ヒータに生まれ変わった少女―生命を燃やす物語 作:ヴィルティ
「ふぁ」
ヒースグレンの離れにある小さな小屋。
そこでウィザルドが欠伸をしながら椅子に座り込み、眼を閉じる。
「お戻りになられましたか、マスター」
「その声……ハクロウか」
ウィザルドが眼を開くと、その視線の先に白髪の少女が立っていた。
少女は眼をゆっくりと開き、ウィザルドの姿を確認するとたちまち笑顔になる。
「お元気そうで何よりです」
「まあ、特にこれといって魔術を使ったりデュエルをするようなこともなかったからな。そもそも俺に対してデュエルを挑めるぐらいの魔力を持つ者がいないからしょうがないんだがな」
ウィザルドがぱちっと眼を開く。
「さっき眼を閉じたのが、約4秒か……少し寝すぎたな」
「もう少し早くお声をかけるべきだったでしょうか?」
「いや、構わないさ。それよりも結構気になることが多い視察だったな」
「紋章軍の動きが活発になってきたということでしょうか?」
ハクロウが怪訝そうな顔を浮かべるが、ウィザルドは首を横に振る。
「いや、まだ近くの町に兵士を派遣させる程度で大きな戦になることはない。このヒースグレンの有力な魔術師たちを派遣させれば解決するだろうが、派遣した兵士が戻ってこないとなると、紋章軍の連中が腰を上げてこの大陸に攻め込んでくるだろう。その時こそが俺たちの出番さ」
ウィザルドが呟くと同時にハクロウがウィザルドの膝に座り込む。
「少し視察に行ってる間、さみしかったか?」
冗談交じりに尋ねたが、ハクロウはウィザルドに振り替えることなくただ無言で頷く。
それを見たウィザルドがハクロウの頭を撫でる。
ウィザルドからハクロウの顔は見えなかったが、おそらく笑顔になってるんだろうとウィザルドは思う。
(ああ、ウィザルド様に頭を撫でられるなんて~)
実際笑顔になっており、それをウィザルドに察せられないようにと振り向くことはしなかったが。
「それに、かつてクロキとマーコが気にしていた『霊使い』と呼ばれる者たちもいただろう」
「ええ、そうですね。今では使い魔たちから力を得て戦う姿『憑依装着』となって各地に散らばり過ごしているみたいですが」
他の女の話題を出されたからか、ハクロウの声のトーンが一段階下がった。
「自然元素を使う魔術ならいずれクロキやマーコ、俺すらも超えると期待されてる子たちだ。事実、クロキの屋敷に通りかかった際、すれ違った」
「……どうでしたか?」
「確かに前、ちらりと見たときよりも魔力は上がっていたが、ヒータという娘、前に見た時とは異質な感じがしていた」
ウィザルドがこのような考え込む口調で話すことは珍しい。
そう思ったハクロウは嫉妬もせず不機嫌になることもなくウィザルドの話を聞く。
「異質な感じ、ですか?」
「そうだな……まるで、別の魂が本来のヒータの魂に合体したかのような……例えるなら、乗っ取りか? そんな感じに見えたな」
「彼女の魂と肉体を奪ったその別の魂の持ち主が何かを企んでいると?」
「いや、クロキが言うには崖から落ちて記憶喪失となり『炎王』なるデュエルモンスターの力を新たに得ていたそうだ」
ウィザルドはどこか楽し気に笑う。
「俺の推察では、『炎王』がヒータの魂と融合し、新たな魂となってしまったと推測している。面白いじゃないか。その『炎王』とやらの力を得て、魔力もデュエルの腕も上がっているかもしれない」
ウィザルドが本当に楽しそうに話をしているのが分かり、ハクロウが思わずため息をつく。
「ウィザルド様がそこまで楽しそうにしているのは久しぶりですね」
「ハクロウ、常に俺は言っているだろう? 何事も楽しめなければつまらない。例え勝負に勝てたとしても、楽しさを感じなければそれはただの結果、何の価値もない。逆に負けたとしても楽しさを感じられたのなら、それは価値ある物だ。楽しむことを失った人生など、クソだぜ?」
ウィザルドが言い切ると、立ち上がろうとする。
それを察知したハクロウが慌てて膝から降りる。
「ウィザルド様、まさか今からヒータという娘の所へ?」
「いやいやいや、たった今視察から帰ってきて4秒ぐらいの睡眠を取った所だぞ? 睡眠欲を満たしたのなら次は食欲を満たしたいだけだ」
「そういうことでしたら、私が料理を振舞いましょう」
ハクロウがウキウキで台所へと向かおうとしたが、ウィザルドが慌てて止める。
「待て待て。一緒に料理をしたいんだが、ダメか?」
「ウィザルド様と一緒……分かりました。本当でしたら私一人で頑張るところでしたが、ウィザルド様がどうしてもというのならしょうがないですね。まったく、しょうがないマスターですね」
そう憎まれ口を叩きつつもハクロウは嬉しそうに台所へと向かう。
