とある科学の超過電刃《オーバードライヴ》   作:汐なぎさ

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幕間① 白井黒子と紡杵錯弥

 人の口に戸は立てられぬ。

 一度流れた噂話を止めることはできない、ということわざだ。

 風紀委員(ジャッジメント)としてこの科学の街の治安維持をしている白井黒子は、つくづくその言葉の意味を実感する。ことわざができた大昔に比べ通信技術が発達した現在では、さらに輪をかけて戸を立てられなくなったと言えよう。

 気持ちはわからないでもないし、くだらないと思う気持ちもある。一方、その噂に踊らされて犯罪に走ったり暴走したりする連中に関しては本気で反省しろと思う。

 人の噂も七十五日。

 これもまた、大昔の教訓。人の口に戸は立てられないが、事実無根なら七十五日経てばみんな忘れてしまうから大丈夫、という何となく救済案のようなことわざである。そう思って、白井は不謹慎な噂話であっても目くじらを立てずに居るのだが……。

 

「また妹達(シスターズ)の噂ですのね……」

 

 それが想い人の噂となれば、看過しづらいことも事実である。

 

 学園都市において、『超電磁砲(レールガン)』――御坂美琴は超能力者(レベル5)の看板のような存在である。白井の通う常盤台中学には『心理掌握(メンタルアウト)』なんてのもいるが、一般的なネームバリューはどう考えても御坂が上だ。それは持ち前の正義感から色々な事件に首を突っ込――もとい、解決に導こうとする性格によるところが大きく、何より能力名にもなっている必殺技がわかりやすく評判を集めやすいのだろう。

 往々にして、そういう注目を集める人間には妙な噂が集まりやすい。芸能人であれば業界関係者との熱愛報道だったり、犯罪行為であったりがゴシップ記事に上がるようなもの。誰だって、よく知らなかったり興味のない人間のニュースより、有名人のニュースの方が面白いのだ。マスコミの報道傾向なんかは特にわかりやすい。人気を集める、ということは、良いモノ悪いモノ全てを集める、という意味にほかならないのだ。

 だから、愛するお姉様に良い噂だけでなく悪い噂も出てきてしまうことは、仕方ないと理解はできる。個人的に、感情の部分で納得ができないというだけで。

 ため息をついて、有能な同僚(絶対本人には言わない)がまとめた資料に目を通す。

 

 妹達。

 

 超能力者の第三位、『超電磁砲』のDNAを使用したクローン人間。能力者のレベルの指標に『単独で軍隊と渡り合える』というような表現が使われている関係か、用途は軍事利用として噂されている。

 ここまでなら単なる与太話で済む。問題は、実際にそれを目撃したという声が、複数人から上がっていること。それも、電磁波が出ていることまで確認した、というのである。まあ、ここまで言われても、真実味を増すための嘘と言えばそれまでではある。

 当の御坂は「くだらない話よねー」なんてけらけら笑っていたが、内心結構気にしているのは白井にだってわかる。いや、白井だからこそわかる、と言った方がお姉様への愛を語る上では相応しいか? まあそれはそれとして。

 

「七十五日も待つ前に、決定的なカラクリが見つかって欲しいものですけど」

 

 そう、しょせん噂は噂。火のないところに煙は立たず、火元がわかればすぐさま消せる。

 例えば、御坂美琴と瓜二つなタナカ・ミノルさんが学園都市に住んでいました、というだけでクローンの噂なんて吹き飛んでしまうのだ。どこぞの会社が超リアルな立体映像を投影する機械を開発して、そのモデルに御坂美琴を選んで街中でテストしていた、なんて真相でもいい。それが本当なら言い値で買ってやる。想像するだけで涎が出てくる。

 

「ぐへへ……おっと」

 

