とある科学の超過電刃《オーバードライヴ》   作:汐なぎさ

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第2話  スキルアウト

 7月16日。

 スキルアウトの浜面仕上は、リーダーの駒場利徳と仲間の半蔵と共に、第七学区のとあるゲームセンターを訪れていた。彼らの目的は、警備員(アンチスキル)との交渉である。警備員とゲームセンターにどのような因果関係があるのかは知る人ぞ知ると言ったところだろう。

 

「……正直、俺はあまり乗り気ではない」

 

 大柄の駒場利徳は、浜面たちよりも高い位置からコピー用紙を吐き出すみたいな低い声で言った。どこからどう見ても世紀末にバイクに跨ってそうな見た目の駒場であるが、良識の有無で言えば浜面たちより数段上である。「いやいや」と浜面と半蔵はそれを止める。

 

「別に危害を加えるわけじゃないし。ちょっと協力してもらうだけだ。いい加減、ATMを盗むとかそういうのじゃ奴らに響かないことはよくわかったからな」

 

 彼らは人探しをしている。このゲームセンターに出没するという、若い警備員――早い話が教師なのだが――を一時的に拘束し、学園都市に自分たちの本気度合いをアピールするのだ。当然、それを実行に移せば今までの窃盗罪なんかよりも重い罪を課せられるだろうが、そのための紳士的拘束である。念のために言うがいかがわしい意味の紳士ではなく、遠くイギリスに古くから伝わるジェントルメンの方の紳士である。

 

「それにしても、駒場さんのおかげでこのところ、俺たちはよくまとまったよ。1か月前なんか本当にバラバラだったからな」

 

 スキルアウトとて一枚岩ではない。そもそもが、能力開発が上手く行かずにグレた学生たちの集まりだ。能力者への鬱屈した感情は共通していても、どこまでがセーフでどこまでがアウトなのか、その辺の倫理観はピンキリである。子どものイタズラから、暴行……最悪の場合は殺人まで。その許容する度合いによって、スキルアウトたちは複数のグループを作ってそれぞれ活動を行っていた。浜面たちのグループはそのうち、女子供に乱暴はしないが野郎は殴ってもオーケー、基本的には窃盗で先生方に迷惑をかけていくスタイルである。

 

「一番薬になったのは、やっぱ半月前のあの事件だろうな。蝉脇のグループがとっ捕まっちまった一件」

 

「『弱者狩り』か。まあ俺もさすがにやり過ぎだとは思ってた」

 

 蝉脇グループ。スキルアウトたちの中でも特に過激な活動を行っていた集団である。不良学生とは可愛い評価で、度重なる暴行事件を引き起こしていながら、証拠不十分で難を逃れる狡賢さを持ったタチの悪い小悪党である。

 この半年ほどの間、蝉脇グループは無能力者狩りのグループと結託し、『弱者の融通』を行っていた。蝉脇グループはスキルアウトですらない無能力者(レベル0)を、無能力者狩りはスキルアウトでも狩れる低能力者(レベル1)を。そうして重傷を負わせて鬱憤を晴らしつつ、金を巻き上げる。そして金がなくなった頃にまた一人……というように、最低最悪の人身取引を行っていた。このような実情から、この事件は『弱者狩り』と呼ばれているのだ。

 それがある時、無能力者狩りがヘマをして警備員に現行犯確認され、どういうわけか関係を突き止めた学園都市第三位の超能力者(レベル5)によって、共々少年院送りにされた。重犯罪を行ってきた蝉脇グループが崩壊したことでスキルアウト間のパワーバランスも変わり、以前から働き掛けを行っていた駒場利徳を中心としたネットワークが作られ、彼らの中にも秩序が芽生えたのである。

 

「知る限りじゃそんなとこだが、もっとやばい案件を抱えていたって話もあるしな」

 

「え? 暴行事件以上にやばい案件なんかあったか?」

 

「ああ。なんでも奴ら、バックには――と、目標発見だな」

 

