われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明 作:缶頭
自動販売機をしげしげと眺めて何を飲もうか考える。コーヒー、紅茶、ココア、炭酸飲料、そしてジュース。様々な飲料が並んでいる。よし、ココアだ。湯気の立つココアが飲みたい。ボタンを押して社員証をリーダーにタッチさせる。チャリンと電子音が響いて支払いが済むと、紙コップがコトリと音を立てて落ちる。褐色の甘い液体が注がれるのがプラスチックの扉越しに見えた。少し間を置いてランプが点滅し、注ぎ終わったことを示す。扉を開けたマトイマルは慎重にコップを掴んでテーブルへ戻った。
「それで、なに話せばいいんだ? 行動記録に書いた以上のことは出てこないぜ」
打ち合わせ用の丸テーブルにはアーミヤとメテオが座っていて、紙の書類やタブレット、携帯電話が並べられていた。ココアを机において椅子に座る。
「クウェイル・ランの事件は単なる立てこもりに留まらず、感染者と非感染者間の衝突という意味合いもあります。ロドスの今後の活動に役立てるためにも、現地で作戦に参加したお二人から直接話を聞きたいんです」
録音機を取り出してスイッチを入れながらアーミヤが答えた。わざわざ録音するのだから、あとで文章にまとめるつもりなのだろう。ケルシー先生やドクターも読むんだろうな、とマトイマルは想像する。
「その前に改めて、クウェイル・ランでの作戦ご苦労様でした。人質に対して燃料棒の中身が撒かれる事態を避けられたのはみなさんのおかげです。マトイマルさん、お怪我はもう大丈夫なのですか?」
「平気平気。もう鼻も腹もすっかり治っちまったよ」
アリエルにぶん殴られた鼻も、切り裂かれた腹や足も綺麗に治っていた。自分が頑丈な人間に生まれて本当に助かる。
「そうは言っても、もう一本の燃料棒は結局見つかっていないのよね?」
メテオは最近学んだとおりにタブレットを操作して、ちょっとおぼつかないながらもリターニアの新聞社が運営するニュースサイトを開いて見せた。トップ記事は「事件から2週間経過、燃料棒はどこへ?」だ。記事に寄れば上層部の都市も地下のスラム街も、移動都市の駆動部までもシラミ潰しに捜索されているが成果が上がっていないらしい。特にスラムは入り組んでいるうえ感染者からの有形無形の妨害もあり難航しているそうだ。
「感染者からの妨害? どういうこった?」
「スラム街に長らく隔離されていた感染者の人々には、上層部に住む非感染者に対する敵意や憎しみがあるはずです。彼らが燃料棒を恐れてうろたえる姿を見て、あざ笑いたくなる気持ちが芽生えるのも無理はありません」
「あー、なるほど。いつまでも無様にパニクってて欲しいのか」
スラムの感染者たちの事件に対する考えは様々だった。憎たらしいネウストラシムイ派の信者と教会をめちゃくちゃにしてやった、と犯人たちを肯定的に捉える者。犯人たち元特殊暴動対応班が感染者を上層から排除し続けていたと聞いて、嫌いな連中同士が共倒れになったざまぁみろと溜飲を下げる者。事件を受けて感染者に対する弾圧が今以上に過酷になるのではないかと不安になる者。これを機に感染者たちは団結して不当な扱いに対して声を上げるべきだと唱える者。
意見は色々あったが、ひとつ一致した見解がある。とにかく、何かが変わりそうだ。
初夏に予定されている議会選に感染者を立候補させる、なんてニュースもある。感染者は隔離されていても選挙権まで奪われているわけではない。今までもそういうアイデアがなかったわけではないが、ごく少数の感染者が頑張るだけで大きなムーブメントにはならなかった。お上に何を言っても無駄だろうとの諦観があったのも原因だ。ところが今度の一件で多くの感染者が政治や行政に関心を持ち始めており、議席の獲得は十分あり得る……と現地からのルポは伝えている。
「やっぱり捕まえた犯人から聞くしかねぇんじゃないか? 減刑するとか言ってさぁ」