(あぶねー。ハクロウはレシピ通りに作れば確かに美味しい料理は作るんだが、アレンジに走られると途端に人間はおろか、デュエルモンスターですら昏倒しかねないほどの激マズ料理を作ってしまうからな)
そうならないようにするには、自分が傍にいてハクロウが余計なアレンジをしないようにコントロールする必要がある。
幸い、ハクロウは料理中、自分の命に逆らったことはない。
「さあ、一緒に美味しい料理を作るぞ」
「はい」
数ある材料から工夫を凝らし、美味しい料理を作る。
魔術の中の一分野である『錬金術』に繋がる所がある料理は、魔術師にとっての嗜みとも言える。
そういう理由もあり、ウィザルドは料理することが嫌いではない。
(まあ、『憑依装着』たちも、紋章軍の動きも今の俺にとってはまだ手を出すほどではない。もう少し様子を伺うとするか)
ウィザルドはそんなことを思いながら包丁を手にし、野菜を着る工程に取り掛かった。
ヒータとファルマが自分たちの家に戻ってきた翌日。
ヒータはベッドからゆっくりと起き上がる。
「ふぁぁ」
ヒータの体になってしまって早4日。
魔法を使ったことはないが、とりあえず現代とは違う生活にも少しは慣れてきた。
(おはよう、ヒータ)
ファルマがベッドの下から話しかけてくる。
すでに彼は起きて、私が起きるまでずっと待機していたのだろうか。
「おはよう、ファルマ」
(おう)
ベッドから降り、寝巻からいつもの服に着替える。
クローゼットの中にカードイラストで『憑依装着―ヒータ』が着ている服が5着ぐらいもあったのはさすがに驚いた。
思えば病院生活では病人服しか着ていなかったからオシャレとは皆無だった。
だからオシャレをするのに抵抗があったからこうやって着る服に困らないのはむしろありがたかった。
「さてと、今日は魔法の練習でもしようかな」
そんなことを呟くと、ファルマ君がうんうんと頷く。
(そうだな、記憶喪失になってしまったんだから今までの魔法が使えなくなってしまってるかもしれないし、確認するのは大事なことだよな)
つい数日前魔術書を読みたいといった時、愕然としていた彼だったが事情を知った今では私の助けになろうとしてくれている。
まあ協力的なのはすごく嬉しい。
「幸い、ヒースグレンから帰るときに魔術書はいくつから貰えたから、これを見て魔法を使うのを思い出そうかな」
クロキから炎の魔術に関連する魔術書を数冊預かってきた。
これはあくまで初級用の炎の魔術書であり、本来のヒータだったらこれ以上の術を読まずとも使えていたらしい。
さすがはファンタジーの住人だなぁと思いつつ、ヒータは魔術書を持って外に出る。
(お、外で練習するんだな?)
「いやいくらなんでも家で練習したら家が燃えちゃうよ?」
(そりゃ当たり前だ)
ファルマ君が笑いながら魔術書の一冊を落とさないように、そして牙で穴を空けないような力の入れ具合で嚙みながら玄関へ向かって歩いていく。
器用なこと出来るんだなぁと思いつつ、ファルマ君の後を追って玄関から外に出た。
そして家から出て少し外れた広い原っぱ。
近くに燃えそうな物も他にないし、ここなら練習に最適だ。
(本来だったらここで毎日術の練習をするはずだったんだが、記憶を失う前のヒータは『天才のあたしに練習なんて必要ねー』なんて言ってサボってばっかりだったからな。記憶を失うことも悪いことばかりじゃないんだな)
どうやら天才気質なところもありつつ、サボり癖があったみたいだ。
そんな彼女の魂を乗っ取ってしまって悪いと思いつつ、初級用の魔術書のページを開く。
「えーと……『杖を構え、念じ、呪文に宿る言霊を呼び起こすように呪文を唱えるべし。そうすれば術は発動する』」
昔から言葉にも言霊と呼ばれる魂が宿ると言われている。
その魂が相手に伝わるから言葉と言葉のコミュニケーションは成り立つのだとどこかで聞いたような気がする。
つまり、術というのは念と詠唱によって呪文の言霊を起こし、その言霊に秘められた力を発揮する、という考えでいいのだろうか。
「では、早速」
杖を構え、一番基本の炎術を唱えてみることにした。
炎が目の前で燃えるイメージをして……
「燃えろ……『バーン』」
体が一瞬熱くなった瞬間、杖から炎が放たれる。
その炎は地面に着陸し、少しだけ燃えた後消えた。
(おー、さすがに初級魔法ぐらいは問題ないか)
どうやら、ちゃんと成功したようだ。
私の人生初魔法、なんとか成功できたみたいだ。
「じゃ、次……燃え盛る火の球よ……『ファイアーボール』」
確か相手LPに500ダメージを与える魔法カードにもそんなのがあったはず。
そんなことを考えたからか、小さな火の玉が杖から数個、勢いよく地面に向かって発射される。
(よしよし、上手くいったな。体、疲れてないか?)