 半蔵が言いかけると共に、彼らの前方、格闘ゲームのコーナーに目当ての人物は居た。少し野暮ったい雰囲気のある、眼鏡の女性だ。今は教師らしい女性用スーツ姿だが、浜面たちには警備員の特殊装備の方が馴染みがある。

 鉄装綴里。

 浜面たちが知る限り、胸が別の生き物みたいになっている黄泉川センセーの次くらいに馴染み深い『おまわりさん』だ。

 

「……やるなら速やかに。静かに、だ」

 

 穏健派の駒場が口を開いた。二人は頷き、鉄装の後ろに回り込む形で近付いていく。

 

「――せっ、てりゃっ」

 

 小さく声を出しながら、ガチャガチャとレバーとボタンを巧みに操る鉄装。浜面たちに気付いている様子はまるでない。

 

「……どうやら我々には気付いていないようだ」

 

「忍び足だったことを差し引いても、過集中だなこれ」

 

「むぅ。それにしてもいい腕だな」

 

「途中で邪魔するのも悪いし、とりあえず終わるまで待つか?」

 

「そうだな。この手のものを他人に中断された時の憤りは尋常じゃない。俺でも殴る。本気で殴る」

 

 ひとまず様子見することに決めた駒場グループ三人。あまり目を離し過ぎてもまずいので、鉄装が構える筐体の後ろに置いてある待合用の椅子に3人腰かける。携帯を取り出してポチポチやりながら、浜面は周りを見やった。

 

「まだ人はあまりいないな。これならやりやすい」

 

「……誤解を受けるような言い方をするな」

 

「誤解でもないと思うよ。危害を加えないってだけで、まあ、やることは人さらいだからな」

 

 蝉脇グループのような本気でタチの悪い連中ではないというだけで、彼らもまたスキルアウトなことに違いはないのである。

 そんなこんなで、15分が過ぎてしまった。

 

「おいおいおい。どうする、もう帰宅ラッシュでここも混んできたぞ」

 

「……そもそもワンゲームでここまで時間を浪費するものか?」

 

「ずっと見てたけどコイン入れたようには見えなかったぞ」

 

「仕方ねえ、多少強引だがやっぱりもう声を……」

 

「いや、ここは退くぞ」

 

 真剣な声で半蔵が言った。なんでだよ、と抗議の声を上げる浜面。半蔵は無言で、背中の方向を示す。半蔵の体越しにそちらを見やる浜面。やたらファンシーなカエルのマスコットがぎゅうぎゅう詰めになったクレーンゲームの前に立つのは、サマーセーター姿の茶髪の少女。

 

「御坂美琴……!」

 

 噂をすれば何とやらである。スキルアウトの面汚しを残らず少年院送りにした学園都市第三位の超能力者が、十数メートル離れたところにいる。

 

「……なぜ奴がこんなところに」

 

「超能力者でも中坊ってことだな。ここで騒ぎを起こせば蝉脇の二の舞になるぞ」

 

 ただでさえ人通りも増えてきた娯楽施設である。少しでも騒ぎを起こせば、あの可憐な姿をした少女も怪物となって自分たちを捻り潰しにかかるだろう。

 

「警備員をダシにして交渉することは何度だってできる。今度ブタ箱にぶち込まれたら長いぞ、多分」

 

「……そうだな」

 

 超能力者に折檻されてブタ箱で済めば良い方なのでは、というのが浜面仕上の意見であった。彼らはそそくさと席を立ち、今なおゲームに夢中な鉄装の背中に「ゲームは1日1時間」と囁いて立ち去った。

 

 

 光あるところ闇あり、と先人は言う。トレーラーに備え付けられた電算室で、小太りの少年、馬場芳郎は気取った調子でそれを実感していた。彼の目の前には、とある会社の敷地とされていながら、機能している様子の無い大型倉庫区画が存在している。