 私としたことがはしたない、とハンカチで口元を拭い、時計を見やる。そろそろ”時間”だ。学園都市の治安維持を行う風紀委員は、二つの枠組みに籍を置く。一つは、各々が所属する学校内に配置されている校内風紀委員会。そして、学園都市全域に点在する学区風紀委員会である。基本的には校内を治安維持の拠点とするが、下校後や夏休み中のような課外時間には、シフト制で学区内まで活動範囲を拡大する。白井の場合は、常盤台中学校内風紀委員 兼 第七学区風紀委員となる。

 今日は、同じ学区風紀委員会に所属する他支部のメンバーとの報告会の日であった。愛しのお姉様との下校後デートを常に画策している白井だが、風紀委員の仕事となれば自分の欲望は抑え込める、できる淑女である。

 

「白井さーん」

 

「遅いですわよ、初春」

 

「ええっ、5分前行動じゃないですか!」

 

「風紀委員は10分前行動が基本ですの」

 

 いつものように、普段ほわほわしがちな初春を嗜めて、会場となる施設に入る。会場はその時々によって変化し、どこかの支部だったり貸会議室だったりと様々だ。今回は、普通にその辺の企業が使うシンプルな貸会議室である。

 一度来たことがあるので特にリアクションもせず談笑しながら歩いていると、会議室の前にある待合スペースに、人影があった。

 組紐をあしらった髪飾りが、和のテイストを感じさせる少女である。少女はこちらに目を向けると、広げていた手帳を閉じて、にっこりと微笑みながら会釈した。

 

「こんにちは、白井さん。初春さんも、お会いするのはお久しぶりですね」

 

「は、はい! 紡杵(つむぎね)さんもお元気そうで!」

 

 お嬢様を前にすると大体こんな反応をするのが初春である。白井としては、どうして立派な淑女である自分にそういう反応をしないのか、疑問であると共に若干腹が立つ。

 紡杵(つむぎね)錯弥(さくや)。白井黒子と同じく、治安維持活動に励む風紀委員だ。

 幼さを残しつつも大人っぽい表情を浮かべる淑やかな様子は、まさに大和撫子のそれであった。外を歩いてきて間もないこちらに対して、紡杵は涼しい顔をしていた。初春に続いて挨拶を交わしつつ、会議が始まるまでのわずかな時間を会話で埋める。

 

「そういえばあなた、食蜂派閥を抜けたと聞きましたけど、大丈夫ですの?」

 

「まあ。もうお話が伝わっているのですね」

 

 食蜂派閥。常盤台中学における最大派閥であり、『心理掌握』こと食蜂(しょくほう)操祈(みさき)が運営する勢力である。その影響力は絶大で、生徒会や教師陣に対してすら正攻法で相対するほど。

 

「常盤台生にとって、あの派閥に所属しながらわずか数か月で脱退など例がありませんから。注目を集めるのは当然だと思いますわよ」

 

 そんな派閥を抜けるなど、常盤台で過ごす上ではデメリットの方が大きいのだ。こちらの心配に対して、紡杵は涼しい顔で微笑んだ。

 

「何も複雑な理由ではありませんよ。風紀委員と派閥の兼ね合いが、私にとって難儀であっただけのことです」

 

「想像に難くありませんが、食蜂派閥というのはそんなにも面倒事ばかりですの?」

 

「それなりに。白井さんも、試しに体験してみればお分かりになると思います」

 

「遠慮しておきますわ。長いものに巻かれるのは性に合いませんもの」

 

「白井さんらしいですね。わかりますよ、権限のしがらみで思うように動けないことも多々ありますものね」

 

 それは風紀委員に所属する中でも実感するところだ。基本的に風紀委員の位置づけは警備員の下にあり、役割としては事態への応急措置でしかない。問題の発生を確認し、緊急避難的な対応のみを行い、解決は警備員に引き継ぐ、というのが一般的な風紀委員の在り方である。この領分を超えた場合には相応の罰則を科せられるのだが、白井はそんなK点をテレポートで飛び越えていくタイプであった。紡杵も白井ほどではないにせよその傾向があり、そういう意味でも互いに信頼できる間柄である。

