ヒータに生まれ変わった少女―生命を燃やす物語 作:ヴィルティ
(今日は行きたいところがあるんだ)
紋章軍の下っ端との戦いが終わり、お礼として色々な物資をもらった翌日。
ファルマ君が真剣な顔をしていた。
ここにやってきて3日目だが、真剣な顔をしているファルマ君の顔は初めてだ。
「どこへ行きたいの?」
まだ3日だけの付き合いだが、彼が良い子なのはよくわかっている。
だからこそ真剣な顔をしているということは間違いなく大切な話なのだろう。
(この森から南を抜けた先にある街『ヒースグレン』だ。そこにいる魔法使い様たちに現状を報告しないと)
ヒースグレンにいる魔法使いたち、か。
ファルマ君が様付けして呼ぶぐらいだからきっと偉い人々なのだろう。
そして現状を報告するってことは。
(紋章軍の兵士たちが続々と侵略を開始していること、それからヒータが記憶喪失になってしまったこと、全て報告して今後の対策を聞きに行こうと思うんだ)
なるほど。
確かに今後どうすればいいのかまだわかってなかったから、現状把握とこれからの目的を決めるのは悪くはない。
「ここから少し離れてるの?」
(まあ、確かに少し離れてるが日帰りできないわけではない。おいらがちゃんと道案内するから大船に乗ったつもりでどーんと構えていてくれ!)
えへんと自信ありげにしている。
言葉遣いと言い少し子供みたいなところはあるが、頼りにさせてもらおう。
「じゃ、今すぐ出発するの?」
(おう!)
力強い返事だ。
では、着替えをするとしよう。
数分後、杖と服を整え、出発の準備は出来た。
ファルマ君はすでに外に出ており、私も外に出ていく。
(よし、行くぞ!)
「うん!」
私が外に出てくるなりファルマ君はさっさと歩いていく。
その後を急いでついていく。
(はぐれないようにしてくれよな)
「もちろん」
私の意識がヒータの意識を乗っ取ってしまう前、ファルマ君とヒータは何度も『ヒースグレン』へと出向いたのだろう。
ファルマ君の足取りは何一つ迷いがない。
昨日とは違うルートを通っており、森の中でも昨日見た光景とは少し違っている。
木漏れ日も差しており、今日も晴天で気持ち良い。
「気持ちいいね」
(だな。状況が状況じゃなければ今日のような日はのんびりとひなたぼっこでもしていたいところだったんだがな)
そう言われてしまうと罪悪感が湧いてくる。
元々私が前世で癌で死に、この世界のヒータの意識さえ乗っ取らなければ、彼とヒータはこの世界で一生懸命生きていたのだろう。
私のような死人が誰かの人生を乗っ取ってしまったんだし、命を粗末にすることなく精一杯生き抜かないと。
「ごめんね」
(何度も何度も謝るなって。おいらはヒータと共にいれれば幸せなんだ。ヒータの力になれているのならこれほど嬉しいことはないさ)
「そっか、ありがと」
(お礼の言葉なら何度でも歓迎するぜ!)
やっぱりいい性格してるわこの子。
でも、悪い子では決してないのはこの3日間の付き合いで良くわかった。
(よーし、じゃ少し急ごうぜ。ちょっと早足になるけど付いてこれるか?)
もちろん。
早足で歩いていくファルマ君の後を急いで付いていった。
それから結構な量を歩き。
森を抜けると、昨日訪れた村よりも発展している建物が多く見えた。
(よーし、到着したぜ。ここが『ヒースガルド』だ。有名な魔法使い様たちが長として設立された街なんだぜ)
魔法使いが設立した街、か。
家や大きな建物も結構並んではいるが、魔法を使ってると感じられる部分は見受けられない。
「てっきり魔法使いが設立した町だから建物とかが浮いていたりするのかと思った」
(あはは、そりゃ面白いな)
ファルマ君が朗らかに笑う。
まあ確かに建物とかが浮いてるのはファンタジーぐらいしかないだろう。
いやまあ魔法使いとかモンスターとかがこうやって存在しているのも結構ファンタジーなんだけどね>
「で、ファルマ君の言う魔法使い様たちはどこにいるの?」
(この街の中心部にあるお屋敷だ。行こうぜ)
ファルマ君が街を歩いていく。
通りすがる人も何人かファルマ君を見たが、やはり昨日と同じように訝し気な眼では見られていない。
まあそもそもこの街には何度も訪れてるみたいだから顔馴染みでもあるんだろう。
「ここ?」
ファルマ君に案内され、到着した建物を見上げる。
3階建てぐらいの大きな屋敷がそこにはあった。
こんなお屋敷、漫画とかぐらいでしか見たことがない。
(よーし、行こうぜ)
さっそく屋敷の門へとファルマ君が向かっていく。
その門の前には黒いメイド服を着た女性が立っていた。
左目に眼帯をしているが、怪我でもしているのだろうか。
「おや、あなたは確かヒータさんですね」
女性は私の顔をじっと見つめる。
何か顔についていたのだろうか。
「何か御用でしょうか?」
(色々あってな。魔法使い様にここ最近の近況報告をしたいんだ)
「そうですか」
ファルマ君が女性と会話を交わす。
この女性もやはりファルマ君と顔馴染みなのだろう。
特にモンスターだからといって警戒された様子はない。
「少しお待ちください」
女性が眼帯に隠されていない方の目を閉じる。
それから数秒後、ゆっくりと眼を開く。
「お待たせしました。クロキ様がどうぞ中へお入りくださいとのことです」
もしかして、今のってテレパシー?