 更槇灘(さらまきなだ)飲料株式会社。

 奇々怪々な学園都市の実験飲料の中で、時代に逆行するが如くまともな飲料を提供しているメーカーである。人間であれば舌に含ませるなら美味な程良いと思うのは当然で、学生も教師も、馬場ですらも愛好している一人であった。

 

(ま、この街で本気でまともな方が不自然なんだけどさ)

 

 光あるところ闇あり。まともな会社ほど、裏であくどいことに手を染めている。至極真っ当で、納得がいって、実感がある。

 馬場の前にある6つのモニターは、それぞれ映像が動いていた。さながら中継映像である。それらの動きがピタリと止まったのを確認して、馬場はヘッドセットのマイクに触れ、スイッチを入れた。

 

「博士。全機、待機位置につきましたよ」

 

『よし。そこまでの道中で、『おかしなもの』は見つかったかね?』

 

「今のところは特筆すべきところはありません。ま、飲料メーカーにしては、不自然な搬入口や大掛かりな機材があるようですが。証拠というには不十分かと」

 

『ふむ。倉庫とはいえ、さすがに地上に問題のあるモノは置かないか。そうなると、やはり東口付近の管理局だな』

 

「ですね。では早速、タイプ:スパイダーを移動させます」

 

 「頼む」という初老の男性の言葉を受けて、馬場が電算室から命令を入力する。モニターの映像が動くのを見て、馬場はさて、とコーヒーに口を付けた。

 

(『おかしなもの』……クローン製造の確かな証拠、か)

 

 国際法で禁止されているクローン製造。更槇灘飲料がそれを行っている証拠を掴めというのが、馬場芳郎が下された命令であった。

 

(仮に証拠を見つけたとして、それをどう使うつもりなのかな)

 

 依頼主の情報は、彼の上司である博士しか知らない。馬場は依頼主の目的を想像することしかできない。たまに苛つくこともあるが、目的を明かされてその馬鹿さ加減に苛つくこともあるので、馬場は触れることをやめていた。

 

(相手は敵対企業か、はたまたクローン元のホストなのか。僕ら『メンバー』に依頼するくらいだから前者かな? 統括理事会を介さなければ僕らに依頼はできないわけだし。いや、高位の能力者だったりバックボーン次第では後者もあり得るか)

 

 報酬が貰えるならどうでもいいけど、と馬場は呟いた。今夜の仕事も、建設的でも何でもない、退屈な仕事になりそうだ。

 

 

 予想外のというか、色々と見積もりが甘くて計画が失敗してしまった浜面たちは、何台目かの盗難車に乗ってアジトへと向かっていた。あれが俺のプレイしたことのあるゲームでちょっぴり応援する心がなければとか、そもそもゲームセンターに居るところを狙うことから考えを改めるべきだったのではとか、警備員に助けを求める純粋無垢な仕上ちゃんを演じてゲーム中でもこっちを振り向いてもらう努力をすべきだったとか、車内では日本人特有の文化である反省会が開かれていた。この手の反省会は一応意味のあるものとして開催されるし、中には本当に身になることもあるのだが、多くの場合は開催することに終始して本当の意味で反省が活かされたり最適解を導き出せることは稀である。大体、こういう時の最適解は、失敗した日の翌日に朝食を食べている辺りで急に思いつくものだ。

 浜面たちを乗せたワゴンはほとんど廃墟と化している工場地帯の一画に侵入し、その施設の一つへと入っていく。

 

「廃工場だと思って住処にしてたら、結構な大企業の敷地だったんだよなあ、ここ。最初は電気も通ってなかったってのに。遅かれ早かれ移動する必要があるわな」

 

「ああ。それなりに設備を整えちまった後だったから、引っ越しにも時間がかかるけどな」

 

 車を停め、浜面と半蔵はアジトの扉をくぐる。そこには、数人のスキルアウトがたむろしていた。

 

「よう、お疲れ。あれ? センコーを連れてくるんじゃなかったのか?」

 

「今日はやめにしたよ。深追いし過ぎたら戻ってこれなかったかもしれない」

 