 現場には現場の最善があり、その一手によって人命の明暗を分けることもある。決して組織を蔑ろにしているわけではないが、もっと柔軟になるべきという考えが彼女たちにはあった。

 

「それでは定例報告会を始めます」

 

 程なくして、第七学区風紀委員会の会議が始まった。凛とした佇まいの学区長の一言から始まり、各支部における遺失物や各種事件の件数を報告、議題は報告された内容の中身へと移っていく。

 目下一番問題視されているのは、『幻想御手(レベルアッパー)』の事件である。先日の虚空爆破(グラビトン)事件もその一つであるとして、風紀委員は権限の範囲内ではあるが、独自に調査を進めていた。

 そんな風に、会議が躍る中で。

 

「では第177支部の初春さん。『幻想御手』以外で報告はあるそうだが」

 

 この場では議長を務めている風紀学区長から促され、初春は毅然と立ち上がった。

 

「はい。先週メールで皆さんに回覧させていただいた、行方不明事件についてです。同様の事件を抱えていた他支部の方にもご協力いただき、ある共通点があることがわかりました」

 

「本当か。それは一体――」

 

「行方の分からない学生の全員が、『粛清サークル』という集団に関与していました」

 

「粛清サークル?」

 

 品良く小首を傾げて、隣から紡杵が聞き返した。初春は頷き、

 

「法や権力に縛られない私刑集団を自称する、SNSで集まった学生集団です。いわゆるダークウェブ上でやり取りをしているので表沙汰になりにくく、都市伝説化していたのですが……最近になって表層でも、志願者を募るようになっていました」

 

「その募集に対して手を上げた者が、それから行方不明になりましたの」

 

 険しい表情で白井が引き継ぐ。

 

「志願者を募っていたアカウントは削除されていて、痕跡を辿りましたが紐づけされた端末は既に破壊され、廃棄されていました。現状、その方面から捜査を進めることができない状態です」

 

 室内にざわめきが生まれる。学区長はふむと顎に手を当てた。

 

「全員、となるとほぼ間違いないな。しかし、アカウントから辿れないとなると……」

 

「一応、その募集を行っていた表層の都市伝説サイトの運営者とコンタクトが取れそうなので、第177支部としてはこちらから調査を進めたいと思っています」

 

「大丈夫なのか? 危険な連中と繋がっている可能性も……」

 

「危険は百も承知ですの。ひとまず話を聞くだけですし」

 

「……わかった。では管理人との接触は177支部に任せる。我々も『幻想御手』の方に回している人手を割けるだけ割く」

 

「よろしくお願いします」

 

「白井さん」

 

 ぞろぞろと風紀委員たちが帰路につく中で、紡杵が声をかけた。

 

「はい? どうしました、紡杵さん?」

 

「そのサイト管理人との接触……私もご一緒してもよろしいですか?」

 

「え?」

 

 思わぬ要望に、白井は目を丸くした。紡杵が強い正義感の持ち主であることは知っている。しかし、こんな風に自分から進言してくることは珍しかった。こちらから協力を頼んだ時には快く応じてくれるが、逆のケースはほとんどない。紡杵がドライだからではなく、自分の領分を超えたことはしない主義だからだ。自分の責任でできるところまではとことんやるが、他人の領分に踏み込んでまではやらない、というのが彼女のスタンスだった。

 

「差し出がましいお願いであることはわかっています。ですが学区長も仰っていた通り、お二人だけでは危険かと。それに、被害者の方々が噂話にかこつけて利用されている可能性も考えると、居ても立っても居られません! どうか、何卒!」

 

