ベルンとの、そして古の竜との長い戦争が終わり、リキア諸侯同盟・オスティア侯爵領へと帰還した、侯爵の娘・リリーナ。
戦争で父を亡くした今、父がかつていた部屋には、玉座がただひとつ遺されただけ。
それを見て、彼女は何を想う。
そして、父が遺していた本当の想いとは…!?











※ニンテンドー発のSRPG【ファイアーエムブレム 封印の剣】の登場キャラクター
【リリーナ】が主人公の外伝的な二次創作小説です。

≪設定≫
・原作・封印の剣の本編後想定

※注意
・原作ネタバレ注意!
・多少の解釈違いがあるかもしれません

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【FE封印】遺された玉座【リリーナSS】

あれから、どれぐらいの歳月が経ったのだろう。

短いようで長く。

長いようで短く。

矛盾が成立してしまうような、激しく、そして人として考えさせられる戦争の日々。

リリーナは、それを思い返しながら、今は亡き盟主の後、未だ誰も座していない玉座の手摺をそっと撫でながら、呟いた。

 

「ただいま、お父様…。」

 

オスティア侯爵・ヘクトル。

リリーナの父であり、リキア諸侯同盟きっての盟主として君臨した勇将。

オスティアに代々伝わる重騎士団を統率し、そして有事とあれば自らも戦線へ赴く、誇り高き武人であった。

リリーナも、そんな父が誇りだった。

自領の民を愛し、その民の為にその命を投げ売ってでも戦う。

盟主とは、民を導く者というものはこうあるべきだ、ということを、彼女は一番側で見続けていた。

 

…しかし、そんな父でさえも、死ぬ時は刹那だった。

父がそれまで守っていた玉座も、臣下の謀反にて陥落。

自分が囚われの身となったせいで、父の死に目にも会えず、またその父が護ってきたものをすべて奪われた。

 

あの時、ロイが来なかったら…?

すでにベルンにやられていたら…?

今ごろどうなっていただろう…?

父が愛したオスティアの街と民は…?

私の為に戦ってくれた騎士団のみんなは…?

そして、私は…?

 

戦争中も、戦争が終わった今も、脳裏を過る。

眠れない日を過ごしたことも、人知れず涙することもあった。

今も、玉座から伝わる金属のひんやりとした感触を手から感じることで、多くの感情がドロドロと渦巻いていくのがわかる。

 

(お父様…私にはこの玉座は…。)

今にも泣き出しそうなところで、静寂が切り裂かれる。

ガチャガチャとした、鎧の音が部屋の向こうから聞こえてきたのだ。

 

「リリーナ様!こんなところにおられましたか!」

息を上げながら、ボールスが彼女に声をかけた。

帰還後、臣下たちが知らないうちにこの玉座に来たのだろう。

よほど探したようで、日頃から重装備のボールスが、はぁはぁ、と息を切らす。

「ボールス…。ごめんなさい、心配をかけて。」

「いえ、それは構いませんが…どうされたんですか、突然玉座にだなんて。」

 

ただでさえ、これからまた新しい日々が始まって、みんな不安なんだ。

臣下に自分の不安を悟られてはいけない。

リリーナは、自分の想いを噛み殺し、

「…ううん、なんでもないの。無事に帰ったということを、お父様に報告したくて。」

…と、誤魔化した。

自分でも苦しい言い訳だった、と思った。

すでに父は埋葬されていて墓標もある。

あれだけの激しい戦争の渦中だったとはいえ、民が自分たちを愛した盟主を埋葬しないわけがない。

帰還の報告をするなら、当然そちらに向かうべきだ。

どこか笑顔はぎこちなくなっていないだろうか。

声色に違和感はないだろうか。

法に触れた者が自らの罪を隠すかのような感覚で、リリーナはいつも通り振る舞おうとした。

 

すると、ふとボールスが口を開いた。

「…この玉座に座るのが、怖いのですか?」

「え…?」

彼の言葉が突き刺さる。

図星だから。

自分の力では、大切な人を護ることも、臣下の謀反を見破ることもできなかった。

父に代わって、この玉座に座る。

これの何と烏滸がましい事か。

ずっとそう思っていた。

リリーナは、少し悲しそうな表情をしながら、ひとつ頷いた。

それを見たボールスが、言葉を続ける。

「…私がリリーナ様と同じ立場でもそう思うでしょう。私もあの時、ロイ様についていかなければ、もしかしたら今、リリーナ様がこう思わなくてすんだかもしれない。私にはそれが、心苦しい。」