「それが一番手っ取り早いと思うけど、ネウストラシムイ派が許すかしらね」
人質を取られたあげく教会が半壊したネウストラシムイ派は事件の直後から積極的に情報発信を行っていた。見せしめとして殺害された牧師がいかに素晴らしい人物で、犯人たちがいかに卑劣だったかを説明する動画を投稿するのはその一環だ。
その第二弾として、人質たちの神への祈りが通じたがために犯人が殺害、ないし逮捕されたのだとする動画がつい昨日投稿された。そんな彼らが司法取引に納得するとは思えない。事実「犯人を拷問してでもさっさとありかを吐かせろ」という物騒な声が他ならぬ教会内部から挙がっているらしい。
「『神への祈り』って……犯人をぶっ倒したのは我輩たちロドスと警察だろ!?」
「われわれロドスは協力という形で介入しましたから、一番活躍したのはあくまでもクウェイル・ラン警察の方々ですよ」
アーミヤがマトイマルをなだめながら答えた。最も被害が大きかったのもまた現地警察だった。ロドスのオペレーターは死者0、教会は警備員6人と牧師1名が死亡。一方の警察は特殊警備部隊ことQSSUと機動隊員合わせて40人近くが死傷していた。警察創設以来の大惨事で、QSSUは事実上壊滅状態になったそうだ。
「殉職者まで出して戦ったのにそんな言いかたをされるんじゃ、警察は気にくわないでしょうね」
「はい。教会は警察の不手際で事件がここまで拡大したと非難していますが、あまりに分別のない行為だと捉えられたようです。非感染者の信者でさえ教会の言動を批判し始めています」
アーミヤは具体的に言いはしなかったが、「非難」の実態は目を覆いたくなるほど理不尽だった。さる牧師は「警察に悪魔崇拝者がいるから解決が遅れた」「真の信仰があれば最初の突入で立てこもり犯を全員倒せた」などとSNSに投稿していた。大炎上を起こしたのは言うまでもない。彼は投稿を削除したが、翌日には「殺害されたゴドウィン牧師は自らを捧げて神へ救いを求めた、それに神は答え、だから犠牲者は彼だけで済んだ」などと投稿してまた炎上していた。牧師を殺したのは立てこもり犯だし、警察官や警備員が犠牲者でないはずがない。
教会がこのような態度に終始していたので、信仰の篤さで知られるネウストラシムイ派の信者たちも少なからず醒めてしまった。自分たちは何か間違っていたのではないか? そんな彼らの求めに応じて、テレビと新聞、それにネットのニュースサイトには感染者に同情的な内容が少しずつ増え始めていた。遅ればせながら自分たちマスメディアが隔離政策の実現とその維持に荷担していたことを自覚し始めたのがその理由の一つ。
もう一つはインディゴらが教会のサーバーから入手し、四方八方にバラ撒いたデータだ。その中には教会が行政や議会により強固な隔離政策の実施を働きかけていた記録が含まれており、さらには自らの野望実現のために様々な脱法行為を重ね莫大な袖の下を差し出した証拠が残っていたのだった。とはいえ教会のロビー活動など日常茶飯事だから、ただの献金ごときでは大騒ぎにはならない。
ではクウェイル・ランの市民が何に驚愕したかと言えば、当時次々と成果を上げていた特殊暴動対応班に目を付けたネウストラシムイ派が、豪快きわまりないことにその指揮権を「買った」という事実だった。警察の指揮統制システムへのアクセスを自由に許された教会は――そもそも外部からアクセス出来るようになっている時点で深刻な不祥事なのだが――不快な感染者が住むエリアを見つけては、そこに違法な感染者がいるから検挙せよと命令を発効する。その命令は文章表現を「警察風」に訂正されてから特殊暴動対応班が所属する組織犯罪対策局へと流れて、最終的には局長であるブラウンの元へ届く。ブラウンはよもやこれが正式でない命令などとは思いもせずインディゴたちに出動を命じるのだった。特殊暴動対応班は既成事実を打ち立てては追認されていくことを繰り返して出来上がった組織であり、指揮系統のあやふやさが残っていた。そこを突いたのだ。
