体的にも支障が出てしまう事でしょう。故に、可能であれば2週間に一回、無理であれば最低でも一ヶ月に一回ぐらいのペースで部屋の清掃をすることを推奨します」
「うぐっ!?」
まさか、コード80からその事を指摘されるとは。
千冬だって分かっている。常識的に考えても、自分の部屋が相当に散らかっている事は。
あの束でさえ、千冬の部屋に入る際はいつも『トラマナ』と唱えるほど。
自分だってどうにかしたいと常日頃から思っている。
一夏から耳にタコが出来るほどにいつも言われているから。
けれど、どうにもならないのだ。
気が付いた時には、いつの間にか部屋の中がとんでもない事になっている。
「そ…そういえば、朝食時にいなかったようだが、どうしたんだ?」
話を逸らした。
「私に食事は不要なので、席を取る必要も無いと思いまして」
「食事がいらないだと?」
「はい。必要な栄養分は軍から支給されている『栄養剤』で事足りるので」
「…まさかとは思うが、今までずっとそうだったのか?」
「そうですが?」
これはまいった。
歳の頃で言えば間違いなく成長期の真っ最中な少女が碌な食事もしていない。
コード80の身体はお世辞にも育っているとは言い難い。
同年代の少女達と比較しても、かなり小柄な部類に入るだろう。
「…これからは、私達と一緒に食事をしてくれ」
「それは命令ですか?」
「………そうだ」
「了解しました」
本当は『違う』と言いたかった。
これは命令ではなくて『お願い』だと言いたかった。
けれど、それでは絶対に言う事を聞きそうになかったので、断腸の思いで『命令』を下した。
誰かに命令をするなんて、これが人生で初めてだった。
「昨日からずっとISスーツのままだが…服も持っていないのか?」
「持つ必要がありませんから。ISスーツは防弾性に優れている上に、このままの格好でも体の洗浄は可能です。他の服を持つ理由も、着替える必要性もありません」
「……そうか」
余りの酷さにそれしか言えない。
後で適当な隊員に話をし、お古ので構わないので彼女に服を譲って貰えるように頼んでみる事を決めた。
「ところで、ずっと気になっていたのだが、どうしてはづ…お前がここに『派遣』されて来たんだ?」
「私がこの基地に『配備』された理由は、有事の際に備える為です」
態と『派遣』と表現したのに、コード80は容赦なく『配備』と言ってきた。
千冬の些細な気遣いは全く効果が無いようだ。
「有事の際…とは?」
「この基地には軍事施設にも拘らずISが配備されている。別にここだけが特別な訳ではなく、アメリカなどにもそのような基地は存在していますが、最も重要なのはそこではありません」
いつの間にか他の隊員達も動きを止めて、コード80の話に耳を向けている。
もしも千冬がそれを見ていたら確実に雷が落ちるのだが、今は彼女もコード80の話を聞いているで、なんとか最悪の事態だけは避けられた。
「御存じの通り、ISは世界的に見ても非常に希少な『兵器』です。しかも、ドイツ軍はハーゼ隊の事を一種のプロバガンダのように扱っている。分かりますか? 国内外に『この基地にISがありますよ』と言っているのです」
ISを『兵器』と言った事について撤回させたかったが、彼女にそれを言っても仕方がない事だったので、千冬はその言葉をなんとかして飲み込んだ。
恐らくはこの光景をどこかで見ているであろう束に、心の中で謝りながら。
「世の中にはISを悪用する者達が数多く存在しています。女性権利団体然り、この前のような誘拐犯達然り。そのような者達がISの強奪を目論んで、この基地を襲撃しないとも限りません。実際、アメリカの基地で第二世代型のISが正体不明の何者かによって奪われるという事例がありました」
「言いたい事は分かるが、そんな時こそ配備されているISで迎撃をすればいいのではないか?」
千冬の言葉に隊員たちも頷くが、彼女はそれを即座に否定した。
