第1話 超電磁砲《レールガン》
「……ぅ、ん……」
6月30日、早朝。
御坂美琴はいつものように、自身のベッドで目を覚ました。新学期が始まって早3か月、夏服に衣替えした直後である。
……ふむ。
まずは、もぬけの殻になっている隣のベッドと、暑苦しいタオルケットの中との因果関係を導き出すことから始めよう。
大きな、大きなため息と共に、御坂は渾身の拳を、歪な膨らみに叩き込んだ。
◇
「朝の一発がまだ痛むのですが……」
「アンタの自業自得でしょうが」
下校時刻、
学校から女子寮へ戻る道中。いつもと何ら変わりない風景。ふと、黒いスーツを着た学生らしき女性が、肩を落として通り抜けていった。どうやら、就職活動中らしい。それを見た白井は、ふと隣の御坂へと語り掛ける。
「気が早いかもしれませんが、お姉様は今後の進路のことなど考えておいでですの?」
突然の問いかけに、御坂は一瞬キョトンとした表情になる。
「進路って、高校どこにするかって話? うーん、長点上機はレベル高いけど肩凝りそうだし、やっぱ霧ケ丘か
どれも学園都市の五本の指と呼ばれるトップ校である。それを聞いた白井は「それはそれは」と感嘆し、
「そうそうたる候補ですこと。まあお姉様なら首席で合格間違いなしですが、わたくしでしたら帝冠大附属を選びますわねー」
「まあ、風紀委員のアンタには誂え向きの学校かもね」
帝冠大学附属高等学校。学園都市に存在する中でも、最も歴史の長い学校である。元はといえば大学部門のみの学校だったのだが、次第にその勢力を拡大し、現在は教育機関としてはこども園から大学まで、医学部を通じて病院、造形学部を通じて美術館と、多種多様な事業展開をしている学校法人である。
高等部は既に大学のような講義選択式の授業形態を採っており、ある程度は必修科目が存在するものの、学生の環境や能力、モチベーションを考慮した自由な学習要領を実現している。学園都市の学校は多くの場合、能力開発分野を伸ばすことによって、優秀な能力者を集めることで実績を増やそうとするが、帝冠大附属は違う。ここでは能力強度自体は低くとも、一般的な学習要領における偏差値が高ければ編入・入学が認められる。というのも、能力強度が高い者は知能が高い場合が多く、その逆に知能が高ければ能力強度も高く、伸びしろもあると考えている為である。もしも知能が高いだけで能力の開発が進まなかったとしても、帝冠大附属が培った学習ノウハウを使えば外部の学校における最高峰の学習成績を修めることが可能であり、就職実績の確立ができる。
学園都市内での評価に拘らず、対外的にも重用できる人材の育成も行うことで、保護者から高い人気を得ることに成功し、学園都市内では長点上機と常盤台に譲るものの、外部も含めた統計では最も入学希望者が多い学校となっているのだ。
世間からの評価と学習要領の自由さを鑑みれば、風紀委員としての体裁と活動する上での利便性を考えれば、御坂が挙げた進路の中では最も白井向きと言えるだろう。
「でも、何で急にそんなことを?」
学生鞄を肩越しに持ち直す御坂。一方の白井は淑女らしく両手で前に持っており、腐ってもお嬢様学校の生徒ということを実感させる。
「ただの興味ですわ。お姉様は常盤台のエースですもの。そんな方がどのような将来設計をなさっているのか、気になるのは当然でしょう?」
半分は嘘である。この女、御坂のいない雌伏の一年の後、必ず御坂と同じ学校に通うための情報収集をしようとしている。それはもう、単純な勉学を頑張るとかいうレベルではなく、目標校に顔が利く先生に取り入って便宜を図ってもらうというレベルである。
「将来設計って、そんな大げさな」
「大袈裟なものですか。お姉様は考えが甘すぎます。学生時代の経歴は一生ものですの。進学校へ進むのか、専門性の高い学校へ進むのか。これらはわたくしたち学生にとって大きな命題ですのよ?」
なお、そう口にする白井の脳内は今現在、お姉様とのハイスクールライフで満たされているわけなのだが。一理ある意見に、御坂も納得する。
「はいはい、わかったわよ。そうだ黒子、ちょっとジュースでも買ってく?」
「そうですわね。ちょうど喉も乾いたことですし」
言いながら、ちょうど差し掛かった公園の脇に立てられた自販機へと向かう二人。通学路上で普段から見かけてはいたが、ラインナップまでは把握していない。まずは品ぞろえのチェックからである。