それだけではない。教会は自分たちで武器や装備を買い付け、インディゴらにプレゼントまでしていた。それらの武器は教会の警備に用いるとの名目で、足が付かないようにペーパーカンパニー経由で仕入れられた上で警察に流れていった。あの「饅頭」もそんな武器の一つだ。中破した饅頭からなんとか回収した部品の製造番号と、製造元のクロキッド社が控えていた製造番号とがぴたりと一致した。書類の上ではクルビアの法執行機関に納入されたことになっているそうだ。
つまるところネウストラシムイ派は、特殊暴動対応班を私兵として好き放題使って感染者を弾圧していたわけだ。マフィアやチンピラに金を掴ませて同じことをさせるのに比べるとはるかに利点が多かった。何より彼らはプロフェッショナルだし、間抜けな連中がうっかり雇い主を漏らす心配もなければ、警察に捜査される心配もない――正式な命令に基づく警察自身の活動なのだから。とても愛と平和を説く宗教のやる行為ではない。これら一連の行為がすべて明るみに出たことでクウェイル・ランは喧々囂々の騒ぎになっていた。警察のアドレスから送信された、「Re:指揮統制システムの使い方について」などという件名のメールまで残っていたのだから笑えない。丸2年間はスキャンダルに事欠かないだろう。
もちろん教会はこれを否定している。というより、はいそのとおりですなどと認めた暁には教会全体が吹き飛ぶ。警察も右に同じだ。教会に対する非難と比べると警察に対するそれは少々様子が違った。非難すべきは金で公権力を売る所業をしたならず者どもであって、殉職した警察官はもちろん、特殊暴動対応班もまた被害者なのではないかとの意見が出てきたのだ。
インディゴたちが殺人を犯し人質事件を起こしたのは事実だ。だがなぜ事件を起こしたかと言えば、彼ら自身もまた鉱石病に感染し行き場をなくしたからだ。せめて彼らに規則通り恩給を払っていればこんな事件は発生しなかっただろう。大体このような意見である。
当然反論はあった。
そんな物の見方は甘すぎる。特殊暴動対応班への命令全てが偽造されていたわけではない。部隊の誕生以来感染者への不当な弾圧をしてきたのもまた事実なのだ――。これらは特にスラムの感染者たちに多く見られた意見で、特殊暴動対応班に向けられる安易な同情へ反発するものだ。もう一つはネウストラシムイ派の敬虔な信者からのもので、感染者になったからと言って教会を襲って良い道理はない、人を殺しておいてお前が悪いんだは無いだろう、という意見だ。どの意見にも一理ある。
一般人から役人までが、下はスラムの飲み屋から上は高級ホテル内のバーまで場所を問わずに議論を重ねていたが、インディゴらを懲戒免職にして警察から叩き出すその決定自体に教会が噛んでいた事実が判明すると「被害者視」はより強まった。ネウストラシムイ派と黒い繋がりがあったのは警察だけではないようだ。感染者を追い出した地区が異様に早く再開発促進地域に指定され、業者に売り渡されている。行政や司法との関わりがあったのではないかと暴露されたデータの調査・分析が進められているが、その過程でこれらの情報でさえ氷山の一角でしかないことが判明した。犯人たちが盗み出したデータの「完全版」は炎国の企業が運営するオンラインストレージ上に保存されているらしい。
犯人たちは外部へ送りつけるデータを慎重に吟味していたため、完全版といってもその中身は車の保険証書や電気代の明細など取るに足らないものが大半だろうと推測されてはいるが、事が事だけに何が出てくるかは分からない。クウェイル・ランの都市政府とネウストラシムイ派は躍起になって捜査への協力、ないしはデータの削除を求めているが、今のところこの企業はユーザーの保護と炎国の国内法を盾に首を横に振っていた。政府と教会が必要以上にヒステリックに焦る様から、予想とは裏腹に公開されては困る情報が山ほどそこにあるらしいと気づいたメディアと一部市民はどうにかしてそのデータを入手するべく躍起になっているらしい。
