われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明 作:缶頭
「……以上が4日前のガルフトン源石再処理工場襲撃事件のあらましになります。死者12名、重軽傷者18名、盗み出された使用済み源石燃料棒は17本とのことです」
カーテンが閉められ電灯が消された広い室内。何十人ものオペレーターの視線が部屋の端から垂れ下がるスクリーンと、そこにプロジェクターから映されたスライドに注がれている。
リターニアの地図が描かれたスライドの西端に赤丸が打ってあり、そこから線が引かれて工場の写真が何枚か貼られている。次のスライドを表示させながらアーミヤCEOは話を続ける。
「燃料棒を悪用したテロの恐れがあるためとして、工場を運営するパーランド・インダストリー社とリターニアの中央政府はロドスに対して燃料棒の回収を依頼しました。もちろん政府も襲撃犯の逮捕と燃料棒の奪還のため動いてはいますが、鉱石病の知識と戦闘経験との両方を持つわれわれの協力が不可欠だと判断したようです」
「しつもーん! さっきから言ってる『ねんりょうぼー』ってのが何なのかよく分からないんだけど。色は? 大きさは? 体に悪いの? 見てて楽しくなる?」
赤い髪をした女性オペレーターが話を遮り、右手をゆらゆらと挙げながら質問した。サンクタ人特有のヘイローが彼女の頭の上でぼんやりと光を放っており、薄暗い室内との対比がコミカルに見えた。
「よい質問ですね。それについてはセイロンさんが説明してくださいます」
CEOに出番を振られた女性が立ち上がり優雅に一礼すると、机の上に置かれたパソコンを操作して新たなスライドを読み込ませた。スクリーンに体に悪そうな色をした液体と、複雑な化学式が書かれた画像が投影される。
「できる限り平易な言葉で説明いたしますが、わかりにくければ言ってくださいませ。この燃料棒、正式には『使用済み源石燃料棒』というのですが、文字通り源石エンジンの燃料として使われている物質です。燃料と言っても家庭用発電機や乗用車を動かすためのものとはレベルが違って、巨大なコンビナートを稼働させたり、移動都市に荒野を走らせるための動力供給に使われるなど、莫大なエネルギーが要求される場面で使用されます。燃料棒と名前は付いていますがその実態は液体燃料です。これはかつて粉末に加工した源石をスティック状に焼き固めてセラミックスにしたものを燃料棒と呼んでいた頃のなごりですわ。その後高効率化と高出力化のため液体に加工して用いる手法が主流になりましたが、業界用語とは得てして変わらないもの。たとえて言うなら、ご高齢の方がペーストの歯磨剤であっても『ハミガキ粉』とおっしゃるように。液化源石燃料が実用化されるまでの物語を知りたい方にはW・P・ダワーの『液体燃料のからくり』がオススメですわ。エミュー社の「からくり」新書シリーズの一冊でとても読みやすくて面白いです。それはともかくとして、そういう経緯があるため化学的には『反応済み源石廃液』とでも呼ぶのが正確でしょう。皆さま、ここからが肝心ですわよ。この液体は人体に対して極めて有害であり、それは使用後もなんら変わりありません。反応後も再処理することで再び燃料として使えるようになるのですが、そのコストの高さ、再処理後もさほど変わらぬ危険性、そして低質の燃料になってしまう点が理由であまり活用は進んでおりません。ガルフトン源石再処理工場でも在庫が増える一方だったようですわね。再処理されるまでの間、もしくは再処理を諦めて廃棄されるまでの間、『反応済み源石廃液』は少量ずつに分けられたのち円柱型の密閉式防護缶に入れて保存されます。燃料棒とはすなわちこの缶のことを指しているのだと考えておおむね間違いありませんわ。サイズは……そうですわね、1リットル入り紙パックにすっぽり収まるくらいかしら。缶に収められている限りは触ったり持ち上げたりしても人体に危険はありませんわ。けれどもまかり間違ってもこじ開けようとか蹴飛ばしてみようなどとは考えないでくださいませ。この缶だけでもかなりの衝撃や腐食に耐えられますが、さらなる安全性向上のために一本ごとに防爆ケースに入れられています。――この右上の画像が燃料棒用の防爆ケース、これはアタッシュケース型ですわ」
ガタン! と何かがぶつかる音が部屋の隅で聞こえた。スライドにレーザーポインタを当てて説明していたセイロンが振り向くと、椅子から転げ落ちたオペレーターが恥ずかしげな顔をして再び椅子に座ろうとする様子が見えた。どうやら居眠りしていたらしい。「申し訳ありません、もう少し手短に話します」とスライドを何枚か飛ばしたセイロンは「燃料棒の毒性」と赤色の文字が書かれたスライドを表示させて再びマイクを手に取った。
「眠気が吹き飛ぶように衝撃的な事実から申し上げます。この燃料棒の毒性は普通ではありません。適切な方法で散布されれば、コップ一杯の量で2キロ四方の人間全てを確実に鉱石病にすることが出来ますわ。テロリストにとってはこの上なく都合の良い武器でしょう?」
それまで寝息さえ聞こえていた会議室が一瞬にして静まり、ついでどよめきが広まった。口笛を吹いて大げさに驚いてみせる者までいた。
「もちろんこれは理論上の話です。実際に繁華街の中心でまき散らすなら爆弾にくくりつけるか空からドローンで散布するかでしょうけど、いずれにしても濃度の偏りは出ますし、雨風で流されてしまうこともあります。運良く一部が気化したとしても、現代の高気密建築物ならドアや窓を閉め切ればそうそう屋内へは入ってこないはず。ただし」