「うんうん、ヤシの実サイダーに西瓜紅茶、ガラナ青汁にいちごおでん……有名どころは大体おさえてあるわね」
「いい加減慣れてきましたが相変わらずトチ狂ったラインナップですわ」
白井のツッコミが冴え渡る。ここ学園都市は次世代衛星都市であると共に、広大な『試される街』でもある。このような化学反応を期待したような創作ジュースの数々もその一環だ。
「そう言うなって。ヤシの実サイダーなんかだいぶまともでしょうに……って、え?」
「どうされました、お姉さ……ま”っ!?」
二人の身体は震えていた。相変わらずのラインナップの数々の中の一角。全40種ほどの飲料が並ぶうちの5本ほどが、異様だったのだ。
『しゃきっとオレンジ』、『赤ワイン風ぶどうジュース(※ノンアルコール)』、『フジヤマ天然水』、『昼下がりレモンティー』。
「……普通だ」
「……普通ですわ」
学園都市に着て早数年。外部からの持ち込みを除いて、化学反応に期待していないジュースを見るのは初めてである。「アンタ何にする?」「昼下がりレモンティーで」「私はしゃきっとオレンジ」と、妙にテンポよく会話をした後に、機嫌の良い美琴さんは後輩にジュースを奢る。自販機の横に二人並び、腰に手を当ててぐいっ。
「「――美味い!!」」
お嬢様学校の生徒二人が迫真の表情で絶賛した。
「ええー? 一体どうしたのよ学園都市ってばやればできるじゃないこんなまともな飲み物用意できたのねどうしようもう学校帰りはここで決まりねこれから日課にせざるを得ないわ」
「なんという芳醇な香りまさしくレモンティー自販機から出てくるものでこれほどのクオリティを出してくるとは学園都市の飲料業界も捨てたものではありませんわねここの株ならわたくし買っても良いかもしれないですの」
各々言いたいことを言った後、もう一口。ここ数日で一番幸せな顔をした二人である。
「会社名は……
「ああ、前々から比較的まともなものを作ってきたので評価されていたところですわ。確か先ほど名前の挙がった帝冠大学とも提携していたはずですの」
「へー、帝冠と。でもいい話ね、もうみんな更槇灘でいいんじゃないかしら」
「身も蓋もないですが全面的に同意しますわ」
消費者の評価とは時に残酷である。さっきまで褒められていたヤシの実サイダーが寂しそうに少女たちを見つめていた。
下校時の思わぬ楽しみが増えたところで、再び帰路につく二人である。
すっかり日が高くなった学園都市は、夕方だというのにまだまだ明るかった。通学路も半ばまできて、ようやく赤みがさしてきた程度である。こうしていつもと同じように時が過ぎ、何でもない日常が続いていく――と、御坂が白井に向き直った時であった。
「ッ!」
殺気を感じ、反射的に白井に飛びつくようにして庇う。数瞬もなかった。さきほどまで御坂と白井が歩いていた歩道を、あちこちぶつけた跡のある車が通り抜けたのは。
「なに!?」
「暴走車!?」
起き上がり、白井が状況の確認を急ぐ。数秒を置いて、車道を一台の車が走り抜ける。
「お姉様はこちらに!」
一気に雰囲気が変わった白井が、鞄から『風紀委員』の腕章を取り出した。慣れた手際で袖に装着し、耳にワイヤレスイヤホンをセットする。まるでその時を待っていたかのように、ほぼ同時に通信が入る。
「初春!」
『ちょうどいいところに居ましたね白井さん! 今の警備員が追っていた車両を追跡してください! 無能力者狩りの犯罪者です!』
ぴくり、と白井と御坂の眉根が寄った。
「了解ですわ。すぐに向かいます!」
言って、白井は宙を舞った。その体があるのは遥か上空。地上から十数メートル離れた空中である。それは白井が超人的な跳躍をしたのではなく、彼女の能力によるものだ。
一般的な『超能力』を想像した時に、スプーン曲げの次くらいには連想される超常現象。人一人の質量が一瞬のうちに遥か遠くへと転移する、学園都市で開発された能力の中でも稀有なものである。自由落下から間もなく、新たに転移。それを繰り返し、白井の身体はあっという間に先ほどの車両へと追いついた。
(犯人は一人ではない……集団での犯行)
無能力者狩り。学園都市での学生間の諍いは大きく分けて二つある。ひとつは単純な弱いものイジメ。高位の能力者が、自分よりも格下になる能力者や
(ここまで追いつけば……!)