「ボールス…。」

彼がそんなことを言うものだから、悲しくなってしまう。

臣下に心労をかけてしまっていた。

それが、すごく辛い。

リリーナの表情が、どんどん曇っていく。

ボールスは、そんな彼女にこう言葉をかけた。

 

「座らなくてもよろしいのではないでしょうか。」

「…どういうこと?」

「失礼しました!言葉足らずでした!ヘクトル様の後を継ぐな、という意味ではございません!…その玉座に座す、ということを、今、リリーナ様が思っているような意味で捉えなくても大丈夫だ、ということをお伝えしようと思って、それで【座らなくて良い】と…。」

「…ごめんなさい、ボールス。どういうことかしら?私には、ちょっとわからなくて…。」

困惑する彼女に、彼はこう続けた。

 

「実は昔、ヘクトル様とお話させていただくことがありまして。」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ヘクトル様!ヘクトル様!!」

慌ただしく駆け寄るボールスに、ヘクトルは、

「おぉ、ボールスか。今日もご苦労。えらく騒々しいが、どうかしたか?」

と、まったく動じず落ち着いて返答する。

「どうもこうもございません!本日はどちらへ行かれると言うのです!」

「む…そ、それは…か、買い物だ!今日はリリーナが算術に接遇と、ずっと学びっぱなしで疲れるだろうから、茶菓子でも…。」

「嘘も休み休み言ってください!リリーナ様は先程奥様と買い物に出かけられております!それにその粗末なお召し物…またお二人に隠れて闘技場に遊びにいくのでしょう!」

ボールスの指摘に、ヘクトルは、

「はっはっはっ!よくわかったなぁ、ボールス!お前も随分と勘が冴えてきたものだ。そのうちお前には昇進も考えてやらんとなぁ。どうだ、リリーナ付きの騎士にでもなるか?」

と、豪快に笑い飛ばした。

「そ、そんな恐れ多い…って、そういう話をしてるわけではないのです!とにかく、他の騎士の皆も困っております。今日はお二人もいらっしゃらないのですし、どうか…。」

自身の臣下がここまで止めるのだ。

むやみに押し通すわけにもいくまい。

そう考えたのか、ヘクトルは少し不貞腐れながらも、

「…むぅ、わかった。仕方ない、では今日はゆっくりするとしよう。」

…と、返した。

ホッとしたボールスを脇目に、

「…オズインの次はコイツか…わしの人生は臣下からの小言が尽きん…。」

…と、呟いた。

「しかし、よくそんなに活動的でいらっしゃいますね、ヘクトル様は。貴方はリキアの盟主なのです。堂々と玉座に座ってらっしゃればよろしいものを…。」

ボールスがふと疑問を投げかける。

するとヘクトルは、玉座に手をかけながら、真っ直ぐな瞳で、ボールスにこう問いかけた。

 

「ボールス。わしが護るべきは、この玉座か?」

今までの声色とは全然違う、重厚に、威厳…いや、威圧感ともとれる覇気を感じさせる一言だった。

ボールスは刹那に圧倒される。

そうだ、何を勘違いしているのだ。

この男は、リキアの統治者…自らの住む地を統べる男なのだ。

日頃からあまりそういう空気を出さないからこそ、震えるほど感じるこの男の迫力。

ボールスは、気圧され言葉が上手く出なくなってしまう。

「え、あ…いや。」

ヘクトルは言葉を続けた。

「そんなに護りたい玉座ならば、お前が座るといい。だがわしは、こんなものを護ることが、わしの使命だとは思わん。」

言葉を続けながら振り返り、窓から外を見つめるヘクトル。

「見てみろ、ボールス。オスティアの街はいつも賑やかだろう?」

「はい。私にとっても自慢です。この街や民を護れることをいつも誇りに…。」

「それだよ。」

ボールスが言いかけたところを遮るように、ヘクトルは答えた。

「わしもお前も、護りたいのは民なのだ。そしてこのオスティアなのだ。皆にとってわしは対等な立場ではないかもしれないが、わしにとっては一人一人が貴く、そして大事な命なのだ。この地で暮らす民の中に、今にも死にそうなぐらい困っている者がいるのなら、わしはすぐにでもその者のところに駆けつける。大事なのは、わしや玉座ではない。このオスティアそのもの…そして、それは民一人ひとりの事なのだ。」

「ヘクトル様…。」

「騎士団の連中や、妻も…そしてリリーナも、わしの事をきっと誰もが落ち着かない盟主だと思っておるだろう。わしは戦となれば当然最前線にも出ていく。そんな統治者が、今までどこにいたことだろうか。少なくとも、わしは見たことがない。だが…。」

