ヒータに生まれ変わった少女―生命を燃やす物語 作:ヴィルティ
「ふぁああ~」
欠伸をして目を覚ます。
癌による痛みで侵されていた体とは違い、痛みが一切ない状態で起きるのは久しぶりだ。
だが、それは癌が治ったわけではなく、ヒータに生まれて変わって新しい体を手に入れたからだ。
(起きたか、ヒータ?)
あ、ファルマ君。
すでに起きてたんだ。
(よっと)
ファルマ君はベッドの中から飛び出し、私の顔をじっと見てきた。
(体に痛みはないか?)
「うん、大丈夫」
ファルマ君が私の返事を聞きほっと安堵した顔になる。
狐の表情を読み取るのは前世でもやったことはないが、なんとなく理解することは出来た。
そんな彼の頭をやさしくなでてあげると、眼を閉じて気持ちよさそうな顔になる。
私も毛のもふもふ感と暖かさを味わえて十分満足できる。
(まずは朝ごはんだな。良い一日は朝ごはんから始まる。当たり前のことだ)
「うん、そうだね」
起き上がってベッドから降りる。
ファルマ君は私の足元でじっと待機している。
(どうしたんだ、ヒータ? 早く台所行こうぜ。おいら、もうお腹ペコペコだよ)
そういえば早く寝て今までぐっすり寝ていたから、もう12時間以上はねたことになるのか。
色々とハードな目に遭っていたから体が相当疲弊していたんだろう。
にしても、前世でもそれ以上寝たことはないから結構新鮮な気分だ。
冷蔵庫に入れてあったサンドイッチらしき物を食べる。
うん、レタスでもキャベツでもない味わったことがない植物だ。
でも、マズくはないから良しとしよう。
ファルマ君もかじかじとサンドイッチを食べていた。
まあモンスターだから中毒とかそういうのはないだろう、きっと。
(よーし、朝ごはんも食べ終わったことだし、今日こそ買い出しに行くぞ)
昨日の話を統括する限り、本来ヒータは買い出しに行く途中で襲われたらしい。
それで目的の買い出しも済ませることが出来なくて今日にいたるというわけだ。
「うん、でも町の場所とかよくわからないし、道案内任せてもらっていいかな?」
(おう、ヒータが記憶を取り戻すまでおいらに任せてくれ)
記憶を失っていてもファルマ君は私のことをヒータだと見て接してくれている。
もし、最初から私がヒータじゃなくて別人だとカミングアウトしていても優しくしてくれたのだろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいいや。
彼がこうやって私に親切に接してくれていることが何よりうれしい。
(いやー、朝の空気はいいなぁ)
「そうだね」
思えば癌の闘病生活でこんな森の中を歩くことなんて一切なかった。
病院の消毒液臭い匂いなんて一切しないし、鳥の鳴き声なども聞こえてきて耳触りも良い。
本来のヒータの人格には悪いけど、この生活を少しだけでもエンジョイさせてもらおう。
(お、ヒータ! あれ見ろあれ!)
ファルマ君が顎で示したのは、少々小型の猫らしき生命体。
猫のようだが、尻尾が風みたいな感じだ。
確かあれは『マジェスペクター・キャット』だったはずだ。
(ここは魔法使いが必要としている魔力が自然と溢れ出してる場なんだ。おいらとヒータもこの森の恩恵を受けて魔法が結構使えるようになってるんだ)
「そうなんだ」
実際、キャットは眼を閉じて気持ちよさそうにしている。
猫が日向ぼっこしてるようにも見えるその風景は見てて微笑ましい。
「ファルマもひなたぼっこするか?」
(いや、おいらは大丈夫。それよりも早く町にたどり着いて色々買い出ししようぜ)
ファルマ君は口に籠を加えている。
それを地面につけないようにしながら歩いていた。
そんな彼から籠を受け取ろかと提案したが(いや、ヒータは昨日の影響がまだあるかもしれないから行きぐらいは持たせてくれよ)と言っていた。
正直、手にしている杖を支えにして歩いているからあんまり疲れはないのだが。
それに昨日たっぷりと必要以上に寝たのも体に良かったのだろう。
(にしてもヒータが持ってる『炎王』って一体何なんだろうな?)