ファルマ君が私の体を気遣ってくれている。
とりあえずまだ2回程度しか魔法を使ってないが、特に体に疲れは感じられない。
前世で癌にかかり体が痛みとだるさに襲われ続けていたから、むしろ今の体が軽い状態が続いてることが信じられないぐらいだ。
「今は大丈夫。とりあえず、この簡単そうな魔法を練習することにするよ」
いきなり難しい魔法なんて唱えたら失敗して大惨事を起こすか、不発に終わって恥ずかしい思いをするかもしれない。
そうならないように、まずは最初に出来たこの2つの呪文を練習することにした。
よし、杖を地面に向けて。
「燃え盛る火の玉よ……『ファイアーボール』」
さっきは3発しか放たれなかったが、今度は6発の火の玉が地面に向かって飛んでいく。
上手くいくと楽しくなってくる。
「よーし、もう一回。燃え盛る火の玉よ……『ファイアーボール』!」
さっきよりもテンションが高くなり、勢いよく呪文を唱えると、さっきよりも大きな火の玉が8発も発射される。
「う、うわっ!?」
そのうち1発だけ足元近くに落ちてしまい、危うく火の玉の爆発に巻き込まれそうになる。
慌てて後ずさり、なんとか爆発から逃げることは出来た。
「あ、危なかった~」
(大丈夫か、ヒータ!)
ファルマ君が慌てて駆け寄ってくる。
少しミスっていたら自分の魔法で怪我をするところだった。
「魔法の力って、やっぱり危ないんだね」
(そりゃそうだ。うかつにテンションを高くして放つと魔力も大きくなる。魔法使いに求められるのは、どんな状況にあっても冷静な心を保ち、威力を安定させることなんだ)
なるほど。
初めての魔法でテンション高くしていた私じゃ、こんなことになってしまうのか。
今度から気をつけなきゃ。
「相変わらずね、ヒータ」
ん、女の子の声?
開けた原っぱとはいえ、森の中にあるこんな場所に女の子が来るのだろうか。
「感性だけで魔法を使うという点であんな無様な失敗をするなんて」
(この声は……エリア?)
顔を上げると、青い綺麗な髪の毛をした女の声が杖を構え、ドヤ顔で立っていた。
「やはり私の方が凄腕の魔法使いだと、今度こそ認める気になったかしら?」
……なんだろう?
さっきから妙にツンツンした態度を取られているような。
私、この子に何かしたっけ?
「ファルマ君、この子は一体?」
(ああ、『憑依装着―エリア』のエリアだよ。炎と水、相反する力を操る者同士、お互い自分の力の方が強いって意地の張り合いしてるんだ)
ああ、なるほど。
つまり、自分の方が優れていると証明したいんだろうなぁ。
「ちょっと、何私のことを無視して話をしているの!?」
そしてファルマ君と話をしていたのが気に食わなかったのか、エリアがぷんすかと怒りながらこちらを睨みつけてくる。
「あ、ごめんね。うん、エリアの方が立派な魔法使いだと思うよ」
少なくとも、前世のヒータに比べて私には魔法を使う才能などあるとは思えない。
だから前世のヒータと張り合っていたエリアの方が立派な魔法使いだと思う。
「ちょ、ちょっと!? 何素直に認めてるのよ! いつものヒータだったら『あたしの方がエリアなんかよりも優れた魔法使いだぞー!』ってムキになって反論して、そのまま魔法合戦が始まるというのに!」
……素直に肯定したのに、なんでエリアは慌ててるんだろう。
うーん、よくわからない。
「……ははーん、分かりましたわ。そうやって自分を貶めて私の気分を良くして、私の魔法を安定させないという作戦でしょう? そんな知能プレイを使うようになるなんて驚きましたけど、私には通用しないよ?」
そしてなんか妙な勘違いをしてる。
(ま、まあ、悪い子じゃないんだけどとにかく面倒くさい子なんだ)
うん、それは一連の会話の流れでよくわかったよ。
「誰が面倒くさいですって? なら、魔法の腕じゃなくてデュエルの腕がヒータよりも優れてると分からせて上げるわ。さぁ、デュエルよ」
エリアの腕の周りに水が集まり、その水がデュエルディスクとなった。
「私、記憶を失ってるって説明した方がいいかな?」
(いや、今は何を言っても聞かないだろうし、とりあえずエリアが落ち着くまで相手してやってくれ)
ファルマ君が盛大なため息をつく。
彼がこんなため息をつくなんて、相当面倒なんだろうなぁ。
でも、デュエルをするというのなら受けてたとう。
炎がデュエルディスクとなり、私の腕に装着された。
「やる気満々ですわね。つまり、今日は魔法ではなくデュエルの気分だったというわけね。いいわ、思う存分相手してあげる」
……まあ、エリアの気合を受け止めるべく頑張るとしよう。
「「デュエル」」