INFINITE STRATOS ~The Fourth Knight of Death~   作:とんこつラーメン

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兵器に平穏は必要ない。






Forest of destruction where order does not make sense

 マシンガンの手入れをすると言って格納庫へと歩いて行ったコード80を千冬が小走りで追い駆けると、彼女は実際に格納庫までは行かずに、適当な物陰にてペイント弾が入っているマガジンを外して、実弾が入っているマガジンへと交換していた。

 

「……………」

 

 一言も言葉を発さずに黙々と作業をしているが、お世辞にも顔色が優れているとは言い難かった。

 普段のコード80ならば、本当に無表情でやっている事だが、今の彼女は何かに耐えているような、何かに苦しんでいるような、そんな表情を浮かべている。

 そんな状態のコード80を見過ごす事なんて、千冬には到底出来なかった。

 

「あ…っと……大丈夫…か?」

「織斑教官…?」

 

 話しかけづらい空気を出してはいたが、だからと言って傍観するなど有り得ない。

 勇気を振り絞ってから、なんとか声を掛けることに成功した。

 振り向いた彼女の顔色は相変わらず優れていなかったが。

 

「先程の模擬戦で何かあったのか? 私から見ても素晴らしい動きだったが……」

「…そうですね。確かに、あの時の動きは悪くは有りませんでした。本気を出したわけではありませんが」

「そ…そうか」

 

 正直、あれで『本気じゃない』と言われても信じられない。

 世界トップクラスの実力を誇る千冬でさえも、あの時のコード80の実力には本気で舌を巻いたのだから。

 一体、どれだけの現国家代表選手たちが同じような動きが出来るか。

 その気になれば千冬にも似たような事は可能だが、それでも相当に本気を出し、尚且つ機体の調整も万全にしておかなければ非常に困難だろう。

 ペイルライダーが恐ろしく高性能な事も要因の一つだろうが、その能力を極限まで引き出せているのは紛れも無く彼女の実力と才能なのだ。

 少なくとも、千冬はそう信じている。

 

「…初めてだったんです」

「何がだ?」

「ISの試合をしたのが…です」

「そ…そうだったのか? あれ程の腕前から察するに、相当に多くの試合を経験したのとばかり……」

「いいえ…違います。基礎的な事は全て『教育係』から教わってはいますが、それも殆どは脳内に直接的にインプットされたような形でした。口頭での説明や実戦形式での訓練なんて全くやっていません」

「という事は、あれらの動きは全て……」

「実際の戦場で培いました。型には決して填まらない、どれだけ自分の被害を減らし、どれだけ敵を効率よく殺せるか…そんな技術を」

「…………」

 

 千冬には何も言えなかった。

 命の保証なんて何処にも無い。一瞬でも油断をしたが最後、自分の命が失われるような場所に、こんな歳で無理矢理に放り込まれた彼女に、千冬は掛けるべき言葉を何も持っていなかった。

 元を辿って行けば、彼女を戦場に送り込んでしまったのは他でもない自分なのだから。

 

「血飛沫と銃弾と悲鳴と怒号が飛び交う戦場…文字通りの弱肉強食の世界で生き抜く術を自然と身に付けていったのです。だからこそ、先程のような事は生まれて初めてでした」

「模擬戦のことか……」

「はい。ルールと言う名の制約によって、自分の命も相手の命も保障され、制限時間すらもある。…今までずっと『殺す戦い』しかしてこなかった私には、余りにも眩しすぎました。正直、ボーデヴィッヒ少尉に模擬戦を申し込まれた時は柄にもなく困惑してしまった程です」

「葉月……」

 

 思わず彼女の『本名』を言ってしまったが、コード80には何のことか分からなかったようで何にも反応はしなかった。

 実際には、反応するよりも先に千冬に後ろから優しく抱きしめられたことで、反応するタイミングを逃したと言った方が正しいか。

 

「『開発者』達やグレイヴ少将は私の事を『成功体』と仰られていましたが、私はまだまだ不完全な兵器です。たった一回の模擬戦程度でこのような事になるなんて……」

「それでいい…お前はそれでいいんだ。何も間違ってなんかいない」

「織斑教官…?」

 

 震える声で言っていたが、体勢の関係上、後ろを向くことは難しいので千冬がどんな表情をしているのか分らなかった。

 けれど、頬に暖かい水滴が落ちてきたことで、千冬が泣いているのだと気が付くことが出来た。

 

「泣いて…おられるのですか?」

「あぁ……あぁ……」

「何か…してしまったのでしょうか……」

「違う…違うんだ……お前は何も悪くない…悪くなんてないんだ……」

 

 コード80…葉月の温もりを感じながら、嬉しさと悲しさ、後悔とが混ざり合ったような感情に覆われていた。

 

(どれだけ自分で『兵器』と言っていても…まだ葉月の心の中には人間としての感情が残されている…! 希望はあるんだ…この子を『人間』に戻せる希望はあるんだ!)

