7月24日。更槇灘飲料の内部は、民事告訴の通達を受けた直後とは思えないほど落ち着いていた。
「まあ、なっちゃったもんは仕方ないわよねえ」
あっけらかんと、木原乖離は言った。親会社の大ピンチなどどこ吹く風、高そうな菓子を摘まみながらである。彼女の正面にはヘッドホンの少年、通行区分が居り、少し離れたところには壁にもたれて腕を組んだ冨逆美鼓の姿もある。
「ミコちゃんもそんな暗い顔しないの。大丈夫だってぇ、あなたのミスってわけじゃないし」
「……私は何も気にしてない」
けらけらと言う乖離を、冨逆は冷たく一蹴した。そんな反応に肩をすくめる乖離を横目に見て、通行区分はコーヒーに口を付けた。
「しかし……示談の条件が境界因子の引き渡しとはね」
ぴくりと、冨逆の肩が跳ねた。
「移送は既に完了済。昨日のうちに第23学区にあるオービット・ポータルの施設に引っ越したわ。やれやれ、あの子を買い付けるのに随分お金をかけたのに、残念残念」
ちら、と視界の隅の冨逆を見やる。帽子の少女は特に反応を返さなかった。そんな二人の様子を見て、通行区分はため息と共に口を開いた。
「三文芝居はその辺でいいんじゃないのか、母さん」
「三文芝居は言い過ぎじゃない?」
「どういうことよ」
口を尖らせる乖離に、さしもの冨逆も口を挟む。乖離ははあ、と一息ついて、
「えっとね。これ、全部ウチの
食べかけた菓子を口に放り、すとんと椅子に腰かけた。
「一昨日の破壊工作の任務。ミコちゃんも違和感を感じなかった?」
「……アンタらがダミー情報を掴まされて、まんまと私が罠にかかって、まんまと法的措置を取られたと思ったけど」
「それすらも母さんの誘導だったのさ」
今度は通行区分が口を挟んだ。
「知っての通り、オービット・ポータル社は更槇灘飲料の研究部門の一つを追い抜き、無視できない存在になった。一番は更槇灘も部門の業績を伸ばすことだが、あの『エンデュミオン』を建てられた時点で勝ち目はない。だから、勝てないまでも、奴らを掌の上に置く必要があった」
そこまで聞いて、冨逆は眉根を寄せた。
「それと境界因子を明け渡すことに何の関係が?」
「境界因子は大事な大事な素体だけど、同時に私たち以外にとってもお宝になり得るもの。それとなく研究データをちらつかせれば、手に入れたいと思うのは当然よね」
「……わからないわ。境界因子を餌にして、敵の罠にわざと乗ったまではいい。それで境界因子が向こうの手に渡って、この後はどうするつもりなのよ。あの子はスパイ行為を不問にするための対価になった。こっち側に負い目がある状態で、取り戻す方法なんてあるの?」
聞かれた乖離は、にっこりと笑った。
「手放したくない大切なものが、自らの手に余るものだったなら、ミコちゃんならどうする?」
「何よ、いきなり。……それくらい大切なものなら、それはどんな手を使ってでも……誰の手を借りてでも――」
あ、と冨逆が思わず声を漏らした。それを見て微笑みながら、乖離は時計に目を向け、手元のモニターを見やった。俯瞰カメラの映像が映し出されている画面に、青いスポーツカーが駆け抜けていく。それを見て、もう一度。木原乖離は妖しく笑った。
「ふふふ。もうじき、あの子の『価値』は彼らの手から溢れ出すわ」
◇
同時刻、シャットアウラ=セクウェンツィアは『黒鴉部隊』に宛がわれたラボで待機していた。傍らには、二日前にとある襲撃者によって損壊した機動兵器『ブラック・クロウ』の姿がある。水平に切り落とされた脚部が取り外され、予備のパーツで修復作業が行われている最中であった。
「修復作業は30分後には完了します」
「ご苦労」
部下の報告に、シャットアウラは短く答えた。シャットアウラと同じように修復作業を眺めて、部下の男は疑問を切り出す。
