最後には冷たくなるというのに、その直前にはありえないほどの熱を放つというのは、こうして実際に体験するとやはり不思議な感覚だった。
出血部の右足が燃えているようで、でもその燃えている場所の感覚はない。ただ、死に向かうこの瞬間にも、こいつを殺さなければいけないという感情だけが迸っていた。
「ッ!」
視界がゆがんでいる。撃って当てられるとは思えない。
ティルフィングを大剣モードに変える。もう助からない。今は一発でも確実にダメージを与えることができれば、それでよかった。
「死ね!」
叩くようにティルフィングを振り下ろす。あまりよく見えないが、それでも簡単な色の判別くらいはできる。ヒュージのメタリックな色合いめがけて、何度もティルフィングの刃を叩きつける。
打撃音が響き、手が痺れるようなビリビリとした感覚が走った。歯を食いしばりながら、人生の半分近く繰り返してきた動作をなぞることだけを意識した。素振りのように、本番のように。ただ殺すために覚えた技を、殺すために繰り返す。
私の人生は、こいつらを殺すためにあった。呼吸に意識を割いて空気を肺に取り込んで、無意識で攻撃を繰り返す。
目の前から気配がなくなる感覚がして、すぐに周囲へと意識を回す。もう碌に目は見えないが、何かが近づいてくる音が聞こえてくる。私に味方や増援は来ない。新しいヒュージだ。
「……殺す」
今も昔も、ずっと独り。
家族がいなくなって、リリィとして戦うことになって。ガーデンには入っているらしいが、通った記憶はないし、もちろんレギオンに所属したこともない。もとよりデュエルメインで戦う私には必要のないものだ。
四方を囲まれた事実を理解する。CHARMを杖に立ち上がり、左足だけで正面に吶喊する。ゼノンパラドキサを使えば、左足だけだったとしても通常の移動程度のことはできるだろう。
踏み込めないため、前のめりに突っ込む形でCHARMを構える。刺突で確実に屠って、そのまま一時撤退する。
こういうときほどリジェネレーターに憧れるが、悲しいことに私のブーステッドスキルにはない。既に知覚系のスキルは軒並み死んでいる。まともに運用できるのは、インビジブルワンでの高速移動だけだろう。
「しまっ!」
不意に左右から何かが近付いてくる予感がしたが、気付いたときには手遅れだった。
体勢が崩れ、脇腹の感覚を失ったことに気付く。視界が赤に染まってしまうほど出血をしているらしかった。
ビルの壁に打ち付けられて停止し、全身の感覚はとうになかった。だけど、私は止まれない。こいつらを一体でも多く殺さないといけない。
「死ね! 死ね! 死ね!」
もう何も分からない。
ティルフィングを振れているのかも、目の前のヒュージが死んでいるのかも、全身やCHARMにマギが込められているのかも、全く分からなかった。
五感を理解する機能は絶え、私は意地だけで生きていた。
「──────!」
殺す殺す殺す私はまだ戦えるここで止まることなんてできないやりたいことだってあったのにこんなところでこいつらに殺されるわけにはいかない死にたくない殺さなきゃ一秒でも長く生きて私はもっと幸せな人生を送るはずだったんだここで終わりたくない死にたくない死にたくない殺す殺すまだ生きていたいいやだいやだいやだいやだ殺す殺してやるまだだティルフィングはまだ動くお前たちを全員殺すまでは終われない帰ってくそみたいな生活だとしても最後には幸せになれるはずなんだから戦わなくちゃいけないんだ死にたくないんだまだ生きてたい──
──地面が硬い。
「っ!」
不意に五感が戻ったことに気付いて、慌てて体を起こす。
違和感はあるが、それは怪我というより床で寝たせいで感じる体が固まった感じに似ていた。少し柔軟をして体をほぐすと、ようやく周囲の様子をうかがえるようになった。
目の前にはグラウンドがあった。サッカーゴールとかすれた石灰のラインが、この場所がサッカーコートとして使われていたことを暗に伝えていた。
山の斜面にいるようで、下の方には駐車場や他のグラウンドが見えるし、上の方には大きな三階建ての建物が立ち並んでいるようだった。
「ここは?」
施設に見覚えはない。
私は単身ヒュージの群れの討伐を命じられて出撃していた。
スキルが単体戦闘向きではあったものの、途中で出現したラージ級の集団に襲われて重傷を……いや、あれは明らかに致命傷だった。
全身の様子を確認するが、どこにも怪我をしている様子はない。そのうえ、見覚えのない制服を着せられているようだった。
他に頼るあてもないので、ポケットの中を探ってみる。少し持ち物を確認していると、ポケットに何か入っているようだった。
「天上、学園…………学生証?」
“天上学園高等部リリィ科2年・
しかし、当然のことだがこんなものを作った覚えはないし、そもそもそんなガーデンに所属した覚えもない。
何が起きているのかが全く分からない。
私はどうして生きていて、何のためにここに連れてこられてきたのだろうか?