うわー、凄いの見ちゃった。
「どうぞ」
女性が門をゆっくりと開き、ぺこりと頭を下げる。
(サンキュー)
ファルマ君が門の内側へと入っていき、私もゆっくりと入っていく。
女性が門をゆっくりと閉め、再び門の前に立つ。
「ファルマ君、彼女は一体?」
(ああ、門番の『ナパル』さんだ。この街の3大魔法使い様にお仕えしてるんだ)
「え、でもさっきのは『クロキ』様って」
(ああ、この街はクロキ様、ウィザルド様、マーコ様が設立し、このお屋敷はクロキ様が管理しているんだ。で、3人ともこの屋敷を拠点にして活動してるんだ)
なるほど。
(で、ヒータたちはクロキ様やマーコ様に色々な術を教えてもらったりしたんだ)
「へぇ」
(やっぱり思い出せないか。ま、しょうがないか)
ファルマ君がほんの少しだけ落胆したようだった。
もしかしたらヒータの師匠だった人たちの名前を出せば記憶が戻るかもと期待したのだろう。
その期待に応えられなかったのは申し訳ない。
「あれ、ウィザルド様からは魔法は教えてもらってないの?」
(ああ、ウィザルド様はね……その、結構自由なお人でね。魔法使いとしても、デュエルをする人としても結構な力の持ち主なんだけど、縛られるのが嫌いで、弟子なんて1人もいないんだ)
うーん、ファルマ君がそこまで言うってことは結構性格に難がある人なんだろうか。
(クロキ様やマーコ様がヒータたちに術を教えてるとき、遠目に見てたことはあったけど積極的に関わろうとはしなかったな)
「そっか」
(だから正直、この屋敷にウィザルド様が居なくてよかったと思ってるぜ。正直、何考えてるか分かりづらくて苦手なんだよな)
うん、喋ってるときの声色から少しうんざりしていたのは感じ取れたよ。
「お待ちしてましたよ」
廊下の脇にあった扉から黒いローブを着た青年が出てきた。
(クロキ様、お久しぶりです)
「これはこれはファルマ君、お久しぶり」
この人がクロキ様!?