「へぇえ、今そんなことになってんのかぁ」
熱いココアを飲みながらマトイマルは感慨深そうにつぶやいた。唇をぺろりと舐めてから、思い出したように口を開く。
「まだいまいち分かんねぇんだけどさ、結局犯人の目的ってなんだったんだろうな? 『隔離政策の撤廃』とか『教会の感染者いじめを止めさせる』なんてお題目をぶち上げておきながら、同じ口で交渉しないなんて宣言するしよ。ネットのニュースで見たんだけど、外からの呼びかけに応じないどころか教会内の電話線を引っこ抜いてたそうじゃねぇか」
興味深い話だと思ったのか、アーミヤがノートを開いてメモを取り始めた。ピンクの可愛らしいペンが紙の上で左右に踊る。
「じゃぁ行き当たりばったりなのかと思ったら、燃料棒を隠しておいたり教会の裏の顔をバラしたり。義賊みてぇな真似する割には容赦なく牧師を殺しちまうし」
「確かに首尾一貫してないところはあるわね」
メテオがペットボトルの野菜ジュースに口を付けながら言った。
「犯人たち特殊暴動対応班も教会に対して色々思うところはあったんでしょうけど、それなら犯行声明を送りつけるついでに自分たちの主義主張を唱えてもよかったはずよね。牧師を殺害したあとドローンの前で第二の声明を出した時に、そのまま演説を始めることも出来たはずだし。かと思えば負けたあとになってロドスに加えてくれなんて言い出したりもする」
うーん、分かんねぇや。そう言ってマトイマルは頭の後ろで手を組んだ。メテオも足を組んでタブレットに映るニュースを眺める。フォート・ベンドとクウェイル・ランとの事件の間には全く関係がないことが明らかになった、と記事の見出しが告げていた。ガルフトン源石再処理工場から燃料棒を奪うという共通目的で複数の武装グループが一時的に手を組んだだけに過ぎなかったのだという。
「まぁ、目的は裁判で明らかされるんでしょうけど、燃料棒が見つからないことにはクウェイル・ランの市民はゆっくり眠れないわね」
「あのアリエルってねーちゃんは燃料棒のありかを知ってるみたいだけどな」
メテオは驚いて姿勢を正した。マトイマルは「そんなに慌てるなよ」と落ち着くよう手を振る。アリエルはロドスへの「密航」に成功し現在船内で治療を受けている。クウェイル・ラン警察は今もなお彼女を指名手配して探し回っていた。
「ラヴァと見舞いに行った時にちょっとその話になってさ。うまい具合にはぐらかされちまったけど、身に覚えはあるらしいぜ。……アーミヤは聞いてないのか?」
「ええ、ラヴァさんから直接聞きました。燃料棒の所在を教える替わりに、現在クウェイル・ラン警察に留置されている犯人たちをロドスに引き渡す方向で話が進んでいます」
今度はマトイマルも驚いた。一体どういうことなんだ。アーミヤは順に説明しますねと言って話を続ける。
「フォート・ベンド市での武力衝突は大規模なものになりましたが、ロドスの皆さんの活躍もあってなんとか解決出来ました。人的・物的な被害自体は決して小さくありませんでしたが、市内に持ち込まれた燃料棒は全てが無事に確保されています。武装勢力の兵士を取り調べた結果、工場を襲撃した組織の足取りが掴め、残りの燃料棒も次々奪還が進んでいます。現在までに16本が回収されました」
「えーっと、奪われた燃料棒って全部で何本だったっけ?」とマトイマルはメテオに尋ねた。メテオはタブレットの画面を切り替え作戦情報共有システムを閲覧しようとするが、やり方が分からずうまくいかない。結局マトイマルが代わりに操作してあげた。画面をタップして、再処理工場襲撃事件に関する情報を呼び出す。
「17本。……ってぇことは」
「はい、クウェイル・ランで行方不明の一本が最後の燃料棒です」