 

 キョトンとした顔で自分の事を見上げてくるコード80を見て、千冬は己の中で決意を固めた。

 自分が成すべき事を。成さねばならない事を認識した。

 

(絶対に葉月を『人間』に戻してみせる…! それこそが、私に出来るたった一つの償いなんだ…! その日が来るまで、お前の事はこの私が絶対に守ってみせる! 絶対に!)

 

 同時に、千冬は頭の中で『ある事』を考えていた。

 コード80…葉月の心を取り戻す為に必要であると思った事を。

 

 その考えこそが、グレイヴの最大の狙いであることも知らずに。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 夜になり、コード80は一人で寮の屋上にて備え付けのベンチに座って夜空を見上げていた。

 特に意味などは無い。強いて言えば『なんとなく』だ。

 千冬には『外の空気が吸いたくなった』と言って出てきた。

 最初は非常に心配されてしまったが、途中で少し前までの部屋の惨状に付いて話したら、すぐに許可をくれた。

 部屋を出て来る際に千冬が真っ白になりながら遠い目をしていたが、特に気にするような事でもないだろう。

 

「はぁ……」

 

 溜息を吐くなんてことも初めてだった。

 まさか、まだ自分にこんな人間らしい機能が残されていたとは驚きだ。

 

「こんな所にいたのか。探したぞ」

「貴女は……」

 

 普段の彼女ならば、背後から声なんて掛けられようものなら、すぐに銃を出して構えるのだが、今はそんな事はしない。

 何故なら、その声の主は彼女もよく知っている人物だったから。

 

「まさか屋上に来ていたとはな」

「ボーデヴィッヒ少尉……」

 

 やって来たのは、昼間に模擬戦をした相手であるラウラだった。

 ダボダボのTシャツ一枚という、見る者が見れば興奮間違いなしの姿をしているが、生憎とここにはそんな無粋な人間はいない。

 コード80もISスーツ姿のままなのが更に質が悪い。

 

「お前が教官と同じ部屋で寝泊まりをしていると聞いて行ってみれば、なんでか真っ白になって燃え尽きておられた。お前は何をしたんだ?」

「別に何もしてはいませんが……」

「まぁ…他の奴ならばいざ知らず、お前に限って教官に対して酷い事なんて言う筈も無いか……」

 

 確かに、コード80は陰口や悪口の類は絶対に言わないが、だからと言ってなんでもかんでも素直に言えばいいというものでもない。

 時にはオブラートに包んで言葉をぼかす事も必要なのだ。

 

「隣…いいか?」

「どうぞ」

「失礼する」

 

 大人用に設計されているベンチなので、まだまだ小柄なラウラには少し大き過ぎたようで、ピョンとジャンプをしてから隣に座った。

 因みに、コード80も座る時は同じようにして座っている。

 

「飲め」

「え?」

 

 ラウラが差し出してきたのは、缶のホットココア。

 寮内にある自販機にて買ってきたのだろう。

 二つ持っている内の一つを彼女に手渡した。

 

「勝者の権利というヤツだ。大人しく受取れ」

「…了解しました」

 

 ラウラがプルタブを開けて飲み始めたのを見て、コード80もまた真似をして並始めた。

 口の中に広がる、仄かな甘みと苦み。

 初めて飲む筈なのに、どこか懐かしい感じがした。

 

「これは……」

「なんだ? もしかして、ココアを飲むのは初めてか?」

「だと…思いますが……」

「曖昧な返事だな。まぁ…いいか」

 

 ココアを口にしながら、コード80はふとラウラの顔などを注視する。

 すっかり綺麗になって、模擬戦直後のような汚れは無い。

 

「ペイント弾…取れたのですね」

「まぁな。意外と簡単に汚れは取れた」

「水性のペイント弾でしたので」

「矢張りか。道理で私の肌や髪だけでなく、ISスーツやISの装甲に付いたペイントも簡単に落ちた筈だ」

 