 ソファにどっぷりと腰かけて、半蔵が答えた。

 

「ああ。例の第三位様が居たからなぁ」

 

「マジか。おっかねえなぁ。でも実物はどうだった? SNSで見るよりもかわいかったか?」

 

「うーん、まあ顔立ちはスゲー整ってるよな。でも将来に期待って感じだよ。顔から下がこんなんだったからな」

 

 掌と胸板を平行にして、上下に動かす。それを見た誰もが「あっ」と察した様子だった。

 

「確か中学2年生だったか? それじゃ仕方ないよなぁ」

 

「でも同じ常盤台の第五位はこんなんだぞ」

 

 胸板の上に大きく孤を描くようにして、掌を動かす。それを見た誰もが「あっ」と察した様子だった。

 

「マジか」

 

「それ本当に中学生か? 記憶とか何でも操っちまうんなら、実は高校生だったりするんじゃ?」

 

「発育の差なら『超電磁砲(レールガン)』はその、可哀想になってくるな。二次性徴ももうすぐ終わる頃だろ」

 

「同じ超能力者として意識はしてるだろうしなあ。むしろ第五位のせいでコンプレックスになってるまであるぞ」

 

 秩序を得た無法者たちがぎゃはは、と笑う。当人の耳に届いたなら、彼らはまとめて黒焦げになっていることだろう。彼らがそうして馬鹿話に花を咲かせつつ、今後の方策を何となく考えようとした時であった。

 その時である。

 バツンッ、と。まるで意識が途絶えるかのように、彼らの部屋の電灯が消えたのは。

 

「ッ!?」

 

 慌てて拳銃を振り回し、敵襲に備える。振り回した拳銃が仲間に当たり、さらに混乱を極めるスキルアウトたち。駒場の「落ち着け」という一言で平静を取り戻す。部屋は、外の月明りが差し込むだけとなった。目が慣れてきて、おぼろげに仲間の姿が確認できるようになる。

 

「どこだ……? どこから、来る……?」

 

 浜面が銃を2つある出入り口に向ける。すると、ガチャ、と扉が開く音がした。窓際ではないので、出入り口の場所は何となくわかるが、ひどい暗がりで様子はわからない。とりあえず撃ってみることも考えたが、別室に居た仲間という可能性もある。警戒しながら、浜面は引き金に指をかけたままでその正体を掴もうとした。

 コツ、コツ、という靴音が聞こえる。

 そして。

 

 バチバチ、と、紫電が暗がりに瞬いた。

 

 

 馬場は苛立ちながら机を指でトントンと叩いていた。

 

(最悪だ。最悪っていうのはこういう時の気分を言うんだろうな、本当に)

 

 彼の見ているタイプ:スパイダーのモニターには、敷地の中でたむろしているスキルアウトたちの姿があった。

 

(低レベル。低能。底辺。動物園の猿の方がまだ賢い。馬鹿という言葉すら生ぬるいぞ。なんでこいつら、企業の敷地内にいっちょ前に陣取ってバカ騒ぎしてるんだ? 本気でわからない。わかりたくもないんだけど)

 

 更槇灘飲料の闇を探るという依頼を受けて、結果無駄骨になると予想してなお、報酬目当てに受け入れていた馬場である。しかし、目の前の惨状を見るとその判断すら馬鹿らしくなる。

 

(こんな猿どもが出入りしてる時点で、この施設には何の価値もないだろ。わざわざ調べるまでもない。何だってこの僕がこの底辺どもの哀れな生態を見せられてるんだ。金を払われてもこんな仕事したくないぞ。大体なんなんだこいつら。無能力者だろ。周りから馬鹿にされて憐れまれてるっていうのに、子どものイタズラみたいなことだけやって楽しく過ごしやがって。自覚がないのか? 本気で哀れだ。徒党を組んででかくなった気でいるのか。無能力者でも知略で学園都市の闇に溶け込み地位を得ている僕を少しは見習えよ。ああ、イライラする)

