われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明 作:缶頭
「大丈夫! 傷は深いですけどすぐに搬送すれば命に別状はありません!」
ハイビスカスがてきぱきとインディゴの応急処置をしながら周囲に告げた。着地に失敗して負傷した彼の部下も、駆けつけた機動隊員が手当てをしている。外で待機している救護班もすぐに来てくれるだろう。インディゴは仰向けに横たわったまま、何も言わずにだまって治療を受けていた。もっともベラベラ喋れるような容体ではないし、アーツユニットを取り上げられたのだから逆らうことも出来ない。寝かされている彼の枕元に来たラヴァは彼の頭の先からつま先までをじろりと見てから口を開いた。
「残りの燃料棒はどこだ」
「ちょっとラヴァちゃん! 相手はけが人――」
「答えろ」
ムキぃー、と頬を膨らませて怒るハイビスカスを無視して問いただす。しばらくじっとしていたインディゴだったが、けだるそうに口を開くと、怪我の割にいやにはっきりした声で返事をした。
「タダでは教えたくないな。取引しよう。……君たちはロドスか?」
その通りだ、とラヴァは冷たく答える。ハイビスカスの治療キットにロドスのマークが入っていることで気がついたらしい。
「経歴不問で人材を集めているらしいが、例えば犯罪者が居たりは?」
「警察にまだ手配されている現役の脱獄犯とか、監獄に入ってた窃盗犯とか、ストリートギャングの頭とか、いろいろ居るわよ」
マトイマルの手当を終えたメテオがゆっくりやってきて告げた。よく考えれば経歴不明なオペレーターは3人4人では済まない。
「いいね。ではこうしないか。逃げ出したり、そこで気を失っていたりする俺の部下をロドスに雇い入れてくれ。そっちの背の低い奴はEMTの資格を持っている、向こうで伸びてるコータスは去年のリターニアハッキングコンテストの準優勝者――」
痛みで言葉が途切れ途切れになる。それでも構わず、周囲にいる部下全員の特技を挙げて売り込みを図った。
「君たちの中で、やたら強いフェリーンの女剣士と戦った者はいないか?」
「いるぜ。我輩が勝ったけど、死んじゃぁいないぜ。あんな強い奴と戦ったのは久々だ」
そうか、出来れば彼女もスカウトしてやってくれ、と言ってインディゴはまた静かになる。「私たちはお前の仲間を殺したんだぞ。いいのか?」とラヴァが念を入れて確認した。確かに、ロドスと敵対関係にあった人物をオペレーターとして引き込んだ、あるいは引き込もうとしたケースはあるにはあるが……。
「命が惜しければこんな真似は最初からしない。全員覚悟の上だ。面倒を掛けるが一人一人に聞いてくれ。嫌だという者はそっとしてやって欲しい。」
「いいだろう。可能な限りなんとかしてやる。それで燃料棒はどこにある」
インディゴは返事をしない。はぐらかしているのではなく痛みで喋れないのだ。それを分かっているからラヴァも急かさなかった。しばらく待った後に発せられた声は先ほどより弱々しくなっている。
「われわれが持ち込んだ燃料棒は2本だけだ。シリアルナンバーはGRF-F61とF62。ひとつはロボットに取り付けた」
隣で聞いていたメテオはジェシカに頼んで確認してもらう。確かに盗まれた燃料棒のシリアルと一致する。そのうちF62の方は饅頭にくくりつけてあったものだ。
「もうひとつはどこだ」
「慌てるな。時限装置の類いは付けていない。耐爆ケースに入れたままだ」
煙に巻こうとするやり口が気に障ったのか、ラヴァは強い口調で問い詰める。
「どこにあるんだと聞いている」
「さてね。どこに忘れてきたのやら……」
「答えろ!」
ラヴァちゃん! とハイビスカスが腕を引っ張って制止した。「仕方がないわ。これ以上はここの警察に任せましょう」とメテオもなだめる。インディゴは気力を使い果たしたのか完全に静かになってしまった。そこへフェンとビーグルに連れられて救護班がやってきて、負傷者を次々運び出して行った。
犯人の部下をスカウトするとは言ったが、警察に身柄を抑えられてからでは手の出しようがないのではないか。負傷者を担架に乗せるのを手伝いながら、どうするつもりなのかとメテオは考えを巡らせる。ラヴァのことだから何か考えがあるのだろうけど……。
私たちも行きましょうとフェンが号令を掛け、オペレーターたちもいそいそと外へ向かう。教会から出たときにはもう真っ暗だった。リターニアの春は寒くはないものの、少しひんやりとはする。誰もが疲労困憊していた。目の前に柔らかいベッドがあったら人目もはばからずに潜り込んだだろう。事件が一段落したとは言え、何もかもが解決したわけではない。ロドスに帰ったら報告書だ反省会だでまた忙しくなりそうだな、とマトイマルは思った。
◇
「救急車一台戻ってきました! 次の搬送者は?」
「教会の中に救護班来て欲しいと要請来てます! 犯人取り押さえたそうです!」