 腰まで折り曲げた、見事なお辞儀だった。見ているこちらが気圧されてしまいそうである。元々、彼女はこういう人間だった。

 今の彼女のスタンスを作り上げた一件は、助けられた側のエゴによるものだ。段取りを決めた者が、自分の思い描いた通りに事を進められなかったことを苦々しく思い、彼女に嫌味を言ったというだけのこと。傍から見てもそれは明らかであり、紡杵が気にかける必要はない。

 それでも彼女は、結果はどうあれ、仲間に迷惑をかけてしまったと自分を律した。紡杵の判断は最善だったし、ただ一人のプライドに水を差したというだけなのに、だ。それを知った時、白井は生真面目過ぎると心配すると同時に、輪を乱さないようにと大人の対応をした彼女に、敬意を表した。

 そんな彼女が自ら進言したことは、きっと、白井を信頼してくれてのことだろう。それに気付いてしまえば、答えは自ずと決まってしまう。

 

「……仕方ありませんわね。よろしくお願いしますわ、紡杵さん」

 

 同僚がちょっと昔に戻ってくれた気がして、微笑みながら白井は答えた。

 

 

「あら、来るのは2人だけじゃなかったかしら?」

 

 第七学区の片隅、隠れ家的なカフェで彼女たちを迎えたのは、すらりと背の高い男性。男性でありながら口紅を始め化粧を施していて、ツーブロックにした左右非対称のサラサラ髪が特徴的である。冗談抜きで特徴的である。風紀委員の3人が思わず、一瞬息を呑むくらいには特徴的であった。

 

「なーんてね、ウソよ、ウソ。もう、そんなに怖がらなくてもいいじゃなーい。男女の差があっても、ちょーっと目が良いだけのアタシとあなたたちじゃ勝負にもならないんだ・か・ら☆」

 

 ほう、性自認は男性なのか、と内心思う。そんなわけで、簡単な自己紹介を済ませてカウンターに腰かける。

 

「えっと、ジェーン・ドゥさんで良かったですか?」

 

 この人物について知っている情報は、サイトの管理人であるということと身元不明遺体を示すコードそのままの明らかな偽名だけだった。女性のコードなのがすっきりしないが、おそらくそういう考え方はもう古い。

 

「ええ、アタシがジェーン・ドゥ。もちろん偽名」

 

 とはいえ真っ向から偽名と言われてしまうと、治安維持組織としてはやりづらいものがある。ひとまず、何故ここへ来たのか、その一部始終を話すと、ジョンは形の良い尖った顎に人差し指を当てて、すいと目を細めた。その仕草が妙に色っぽくて、下手をしたら自分よりも色気があるんじゃないかと思ってしまう。

 

「へえ、『粛清サークル』……」

 

「ええ、ジェーンさんのサイトでも話題になっているはずですが」

 

「もちろん知ってるわよ、管理人だもの。んー、大人としてはそっとしておきたいところだったんだけどねぇ」

 

「そっとしておくって……どういうことですか?」

 

 思わず、初春が口を挟んだ。白井と紡杵がアイコンタクトを交わす。その一言は、彼女たちを警戒させるには十分だった。この男が、真相を知っていると。

 

「まあ、こうしてアナタたちが来てしまった以上、あの子たちを自由にしてあげられるのも限度が来た、って感じだし。これはこれで大人として、ケジメはつけなきゃダメね」

 

「お待ちください、ジェーンさん。それはつまり……」

 

「このリストに載っている子たち、何人かは連絡が取れるわ。他の子たちも、多分その子たちを通じて連絡がつくんじゃないかしら」

 

「!?」

 

 風紀委員たちに衝撃が走る。ジェーンは薄く笑って、携帯でどこかにコールする。

 

「もしもし、目汲(めぐみ)ちゃん? アタシ。あなたを心配して風紀委員の子が店まで訪ねてきてるんだけど。……ええ、そう。ちょっぴりおイタが過ぎちゃったわねぇ。だから言ったじゃない。ほどほどに話題になったらひょっこり出てきなさいって。あ、こらこら泣かないの。大丈夫よ、今なら謝れば許してもらえると思うから、ね? とりあえず電話代わるわよ」