 

 苛立ちも最高潮になり、馬場は再びマイクのスイッチを入れた。

 

「博士。どうやらこの施設には何もなさそうです」

 

『む、どうしてそう判断する?』

 

「スキルアウトが根城にしています。廃施設ということで入り込んだのでしょうが、一日二日で居を構えたようにも思えません」

 

『ふむ。確かに、それだけの期間彼らが居座れるということは、管理地とされているものの登記されているだけの敷地……重要なモノを扱ってはいない可能性は高いな』

 

「ええ。奴らが使っている車両はこの施設に置かれているものを盗難したもののようですし、下調べをした連中が密かに稼働している施設と誤認したと思われますね」

 

 自分で言いながら、下部組織の杜撰な働きに苛立つ。あとほんの少し調査をすれば、リスクを負って内部にマシンを忍び込ませる必要なんてなかったのに。

 

『わかった。だが、念には念を入れよう馬場君。そのスキルアウトたちですら、目くらましの可能性はあるからね。せめて地下施設の存在くらいは調べておこう』

 

「……。了解です」

 

 これで終わりにしたかったのだが、仕方がない。あまり不愉快な感情を表に出さないよう注意して、馬場は通信を切った。

 

「まあ、施設内の探索でバカの騒ぎを目にしないで済むだけマシか」

 

 端末を通じて6機の小型マシンに命令を下した。

 その刹那である。

 

「――ん?」

 

 マシンの内1機の視界が真っ暗になり、カメラが暗視モードに切り替わった。それはちょうど、スキルアウトたちを見張っていた機体である。暗視モードの緑が、不気味にスキルアウトたちが慌てている様子を映し出している。

 

(停電? いや、これだけの施設を稼働させるための電源だ、馬鹿のバカ騒ぎで落ちるなどありえない。じゃあこれは一体……ぐッ!?)

 

 馬場の視線が緑の画面に集中している中で、目が潰れるような明滅が起こった。油断しているところにカメラのフラッシュを焚かれたような感覚で、目を瞬いて調子を確かめる。明滅の自動調整が行われたのを確認し、その正体を見た。

 

「これは……能力者? 電撃使い(エレクトロマスター)か?」

 

 能力を使用する影は、次から次へとスキルアウトたちを電撃で昏倒させていく。どうやら帽子を被っているようで、その表情は見えない。

 

(この体型と体格は、女か? いや待て、そもそもどうして能力者がこんなところに――)

 

 謎の人影を見定めようとしていると、人影の注意がカメラに向いた。こちらに向けて真っ直ぐに、手を構える。

 

(馬鹿な。タイプ:スパイダーは家グモ程度の大きさしかないんだぞ。視認できるはずがない。電撃使い特有の電磁ソナー? それならタイプ:スパイダーにも気付けるだろうが、いや、しかし、それができるほどの能力者となると……いや待て、今重要なのはそこじゃない)

 

 思考の間に、内1機の通信は途絶し、6つのモニターの内一つが砂嵐に染まった。

 

(この能力者の所属はわからないが、仮に更槇灘飲料が雇っている用心棒だとすれば、この場所はアタリ。見られたらまずいものがあるということ。マシンは一機失ってしまったが、手筈通り地下施設の探索を行う。仮に何も見つけられなくても、あんな過剰戦力を投じてきていること事態がその存在を肯定している!)

 

 馬場が残る5つのカメラに視線を映した時であった。

 トレーラーの車外カメラに、人影が映り込んだ。心臓が跳ねる。先ほどの電撃使いが通信電波を辿って攻めてきたのかと思ったが、シルエットは帽子の女ではなく、フードを被った男だった。

 

(ただの通行人……いや、こんな場所をこんな時間に歩き回る学生なんて――)

 

 次の瞬間、馬場の視界は360度回転した。

 

「うわああああああ!?」

 