車の進行方向を逆算し、上空からの接触を試みる白井。しかし、自由落下する最中、視界の中で目的の車が大きく方向転換をした。中央分離帯のわずかな隙間を抜ける、見事なUターンである。そのテクニックは車の運転などしたことのない白井をして舌を巻くものだ。
「やりますわね……!」
予想が外れ、ひとまず中央分離帯に着地する白井。その後ろで、犯人車両を追跡していた警備員が遅れてUターンするのが見える。
「初春。犯人車両の目的地予測を」
『おそらく第10学区です。警備員が現行犯確認した際のフェイスデータを照合した結果、バンクに登録された能力者2名が該当しました。……彼らは第10学区に本拠地を置くスキルアウトの一団としばしば接触しているようです。そこに匿ってもらう算段かと』
「スキルアウトと? おかしくはありませんか? 彼らにとってスキルアウトは獲物のはずでは……」
『それが……一番タチの悪いタイプの集団で、スキルアウトと結託して下位の能力者に襲撃をかけているようです。狙われているのは、レベル1程度の能力者と、本当に対抗する術のない無能力者……』
「……つまり、彼らは弱者の融通をし合っている、と?」
「……はい」
能力が発現した生徒に対して、鬱屈した感情を持つスキルアウト。能力自体は発現したが伸び悩み、自分より劣る者を攻撃して自尊心を維持する能力者。本来相容れないはずの両者が手を組み、お互いに獲物を提供し合っている。自分たちの鬱屈した感情を、一時的に解消するためだけに。
「最悪ですわね」
白井の眼に、一段と鋭い光が宿る。それは風紀委員として、最も唾棄すべき所業であった。地面を蹴る足に、力がこもる。
◇
「ヒューッ、さすがのドラテクじゃねえか!」
たった今、見事なハンドル捌きで追っ手の警備員を大きく引き離した車内で、バンダナをつけた能力者狩りの青年が運転席の青年を称賛する。リストバンドをした運転席の青年は、得意そうに笑って見せた。
「所詮は教科書に書かれたことしかやれないセンコーどもだ。カーチェイスだってのにお行儀よく走ってる時点で俺たちを追い抜けやしねえ」
二車線の道路を縦横無尽に、迷惑も考えず突き進んでいく。時刻は午後5時近く、退勤時間が近い。そうなる前に、彼らはこの辺りの道を抜けていく必要があった。
「しかし、運が悪かったなあ。まさかあんなすぐそばに警備員が居やがるとは。本当ならトランクに連中へのお土産を積んでるはずだったのによ。携帯まで落としちまった」
「なあに、一度第10学区まで逃げきれればいくらでもチャンスはあるさ。携帯だって、簡単には辿れないように加工してあるらしいし心配ねえよ。俺の携帯貸してやるから、向こうに連絡しとけ。予定外の接触になるからな」
ぼやくバンダナに、リストバンドが指示する。へいへい、とバンダナは適当に返事をして、携帯を受け取った。少しの間、車内に静寂が訪れる。
「……繋がらねえぞ。出払ってんのか?」
「そんなわけあるか。ボスの蝉脇さんにかけてみろ」
「了解っと。……おっ、こっちはかかったぞ」
ふぅ、と一息つくバンダナ。しかし、すぐに怪訝な表情を浮かべる。
「なあ、なんか、着信音が二重に聞こえんだけど」
「あ? そりゃ一体……」
相方の意味不明な発言に眉根を寄せるリストバンドだったが、電話に耳を当てていない自分にもその音が聞こえてきたため、言葉を止める。自分の携帯ではなく、当然バンダナの携帯から漏れ聞こえているのでもない。そして、それはだんだんと近付いてくる――。
ドンッ、と。
二人の乗る車は、急な衝撃に襲われた。危うく舌を噛みそうになる。