 

 ウインクをしたジェーンから、携帯を手渡される。恐る恐る、白井はそれを耳に当てた。

 

「もしもし。私、風紀委員の白井黒子と申しますの。描汰(かくた)目汲(めぐみ)さんですか?」

 

『は、はい。描汰です。あの、そんなに問題になっちゃってるんですか……?』

 

「学区風紀委員の議題に上がるくらいには。今はどちらに?」

 

『第二学区のホテルに……』

 

「皆心配していますわよ。あなたが『粛清サークル』に消されてしまったのではないか、と。常盤台でも公にはなっていませんが、第七学区中を捜索していましたのよ?」

 

『そ、そうなんですか……私のことを、みんなが……』

 

「ともかく。噂好きも結構ですが、噂話の一部になるなんてここらでやめにしてほしいですの。ジェーンさんからこの連絡先を伺っておきますから、風紀委員か警備員に――」

 

 そんな感じで、ジェーンが把握する限りの数人については連絡がついてしまった。

 

「どうもありがとうございました」

 

「どういたしまして。でも、きちんと便宜は図って頂戴」

 

「ええ。けれど、噂好きが高じてこのようなことをしたとなっては……」

 

「そうじゃなくてね。例えば目汲ちゃんだけど、どうも学校がイヤになって噂の一部になろうとしたみたいだから」

 

「イヤになって、とは?」

 

 描汰目汲の身辺調査はしているが、いじめ等の事実はなかったはずだ。能動的な失踪の理由がなかったからこそ、こうして風紀委員が動いたのである。

 

「どうも、先生と上手くいってなかったみたいなのよね」

 

「教師と?」

 

「そう。目汲ちゃん、とっても絵が上手な子でね。空間認識力を強化する能力なのは、風紀委員のアナタたちも調べてきてると思うけど。それで芸術系の学校への進学を考えていたのよ。でも、担任は彼女の能力を、芸術ではなく戦術に活かしたかった。可哀想に、目汲ちゃんはカリキュラムの方向性の違いで迷い、その呪縛から逃れたい余り、大好きなオカルトに縋ったってワケ。丁度『粛清サークル』なんていう都合の良い噂があったからね」

 

「でも、先生方にはちゃんと聞き取りを……」

 

「初春さん。教師ならば本当のことを言う、とは限りません。失踪の原因が自分にあることが周囲に知れれば、その責任を追及されることは必至です」

 

 紡杵が口を挟んだ。

 

「常盤台の中において、クラス単位でのレベルの格付けはそのまま教師の査定に繋がります。憶測ですが、荒事に対処できるような成長が見受けられる方が、査定における配点が高い――というようなことがあるのやもしれません」

 

「まあ、概ねそんなところでしょうね。皆に心配をかけたのは悪いことだけど、でも、そうなるまでには原因があったことは、理解して頂戴。うふ、別にその教師を罰してほしいわねーとりあえずオシオキしたいわねーってことじゃないわよ?」

 

「……そうですわね。包み隠さず、調書に載せておきますわ」

 

 それをどう判断するかは、常盤台の上層部次第である。

 

「そうして頂戴。当事者でありながら一人だけ安全圏にいるだなんて、ちょーっと筋が通らないものねえ?」

 

 ねっとりとした、獣を思わせる眼光だった。

 

 

「いやー……なかなか強烈な人でしたねえ。白井さんで慣れてて良かったです」

 

「どういう意味ですの」

 

 一通りの必要な連絡を終えて、三人は暗がり始めた空を眺めながら、風紀委員の支部へと向かう。

 

「そういえば『粛清サークル』、そもそも実体がなかっただなんて、驚きました」

 