「論外です。グレイヴ少将のお言葉をお借りするならば、『お前達のやろうとしている事は、護衛対象である大統領や高官たちにマシンガンを持たせて、最前線で戦ってこいと言っているようなもの』…です。だからこそ私が…ペイルライダーが戦うのです。この基地にあるISを防衛する為に」
言葉をぼかしてはいるが、彼女はこう言っているのだ。
『お前達は弱いから、大人しく自分に守られていろ』と。
その台詞に最も敏感に反応した、体の小さな銀髪の隊員が怒りの表情でコード80の近くまでやって来た。
「お前が倒された場合はどうする気だ。コード80とやら」
「倒されなければいいだけの話です。敵は殺す。徹底的に。死ねばもう襲ってこない。簡単な理屈です」
誘拐事件の際には一夏の事を考えて不殺を貫いたが、これこそが彼女の本来の思考なのだ。
敵は全て殺せ。容赦などするな。遠慮なんていらない。
彼女が『彼女』でなくなってから、一番最初に学んだ事だ。
「ふざけているのか…貴様!!」
「ふざけてなどいません。ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉」
「私の名前を……!」
「ここに配備される前に、ハーゼ隊の人員の名前は全てインプット済みです」
コード80に掛かれば、部隊内の人間の名前を暗記する程度は簡単だ。
その気になれば、他のスタッフの名前やプロフィールも全て覚える事が出来る。
「どこまでも我々をコケにしおって…!」
ラウラには誇りがあった。自分がドイツ軍の軍人であるという誇りが。
例え、同じ軍に所属している相手だとしても、それだけは絶対に聞き逃せない。
「教官! 私にこいつと模擬戦をする許可をください!」
「なに?」
「こいつに、我々の本当の実力を思い知らせてやります!」
千冬としても、彼女の実力は把握しておきたい。
ペイルライダーと呼ばれる機体がどんな代物なのかも気になる。
コード80はISを所持していた誘拐犯を単独で追い払うほどの実力者だ。
勝つにしろ負けるにしろ、この模擬戦で得られることは大きい。
「そこまで啖呵を切るのならばいいだろう。特別に許可してやる。お前もそれでいいか?」
「教官がそう仰るのならば従います」
本人の許可も取った。
話を聞いていた隊員達は、そそくさと端の方に移動をして観戦する気満々だった。
そんな中、ハーゼ隊の現在の隊長であるクラリッサが千冬に近づいてきて、そっと耳打ちをした。
「よろしいのですか?」
「構わんさ。本人達がそれを望んでいる上に、他の連中にもいい刺激になるやもしれん。私の指導でどれだけラウラが成長したか確かめる機会にもなるしな」
「…分かりました。基地司令にはこちらから後で報告していきます」
「助かる」
二人が小声で話し合っている間、ラウラはコード80に向かって宣戦布告をしていた。
お互いに体が小さいので、傍から見れば子供同士の喧嘩のようにも見える。
「では、私は皆さんが使っていたラファールを使用して……」
「いいや! 貴様は例のペイルライダーとやらを使え!」
「…本当によろしいのですか?」
「当たり前だ! コード80…その生意気な態度を、織斑教官直々の指導によって鍛えられた私が叩き直してやる!」
完全にコード80の事を年下…というか、部下扱いしている。
彼女は厳密には『兵器扱い』なので階級もなにも最初から無い。
これまでずっと部隊内では一番年下だったという事もあり、周りからはマスコットのような扱いを受けてきたラウラにとって、初めて自分がマウントを取れる相手がコード80なのだ…とラウラは思っている。
実際にはマウントなんて全く取れてなくて、本人は微塵も気にしていないのだが。
「織斑教官。ボーデヴィッヒ少尉はこのような事を言っているのですが?」
「構わん。ペイルライダーを使え」
「了解しました。では、私はペイルライダーでいきます」
『死を司る第四の騎士』の初めての『試合』は、意外過ぎる形で行われる事になった。
そして、ラウラはすぐに思い知る事になる。
自分が一体何に勝負を挑んでしまったのかを。
無知なることは罪ではない。