お互い少しの間無言で歩いていたので、話題を出すためにファルマ君が切り出す。
前世で弟からプレゼントされたカードですよ、と素直に言うわけにもいかない。
さて、どう説明したものか。
「おそらくだけど、私が崖から落ちて死にかけたのを見かねたのを見て、炎の力が獣の姿を借りて私に生きるための力を与えてくれたのかな?」
前世ではむなしく癌に負けて死んでしまったが、この世界ではそういうことだと信じたい。
実際、昨日デュエルをしていた時、『炎王』たちから感じる力はすさまじかった。
使ってる私自身が体から熱い物を感じるというか。
(そうか。でも、その理屈で行くとヒータを生まれ変わらせるための力を与えたけど、代償として記憶を失っちゃったのかもな)
確かにそう解釈できないこともないか。
説明、ミスっちゃったかな?
(まあ生きていてくれただけでも十分だ。おいらとヒータはずっと一緒だもんな)
「ファルマ~」
なんと嬉しいことを言ってくれるんだ。
(わわ、ヒータ、いきなり抱きかかえてぎゅってしないでくれよ)
そうはいってもだ。
こんないじらしいことを言ってくれる子を気に入らないわけがない。
今の私もちゃんとヒータとして受け入れてくれている。
それが私にとってどれだけ嬉しいことか。
(ほら、降ろしてくれよ)
「ちぇっ」
しぶしぶファルマ君を降ろすと、ファルマ君は少し早足で歩き出した。
(ほら、行こうぜ)
「うん」
まあこれ以上過剰にスキンシップを取ってファルマ君に嫌われるのもあれだし。
とりあえずファルマ君の後を追って行くとしよう。
(よっしゃ、到着したぜ)
「ここは?」
森を抜けると、少し大きな集落に出た。
木製で出来た家が結構並んでいる。
家というよりはキャンプ場でたまに見るコテージと言った方が正しいだろうか。
(ここはイースタウンから少し離れた場所にある『モランタウン』だ。昨日はここに来る前に襲われたからな)
ファルマ君がとてとてと歩いていく。
(とりあえずまずは食料を買いこもうぜ)
「うん、そうだね」
確かに冷蔵庫の中には食料は少ししか残っていなかった。
もしあのまま過ごしていたら2日もしない間に食料はなくなっていただろう。
「何を買おうかな?」
(おいら、肉がいいぜ)
お金に関してはちゃんと財布がある。
皮で出来た袋の中に結構な量の銀貨や銅貨があった。
おそらくこれでお買い物をするのだろう。
「そうだね」
確かに昨日食べた肉は美味しかった。
もしかしたら、私が前世では到底味わうことが出来なかった美味しい物があるかもしれない。
それに異世界の店とは興味深い。
見て回るだけでもすごく楽しそうだ。
(よーし、行こうぜ)
「うん」
先ほどまで以上に軽快な足取りで歩いていくファルマ君の後を追っていく。
少し歩くと、コテージの前でバーベキューをしている中年男性の元にたどり着く。
「おや、いらっしゃい」
(こんちは!)
ファルマ君が挨拶をすると、中年男性は警戒すら一つせず笑う。
モンスターと人間がちゃんと共同出来ているのだろう。
「どうだい、1つ」
中年男性は串焼きを1つ私に差し伸べる。
肉や野菜が刺されており、匂いも相まっておいしそうだった。
朝ごはんを食べたばかりだが、うん、いただこうかな。
「ありがとうございます」
(ヒータ、おいらにも一口くれよ)
ファルマ君にもちゃんとあげるよ。
それよりもまずは1口。
昨日の肉も美味しかったけど、この肉も結構おいしい。
焼かれた野菜もトウモロコシに似た触感と味で美味しい。
(あーん)
そしてファルマ君は待ちきれなかったのか私の肩に飛び乗り、焼いた肉を1つぱくりと食べてしまった。
(うめぇ!)