街を設立したというぐらいだから白いひげを蓄えた年配の方を想像してたよ。
「ヒータちゃんもお久しぶり。元気にしていましたか?」
「あ、いやえーとその」
どう答えるべきだろうか。
素直に記憶を失ってしまったというべきだろうか。
(クロキ様、実はその色々と報告したいことがございまして)
「ふむ、ファルマ君のような子がそのような真剣な態度を取るということは……結構な問題が発生したということですね?」
クロキ様は少しだけ思案した顔になり、息をつく。
「まあ話を聞くのに立ち話もなんですし、お茶でも飲みながら話をするとしましょう。どうぞ、こちらの部屋でくつろいでいてください」
クロキ様は別の部屋へと続く扉を開く。
この中で待っていろということだろう。
ファルマ君が入っていったのを確認し、私も後に続いた。
「わぁ、すごい」
家にある調度品とは比べ物にならないぐらいふかふかなソファ。
綺麗なクリスタルで出来た机。
そして机の上に飾られている花も活き活きとしている。
間違いなく裕福な暮らしをしているものではないと出来ない贅沢だ。
(よいしょっと)
ファルマ君はソファでぐでーと体を伸ばす。
さすがに結構な量歩いてきたから疲れたんだろう。
私もソファに座ると同時に足の疲れを実感してきた。
「お待たせしました」
クロキ様はお盆にマグカップを2つとお皿、それからケーキを3つ持ってやってきた。
そのお盆は手で持つのではなく、ふわふわと空中を浮いていた。
「すごーい」
「おや、ヒータはもう何度もこの魔法を見ているはずですが」
あ、しまった。
(クロキ様、実はその……報告というのは)
「ヒータ、もしかしてあなた、記憶を失ったのですか?」
まあさすがにばれるよねー。
あんな魔法を初めて見た子供のようなリアクションをしてしまえば当然だ。
「……はい」
「いや、そんな申し訳なさそうな顔をしないで」
クロキ様は私と向かい合う形で座り、お盆を机の上に着地させる。
「まずはお茶でのどを潤し、ケーキで脳とお腹を満たしなさい。甘いものは幸せな気分にさせますよ?」
なんと爽やかな笑顔。
間違いなくいい人で、ファルマ君が様付けして慕うのも納得できる。
(ありがとうございます)
お皿にはお茶が注がれており、ファルマ君がそれを舐めながら飲む。
そしてお互いお茶とケーキを食し終わり、改めてクロキ様と向き合う。
「しかし、記憶喪失ですか……何があったんですか?」
すごい心配している顔だ。
実は記憶喪失ではなく、別人である私がヒータの意識を乗っ取ってしまったんですよ、と正直に言えばどういう反応をするだろうか。
(実は紋章軍の兵士に追われて、崖から落ちて……幸いなことに怪我は1つもしていなかったんですが、代わりに記憶を失ったみたいで)
「なんと」
確かに崖から落ちて、こうやって怪我一つないのはおかしい。
「ふむ……ヒータから不思議な気配を感じますね」
クロキ様がじっと私の顔を覗き込んできた。
綺麗な瞳に覗き込まれると少し照れる。
こうやって男の人に顔を見られるなんて、前世での医者との対面ぐらいでしかなかったからなぁ。
しかもクロキ様ほど顔が整っている人じゃなかったし。
「失礼」
クロキ様がぱちんと指を鳴らすと、私の持ってる杖が淡いオレンジ色の光を放った。
その光の中からカードの束……デッキが飛び出てきた。
「デッキをご確認してもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
クロキ様はデッキを手に取り、1枚1枚まじまじと見ていく。
「ヒータ、この『炎王』というのはどこで?」
「え、私が崖で意識を取り戻して、そこで紋章軍の兵士に襲われてデュエルをした時にはすでにデッキに加わっていました」
「ふむ……この『炎王』からは強き生命力を感じます。この『炎王』の力を手にしたことで崖から落ちても怪我1つなかった代わりに記憶を失ったのではないかな?」
……さすがは偉大なる魔法使い様だ。
私が考えていた予想とほとんど同じだ。
唯一違っているのは私という別人の意識がヒータの意識を乗っ取ったから、記憶を失ったという言い方が間違っているというぐらいだ。
(なるほど)
「この『炎王』がおそらく失われた記憶を取り戻す鍵みたいなものかなと思うわけだ。私もこのような事態は初めてだから明確な答えは出せないが……きっとヒータがファルマ君と『炎王』と共に戦っていくことで、記憶が取り戻せるのではないかと私は想定しているよ」
ファルマ君と『炎王』たちと共に戦う……か。
記憶を取り戻すというのは違うけども、おとといと昨日の紋章軍の兵士の闘いを考えるに、おそらく『デュエル』は生きていくのに大事な力なのだろう。
だとしたら、一緒に戦っていくことに異議はない。
「分かりました」
「いい返事でよろしい。しかし、紋章軍の兵士がヒータの家の付近に来ていたとは由々しき事態……む?」
クロキ様がすっと眼を閉じる。
