その部屋には一つの机と二つの椅子のみが置かれ、部屋全体は白色を基調としたシンプルな色合いにより、無機質な空間と言う印象が持たれた。そんな部屋の壁には雰囲気に似つかわしくない大きな窓が一つだけ取り付けられていた。
部屋には男が2人いた。
一人は椅子に座り、うつ向いている。作業着とも囚人服ともとれるような黒色の服を着ているが、服の隙間から見える肌や顔には血が滲んでいる。
表情は虚ろで、口からは涎とも血とも似つかない液体が机に垂れるが、男に気にするような素振りはなかった。
もう一人の男は黒色のスーツに銀縁の眼鏡をかけた男だった。眼鏡の奥の目には、どこか獲物を見定めるような動物のような鋭さがあった。
スーツの男は手に持ったファイルを捲りながら、椅子に座っている男に問いかける。
「マーク・レイス伍長。アメリカ陸軍入隊後、数々の 任務をこなし、デルタ部隊に編入。その後『地獄の1年』でも数々の輝かしい戦績を残し、現在に至ると・・・。うん、誰が見ても兵士としてのエリートコ ースを歩んでいるな。」
男は答えない。
「そんな君がなぜこんな場所で尋問を受けているかわかるか?」
男は答えない。
「なぜ、基地の機密情報を盗んだ?」
男は答えない。
「君はいったい何を探していた?」
男は答えない。
「なぜ、ISの軍事作戦の妨害工作を行った?」
男は答えない。
「・・・君は『ゴースト』か?」
男の口は笑みが浮かんでいた。
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木嶋大介はこの部屋を様子を見ていた。
正確に言えば、この部屋に取り付けられている窓と思われていたマジックミラーから、この尋問の様子を見ていた。
「・・・こりゃダメだな。」
大介は呟いた。
かれこれ一時間ほどこのような問答が続いていたが、椅子に座った男、マーク・レイスから返答が返ってくることはなかった。
「いつも通りか・・・。」
「みたいだな。」
大介の隣にたっていた男、ジョン・マッケンジーはジャケットの懐からタバコを取り出そうとしていた。
「ここ禁煙だぞ。」
「大目に見てくれ。」
忠告を無視して、ジョンはタバコを取り出して火をつける。
大介はその様子を横目で見ていたが、特にそれ以上は言わなかった。これ以上言ったとしてもジョンが聞かないことを大介は経験で知っていた。
煙を吐きながらジョンは大介に訊ねる。
「こいつ、ここに来るまで何されたんだっけ?」
「NSA式の尋問術だとよ。」
「拷問と自白剤か・・・。」
「それでも結果はこの様だ。どうにもならん。」
「薬でイカれたんじゃね?」
「だと楽なんだがな・・・。報告書に顛末が書ける。」
大介はため息をつきながら、ジーンズのポケットから煙草を取り出す。
「・・・禁煙じゃねーのか?」
「知るか。」
大介は煙草をくわえ、ライターで火をつける。
煙を吐き、大介は天井を見上げる。
「このケースはこれで何件目だ。」
「把握してる限りはこれで5件目だ。どいつもこいつも同じような反応だ。まともな情報はない。」
「CIAとNSAからの回答は?」
大介はジョンに訊ねると首を横に振った。
「いつも通り、沈黙だ。」
「・・・くそったれ。」
大介は毒づき、更に煙を吐く。
「そりゃま、自分の国の中央に『ゴースト』がいるなんて考えたくもないだろ。まあ、実際どうしてんのかは知らんが。」
「だから、強引にでも調査を進めるべきなんだ。この調子じゃ、確実に取り返しのつかないことが起きる。」
「そうならないために俺たちみたいな『裏』がいるんだがな・・・・。うまくいかないもんだな。」
大介とジョンは互いに短くなった煙草を床に捨て、足で擂り潰した。
床に煙草特有の黒色が広がり、尋問室と同じ無機質な白色を黒く染め上げたが、床には同じような跡が無数にあり、
もはや床は黒く汚れていた。
「戻ろう、室長に報告だ。」
「はいよ」
大介とジョンはこの部屋に一つしかない出口から出ていった。
錆び付いたドアには鈍い金属音をたてて、ゆっくりと閉まっていき、部屋から光が消えた。
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10年前、世界にひとつの転機が訪れた。
世界中の軍事コンピューターが同時にハッキングされ、2000発以上ものミサイルが日本に向けて発射された。
原因は不明、何者かが行ったものなのかも不明、現在に至るまで何一つとして解明されていない大事件。
誰もが小さな島国の滅亡を感じたとき、『それ』は現れた。
おとぎ話にも出てくるような白い甲冑を纏った『白い騎士』。
『白い騎士』は剣を振るうと、次々とミサイルを撃墜していった。
爆炎とミサイルの残骸を背景に、あるものはその姿を踊っているように見えたと言った。ある者は神話の再現だと
言った。
あまりにも現実場馴れした光景に誰もが言葉を失い、立ち尽くし、そして危機が去ったことを知ると民衆は歓喜と熱狂に沸いた。
しかしその熱狂もつかの間、各国は一斉に戦闘機をスクランブル発進させ、『白い騎士』の迎撃に乗り出した。
たとえ民衆には救世主のように見えたとしても、各国の上層部には得たいの知れない敵にしか見えなかった。
人の歴史は戦争で出来ていると誰かが言ったが、それは得たいの知れないものへの恐怖からきているものだ。恐怖は人を混乱させ、正常な判断を奪う。この行動はある意味もっとも人間味溢れものだったのかもしれない。
しかし、人間の答えに対し『白い騎士』が起こした行動はまさしく神の所業とも言えるものだったのかもしれない。
『白い騎士』は迫り来る戦闘機を全て撃墜したが、死者を出さなかった。
薙ぎ、払い、斬り、振るったが、そこに『死』が介在することはなかった。
それがどれだけ異常なことか、神の所業に等しいものか、民衆が理解しきることはできなかった。
その後、3時間21分34秒の戦闘を終え、『白い騎士』は何処へともなく去っていった。
後の『白騎士事件』と呼ばれることになる事件は、こうして幕を閉じた。
しかし『白い騎士』はおとぎ話でも神話の存在でもなかった。
『白い騎士』は『インフィニット・ストラトス』と呼ばれる宇宙空間用のマルチスーツであること判明し、それを創造した天才篠ノ之束の登場によって世界はひとつの転換期を迎えた。
そしてそれが『見えざる戦争』の開戦の合図であることをこの時はまだ誰も知らなかった。