われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明 作:缶頭
雲が多くて星空が見えない夜だった。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた金属製の柵を挨拶代わりにアーツで吹き飛ばした集団は、二手に分かれながら工場の奥深くへと侵入を続けていた。中央管理室のモニターには監視カメラが捉えた映像がモンタージュのように次々と切り替わりながら映し出され、警報システムは警告灯のまぶしい光とうるさい騒音をまき散らして自分の仕事ぶりをアピールする。
気が乗らない夜勤を続けていた職員たちは、自分がどうやって暇を潰そうとしていたかさえ忘れ、あらん限りの声で警備員の無線機へと繋がるマイクへ叫んでいた。
「とにかく貯蔵庫だ! 全員で貯蔵庫周辺を固めろ! 火が付くような物なんてありゃしないから、アーツでもなんでも使ってとにかく奴らを追い返せ!」
上を下への大騒ぎが続く中央管理室の中で、そこだけ時間が止まったかのように立ちすくんでいた定年間近の男は、絶望的な答えが返ってくるだろうと知りつつ隣の部下へ尋ねた。
「応援は、外との連絡はまだ付かないのか」
「全く応答ありません。というより送信自体出来ていないようです。アンテナを折られたか、妨害されているのかも……」
返事を聞いた男は椅子に腰掛け、手元の端末で緊急事態時の対応マニュアルを開こうとし、しかしどうせ役に立つ情報など書かれていないだろうと判断してすぐに立ち上がる。「工場長:タケグチ」と書かれたネームプレートがそれに合わせてゆさゆさ揺れた。警備員はまだ何人生き残っているか。ここにいる職員のうち戦えそうな者は何人か。そもそも襲撃者はどれだけの数がいるのか。それを気にした方がまだ意味がありそうだった。立ったまま再び端末に目をやりキーを叩く。
監視カメラと接続されたセキュリティシステムは襲撃者の姿を画像認識システムへと通し、その数が現時点で少なくとも31人だと報告している。何台か潰された監視カメラの映像には、侵入者が貯蔵庫の分厚い耐爆ドアを開けようと四苦八苦している様子が映っていた。逆に言えばそこを守っていた警備員は皆倒されたと言うことだ。
「工場長!」
背後から若い職員が興奮した声で自分を呼びかけた。どうしたんだ……とそちらを向くやいなや、スーツ姿のその職員が押しのけられて尻餅をついたのが見えた。その奥から今まさに自分が追い返し方を考えていた侵入者達が5人、6人と管理室の中に入ってくる。
Tシャツ姿のラフな格好をしたのもいれば防刃ベストを着込んだ奴までいて装備はバラバラ、まるで統一感がない。背の高い者もいれば背の低い者も、男も女もいればクランタもヴァルポもいる。おおよそチンピラとかごろつきとかいう言葉がふさわしい連中だった。その中から背の高い、黒髪のザラックの男がずかずかと進み出て工場長の前に立つ。この手のテロリストや襲撃者は目出し帽やマスクで顔を隠すのがお約束だが、この男は素顔を晒している。右のほおに小さな源石結晶が表れていて――つまり彼は感染者だということだ――ほくろのようにも見えた。
「あなたが工場長か。済まないが貯蔵庫のロックを開けてもらえないだろうか。どうやらアーツでこじ開けるにはだいぶ手間がかかりそうだ」
言葉は丁寧だが口調は慇懃無礼そのもので、いかにも人を見下した言い方が鼻についた。工場長はいらつきを隠しもせず答える。
「開けるとでも思っているのか? お前ら一体何を企んでいるんだ」
二人の男がにらみ合ったまま5秒、そして10秒が過ぎた。沈黙を破ったのはさきほど尻餅をついた職員の悲痛な叫びだった。胸にアーツで作り出された氷の槍を突き立てられ、もがきながら倒れる。吹き出る血がそのまま冷え固まり、出来の悪いジャムのようになりながらワイシャツの上に広がっていく。悲鳴と共に口からも血があふれた。
「さっさと開けてくれよオッサン。10分も20分もかかるような仕掛けじゃねぇんだろ?」
最初の男とは対照的に、吸収缶の付いていないガスマスクで素顔を隠した男が工場長へ告げる。工場長の脳が何が起きたのかを理解しきれず一時停止している間、ザラックの男がマスクの男へたしなめるように話す。
「人が話している最中に割り込まないでくれ」
「あんたに任せてたら夜が明けちまうよ。それに、おれ達はあんた達の仲間ってわけじゃない」
「それもそうだな。そういうことだ工場長。コイツは放っておくとここにいる職員を全員殺してしまうぞ」
