われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明 作:缶頭
以下の音声データはドクターやケルシー先生を始めとする数人だけが再生可能な音声データです。クウェイル・ランで人質事件を起こした特殊暴動対応班の元隊長から直接聞き取りを行った資料になります。リターニア、クウェイル・ラン双方と交わされた守秘義務契約に違反する内容が含まれていることが法務部から指摘されたため、当該部分については1週間を目処に削除する予定です。ただ残りの部分にも事件に関する興味深い内容が散見されるため、ドクターも可能ならば聴取してください。
――アーミヤより
「では聞き取りを始める。会話は全て録音されているのでそのつもりで。尋問ではないので喋りたくない件については黙秘しても構わない。クウェイル・ランとの秘密保持契約に違反するとお前が考える部分も同様だ。自己紹介を忘れていたな。私はドーベルマン。ここロドスでオペレーターたちの訓練を担当している」
「それはどうも」
「まずはそうだな、うちのオペレーターたちと戦った感想が聞きたい」
「腹を串刺しにされた人間が言うのは負け惜しみにしか聞こえないだろうが、一人一人はそこまで大したことはない」
「ほう?」
「しかし連係プレーが抜群にうまい。個々人の能力を2倍3倍、いやもっと高めている。7人を相手にしただけだったが、あれが12人がかりだったら軍隊ともやりあえそうだ。あなたの教育が素晴らしいのだろうな」
「褒め言葉と受け取っておこう」
「彼女たちより強いオペレーターは?」
「もちろん居る。男も女も。それも大勢。だが強い者ほど他者との連携を軽んじる傾向があるな」
「強いとはそういうことだろう。特殊暴動対応班にもチームプレーを覚えるまで手を焼いた者がいた」
「アリエルのことか?」
「よく知っているな」
「彼女、オペレーターへの志願をしたよ。『仲間の治療代と生活費を稼ぐ』ためだそうだ。私が選抜試験を行った。そういう決まりなんでな」
「結果は?」
「聞く必要もないだろう。実力はお前の方がよく知っているはずだ。多少スタンドプレー気味なところはあるがすぐに修正してみせる」
「恐ろしい教官だ。警察学校時代にあなたのような鬼教官がいたよ」
「お前はどうだ? オペレーターになってみないか?」
「傷口が全部ふさがってから考えさせてくれ」
「そうしよう。しかし、そこまで気力のある人間がなぜわざわざ人質事件など起こす必要があった? 荒野で半年以上傭兵として生きていたのならスカウトも少なくなかったろう」
(数秒間無音)
「感染者に付いて非感染者と戦うのも、その逆も後ろめたさがあった。もっぱら感染者同士の抗争を探してはそれに参加していた」
「質問の回答にはなっていないな」
「尋問に片足を突っ込んでいやしないか?」
「すまない。悪い癖が出た」
「……俺を含む隊員のほとんどが移動都市での生活しかしたことのない『文明人』だ。荒野での生活は想像以上に過酷だった。天災に巻き込まれた時はさすがにダメかと思ったよ」
「誰にとっても過酷だ。そうでなければ移動都市など造られはしない」
「故郷がある者、定住先が見つかった者はそれでもまだ良かった。一人離れ二人去り、それでも俺を始め20人ほどがまだ荒野をうろついていた」
「なぜ?」
「言葉で言うのは難しいな。全員が同じ理由でもないし、自分で整理し切れていない」
「お前自身の理由について、よければ聞かせてくれないか」
(数秒間無音)
「……無理にとは言わない。話題を変えようか」
「いや、いい。端的に言って、自分がまっとうな生活にふさわしい人間だと思えなかったからだろう。鉱石病になった人間は惨めで貧しく哀れに生きていかなければならないという固定観念が、少なくとも俺にはあった」
「なるほど。ネウストラシムイ派の教義のせいか」
「人口の8割が信者だからな。こう見えてハイスクールに上がるまでは毎週教会に通っていたんだ」
「高校に入ってちょっと世間に反発してみたくなったのか?」
「違う。日曜朝に『ハイウェイポリス・ユニット99』の再放送をやっていたからだ。自宅のレコーダーが壊れていてリアルタイムで見るしかなかった」
「私は見たことがないが、ハイウェイポリスシリーズはロドスの男子たちにも人気だな。ロボットに変形するパトカーのプラモデルを飾っている子供が何人もいる」
「だろう? アレを見て警察官になったんだ。それ以来まじめな信者ではなくなったな」
「ふむ。大体分かった。次の質問に移りたい所だが、私ばかり質問攻めにするのもフェアではないだろう。何でもいい、聞いてみたいことはないか?」
「いくつか。まずはネウストラシムイ派の言行に対するロドスの率直な意見を聞きたい。アリエルからもいろいろ聞いたようだしな」