そこまで説明されれば大体の想像は付いた。全ての燃料棒を無事に回収できればリターニアの中央政府は面子が保て、一連の事件に終結宣言を出せる。未曾有のテロの脅威は去ったと国民にアピールしたい、そのためなら立てこもり犯の5人や6人放免にしてもよい。
クウェイル・ランの都市政府やネウストラシムイ派の指導層にとっても悪い話ではない。燃料棒の発見は彼らも望むところだし、犯人たちに裁判の場でさらなる暗部の証言をされるくらいなら手打ちにしてしまった方がまだ被害が少ない。放免になった犯人たちにクウェイル・ラン内で下手に活動されては感染者にとってのシンボルになりかねないから、ロドスへ「追放」するのはこれまた都合が良い。引き渡しの条件として「犯人たちが以後事件について一切語らないこと」「オンラインストレージ上のデータを完全に削除すること」のふたつが通りさえすれば、都市政府も教会も喜んで妥協するはずだ。
そしてロドスにとっても、ただでさえフォート・ベンドやクウェイル・ランの戦闘でリターニアへ貸しがあるところに、さらに犯人たちの受け入れを行うという恩を売れる。今後のビジネスにおいて非常に有利に立てるだろう。三方ともそれぞれ得をする。
一方殺害された警察官や牧師、不当な命令で特殊暴動対応犯に追い出された感染者たちは丸損だった。仕方がない、などと言って見なかったことにはしたくない。だが全員を救えるハッピーエンドがないのも承知している。
留置されている数名の立てこもり犯は「負傷した傷口から感染症を起こした」とか「鉱石病の急性疾患で倒れた」とか「留置所内で首を吊って自殺した」などとして死んだことにされてからロドスへ送られてくる手はずらしい。犯人が全員死亡するなど不自然極まりない話が起きるはずない、とメディアは追求するだろう。だがそこまではロドスの知るところではない。適当にごまかしてくれ。「リターニア、クウェイル・ラン双方との交渉についてはラヴァさんが手伝ってくれています」とアーミヤは付け加えた。メテオは腕組みして、犯人との約束を律儀に守り通すラヴァに感心する。マトイマルはもうそこまで話が進んでいるのかと重ねて驚いた。
その後も教会内への突入に関する話や、特殊暴動対応班と戦闘した感想、事件後にようやく味わえたロブスター――恐ろしくうまかった!――など様々な話をしてから最後にアーミヤが聞いた。
「今回のクウェイル・ランでの一件に対するお二人の所感をうかがっても良いですか?」
ちょ、ちょっと考えさせてくれよ、とマトイマルがあれこれ思案を始めた。少し時間を稼いであげようとメテオが先に口を開く。
「燃料棒があろうとなかろうと、遅かれ早かれ似たような事件は起きたと思うわ。ネウストラシムイ派のやり口は度を超しているもの。下手をすれば第二のレユニオンがクウェイル・ランのスラムから出てきてもおかしくなかった。そう言う意味では犯人の行動もちょっとは理解できるけど、あまりに身勝手すぎるわ。ただ、じゃあどうすれば良かったのかって聞かれると困るのだけれど……。事件がきっかけになって、感染者に対する隔離政策を見直そうって機運が広まっているのが唯一の救いかしら」
考えをまとめながらゆっくり喋ったメテオは、話が終わるとペットボトルの中身をごくごくと飲み干した。
「所感って言われてもなぁ……。こうやって話してて、んー、立てこもった連中にはもしかしてご大層な目的なんて無かったんじゃねぇのかって気はしてきたな」
どういう意味でしょうか、とアーミヤが尋ねる。腕組みしてうんうん唸りながらマトイマルは答えようと試みた。
「うまく言えねぇけど、感染者のためだとか教会の悪事を暴くなんてのは我輩たちが勝手に想像してるだけで、あいつらは暴れ回って死ぬような目に遭うのが第一目標だったみたいな感じがするんだよなぁ」
「つまり、この事件は一種の拡大自殺だったということですか?」