 一度叫んで、舌を噛まないように歯を食いしばる。馬場の乗る電算室は空中で一回転し、そのまま地面に転がった。シートベルトも締めずに箱の中でかき回された馬場は、あちこち身体を打ち付けながらどうにかこうにか壁面だった場所に立ち上がった。

 

「く、くそ! 何が……いや、まずは!」

 

 状況確認よりも先にすべきことがあると、馬場は横倒しになった電算室の中で、コンピュータに命令を打ち込もうとするが、反応はない。先ほどの衝撃で、システムが破壊されたようだ。

 ガゴン、と。何かがトレーラーの上に乗るのがわかった。心臓が跳ねる。システムが動作しないのであれば、ここでできることは何もない。最悪の可能性を想像し、馬場は頭を抱えて震えていた。すると、ベキベキと強引に鉄の板を剥がす音が聞こえ――馬場の頭上に夜空が広がった。そこには人影が立っていた。右手に、数トンはあろう鉄の壁を軽々と持ち上げて。フードに隠れて顔はよく見えないが、黒髪が夜風に揺れているのがわかる。

 

「よう。お前が、こいつらの持ち主か?」

 

 声から、まだ少年だとわかった。少年はポケットに手を突っ込み、馬場に向けて何かを放り投げる。それすら、爆弾か何かと思って怯える馬場。しかし、落ちてきたのは指先ぐらいの大きさしかない、機械の蜘蛛だった。

 

「あ、あ……」

 

「間違いなさそうだな」

 

 馬場が返事をするより早く、トレーラーの中を覗き込んだ少年が、そこで横倒しになっている人間大の機械蜘蛛を見つけて結論付けていた。

 

「俺たちは、『飛燕部隊』。更槇灘飲料に雇われている武装組織だ」

 

「ひえん、ぶたい……」

 

 そんな組織名は聞いたことがなかった。馬場が唇を震えさせていると、少年が放り投げた鉄の蜘蛛に、赤い光が灯った。

 

『あー、聞こえているかな?』

 

「博士ぇ!」

 

 目の前には怪力の能力者、という状況でがくがくと震えていた馬場は、蜘蛛から聞こえた初老の男性の声に安心したような声を上げた。

 

『いやいや、失礼をした。「飛燕部隊」の少年よ。既に調べはついているのだろう?』

 

「お前らが、功架(こうか)食品株式会社から依頼を受けていたってことはな。少々手荒にやらせてもらったが、更槇灘は実行部隊のお前らを咎めるつもりはないようだ」

 

『ほう?』

 

「諜報活動を行っていたようだが、データの送受信はこの電算室との間でしか行われていなかった。これといって重要な情報が映り込んでいたわけでもない。更槇灘は、諜報活動を行った6機の機体とこの電算室の破壊による情報抹消で以て、お前らは不問に付すと言ってる」

 

「不問に付す……? 僕たちを何だと思って――」

 

「言っておくが、これは統括理事会から認可を得た決定だ」

 

 あんぐりと、馬場が口を開けた。彼ら『メンバー』も統括理事会の認可を得て作戦行動を行っている。しかし、功架食品からの依頼を『メンバー』に通したのも統括理事会なのだ。にも拘わらず、統括理事会が認めた決定と言うことは……。

 

『功架食品は、トカゲの尻尾にされたということだな』

 

 納得したような博士の声が聞こえた。

 

『いいだろう。統括理事会の承認つきならば逆らう道理もない。提示された条件を飲もう』

 

 

◇◇◇

 

 

「やー、しょーもない仕事ご苦労様!」

 

 深夜。スキルアウトと『メンバー』の馬場芳郎が制圧された工業地帯から数キロ離れたとある施設で、白衣の女性はにこやかに言った。ぎらついたピンク髪を揺らす女性の名は、木原(きはら)乖離(かいり)。20代前半という若年ながら、学園都市の数多のプロジェクトに携わる研究者の一人である。

 

「暗部組織に睨みを利かせられたのは、収穫だな」

 