「しかし、『ブラック・クロウ』の強化装甲をああも容易く溶断するとは。あの電撃使い、一体何者なんでしょうか」
男の疑問に、シャットアウラは眉根を寄せた。自らの機体を見事に切り捨てて見せた、茶髪の少女の姿が脳裏に蘇る。
「お前は自分の機体で、奴の『刃』を計測したか?」
「いえ……」
シャットアウラの問いに、男は正直に答えた。知らないことは素直にノーと言うことが、社会における円滑なやり取りの第一歩である。
「学園都市最強の電撃使い――超能力者の第三位、御坂美琴の最大出力は、10億ボルトと言われている。御坂美琴に次ぐ電撃使いの最大出力は1億ボルトだ。だが、あの女の『刃』の出力は5億ボルトに達していた」
「では、あれは御坂美琴……?」
「いや。私もそう考えたが、御坂美琴にはアリバイがあった。そして機体のカメラで記録した身体的特徴並びに推定年齢も合致しない。発電能力者の第二位は、あれを可能とするレベルではない」
シャットアウラの目は、機体から取り外された脚部の断面を真っ直ぐに捉えていた。
「学園都市には我々でも掴み切れない闇が潜んでいるというが――まさかな。
ごくりと、部下の男が生唾を飲み込んだ。
「書庫に記録されていない能力者が存在している、ということですか」
「そういうことになる。理由はいくつか考えられるがな」
原則として、学園都市で能力を開発されるのはどこかの学校に属する学生であるという前提がある。それは園児であっても同様だ。戸籍が無ければ教育機関に所属できないのと同じように、学園都市においては書庫への登録がそれに該当する。一部、顔や名前が記録されていない場合もあるが、存在自体は何らかの形で書庫に登録されているものだ。その登録がないという場合に考えられるのは二つ。
一つは、『置き去り』のようなイレギュラーな存在ゆえに、登録が遅れているパターン。もう一つは、単純に存在を記録することに不都合が生じるパターンだ。『置き去り』のようなマッドサイエンティストにとって都合の良い存在を、表側の機関の目を掻い潜って使い潰すに当たり、その存在を隠すことは定石である。まして、そのような非人道的な行いをしていることが公になればそれこそ騒動になってしまう。そういった場合には、意図的に書庫への登録を避けている場合がほとんどだ。
「秘密裏に能力開発を受けた『置き去り』……というのが妥当な線だ。更槇灘か、そのバックボーンになっている帝冠大学の関係機関で間違いないだろう。傘下のグループ内であれば融通が利くからな」
「調べてみますか?」
言われて、シャットアウラは頭を振った。
「やめておけ。更槇灘飲料の影響力は無視できないものがある。やるならクライアントの同意を得てからだ。『黒鴉部隊』の独断で動くにはリスクが大きすぎる。それに、『
修復が進む機体に目を移し、ため息をつく。
「オービット・ポータルはあの『才能補翼』を手にすることに執心し過ぎた。更槇灘飲料には、まだまだ探るべき弱みがあるというのにな。折角の交渉カードをあれで使ってしまうなど、全く、何を考えているのか……」
「それほどにその『才能補翼』というものには価値があるのでしょうか」
「議論の余地はあるだろうが……十二分にある。あの力が誰かの手に渡るのだとすれば、それこそ学園都市における勢力のバランスシートが狂う。今はまだ未熟だとしても、な」
ただし、とシャットアウラは強調した。
「それは確実じゃない。これらは全て理論の上に成り立っているが、多分に希望的観測も含まれている。見込みだけで価値を決めて本質を見失っている。確率が多少高い程度で、最期には奇蹟に縋ることになるんだ。……あの時のように」
暗く、憎々しげに噛み締める。
「……これは」
そんな最中、同じラボで情報電算を行っていた男が、怪訝そうに声を上げた。
「どうした、クロウ5」
「警備員からの緊急連絡です」