「うーん、自殺って言葉は違うな。見舞いに行った時にさ、あのねーちゃんは自分が鉱石病患者であることに屈辱感とか無力感とか絶望感とか、そういうのを人一倍感じてたって言うんだよ。過去形ってことは今は感じてないってことだよなぁ」
少々脱線したりおぼつかなかったりしつつ、身振り手振りを交えてマトイマルは考えを口にする。アーミヤとメテオは黙って聞いていた。
「ねーちゃん曰く、自分たちがテロだの暴動だのを鎮圧すればするほどネウストラシムイ派が喜ぶって状況にはかなりムカついてたらしい。追い詰められてやむを得ず、って感染者も山ほどいたんだろうな。荒野に出て3,4ヶ月くらい経った時に、教会が特殊暴動対応班に好き放題指図してたんじゃないかって話を流しの武器商人から耳にしたんだと」
空になった紙コップの底を眺めながら考えをまとめる。アーミヤはその間にペンを走らせていた。
「こっからは完全に想像だから本気にしないでくれよ。あいつらには多分、『鉱石病になったら人生おしまいだ』みたいな思い込みがあったんだと思う。いや、思い込みつーか、癌や鉱石病みたいな病気になったら誰でもそう感じるもんなんだろうけどさ。あそこまで宗教が強い移動都市で暮らしてるとさ、やっぱ知らず知らずのうちに影響を受けちまうんだろうな。自分は偏見を持ってないつもりでも、実は心の奥で感染者は怖い、感染者は悪者だと思ってる。ところが自分が感染者になっちまって、もう終わりだと落ち込むのと同時に感染者に対するドロドロした感情に気がついた。それで自分自身が嫌になっちまった。荒野で半年生活しても全然気が晴れない。そりゃそうだ自分が鉱石病なのに変わりはねぇんだから。そこでもうどうとでもなってやらぁっと開き直って、自分たちに差別意識を植え込んだ大本、かつ散々良いように扱ってくれたネウストラシムイ派にカチ込みに行くわけだ。別にクウェイル・ランの感染者に罪滅ぼしがしたいワケじゃない、あくまで自分たちのためってのがミソだぜ。あの移動都市最大の権威たるネウストラシムイ派をぶっ潰すつもりで暴れ回る。当然怪我をする奴も死んじまう奴も出る。世間から見れば極悪人よ。だけどそこまでやることで初めて、教会と完全に繋がりが切れた精神的に自由な感染者になれるって寸法さ。『鉱石病にビビってた自分』は死んで、『鉱石病がどうした、好き放題生きてやる!』って自分に生まれ変わる。だから我輩たちと戦って負けたあとは憑き物が落ちたみたいにサッパリしてるし、ロドスに入って人生をやり直そうとする、と」
ペンを止めたアーミヤが「いわゆる『臨終のよろこび』に似てますね」と相づちを打った。
「なんだそれ」
「『ああ終わった、死んだ、もうダメだ』となった時に、逆にしがらみから解き放たれて活力が湧いてくることです。例えば……そうですね、遠く離れたスーパーまで自転車で買い物に行って、買い物袋を山のように乗せて帰ってくる。もう一漕ぎで家までたどり着くというところで転んでしまって中身を全て台無しにしてしまった。そういった時マトイマルさんならどう感じますか? カンカンに怒りますか?」
「怒るだろうけど、逆に変な笑いが出てくるかもなぁ」
「それです。その『笑いが出てくる』のが『臨終のよろこび』です」
新しい言葉を知って「へぇ」と感心するマトイマルをよそに、やや困惑した様子のメテオが頬杖を突いたまま話に加わる。
「つまり、犯人たちにはそもそも主義主張なんて全然なかったってこと? 確かに犯行声明がフェイクだとすればあとの展開は結構説明付きそうだし、最後の燃料棒も教会のデータも取引の手段として使うつもりだったとすれば辻褄は合うけど……」
あくまで想像だぜ想像、と言ってマトイマルはココアのお代わりを買いに席を立った。メテオはマトイマルが離れたのを横目で確認してから、彼女に聞こえないよう小声でアーミヤに話す。
「あの子があんなに事件のことを深く考えてるだなんて思ってなかったわ」
「人は見た目に寄らないものですよ、メテオさん」