「おい! 止血が終わったなら教会のほう行ってくれ! 今手が離せないんだ!」
教会の敷地内、警察の指揮所そばに設けられた救護所はさながら野戦病院と化していた。医療用テントに収容された負傷者は応急処置が済み次第付近の病院へ搬送する手はずになっていたが、想像を超える数の負傷者が発生したことによってパニックが巻き起こっていた。救護班は懸命に手当しを続けているが、なにぶん人員も機材も足りていない。そこにまた教会内部の負傷者の救助まで頼み込まれたのだからますます混乱が広がっていた。叫び声とうめき声、あちらこちらへと走り回る人の足音がテントの中で反響を繰り返していた。その騒ぎのせいで、担ぎ込まれていたアリエルははっと目を覚ます。
どうやらベッドに寝かされているらしい。折り畳み式の簡易ベッドにしては意外と寝心地が悪くない。左腕には添え木と三角巾による処置が施されており、切られた腹部も手当てが行われている。周囲の話に耳を澄ませる。どうも立てこもり犯の旗色は良くないらしい。それどころか、リーダーの男を捕まえた、という話もちらりと聞こえた。インディゴがやられた? 彼が傷ついて倒れる姿はあまりイメージできない。ましてや死ぬ姿など想像も付かない。
居ない人間の想像をあれこれしても役に立つまい。お前自身はどうなのだと自問自答する。体は傷だらけになったが、心は妙に晴れ晴れしていた。終わった。やられた。これでゼロだ。だがどん底ならばあとは上がるだけだ。警察も教会も鉱石病さえももう関係ない。荒野だろうと刑務所だろうと構いやしない。好き放題生きていけば良い。客観的にはどうひいき目に見ても最悪な状況なのに、何故か勇気が湧いてきて仕方がない。
そんなことを考えていたら周囲のざわめきが急に静かになった。顔を上げて左右を見渡す。ガウンにマスク、それにキャップと個人用防護具で完全装備した救護班員がひとり、たった今忙しそうにテントから出て行った。どうやらこのテントは死なない程度の怪我しかしていない者たちが入れられているらしい。体を起こしてみるが、起こすと同時に腹部に痛みが走ったせいでまた横になった。痛みで冷や汗が流れる。テントの中にはベッドが6つ。全員機動隊員らしく、見知った顔の者はいない。皆一様に眠っている。それとも気絶しているのだろうか。一人だけ起きているらしい男性が痛い痛いと小声でうめいていたが、幸運なことに顔をテントの奥へと向けて横になっている。
アリエルは覚悟を決めてベッドから降り、様子をうかがいながらテントから出る。自分が入っていたのと同じテントがいくつか並んでいた。周囲はもう真っ暗で身を隠すには都合が良い。奇妙にも先ほどまで大騒ぎしていた救護班員がいない。他のテントにいるのか、教会の方へ行ったのか? 何にせよ渡りに船だった。こっそり救護所から離れて闇に紛れる。だが教会の周りには警察官が山ほど居るだろうし、こんな怪我をしては逃げるに逃げられない。さてどうしたものかと駐車場をゆっくり歩いて回る。足を前に出すたび、腹部が猛烈に痛んだ。ロドスから来たという背の高い女性に斬られたそこをさすりながら歩みを進める。
バンが一台、エンジンを掛けたまま駐車していた。ひょっとしたら盗み出せるかもしれないと思って近づくと、車の側面に巨大なロゴが貼ってあるのが見えた。社用車らしい。
「ロドスアイランド……」
アリエルは思わず口に出して読み上げた。三角形の背景に塔のマーク。つくづく今日はロドスに縁があるらしい。運転席には誰も居ない。今のうちだ、と思ってドアに手を掛けた瞬間、バンのスライドドアが開いてやけに目の細いコータスの女性が現れた。こちらの顔を見るなりさらに目を細めて驚いた顔をする。車内にはもう一人、運転手らしき男性が座席に座っていて、インカムとタブレットを操作しているのが見えた。わずかな間、時間が凍り付く。アリエルは傷ついた体と同じくらいに動きの鈍くなった頭で考える。
怪我人が居なくなったことに5分も10分も気がつかないほどバカではないだろう。このまま暴れ回ったところで遅かれ早かれ警察にとっ捕まる。一方ロドスは噂に寄れば経歴不問らしい。しかも、鉱石病の治療と研究に関しては世界有数の企業だ。となれば、これは千載一遇のチャンスなのではないか? 売り込む材料ならついさっき見せたばかりだ。そう判断した彼女はにっこりとした笑みを浮かべて、猫なで声、もといフェリーンなで声でクルースに挨拶した。
「こんばんは。大人一人、ロドスまでのチケットが欲しいんだけれど」
この一件に関するクルースの毒舌はいつにも増してさえ渡っており、文字として記録してはその奥深さを損なうこと甚だしいため割愛する、と後に提出された報告書には記してある。現場に居合わせたパッカーは毒舌の内容について「可愛い顔しておったまげること言うんだねぇ」とだけ証言したという。