言いながら、クロウ5と呼ばれた男はシャットアウラに向き直り、モニターに映像を映した。
「第10学区付近で『幻想御手』頒布事件の容疑者・木山春生の拘束に失敗。現在交戦中とのこと。映像は、現場からの中継映像です」
それは、能力者であれば誰もが目を疑うものだった。
炎が飛んだ。水が生じた。車が宙に浮き、別の車にめり込んだ。木山と思しき女を除けば、そこにいるのが能力開発を行っていない警備員の部隊だけだとわかる。いや、木山のものだろう車の中には人質と思われる少女の存在もあるのだが、それにしても。
「同時に複数の能力が発生している……」
それはあり得ないことだった。学園都市の能力開発において、一人の人間が複数の能力を持つ理論は確立されていない。事実、『自分だけの現実』が一人の人間に一つしか備わらない関係上、複数の能力を保持することは原理的に不可能なはずである。しかし、この光景はどうか。炎も水も、全て木山を拘束しようとする警備員たちに向けられている。木山の援護をしている能力者の存在が確認できない以上、これらの現象は木山一人が引き起こしていると判断せざるを得ない。
「
隣で、クロウ2が呟いた。
「隊長。どうしますか」
「……」
『黒鴉部隊』は、私設治安維持部隊である。警備員からの緊急通信があった以上、後はシャットアウラの判断一つで介入が可能になる。とはいえ、『黒鴉部隊』のような組織が他に存在しないわけではない。それも、直接的な協力要請ではなく、あくまでも情報が回ってきたというだけのことだ。
現場で負傷している警備員たちの姿を見て、眉根を寄せる。
「私の機体はどうなっている」
「あと15分ほど……」
「5分でやれ。現場に急行、木山春生を鎮圧する」
「ハッ!」
シャットアウラの指示に、周囲の男たちは敬礼と共に応じ、各々で出撃準備を整え始めた。
「ん……状況に変化! 現場に『超電磁砲』……御坂美琴が介入!」
「なに?」
クロウ3の報告に、シャットアウラは再び画面に目を向けた。つい先ほど、先日の『襲撃者』として名前が挙がっていた少女の登場である。常盤台中学の制服を纏い、暫定多重能力と互角に渡り合う姿が映し出されている。その様子に、『エンデュミオン』で交戦した少女の姿が重なった。
「あれが、御坂美琴か」
「確かに『エンデュミオン』で戦った奴とは、年齢からして違うな……顔はそっくりだが」
「……似ているのは顔だけじゃない」
部下たちが口々に言うのを、シャットアウラが遮った。
「戦い方の癖まで、似ている」
シャットアウラの黒い瞳が、鋭く輝く。
◇
オービット・ポータル社が所有する研究施設の一つに、境界因子の姿はあった。安置されている場所が変わっても、培養器の中での生活に変化はない。水槽から見える景色が、ほんの少し変わるだけだ。境界因子の胸を満たしているのは、もはや諦観であった。自分には、自分の運命を変えることもできないという諦観だ。
水槽の外で、計器を前に忙しそうにしている大人たちを眺めて、ふと、少し前のことを思い出す。
自分に、道具ではないと諭してくれた、茶髪の少女のことを。
今更この生活自体に文句を言う気はなかった。しかし、それでも物足りないと感じることがある。
ここに、冨逆美鼓がいないという事実である。
たったあれだけの接触で、と自分でも思うのだが。たったあれだけのやり取りが、自分にとって何よりも大きなものになっていることは確かだった。人生において、初めて研究素体ではない自分自身に価値を認めてくれた、道を示してくれた人。次にいつ会えるか、もはや会えないかもしれないからと声をかけたのだが、本当にそうなってみるとやりきれない思いがあった。
「ミコ……」
培養器の中で、思わず呟いた、次の瞬間。
『来い』
耳に、いや、直接脳の中に、響き渡る声があった。