 あの試合の後、少しの間だけ意気消沈したラウラであったが、仲間達の励ましによって若干ではあるが元気を取り戻し、皆と一緒にISや自分に付いたペイントを落としていたのだ。

 その時に、可愛いもの好きな隊員達にオモチャにされそうになったのは内緒だが。

 

「…あれから落ち着いて、お前の言った言葉の事を考えていた」

「…………」

「機械的に…とまでは言わないが、ああも簡単に感情を発露していている時点で、私は間違いなく二流の…いや、三流以下の軍人と揶揄されても仕方がない。お前の言っていた事は的確だったよ」

 

 誇りだけでは何も守れない。何も倒せない。

 戦場において、そんな物は何も意味を成さない。

 実力も、意志も、何もかもが未熟過ぎた。

 ラウラはそう思い、あれから猛反していた。

 

「同時に、お前の強さの源も理解出来たような気がした」

「私の強さの源…?」

「あぁ。例え、相手が何であろうとも、お前は守るべきものを守る為ならば、迷うことなく全てを差し出せる。自分の命さえもな……」

「それは否定しませんが……」

 

 確かに、常に命懸けの戦場に身を置き、必要な場合は自分の命を捧げる事も厭わないが、だからと言って積極的に命を掛けようとは思っていない。

 何事も無く戻れるならば、それに越したことはないと思っているし、戻れなければ次の任務も出来なくなる。

 己の事を『兵器』として定義しているコード80にとって、自分の役目を全う出来ずに終わるのは不本意だった。

 自分の命は自分の物ではない。この命は国の物であり、勝手に捨てていい物ではないのだ。

 

「お前は強い。少なくとも、ハーゼ隊の誰よりもな」

「それは光栄です」

「だからこそ、私はこのまま諦めるつもりはない」

「…と、申しますと?」

 

 嫌な予感がした。それも、過去最大級に嫌な予感が。

 

「教官による訓練で実力を磨き、必ず貴様に再び模擬戦を申し込む! そして、リベンジを果たしてみせる!」

 

 嫌な予感、見事に的中。

 

「…もしも、また私が勝利したら?」

「その時は、もっと訓練を重ねた上で模擬戦を挑む! 何度でもな!」

 

 どうやら、ラウラが満足するまで何度も模擬戦を申し込まれる事になるようだ。

 適当な所でワザと負けようか。そう考えていると、口に出す前にラウラに先制攻撃された。

 

「言っておくが、ワザと負けようなんて考えるなよ? そうしたら、私はお前の事を絶対に許さないからな?」

「…どうして分かったんですか?」

「お前がそんな顔をしていたからだ。思いっきり表情に出ていたぞ」

「……!」

 

 あろうことか、自分が感情を表に出した?

 信じられない事を言われ、思わず顔に手を当てる。

 

「私はそろそろ寝る。明日も訓練があるからな。お前も早く寝ろ。教官に心配を掛けさせるなよ」

「了解です」

「じゃあ……おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 最後に少女らしい微笑みを浮かべてから、ラウラはベンチから降りて屋上を後にした。

 彼女の事を静かに見送ってから、缶の中に残ったココアを全部飲み干した。

 

 その瞬間だった。ペイルライダーを通じて彼女に緊急の極秘メールが届いたのは。

 

「このアドレスは…グレイヴ少将の…?」

 

 予め教えられていたパスワードにてロックを外してメールを読むと、コード80は大きな溜息を吐いた。

 

「『これまでずっと捜索していた、女性権利団体のドイツ・ベルリン支部が今から約1時間ほど前に発見された。向こうはまだ発見されたことに気が付いていないので、この隙を狙ってペイルライダーによる強襲によって連中を壊滅させよ。手段は問わない。猶、壊滅後はこちらの部隊によって入念に後始末をする手筈となっている。任務完了後に連絡されたし。詳しい内容や支部の場所などは、添付しておいたデータファイルを参照するように』…か」

 

 空になった缶を握りしめてから立ち上がり、眉間に皺を寄せてゴミ箱へと放り込んだ。

 

「兵器に安息は必要ない…か。もしも織斑教官が寝ていたら、置手紙を書いておかないと……」

 

 それから少しして、基地からステルス装置を起動させた状態で、夜空へ向かって飛び去っていくペイルライダーの姿が見張りの兵によって密かに目撃されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 




幸か、不幸か。それは誰にも分らない。
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