「ええ、破壊された携帯は噂に尾ヒレをつけるため本人たちがやったことで、ネット上でのやり取りは単に伸び悩んでいる生徒たちが集うための、文字通りのサークル募集。法律や権力に縛られない私刑集団という話は、誰もが思い描く『かっこいい組織』が噂として昇華されたものでしかなかった、と」

 

「境遇はどうあれ、それで人様に迷惑をかけるのであれば看過できませんわ。酌量の余地があるとはいえ、その迷惑料くらいは払っていただかないと」

 

 ことの顛末について初春たちが振り返っていると、白井が口を尖らせた。初春は微笑んで、

 

「白井さんは、御坂さんに迷惑料を払った方が良いと思いますけどね」

 

「なぜ私がお姉様に?」

 

 きょとんとした顔で訊き返してくるので、さしもの初春も言葉を失う。

 

「……でもこれで、『粛清サークル』の事件は解決できそうですね!」

 

「ええ、まさかと思いましたが、ジェーンさんの言う通り、目汲さんの携帯に残ったメッセージから残る失踪者の行方も掴めたとのこと。ラッキーでした」

 

「初春? なぜ私がお姉様に迷惑料などを?」

 

「最悪の事態が避けられて本当に良かったです!」

 

「初春?」

 

 こんなに早く解決するとは思っていなかったが、自分たちは難事件を解くことが趣味なフィクション探偵ではない。一刻も早く事態を収めることこそが使命である。本気でずっと後ろから尋ねている白井をスルーしていると、ふいに呼び出し音が鳴った。

 

「あら……誰の携帯が鳴っているんです?」

 

「私のじゃないです」

 

「私のですわ。はい、白井ですの」

 

 白井が最新式の携帯端末を通話モードに切り替えて、何やら話している。

 

「誰からですか?」

 

「何でもありませんわ。ちょっとパソコン部品を頼んだ業者からですの」

 

 当然ながら、白井が怪しい業者から怪しい媚薬を取り寄せたとは誰も気づくことはない。初春も紡杵も一仕事終えた達成感に満たされる中、白井だけは次なる大仕事に心昂らせている等、知る由もないのだ。

 

 

 さて。白井黒子が寮へ戻り、愛しのお姉様に夜這いをかけている同時刻。

 完全下校時刻を過ぎて、学園都市を縦断するモノレールの最終列車が発車したばかりのとある駅。昼間は人通りが多いこの近辺も、この時間にもなれば静かなものだ。人気(ひとけ)は殆どなく、たまに大人の姿が見える程度。そんな駅前の片隅に、一人の少年の姿があった。

 

「ふんふんふーん」

 

 鼻歌を歌い、少年は手にした手帳に何かしらの情報を書き込んで、小さな写真を張り付ける。

 

「おんなじ顔の女が死んだ。一人、二人とまた死んだ。どいつもこいつも酷い様。ミンチとまでは言わないが。……可哀想だね助けなきゃ」

 

 物騒な歌を風に乗せて、急にすとんと落ちるように。そこだけはリズムに乗せずに、少年は言った。

 

「いやぁ、しかし。なんとも、まぁ」

 

 複雑な表情だった。楽しいようで、哀しいようで、怒っているようで、嬉しそうでもある。写真に写っている凄惨な姿の少女を見やり、ポケットから折り畳み式の携帯を取り出す。この仄暗い駅前でそれを開ければ、少年の顔がぼうっと夜闇に映し出される。

 

「複雑、複雑、複雑だ。自分のことのように複雑だ。俺も一部になっちゃったかな」

 

 特徴的な喋りだった。まだ幼さが残る顔立ちに、長めの茶髪が下りている。広げた携帯に映し出されているのは、短い茶髪のとある女生徒。

 

「君もそう思うだろ、御坂美琴」

 

 薄く笑って、少年は画面の中の少女に微笑んだ。 

 




生存報告を兼ねての投稿です。

二章の執筆は大変難航しておりますが、何卒よろしくお願いいたします

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