「私個人の見解でよければ」
「構わない」
(数秒間無音)
「感染者に対するいわゆる憎悪団体は無数に存在する。だが宗教の形をした上で広く遍満しているのは珍しい」
「『憎悪団体』? ずいぶんと思い切った言い方だ」
「聖典釈義については専門外だが、少なくとも鉱石病に関する言動は憎悪団体そのものだ。信仰だと言えば『鉱石病の感染者は天国へ行けない』だの『鉱石病は悪魔が世界を支配するための手段』などという物言いが許されるとは思わん。お前たちが暴露した情報を見るに、憎悪の再生産を繰り返して自家中毒を起こしているように見える。まっとうな宗教団体とはほど遠い。……知っているか? 感染者の利用者が多いアングラ掲示板サイトでは、そんなネウストラシムイ派に煮え湯を飲ませたお前たちは英雄扱いだ」
「よしてくれ。俺たちは自分自身の目的のために事件を起こした。誰かの役に立つかもしれないなどと想像もしなかった。ましてや復讐者を気取りたかった訳でもない」
「アリエルも同じことを言っていた。その『個人的目的』とはなんなんだ? お前たちはそのために――」
「まさかとは思うが、殺人、監禁、脅迫、器物損壊その他の罪を重ねたことを今更非難するわけじゃないだろうな。……いや、非難されてしかるべきだ。それに異論はない。だが傭兵として金のために人を殺すのは構わないが個人の思想信条で人を殺めるのは通らない、などと言ってくれるなよ。傭兵として民間人の家々や畑を焼くよう命じられた経験だって一回や二回じゃない。加えて言えば、他ならぬロドスもまた自らの営利と信条のため組織的かつ継続的に暴力を行使しているじゃないか。無論、止むに止まれぬ事情がある時以外そうしたがらないことは十分承知しているが、それでも俺たちが殺した数はあなた方の足元にも及ぶまい」
(数秒間無音)
「すまない、今のは屁理屈だ。犯罪者のたわ言だと思って欲しい」
「いや、私の質問が露骨だった。許してくれ。どうも捕虜尋問の癖が抜けなくていかん。言い方を変えよう、源石再処理工場の監視カメラに写っていた顔や犯行声明を出す時の顔と比べて、今のお前はずいぶん毒気が抜けてにこやかになっているように見える。何か変わったのか?」
「……そうだな。その質問ならまだ答えやすい。鉱石病に感染した人間として生きていく覚悟が出来た、とでも言っておこうか。世間を恨み自分を呪うような生き方ではなく、毎日楽しく生きていく覚悟だ。頬の源石結晶が体全体を覆い尽くし、俺自身が感染源となってしまう前にやりたいことが山ほどある」
「例えば?」
「美しい女性を食事に誘ったりさ」
(二人分の笑い声)
「いやいや、良いことだ。感染者だからと言ってデートを控える必要など全くありはしない」
「そう言ってもらえると助かる。事件の前、鉱石病にスティグマを感じていた時にはそんなことを考える気にさえならなかった。鉱石病の人間なんてお断り。そう言われておしまいに違いないと思い込んでいた」
「なるほどな。少し分かってきた。要するにネウストラシムイ派のくらだない教義のくびきを脱するための『親殺し』だったということか。病気になった時に見捨てるような親に付いていく子供なぞいやしない。あるいは自らを生み出したマッドサイエンティストを倒さんとする怪物、とでも表現すべきか……ああ答えなくていい、これ以上は守秘義務契約に違反する。私が勝手に考えを口にしているだけだ」
(数秒間無音、のち、机をコツコツ叩く音)
「まだ質問があるんだが」
「なんだ?」
「話の最初にオペレーターの訓練をしていると聞いたが、人質救出のカリキュラムなんかもあるのか?」
「他の教官たちと協力して、オペレーターには大抵のシチュエーションを訓練させている」
「それは興味深い。最後の質問なんだが、今晩食事でもしながらぜひ立てこもり犯への対応について聞きたい。俺の専門分野だから少しは貢献できると思う。構わないだろうか?」
(録音一時中断。後半部分に続く)
【コメント(1)】
後半部分についてクウェイル・ランとの守秘義務契約第3条の1項並びに2項に違反する恐れがあります。当該部分を削除することを進言いたします。一度ご確認ください。しかし、あのドーベルマン教官を食事に誘うなんて、恐れ知らずにも程がありますよね――法務部契約課職員・匿名希望
【コメント(2)】
削除要請が承認されたため後半部分を削除しました。最終版として一般職員がアクセスできないよう権限が設定されています。人事部の連中が「我らの光」ちゃんにメロメロになったあげく、彼女と食事を共にするために1ヶ月以上待ちの行列に並んでいるのに比べれば、はるかに趣味が良いと思うけどね――法務部契約課・BC