「なんだっ!?」
「上に誰かいる!」
天井に目を向ける二人。そして、かけたままの着信音はすぐ隣で聞こえていた。
「もしもし? アンタらのお友達なら、家でゆっくり寝てるわよ」
そこには、自分たちが接触しようとした相手の携帯に耳を当て、窓からこちらを覗き込む茶髪の少女の姿があった。その姿には、覚えがある。
「まさか、学園都市第三位の超能力者……『
バンダナの、悲鳴にも似た声が車内に響いた。
「チィッ!」
予想外の人物の登場に、冷静だったリストバンドも大きく舌打ちして、大きくハンドルを切って振り落とそうとする。しかし、蜘蛛のように天井に張り付いた超能力者はその程度では振り落とされない。
「どうすんだよ!」
「蝉脇さんたちがもうやられちまってんだ! 第10学区に行く意味はもうない! どこでもいい、逃げ切るぞ!」
「逃げられると思うじゃん!?」
半ば口論のようになっている車内に並走して、一台の車が現れる。それは先ほど大きく差をつけて巻いたはずの、警備員の車両だった。
「警備員の黄泉川愛穂だ! 随分と手を焼かせてくれたじゃん! 車を脇に止めろ!」
上には超能力者、右には警備員。進行方向はしばらく空いているが、逃げ場がない。
「観念しなさい! さもないと……」
学園都市第三位の声が聞こえる。もはや頭を抱えているバンダナに対し、リストバンドは何とかして状況を打破する方法を探していた。
「うるっせぇんだよ!!」
罵声と共に、リストバンドは右に大きく車体を振った。並走するアンチスキルの車両に激突し、さらに車体を押し付ける。何度か体当たりを繰り返し、火花を散らす車両と車両。度重なる衝撃に耐えきれず、警備員の車両はバランスを崩して中央分離帯に激突し、代償とばかりに彼らの車両のドアも吹き飛んだ。
「うわっ!」
あまりにも無茶な挙動に、さしもの『超電磁砲』も集中を乱して危うく落下しかける。その隙を、リストバンドは見逃さなかった。
「てめぇも、落ちろっ!」
運転席から顔を出し、天井にぎりぎり張り付いている少女を睨みつけるリストバンド。すると、踏ん張っているはずの御坂の足がふわりと宙に浮いた。
「まずっ!?」
思いもしない状況の変化だった。バランスを崩した御坂は、車上の風圧と共に空中に投げ出される。
「おい、おいおいおい! おいおいすげぇな! お前ほんとすげぇな!」
八方塞の状況から起死回生の一手を撃ったリストバンドに、バンダナが称賛の声を上げる。リストバンドも想像以上にうまくいったことで、極限状態特有の、狂気にも似た笑みを浮かべていた。
「俺たちだって腐っても能力者だってことを教えてやったんだよ……! この街で3番目に強ェ能力者にな!」
「ああ! ああ! そうだよな! あの『超電磁砲』に一泡吹かせてやったんだ!」
それは彼らにとって、これ以上ない喜びだった。学園都市と言う街で暮らしていく上で必ず生じる能力のカースト。あるいは絶対的な評価に結び付くその関係の中で、伸び悩む彼らは屈折した。自分よりも弱いものを傷つけることで自分の強さを証明し、犯罪集団と手を組んでまでそれを追求した。それがまさかこんな形で敵うなど、思いもしなかった――が。
喜びに昂っているのも束の間、彼らは信じられないものを見た。
「――え?」
道路上に、人影があった。
その動きはさながら、ジェットスキーに引っ張られ水上を駆ける、ウェイクボードのようだった。
学園都市最強の7人。その第三位『超電磁砲』。
御坂美琴が、先ほど彼らの車両から吹き飛んだ車のドアをボードに見立て、火花を散らしながら彼らの車に追従していたのである。