「って、まずは人を探さなきゃ」
立ち上がる。
日はとっくに暮れて人の姿は見えないが、明かりがついている建物はいくつか見える。そちらに行けば流石に誰かがいるだろう。
背後にある校舎は明かりがなく生徒や教師の姿が見えないし、それはグラウンドも同様だった。
なので、山の上の方にある大きな建物の方に向かうことにする。あちらは明かりがついているようだ。
歩きながらポケットをもう少し探っていると、生徒手帳と鍵が出てきた。
少し見てみると学園マップが見つかる。上の方にあるのは学生寮で、その途中に大食堂があるらしい。時間も時間だし、食事ができるのならそちらに行ける方がいい……が、
「
地図にはリリィ科と
曲がろうとしていた足を直進の方向に戻して、そのまま橋を渡る。この先の建物にいるらしい。
橋の先にあった建物には、まだ明かりがついていた。
明かりのついている位置を確認して、建物の中に入る。中は土足で入るようになっているらしく、そのまま明かりのついていた部屋へと向かう。建物の中にある地図を参考にする限り、明かりがついていたのは
部屋に着くと、一度だけ息を吸ってノックした。
すぐに「開いてますー」という返事が聞こえたので、そのまま中に入る。
「失礼します」
「はいはい、ちょっと待っててねー…………って、あれ?」
CHARMの鍛造をしていたらしい彼女は、作業していた手を止めて私の方を見た。私とは違う制服。まあ、
作りかけのCHARMを置いた彼女は、私に駆け寄った。
「えっと、貴女は……」
「突然すみません。嶋崎茉莉。リリィ科? の2年生です」
自己紹介をするが、特に返事は帰ってこない。
少し驚いた表情をしている彼女だったが、やがて何かに納得したような表情を見せた。
「あの、もしかして、貴女、ここに来たばかり?」
「ええ。気付いたら校舎前に倒れて居まして。正直、なぜここに来たのかもさっぱりなのですが……」
今置かれた状況を端的に伝えると、彼女は「やっぱりそういうことよね」と何かに納得したように頷いた。
だが、こちらは何が起きているのか全然分からないままだ。
「貴女、ここに来る前の最後の記憶って何?」
「えっと、ラージ級数体との交戦中で、明らかに命に係わる怪我を負い、何とか力を振り絞って戦っていたところまでです」
その後、救助が来てヒュージを殲滅して救出されたのか。死んだものとして放置された後で拾われたのかは分からないが、あの場所から運ばれてきたことだけは分かる。
説明を一度止めるが特に返事が返ってこない。
「詳細な怪我や作戦の内容まで説明が必要でしょうか?」と尋ねると、彼女は「ううん。それは必要ないわ」と断った。
「……大変な戦いに巻き込まれていたのね。仲間は?」
「いません。単独での戦闘でした」
「え? 最初からいなかったの?」
「いません。私は基本的にチームで作戦を行いませんので」
「ラージ級が数体もいたのよ?」
「そこは、指揮側が初期の敵戦力を見誤っていたからですね。作戦開始時には、ヒュージ級は確認できておらず、ミドル級以下だけとのことでしたから」
そのミドル級も二桁は越えていたが、特に口にはしない。
彼女は「そ、そう……」と私の状況を理解したらしく、小さく返事をくれた。確かに
「それで、結局ここはどこなのでしょうか? 天上学園というガーデンに所属した覚えはないのですが」
「うん。それは間違ってない。貴女はついさっきこのガーデンに所属したのだから」
「……どういうことでしょうか?」
意識がない間ではなく、ついさっきというのが分からない。
「何から説明したらいいのかな……」
「まずは事実からお願いします」
「う、うん」
間髪入れずにそう伝えると、返事が来ると思っていなかったのか戸惑ったような反応を見せた。
何が起きているのかは分からないが、少々込み入った状況になっているのだろうとは思う。だが、私は何を言われても構わないし、特に驚くつもりもない。
その旨を伝えると、彼女は意を決したように私と視線を合わせた。
「ここはね、死後の世界なの」
「死後の世界?」
この会話の流れで出てくる言葉には思えなかったので、思わず聞き返してしまう。
「そう。貴女は、その最後の記憶の通り、ヒュージの群れとの戦闘をして亡くなったの」