『貸せ』
「だ、誰」
問いを投げる。気付けば、周囲は漆黒の闇であった。培養器の中に入っていたという感覚もなく、ただ漠然と、見えざる者の声だけが聞こえてくる。
『お前の君のあなたの力を、貸してくれ貸してよ貸してください』
声は一つだが、一つではなかった。複数の声が重なり、エコーがかかったように聞こえてくる。男性の声、女性の声、幼い声……およそ一つの声と言うには、あまりにも複合的で、実体のつかめない声であった。
「答えてよ……君は、一体」
暗闇の中で、反響する声に問いかける。少しの沈黙の後、答えはあった。
『俺たち僕たち私たちは、この街にこの地獄にこの世界に見捨てられ見限られ裏切られた思念の塊だ』
あ、と。何かを口にする間もなく。
少年の意識は、少年を求める哀しくも黒い意志に、飲み込まれた。
◇
「次から次へと……!」
出撃準備が整った『黒鴉部隊』のラボで、シャットアウラは第10学区に出現した『胎児』に目を疑っていた。木山春生と御坂美琴の交戦の最中、その決着がついたかに思えた一瞬。頭に円冠を携えた胎児のような何かが、木山の中から現れたのだ。あれは何なのか、どう動くべきかを考えようとして、耳をつんざく警報に遮られる。
「オービット・ポータル社からの緊急連絡!?」
「第8番研究棟、件の『才能補翼』を管理していた施設で火災発生! 原因は――能力者の暴走!」
「チッ……」
シャットアウラは画面の向こうで必死に『胎児』と交戦している御坂美琴の姿を見た。そして、鳴り響く警報に意識を向ける。
「班を2つにわける。クロウ4から6は第10学区へ急行。負傷した警備員ならびに民間人の救護に回れ。クロウ2と3は私と共に暴走能力者の鎮圧に向かうぞ」
「隊長……」
「クロウ4、そちらの指揮はお前に任せる。一人でも多くの警備員を救助しろ」
「了解しました」
クロウ4が頷くのを見て、シャットアウラは機動兵器に乗り込んだ。彼女を待っていたのは、地獄のような様相を呈する実験室だった。
逃げ惑う研究者は我先にと出口を目指し、共に成果を享受し合うはずの仲間を踏みつけにしている。
境界因子を制御するための機械のほとんどはショートした電極や爆発の衝撃で無残に吹き飛び、原型を留めているものの方が少ない。天井や壁もひび割れ崩れていて、堅牢な構造ゆえにどうにかこの程度で済んでいるが、通常の棟と同じ設計であれば完全に崩壊していたことだろう。
機動兵器のコクピットで周囲の様子を確認しながら、シャットアウラは『原因』を睨み据えた。
「……何が『才能補翼』だ。他人の手を借りなければ無力な子ども? 笑わせる。こんな惨劇が起こり得ることすら想定していなかったのか、こいつらは」
雑踏の中で踏みつけにされた研究者が、どうにかこうにか這っていくのを見送って、シャットアウラは舌打ちする。
「クロウ2、クロウ3。暴走能力者鎮圧用マニュアルに従い対処する。危険レベルは4を想定。使用する能力は不明だ。対能力防御を最大出力で使用。攻撃の誘導を行い手札を探る」
『了解!』
威勢の良い声が、通信機から聞こえてきた。それと同時に、改めて操縦桿を握り直す。全周転のコクピットの視界外から、2機の機動兵器が境界因子に接敵していく。モニターを分析モードに切り替えた。
境界因子は接敵する2機を虚ろな瞳で視認する。たったそれだけの行動だった。
次の瞬間、巨大な氷柱が床から飛び出した。
氷柱は機動兵器の1機を突き上げるように吹き飛ばす。吹き飛ばされた機体はくるくると回転し、制御を不安定にしながらホイール付きの脚を展開し、どうにか壁に着地した。
「何だと……」
残る1機は、突如生じた爆炎によって横転させられていた。対能力防御機構が働いているにも拘わらず、爆炎によるダメージは致命的だった。
「