これってもしかして、さっきナパルさんがやっていたテレパシーというやつだろうか。
「ああ、すまないね。もしかしたら今からくるお客様もヒータと同じように襲撃を受けたのかもしれない」
「お客様?」
私が首をかしげていると、クロキ様が頭を下げ、部屋の入口の戸を開き部屋から出ていく。
それから数分もかかることなく1人の女の子を連れて部屋へと入ってくる。
「あれ、ヒータ!? どうしてここに?」
茶色の髪の毛に眼鏡をかけた女の子。
私の前世の記憶に間違いがなければ『憑依装着―アウス』だろうか。
「えっと……」
「ヒータ?」
「アウス、落ち着いて聞きなさい。実はですね」
クロキ様が私に起きたことを詳しく説明する。
「ええーっ、記憶を失った挙句『炎王』なる新しいカードがやってきたって!?」
わぁ、すごい良いリアクション。
コメディ芸人だったら間違いなくデビュー間違いなしだよ。
「落ち着きなさい。それよりも、アウス。報告したいこととは」
「ええ、紋章軍の奴らと思われし連中に襲撃を受けまして」
「やはり、ヒータと同じ相談でしたか」
クロキ様は真剣な顔でソファに座りこむ。
「この魔法使いの大陸にやってきてるということは、紋章軍は大掛かりな侵攻を企てているのだろうか……となると、対策を練らねばいけないですね」
「その件について報告と相談をしようかなと思ってやってきたんですが……ヒータも襲撃を受けたということは、もしかすると」
「ええ、他の子たちも心配ですね。皆は自然元素の魔術に関しては並みの魔法使いよりも抜きんでた才能をしています。いずれ道を究めれば、私やマーコ、ウィザルドを超えてしまうかも」
「クロキ様ほどの魔法使いになんて、私たちじゃまだまだ足元にも及びませんよ。まぁ、ウィザルド……様は超えたいですが」
アウスもこんなリアクションをするということは、ウィザルド様って本当、良いイメージ持たれてないんだなぁ。
「あはは……ウィザルドは自由奔放で皆とも関わろうともしてませんでしたからね。でも、悪い奴ではないんですよ?」
「クロキ様やマーコ様がそうやって弁解はしますが、実際はどうだか」
「まあウィザルドはアウスがどれだけ言おうが一切気にはしないと思いますが。まあそれはさておき、紋章軍の兵士が他の子たちに襲撃していないか、一回確かめた方がいいですね」
「はい」
「アウス、他の子たちも無事かどうかの確認をお願いします」
「かしこまりました」
(ヒータは……そっか、確認しに行きようがないよな)
ファルマ君の言うとおりだ。
まだ見ぬ他の子たちも心配だが、彼女たちがどこに住んでいるのかも私は知らない。
だからどうしようもないのだ。
「他の子たちの無事が確認できましたら、一度皆でこの屋敷に訪れてください。その時に対策を講じましょう」
「分かりました。しかし、ヒータの新しい力……『炎王』の力か~。ねぇ、ヒータ」
……なんとなくアウスの言いたい事が分かった。
「私とデュエルしよーよ」
やっぱりか。
クロキ様との話が終わった後、ずっと期待の眼差しで私を見ていた。
それから予想できる言葉なんてこれぐらいしかないだろう。
(おい、アウス。ヒータは記憶を失ったんだぞ)
アウスの杖から少し強面のリスらしき魔物が飛び出してきた。
「いいじゃないか、デモ。ここ最近お互い手合わせもしていなかったし、いい機会じゃないか」
もしかしてこの子は戦うことが大好きな子なのだろうか。
(ヒータ、デュエルを受けるのか?)
「もしヒータがやる気なら、デュエルをする専用の部屋へとご案内しますが。
何気にクロキ様も興味ありげな眼で見ている。
もしかしたらクロキ様も『炎王』の力には興味津々なんだろうか。
だとしたら、断るのは野暮というものだ。
「分かった。デュエルを受けるよ」
「やったぁ、そうこなくっちゃ。もしかしたらデュエルをしている間に記憶が戻るかもしれないし、早速やろうやろう!」
うわ、すごい眼がキラキラしてる。
記憶を取り戻すとかは方便で絶対デュエルしたくてたまらないんだろうなこの子。
「落ち着きなさい。とりあえず部屋へとご案内しましょう」
クロキ様に案内されたのは窓以外真っ白な部屋だった。
内側の扉も白だし、壁も天井も床も白一色だからなんか落ち着かない。
「じゃ、早速始めようか!」
アウスはすでにデュエルディスクを構えてノリノリだ。
(なんていうか、デモ。デュエル狂なご主人様で大変だな)
(そういうファルマも主人が記憶を失って大変だろう?)
(うん、お互い大変だよなー)
……なんかクロキ様の横で私とアウスの使い魔たちが苦労話をしている。
「くっ、デモめ。私がクロキ様に向かって好き勝手出来ないのをいいことに……」
デモ君、そろそろここまでにしておいた方がいいよー。
間違いなくクロキ様の所から離れたら制裁喰らっちゃうよ。
いや、今は彼の行く末は置いておこう。
これから始まるアウスとのデュエルに向き合わねば。
デュエルディスクを構え、デッキをセットする。
「「デュエル」」