ヘクトルはおもむろに、写真の入った額を手に取った。

それを少し眺めて、言葉を紡いだ。

 

「それで一人でも多くの民が護れるのであれば、わしはこの考え方を改めるつもりはない。だから、玉座になどじっとはしておれんのだ。」

手に取った額に入っていた写真。

ヘクトルと妻、そしてリリーナの3人で撮った家族写真。

ボールスは、彼の言葉を一語一句聞き逃さなかった。

聞き逃がせるわけがない。

自身の志を、ここまで体現した人物が果たしてここから先の未来にも現れるだろうか。

そう思うと、息をすることさえも忘れ、ただただ耳を傾けていた。

「すまんな、ボールス。わしがこういう性格なもんだから、お前達にはいつも苦労をかける。すまんがしばし堪えてくれ。」

ヘクトルにそう声をかけられ、ボールスはハッとなった。

「い、いえ…!ヘクトル様のお気持ち、しかと…!」

頭を深く下げるボールスに、ふっと微笑んだヘクトルは、

「よし!では、わしは行ってくる!」

…と言いながら、そそくさとボールスの横を通り過ぎようとした。

「ハッ!だ、ダメです、ヘクトル様!それとこれとは話が違います!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あの時のボールスと同じように、リリーナはただ、彼の言葉に耳を傾けていた。

話終えたボールスはさらにこう言葉を続けた。

「リリーナ様は、自身がヘクトル様のようになれない。そうお考えかもしれません。ですが…私にとっては、すでにもうリリーナ様とヘクトル様は同じなのです。」

「え…?」

「貴女の笑顔が、優しさが、愛が、民を安心させる。心安らげる場所を作ってくれる。民のこと一人ひとりを信じていてくださる貴女は、すでに座っているのです。そして護っているのです。このオスティアと…そしてオスティアの民という、お父様が遺された【玉座】を。」

「ボールス…!」

そしてボールスは跪き、頭を深く下げた。

「私は…そして私達オスティア重騎士団並びに臣下は全員、リリーナ様にどこまでもついていきます!その慈愛を民に捧げる貴女こそ、このオスティアの…そしてリキアを統治する者にふさわしき存在!貴女が我々を信じて、愛を捧げてくださるのならば、この命ある限り、我が槍は貴女の命のままに…!」

 

私は何を勘違いしていたのだろう。

そう、父が座っていたのは、ここじゃない。

いつだって豪快に笑い、いつだって勇猛に戦い、いつだって民や臣下…そして家族に優しかった父が座っていた【玉座】は、民そのもの。

それを、見失っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

「リリーナ。」

「なぁに、おとうさま。」

「人に優しくなれる子になりなさい。どんなに強くなくたって、賢くなくたって構いやしない。本当に強く賢い人っていうのはな、人にそっと、手を差し伸べられる人なんだよ。」

「おとうさまみたいに?」

「わしは…どうだろうな。お前にはそう見えるのか?」

「うん!だからわたしも、おとうさまみたいになるね!」

「ははっ、女の子なのにわしみたいになったら、それは困るな…。」

 

 

 

 

 

 

 

(あの時、お父様が言ってた言葉…私…。)

いつか聞いた言葉を思い出し、気づいたときには頬を涙が伝っていた。

「り、リリーナ様!?し、失礼いたしました!と、とんだご無礼を…!!」

突然の主君の涙に、慌てふためくボールス。

そんな彼の様子を見て、涙を拭いながら微笑んだ。

「…ふふっ、いいの。ありがとう、ボールス。」

涙を拭いきったその蒼い瞳に、もう迷いの色はなかった。

「おかげで思い出せた。私には、こんなにもたくさんの大切な人がいる。オスティアの街のみんな、ボールスや騎士団、城のみんな、そしてエリウッドおじさまに、ロイ…。大切な人がたくさんいる。私は、これからもみんなを護りたい。」

ボールスは、ホッとしてこう言葉を返した。

「リリーナ様は、今のままでよいのです。今まで通り、民を、そしてこの世界を愛してくださる。それだけで私達は幸せです。」

「ありがとう、ボールス。貴方が…みんながいてくれて、私も幸せよ。」

彼女はそう言って、微笑み返した。

そして…

 

(お父様見ていますか…。貴方の護った【玉座】、これからも護り続けます。私と、私の大切な人たちで…!)

窓から外を眺めながら、リリーナは心の中でそう呟いた。



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