 そんな木原乖離の正面で、机に寄りかかっているのはフードの少年。つい先ほど、暗部組織『メンバー』の馬場を制圧した少年である。

 

「博士とか言ってたから、『メンバー』かしら? 私、密かにリスペクトしてるのよねー」

 

「そうなのか?」

 

「分野は全然畑違いだけどねー。お母さん、自分にできないことができる人は尊敬しちゃうタチだから」

 

 嘘か誠か、軽い調子で乖離が言う。そこまで言って、乖離は「あ、でもでも」と否定するように手を振った。

 

「一番は数多さんだから! それは絶対に揺るがないからね! お母さん浮気は絶対しないの!」

 

 頬を上気させて、その名を口にする。

 木原数多。

 乖離と同じく、この学園都市の重要プロジェクトを預かる科学者。乖離からすれば叔父にあたる男である。

 

「この会話の流れでも大叔父さんに繋がるのか……」

 

 呆れた様子で、少年が突っ込む。この木原乖離という女性は、何かにつけて木原数多に結び付けてはこうして蕩けるような表情をしてしばらく悶える悪癖がある。いや、悪癖というのはいささか失礼だろうか。あまり知りたくはないが、彼女は彼女で、幼少期から現在までに色々あった様子である。これが男性アイドルの類であれば少年も放っておくのだが、なまじ相手がマッドなサイエンティストであることが共感しづらい点である。

 

「しかし、冨逆(とみさか)もだいぶ手慣れてきたな。いざとなればフォローに回るように、ってことだったが、スキルアウトについては一人で制圧していたぞ」

 

「あら本当。最初はどうなることかと思ったけど、きちんと仕事はできるようになったのね。元々ポテンシャルは高い子だから、やる気を出せるかどうかが問題だったんだけど。結構結構――っと」

 

 噂をすれば、といった具合に。二人が話している部屋に、人影が一つ入ってきた。帽子を目深に被った少女。わずかに覗く髪の色は茶髪で、表情は見えづらいが口元や輪郭は整っていた。年の頃は高校生くらいだろうか。

 

「おう、冨逆」

 

 フードの少年が声をかける。この冨逆と呼ばれた少女こそ、『飛燕部隊』のもう一人のメンバーである。いつも暗い表情をしているが、大人の事情であれこれ駆り出されるこの仕事をしていれば珍しいことでもない。少女は少年の声を無視して、部屋を素通りしていこうとする。

 

「あらミコちゃん。大活躍だったんですって?」

 

「……言われた仕事はやってきたわ。話は通行区分(ターミネータ)に聞いて。私はもう寝る」

 

 そっけなくそう言って、さっさとラボから去っていく。そんな様子を見て、乖離は肩をすくめた。

 

「相変わらずマイペースねえミコちゃんは」

 

 やれやれ、とため息をつくのを見て、通行区分と呼ばれた少年は尋ねた。

 

「ずっと聞かずにいたが、冨逆はどういう経歴のやつなんだ? 前の奴らと同じように、表側から引っ張ってきたのか?」

 

「あら通行区分。女の子のことを知りたいときは言伝よりも本人から聞いた方がいいわよ? 女の世界って怖くてねぇ、陰口で秘密をバラした日には村八分に――」

 

「その取り付くシマもないから言ってるんだが」

 

 先ほどの対応を見ていなかったのか、と続けようと思ったが、やめておく。木原乖離という人間は何かにつけて茶化して楽しむタイプなのだ。そもそも、話しかけられそうにない雰囲気を全身から醸し出しているのである。特に積極的な性格でもない通行区分は、相手のパーソナルスペースを侵してまで関わろうとも思わなかった。

 

「そうねぇ。じゃあここはひとつ、お母さんが一肌脱いであげるわ」

 

 白衣の女性はおどけたような仕草で、ウインクをひとつぶちかました。整った容姿の持ち主である乖離ならば、ほとんどの男性はその仕草ひとつでときめくのだろうが、親子の関係にある通行区分からすれば、頼むからやめてほしい案件であった。

 

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