工場長は自分の端末――ここから遠隔操作でロックが解除できる――を見つめ、ついで床でのたうち回る職員を見つめ、次に襲撃者達を見つめ、最後に恐怖におののく職員達を見つめた。そこまでしてようやく絞り出した言葉は、彼の表情と不釣り合いなほどに勇ましく、しかしそれだけに上滑りしていた。
「源石燃料棒は、お前らのような奴らには指一本触れさせない……!」
◇
工場長の職場への忠誠心をへし折るためにさらに2人の職員の命が必要となったが、最終的に彼は貯蔵庫の扉を開けることに同意した。端末のディスプレイを何度かタッチした後、震える指で指紋の認証を行い、ついでパスワードを入力する。ロックが解除されたのを確認すると、管理室へ突入した襲撃者のうち何人かは身につけた無線機に向かって指示を行い、そんな装備を持っていない者たちは自分も様子を見に貯蔵庫へ向かった。ガスマスクの男は職員を脅して見つけた館内放送のマイクを握りしめて興奮気味に話していた。
「一本残らず運び出せ! 専用ケースも忘れるなよ! 盗る物取ったらさっさと逃げ出す準備だ!」
貯蔵庫の中身が略奪されていく様子をモニターに映った監視カメラの映像を通じて見ながら、ザラックの男は満足げな表情を浮かべる。その表情を憎たらしく眺める工場長は、なにがしかの口撃を行わなければとの根拠不明な使命感に突き動かされ、ロックを解除して以来数分間真一文字に結んだ口を開いた。
「お前ら、レユニオンか。使用済み源石燃料棒がどれだけ危険なものか分かりもしないのに、10本も20本もくすねて一体何に使うつもりだ。金になるとでも思っているなら大間違いだぞ」
「答えろというなら答えるがね、工場長」
工場長の方へ向き直った男は、相変わらず相手を小馬鹿にしたような口調で言った。
「われわれはレユニオンではない。奴らほどの明確な意思も目的もないし、そもそも一枚岩の集団でさえ無い。それともうひとつ。このバラバラの寄り合い所帯のうち、少なくともわれわれはあの燃料棒の危険性をそれなりに知っている」
工場長はなおも反撃しようと口をもごもごさせていたが、監視カメラの映像を眺めるのに飽きたガスマスクの男がこちらへ近づいてくると思わず身を縮めて部屋の壁に身を押しつけた。その哀れな身振りに気がついたマスク男はそのまま工場長へ近づき、やり投げよろしく壁めがけて氷柱を投げつけた。部下の体を貫いた物と同じ氷の槍は工場長の頭すれすれの所に突き刺さる。一瞬にして限界に達した恐怖のあまり、ひぃっと小さな悲鳴を上げて彼は気を失ってしまった。つまんねーオッサンだ、との捨て台詞を残しマスク男は意気揚々と部屋を去る。
その背中を黙って見ていたザラックの男も、しばしの後管理室を後にした。残された職員のうちまだ生きている者が、自分たちは手足を動かしたりしゃべったりしてももう殺されないのだと信じるためにはなお数分間が必要だった。
◇
小グループ同士の寄せ集め集団だった襲撃者達は三々五々工場から脱出し、思い思いの方角へと逃走を開始していく。襲撃者の装備と同じく、脱出手段も軍用とおぼしき装甲車両からボロボロのトラックまでバラバラだった。
「……で、そのマスク男が好き放題暴れたおかげでロックの解除が出来たってこと?」
「結果的にはそうなる。正直に言えば助かった」
エンジンの調子が悪いのかトラックが一台立ち往生していた。襲撃犯たちが慌てて車から降りて応急修理を始める様子を眺めつつ、中央管理室に一番乗りしたザラックの男がフェリーンの女の問いに返す。
「それでアリエル、燃料棒は」
ちゃーんと確保してあるよと言って、アリエルと呼ばれた女は大きくごつごつとしたアタッシュケースを見せる。
「これと別にもうひとつ。そっちはもう車に積んである」
「ありがとう。それであのマスク男たちなんだが、この後はフォート・ベンドへ行くらしい」
「大都市ね。テロでもするつもりなの?」
そこまでは俺の知ったことじゃないよ、とでも言いたげに男は肩をすくめる。工場を襲撃して使用済み源石燃料棒を山分けする。それだけを目的として集まったのだ。お互いに名前さえ知らない。戦利品を抱えた襲撃者達――燃料棒だけで飽き足らず、ついでとばかりに金目の物を略奪している連中もいた――が乗る車のライトが少しずつ小さくなっていく。もう春だから、こうして夜中に突っ立っていても寒くは無い。
「インディゴ隊長、全員乗り込みました。いつでも出発できます」
若いコータスの男がやってきて呼びかける。黒髪を何度かかいて、インディゴは返事をした。
「よし、直ちに出発。夜が明けるまでに出来るだけ離れよう」