「ははは、お嬢ちゃんも狐君も気に入ってくれたようで何よりだ。どうだい、買っていくか」
そしておじさんはまだ焼かれたない状態の串をいくつか見せる。
「買います」
「まいどあり!」
保存も効きそうだし、何より美味しいのはさっきの実食で分かっている。
買って損はないだろう。
「最初からいい買い物出来たね」
(ああ)
焼くことでいい匂いで客を呼び込み、味見をさせて味を知らしめる。
そしてお客さんにこうやって満足感と幸福感を与え、考える隙を与えさせず購入させる。
なかなかよく出来た計画だなと感心する。
「次は保存のきくパンや干し肉などを買おうか」
(そうだな)
ファルマ君が先に行こうとした瞬間。
「うわあああああっ!」
少し離れた場所で男性の悲鳴が聞こえた。
「何事だろう?」
(行ってみようぜ)
ファルマ君の後を追い、私もその場をかけ出した。
「ぐっ」
「ふん、この俺に逆らうとはいい度胸だ。さて、負けたからにはこいつはいただいていくぜ」
その場にたどり着いたとき、昨日の紋章軍の下っ端らしき男が地面に横たわっている男を睨みつけていた。
格好こそは同じだが、中の人物は果たして同一人物なのだろうか。
その人物は手に1枚のカードを持っていた。
「よせ、そいつは」
「ふん、紋章軍の魔法研究にありがたく使わせてもらうぜ」
「待ちなさい」
おそらく言葉通りなら、あの男は倒れている男のカードを奪い取ろうとしているわけだ。
それで紋章軍の力になってしまうのなら見過ごすわけにはいかない。
「なんだ、お嬢ちゃん?」
「あなたが手にしてるそのカード、そこで倒れている人のものでしょう? 返しなさい」
啖呵を切ると同時に男は不機嫌そうな顔になる。
フードを取ると見事なスキンヘッドが現れ、私を睨みつけてくる。
「返せと言われて返す奴がどこにおる?」
「素直に返す気はないみたいね。なら、あなたがその男から無理やり奪ったように、私もあなたからそのカードを無理やり奪い取ってあげる」
私が杖を構えるとファルマ君も私の肩に乗る。
「威勢がいいな。なら、デュエルで屈服させてやるわ」
男が円盤を装着する。
「こいつは紋章軍が開発した新型デュエルディスクじゃ。今までとは違う性能を見せてやる」
どうやらあの円盤はデュエルディスクというらしい。
となると私が使っているのもまたデュエルディスクなのだろう。
(よし、行くぞヒータ!)
「うん」
私の左腕に炎が巻きつき、その炎が消えると同時にデュエルディスクが出現していた。
昨日とはなんか出現方法が違ってる気がするが、きっとファルマ君が力を貸してくれているのだろう。
どちらにしろ、これで戦闘準備は整った。
「「デュエル」」
「まずは俺様のターンからじゃ。俺様は『おろかな埋葬』を発動じゃ。デッキから『BKグラスジョー』を墓地へ送る」
手慣れた手つきでデッキからカードを墓地へ送る。
墓地を肥やすのはデュエルにおいては常套手段。
「そして『BKスイッチヒッター』を召喚じゃ。こいつが召喚に成功したとき、墓地から『BK』と名の付くモンスター1体を特殊召喚するけんのぉ」
フードをかぶったボクサーの隣に巨大なボクサーが現れ拳をお互いぱんと合わせる。
「俺様はLV4の『BK スイッチヒッター』と『BK グラスジョー』の2体でオーバーレイネットワークを構築じゃ。エクシーズ召喚! まずはこいつで小手調べじゃ。出でよ『BK 拘束蛮兵リードブロー』」
マスクをかぶらされ、さらに腕の周りに鉄の拘束具をつけられたボクサーが現れる。
ボクサーがどうしてあんな拘束具を……?
「俺様はカードを2枚伏せてターンエンドじゃ。さぁ、お嬢ちゃん。わざわざ喧嘩売ってきたんだ、実力を見せてみろ」
紋章軍下っ端 LP8000
モン:BK 拘束蛮兵リードブロー
魔・罠:伏せカード2枚
手:1枚
まだ相手の実力は分からない。
だけども、私は私のデュエルをするのみだ!
「行くよ、私のターン、ドロー!」