アーミヤがニッコリ笑って返事をする。二人をよそにマトイマルは自販機の前でうんうん悩み始めた。ココアじゃないものに目移りしているらしい。
「マトイマルの仮説が正しいとすると、犯人たちはほとんど『こき使われた上司にお礼参り』なんて低次元な考えで人質事件を起こした訳よね。――もちろん、崇高な大義名分がありさえすれば人を殺してもいいことにはならないけれど。どれくらい当たってるかはともかく、これって実は私たちロドスにとって盲点なんじゃないかしら」
「盲点というのは?」
「例えば非感染者が数人がかりで感染者を殴っていたら、私たちは『感染者への蔑視が原因なんだろうな』って勝手に結びつけてしまうでしょ。でもその原因はお金だったり恋愛関係のもつれだったりと、ものすごく個人的な理由かもしれない。ロドスの立場上鉱石病のことをどうしてもマクロに、そしてシリアスに捉えてしまうけど、案外こういう私的な事件、鉱石病が口実でしかない事件ってあると思う」
ピリリリ、と携帯電話の呼び出し音がした。まだ自販機の前でうろうろしていたマトイマルは画面を確認するや否や血相を変えて机に戻ってきた。
「悪い、サッカーの練習があるんだがもう行っていいか?」
「ええ。今日はありがとうございました」
そんじゃな! と手を振ったのちパタパタと足音を響かせて走って行くマトイマル。足音はすぐに聞こえなくなり、ミーティングスペースに静寂が広がった。しばらくメモを取っていたアーミヤは顔を上げると、少し考えてから切り出した。
「燃料棒が危険な物質であり、フォート・ベンドでそれを利用したテロ未遂が起きていたこと。クウェイル・ランにはネウストラシムイ派という特有な要素があったこと。それらの要因によって『隔離と圧制に対する不満が原因で教会で人質事件を起こしたんだ』との思い込みが私たちにあったことは否定できません。しかし、犯人たちの狙いが何であったにせよ、事件の結果としてクウェイル・ランの感染者たちが処遇改善を求めて立ち上がり始めた事実もまた、否定できません」
この動きは都市政府にも教会にも止められないだろう。話し合いで解決できるのか、またも流血沙汰が繰り返されるのかまでは分からないにせよ。
「鉱石病の治療と鉱石病を原因とする揉め事の解決。この二つがロドスの企業目標です。感染した原因が何であれみな等しく患者として扱うのと同じよう、その根本にいかなる感情が渦巻いていても、感染者へ、あるいは非感染者へ鉱石病の名の下に振るわれる暴力を見過ごすことは出来ません」
私に向けて言っているのではなく自分に言い聞かせているのね、とメテオは思った。この若いCEOは鉱石病が引き金となった、自分が想像も付かないような悲劇――貧困でも虐殺でも飢餓でも戦争でも何でも――を知っている。知った上でこの台詞を言っている。しかもこれは単なるきれい事ではない。ロドスには彼女の言葉を実行できるだけの力がある。血のにじむような思いをして積み上げた力が。
「茨の道ね。だけどそう断言してくれるからこそ付いていこうという気にもなるわ」
「ありがとうございます。メテオさん」
アーミヤはパタンとノートをたたみ、録音機に手を伸ばして停止ボタンを押す。時間を確認して「済みません、これから経営戦略会議がありますので」と椅子から立ち上がると、ぺこりと頭を下げて駆けていった。小さくなっていく背中を見ながらメテオは自分もしっかりせねばと気持ちを改める。
さて弓の手入れでも……と思って席を立ったところでタブレットに「不要なアプリを削除してデバイスの容量を増やしましょう!」と通知が表示されているのが見えた。え、何なのこれは。もしかしてウイルスってやつ? とにかくタップしてみて――いえ、こういうのは下手に触っちゃダメって教えてもらったわよね。一体どうすれば? 周囲を見回す。マトイマルもアーミヤもいない。声にならない声を上げながらタブレットを恐る恐る持ち上げ、電子機器に詳しい人物を探すためにメテオもまた駆けだした。