「…………死んだ、ということですか?」
「うん」
素直な肯定が返ってくる。
ここが死んだ世界というのなら、この世界にいるのは死者だけということになる。
「では、貴女も?」
「うん。私はガーデンがヒュージに襲われて、もともと大きくないところだったのもあってさ」
彼女はその先を語ることはなく、代わりに「ここには、そういう人がやってくるの」と笑った。
「この学園は、生前に未練を残した人が満足して自分の人生を『卒業』できるようにする場所なの」
ここに来る人はだれしも何かしらの未練や後悔を抱えて生きているらしい。そして、ここで楽しく学校生活をすることで、その未練を解消して消えていく。
だから、私達はここで自らの未練や後悔を果たさなくてはいけない、ということだろう。
「理解、できた?」
「話は理解しました」
信じているかといわれると、少しあやしい部分はある。
あれほどの傷を負って無事に救出されたと言われるよりは、ここが死後の世界なのだと言われた方がずっと信じられるだけだった。少なくとも、ゲヘナの連中は私のことを助けようなんて思ってないだろう。強いていうなら、私の使っていたティルフィングを回収するためにやってくるかもしれないが。
「……あんまり、取り乱さないのね」
「普通の人は取り乱しますか?」
「そりゃあ、大なり小なりね。全く信じられないって人もいるし、騙されているんだと思う人もいるよ」
確かに死後の世界なんて誰も証明したことがない。
信じられないというのも当然のことのような気がした。
「ともかく、私は信じます。それで私は何をすればいいのでしょうか」
いきなり未練を果たせと言われたところで、何をすればいいのかなんて何も分からない。私はまともに学校生活を送ったことがない。
「この世界は生前の世界を忠実に反映するように作られているらしいの」
「現実の世界を……」
「そう。だから、ここにはヒュージが出てくる」
ヒュージ。
その言葉を聞いて思わず背筋が伸びた。
「とはいっても、ここは死後の世界だから、どんな怪我を負っても必ず治るの。だからヒュージと戦っても死なないだろうし、そもそも戦う必要すらないのかもしれない」
「…………」
確かに本当に死ぬことがないのなら、リリィが戦う必要なんてないのかもしれない。誰も死ななくて、全てが元通りになるのんら、リリィが危険を承知でいく必要なんてないのかもしれない。
でも、それは何かが違うような気がした。
「うん、私もそう思う。だから、私達はこの死後の世界の学校をヒュージから守るための設備とレギオンを作ったの」
「死後の世界を守るためのレギオン、ですか」
「そうだよ。みんなで力を合わせてヒュージと戦ってる」
彼女は「ちょっと待ってて」と部屋の隅にあった段ボール箱から何かを取り出してきた。
そこには“S”の文字を三つ並べたようなデザインのワッペンがつけられた制服だった。ちょうど、目の前の彼女と来ているものと一緒だった。
「死後の世界、天上学園のレギオン“死んだ世界戦線”。ずっと昔にここで戦っていた人達が名乗ってたチーム名をそのまま継いでるだけなんだけど……」
彼女はその制服を私に無理やり持たせる。
制服のしっかりした重みが私の両腕にのった。
「貴女も一緒に、戦ってくれない?」
「私も、ですか?」
レギオンになんて入ったことない。誰かと一緒になんて戦ったことがない。私は人と一緒に何かをなした記憶がない。おまけに私は
そんな私がレギオンに入るだって?
「わ、私は──」
「──って、自己紹介がまだだったよね」
断りの言葉を出そうとしたが、彼女の勢いにさえぎられてしまう。
「私は
「あ、はい。よろしくお願いします……」
伸ばされた手につられて握手をする。
「これから一緒に頑張ろうね」
「はぁ……」
今更断るような言葉を伝えることもできず、曖昧にうなずくことしかできなかった。美月は笑顔で「これからよろしくね」と腕をぶんぶんと振っている。
こうして私は、死後の世界でもリリィとして戦うことになってしまった。
ラスバレのユーザーアンケートで「コラボしてほしい作品」の選択肢にAB!があったので、一晩の勢いで書きました。
設定上、原作キャラ出せないので、オリジナルのキャラばっかりです。