「私ならまだここにいるわよ!!」
少女の啖呵が耳に響く。バンダナがあんぐりと口を開けた。リストバンドは、激しい憎悪の込められた眼でバックミラーを睨みつける。
「あんなんありかよ!?」
激情に呼応するように、乱暴にハンドルを振り回すリストバンド。追従する少女を引き離そうと、あるいは振り払うような動き。もしも御坂が正真正銘、ウェイクボードに乗っていたのなら、その強引な動きで、並走する車両や分離帯にぶつけて振り払うこともできただろう。だが、彼女と彼らの車両を繋ぐのは不可視の磁力線。ましてや、完全に超能力で計算され、コントロールされている見えないロープである。抵抗虚しく、火花を散らすスライドドア・ボードは大きく振り回される様子もなく、むしろ距離を詰めてきていた。
「お、おい、あれ!」
バンダナが必死の形相で叫ぶ。少女の手元で、コインが跳ねた。
学園都市第三位が、なぜ『超電磁砲』を名乗るのか。
彼女の手元で跳ねたあのコインこそが、彼女の代名詞たるその名の由来。空中に放り出されたコインが、ゆっくりと手元へ落ちていく。指先からは紫電が迸り、そこに超能力者の破壊力が宿っているのを表しているかのようだ。
その矛先は間違いなく、自分たちが乗るこの車だ。
「――浮かすぞ、それしかねえ」
「え?」
「あれを避けるんだよ! お前も力を貸せ! 二人でやれば可能性はある!」
リストバンドの怒号が響く。あの中空に舞ったコインが少女の手元まで落ち、こちらに着弾するまでの時間は、果たして何秒あるのか。だが、そんなことを考える余裕すら彼らにはなかった。言われるままに、バンダナは車体に意識を集中させる。せいぜいがレベル2。こんな重いものを動かしたことは、ましてや重力に逆らって浮かせたことなど、一度もない。だが、それでも。
もう、自分たちの能力の価値を証明できる場所は、今しかない――。
眩い紫電が瞬く。少女の指先まで落ちてきたコインが、稲妻を纏って放たれる。それはまさしく光速の一撃。轟音と閃光を伴い、それは電光石火の弾丸となって前方の車両の足元へ、吸い込まれるように直進する。
どちらが早かったのか。ふわりと車が、わずかに宙に浮く。その直下に『超電磁砲』が着弾する。その差は、コンマ数秒でしかない。
爆風が生まれ、空中の車は不安定な状態で宙を舞った。
◇
「まずった!」
宙を舞う暴走車を見た御坂は、慌ててボードにしているドアを電磁力で操り、車の進路上へと投擲する。運転手の操縦を失った車は慣性に従い、スピンしながら交差点から対向車線に飛び出そうとしていた。その進路を塞ぐように、御坂の投擲したドアが飛び出し、その進路を捻じ曲げる。思わぬ障害物に衝突した車はその反動で元の車線に戻され、勢いを失いながら街路樹に激突し、煙を上げながら完全に停止した。
信号機の上に着地した御坂は、その様子を見て一息つく。
「はあ、なんとかなったか……」
結構な大立ち回りだった。第10学区にあるスキルアウトの本拠地に先回りして叩きのめした後、こちらに接近しつつあった『能力者狩り』たちの車両を強襲する。白井のことだから自分が行く頃には鎮圧していることも考えていたのだが、想定していたより骨のある連中だったようだ。
「でも、まさか念動力で私の『超電磁砲』を避けようとするとはねぇ。サイテー野郎にしてはいい度胸してたわ」
元々直撃を避けるつもりだったとはいえ、多少は計算を狂わされた。もしも計算通りに事が運べば、少し手前の生垣に突っ込むはずだったのだが。
「お姉様! お怪我はありませんか!」