AIM拡散力場に干渉する能力者の暴走。あるいは、シャットアウラ自身の能力を逆に暴発させるような能力を想定していたのだが。返ってきた答えはあまりにもイレギュラーなものだった。
いや、とシャットアウラはさらに思考を巡らせた。頭に過るのは、オービット・ポータル社から提供された『才能補翼』の概要。自身の能力領域を他者に貸与し、『自分だけの現実』と演算能力を補強するというその能力の性質。そして、それを実現するに当たり必要なプロセスとなる――脳波の同調。
他者の力を借りなければ、というのは即ち、脳波を同期する誰かがいなければ、と置き換えられる。そして、こうして周囲を破壊している少年は当然、誰かと脳波を同期させていることになる。そして、多重能力を実現させた『誰か』など……今は『一つ』しかない。
脳裏に蘇る、異形とも言える胎児の姿。
「チッ!」
虚ろな瞳がこちらを捉える。その眼球の色もまた、あの胎児に酷似していた。シャットアウラは6脚の機動兵器を駆る。炎が、水が、雷が。複数の能力が、多方面から襲い来る。卓越した操縦技術と状況判断能力によって、その猛攻を回避するシャットアウラ。壁、天井、床。場所を選ばない柔軟にして機敏な動きは、そう簡単には捉えられない。
「クロウ3、無事か!」
『は、はい。しかし、機体の操縦系が……』
「わかった。クロウ2、クロウ3の救助に回れ! 施設内に残った人員の確認を!」
『重傷者が数人いますが、退避は完了したようです!』
よし、とシャットアウラは金髪の少年を睨み据えた。
「アースパレットを使う。あれの鎮圧には、建物一つ巻き込む覚悟が必要だ」
言葉と共に、シャットアウラの機体の後部から、6つの円盤が射出される。それに追従するように伸びたワイヤーが突き刺さり、少年の周囲で爆発する。小さな少年の身体は吹き飛ばされ、半壊した施設の壁に激突した。
『……ぅ、あ』
身に纏ったボロ布に煤がついてはいるが、当人にダメージはなさそうだ。もっとも、そこまでを期待したわけでもないのだが。
『シャットアウラ』
「……!」
通信に割り込んできたのは、金髪のツインテールを揺らした少女。オービット・ポータル社社長、レディリー=タングルロードであった。
『わかっていると思うけど、「才能補翼」は生け捕りにして。想定していた以上の力……これをみすみす殺すわけにはいかない』
「最善は尽くしますが、加減ができる相手ではありません。現在は施設内に留まり……ッ、私に注意を向けていますが、外部に脱出する可能性もあります」
再び能力による猛攻が始まり、回避と防御を繰り返しながら報告する。通信先のレディリーは少し沈黙して、
『……そう。それは残念ね。こんなことなら、視察に行くのを早めるべきだったかしら』
「……?」
『いいえ、何でもないわ。あなたに一任する』
「……わかりました」
レディリーの言葉を受けて、シャットアウラの瞳に再び闘気が宿る。
まだ方法がないわけではない。シャットアウラはコクピットの中で、タッチパネル式の武装選択モジュールを起動した。シャットアウラが駆る機動兵器『ブラック・クロウ』の武装は、基本的には『希土拡張』の使用を前提とした設定がされている。ワイヤーを介して起爆を行うアースパレットが主武装だが、それ以外にも機関砲や捕獲用ネット等多くの武装を内蔵している。タッチスクリーンをスクロールさせて、シャットアウラは装備の中から、『AIMジャマー』を選択した。
先日の戦闘においても使用した、能力者の演算を阻害し、能力の暴走を引き起こす兵器である。これが設置されることによって周囲に展開される演算阻害フィールドの中で能力を使用すれば、最悪能力者を自爆させることが可能だ。
「生け捕り、と言われたが。真っ当な手段でこいつを生け捕りにすることは不可能……」