足元……というか信号機の脇の歩道から、白井が声をかけてくる。短パンを履いていなければ、露骨に姿勢を低くしている彼女には見せたくないものが見えていただろう。
「大丈夫、何ともないわ」
白井のすぐ隣に着地して、「本当に大丈夫ですの? 一度全て脱いで私が検診した方が良いのでは?」と邪な手つきを始める彼女を一蹴する。これさえなければ、手放しで賞賛できる後輩と呼べるのに。
「あいつらは?」
「激突の衝撃で気絶していますが、エアバッグが正常に作動したので命に別状はないかと。あとは風紀委員と警備員にお任せくださいまし」
「そっか」
どんな悪人であっても、命までは奪わない。それは御坂美琴の持つポリシーであった。
「しかし、いつの間に第10学区のアジトへ?」
「携帯よ」
ニカッと笑って、御坂は懐からひび割れた携帯を取り出した。
「アンタが飛び出していった後に、あの車が落としていったって届けてくれた人が居てね。これをハッキングしてアジトの場所を逆探知したってわけ」
一口に発電能力者といっても、能力は攻撃スキルばかりではない。超能力者である御坂にもなれば、これくらいの芸当は朝飯前である。ぼろぼろの携帯電話を手渡されて、白井は「こんな状態のものからでも逆探知できるなんて」と尊敬半分、畏怖半分といった感じで感心していた。
「では、こちらは風紀委員で回収いたしますわね。今回は助かりましたが、あくまでもお姉様は一般人ということをお忘れなく。毎度毎度あのような大立ち回りをやられては、示しがつきませんのよ」
「えー、いいじゃない別に。それで悪い奴らを懲らしめられるんだから」
「ですから、それとこれとは話が別ですの。結果はともかく、万が一、お姉様に何かあってしまってはと」
「あー、はいはいわかったわかった。じゃあ後は頼んだわよー」
「あっ、お姉様まだ話は……もう」
言葉を続けようとする白井を尻目に、御坂はその場を後にした。実際、ここから先で御坂ができることはない。暴れるだけ暴れて片づけをしないというのも少しおさまりが悪いが、手伝うと言っても断られることは目に見えている。
それにしても、と御坂は振り返る。
「能力者狩りにスキルアウト、か」
超能力を開発するこの街において、能力値から生じるヒエラルキーは必然だ。トップに君臨する御坂をして、それは避けようのないものだとわかる。自分は何も悪くないのに、ただ生まれ持った才能や、努力では補い切れない『差』を前に、屈折してしまう気持ちも大いにわかる。怒りも、悔しさも。
だが、それは弱いものを食い物にしていい理由にはならないし、彼らが感じた理不尽を、彼らよりも弱いものに押し付けていいわけがない。
もしも、自分が彼らのように、努力ではどうにもならない壁にぶち当たった時、どんな心の動きをするのだろう。想像するだけなら、「自分ならああはならない」と断言できる。だが、それでも本当に、完璧にその時の自分の心に寄り添えるわけではない。どうにもならない現実を前に。努力しても届かない現実を前にして。自分なら――。
そこまで考えて、御坂はぶんぶんと頭を振った。何をナイーブになっているのかと。ネガティブなことは考えるだけ無駄だ。そんなのは、なった時に考えればいい。今ここで、答えが出そうにないことに頭を悩ませるのは、時間の無駄だし疲れのもとだ。
「――ホント、退屈しないわね。この街は」
遠くビルの谷間に沈んでいく夕日を眺めて、御坂は自嘲気味に笑った
第一話をご覧いただきまして誠にありがとうございます。
投稿形式は隔日投稿ですので、第2話は3月25日18時に公開いたします。
よろしくお願い致します。