少なくとも、今の『黒鴉部隊』には不可能だ。そして一刻を争う事態ならば、リスクと天秤にはかけられない。
「悪く思え」
その少年の境遇を、シャットアウラは良くは知らない。それでも、『置き去り』であることと、身寄りもなく、研究浸けであったことくらいはわかる。きっと、こうなったのも当人の意思ではなく、他者によるものだろう。その運命を憐れみながら、シャットアウラは操縦桿に備えられた引き金を引いた。
『ブラック・クロウ』の後部が展開され、そこから円盤状の物体が射出される。4つの円盤が浮遊する少年の四方に設置され、『起動』される。
ギンッ、と。
シャットアウラの脳に、わずかに反響するものがあった。演算阻害フィールドが展開され、シャットアウラのいる場所まで影響が及んでいることの証明であった。注意深く、金髪の少年を観察する。
しかし。
『……ぁ』
その動きに、様子に、変化はなかった。そればかりか、足元に目を向けて、4つの円盤それぞれを見やる。次の瞬間。
まるでタイヤがパンクしたような破裂音と共に、一瞬の時間差もなくAIMジャマーが破壊された。
「馬鹿な……」
思わず、目を疑う。しかし、脳に反響する音も消え、完全に演算阻害フィールドが消滅していることが確認できた。そうしているうちに、再び少年の瞳がこちらを捉えた。
「ッ!」
こちら目掛けて、眩い火線が照射される。どうにか機体を捻って回避すると、火線が刻まれた床面から炎が噴き出し、溶解した鉄片が溶岩のように降り注ぐ。雨あられと降り注ぐそれらを躱しきれず、シャットアウラの機体の関節部に鉄片が凝着し、稼働部位が固定される。
「――なにっ」
思わぬ形で足を取られる格好となったシャットアウラ。その隙を逃さず、少年の瞳が中空を見つめ――施設の天井が、丸く切り取られる。
「――な」
それは真っ直ぐに、シャットアウラに向けて崩落した。なんとか動こうとするものの、可動部が変調を来した機体では叶わない。そのまま、落ちてきた瓦礫の下敷きとなる。その強度は機動兵器と同様に対能力加工を施したものであり、ちょっとした建築物の壁であればへし折ることができる機動兵器の駆動を以てしても、退けることができなかった。
「チッ、クロウ2、援護を!」
視界全体が天板の瓦礫で覆われた状態で、仲間に救援を要請する。しかし、帰ってくるのはノイズだけであった。
「……今の衝撃で回路がイカれたか。くそ、これでは脱出装置すら……」
機体には緊急用の脱出装置が取り付けられている。バイクに跨るような形になっているコクピットを、そのまま後方に射出する仕組みである。しかし、天板の瓦礫に埋まっている状態ではそれも叶わない。
「カメラは使い物にならん。サーモグラフィーに切り替え――」
言いながら、シャットアウラがカメラを切り替えた時であった。
熱紋探知を行うモードにモニターを切り替えた瞬間、真っ暗な視界に、真っ赤な火球が複数、映り込んだ。その中心には、件の少年――境界因子が浮遊して佇んでいた。
――やられる。
シャットアウラが戦慄する。境界因子の周囲に展開された数十もの火球が、同時にシャットアウラの機動兵器に迫る。覚悟を決め、シャットアウラがペンダントを握りしめた時であった。
目の前に、立ち塞がる熱紋があった。
シャットアウラに降り注ぐはずだった火球が、その熱紋に降り注ぐ。そして。
それらは、まるで映像を巻き戻すかの如く、火球を放った少年に跳ね返った。
「……な」
思わず、目を見開く。今の衝撃でできた瓦礫の隙間から、自分と境界因子との間に割って入ったものの正体を確かめようとする。
それは、黒髪の少年と茶髪の少女。
「さァさァ真打登場だァ。派手に灸を据えてやろうぜェ」
「キャラ変わってるとこ悪いけど、加減はちゃんとしなさいよ」
更槇灘飲料が抱える戦闘部隊『飛燕部隊』の通行区分と冨逆美鼓であった。