セイロンはそう言って次のスライドへ切り替える。「建築物内部での散布シミュレーション」とキャプションの付いた動画が表れた。ビルの中に散布された廃液を示す赤い点が表示され、時間が経過すると共に猛烈な勢いで広まっていく。無機質なコンピューターシミュレーションにも関わらず、妙に恐怖心を起こさせる動画だった。
「逆に言えば、そのような建築物――最新のコンサート会場とか、百貨店やホテルが詰め込まれた超高層ビルとかですわね――の内部で散布されれば、換気システムや空調を通じて甚大な被害が予想されます。それだけの被害を起こしかねない危険な燃料棒が多数奪われたと言えば、ロドスが誇る優秀なオペレーターの皆さまに出席して頂いた理由もおわかりかと思います」
再びの沈黙。思っていたよりも事態が深刻であると理解した者から順番に真剣な顔つきになり、今までとは打って変わって真剣に話に聞き入る。眠りこけていた脳細胞を呼び起こし、見たもの聞いたものを取捨選択して頭に刻み込む。なおも続いたセイロンの話が終わる頃には全てのオペレーターが自分に期待される役割を頭の中で想像し、繰り返し繰り返しシミュレートしていた。
このスイッチの切り替えの速さ、一人一人が持つ目的意識に裏打ちされた意志の強さこそが、ロドスのオペレーターが単なる製薬会社の社員でも武装警備員でもないことの証明である。誰もが自分の目標を明確に自覚しており、一人で外に放り出されても任務を達成しようとする意地を持たせる。
「セイロンさん、ありがとうございました。次はドーベルマン教官に現在の状況を報告して頂きます」
ドーベルマンが自分の作ったスライドを表示させ、マイクを握って話し始める頃には誰一人眠い顔をしていなかった。自分の訓練方針が間違っていない安堵感と、不真面目な態度を見せるオペレーター達をもう少し鍛えねばならぬという義務感を新たにし、彼女は口を開いた。
「昨日昼、フォート・ベンド市中心部でこの燃料棒を用いたテロ未遂事件が発生した。実行犯はドローンを用いて空中から散布しようとしたらしいが、トラブルか何かで上手くいかなかったようだ。そこを巡回中の警察官が飛行禁止区域内で不審な動きをするドローンを発見。市警察が最近導入したドローンジャマーを使って制御を失わせて不時着させた。燃料棒を回収しようとした犯行グループと警察官との間で衝突が起きた結果、犯人1名の身柄を確保することができたそうだ」
スライドが切り替わり、地面にぶつかってひしゃげたドローンの写真が映し出される。その胴体にはお手製の噴霧器らしきものと、セイロンのスライドにあったのと同様の金属缶が金具で繋がれていた。遠目には銀色に塗られた極小サイズのドラム缶に見える。
「幸い燃料棒は損傷もなく、中身が漏れ出す事態には至らなかったようだ。残りの犯人達は感染者の多いスラム街へ逃走し現在警察が行方を追っている。確保した犯人を取り調べたところ、再処理工場を襲撃したグループのひとつだと白状したらしい。このグループは少なくともまだ3つの燃料棒を持っているとも話している。フォート・ベンド市は人口約25万の中規模都市だが人口密度は比較的高い。各オペレーターは都市へ向かい、現地の軍や警察と協力して捜査・回収に当たってもらいたい。優先目標はあくまで燃料棒だ。犯人達を捕らえるのは後回しにしていい。燃料棒は第3類源石性危険物として扱い、発見した際には直ちに取り扱い資格を有するオペレーターの指示、もしくは現地指揮者に従うこと。現地への移動方法についてだが、フォート・ベンドとロドスの現在地との間には先月天災が発生した森林地帯がある。現地で調査に当たっている天災トランスポータープロヴァンスからの報告によると各地で道路が寸断され、悪天候も続いており通過は困難だ。そこでいったんリターニアの移動都市クウェイル・ランへと迂回し、そこから出ている直行便でフォート・ベンドへ向かってもらう。片道一日半ほどになるがやむを得ないな。オペレーター、ないしチームごとの出発時刻と詳細な情報は作戦情報共有システムにアップロードしておくから各自チェックするように。私からは以上だ」
話を終えたドーベルマンは後ろからやってきたCEOに気づくとマイクを渡す。アーミヤはそのままつかつかと歩みを進め、天井から垂れ下がったスクリーンの正面へと移動した。プロジェクターからの光が彼女の顔を明るく照らし、スクリーンには巨大な影を作った。何十人ものオペレーターが視線を一点に集中させ、耳を澄ませる。
「みなさん! これは深刻な事態へと発展する可能性がある事件です! 場合によっては数百数千を超える人々が被害を受けるかもしれません! しかし、私たちの持てる知識と技術を存分に発揮すれば未然にテロを防ぐことが必ずできると私は信じています。そのためには皆さんの連係プレーが必要不可欠です。犯人がどこにいるかわからない。燃料棒がどこに隠されているかわからない。そう考えるとどうしても焦らずにはいられません。ですが焦れば焦るほど気持ちは空回りします。常に冷静に、互いに情報を交換し合ってください。これで説明を終わります」
会議室の電灯が付けられ、年齢も性別も種族も多種多様な人々が続々と部屋から出てくる。説明前の眠たい顔、やる気の無い顔をしている者はもはや一人もおらず、彼ら彼女らの胸にはしっかりと使命感という苗木が植えられていた。
その木はオペレーター達の過去の経験や未来への目的意識を栄養に深く強い根を張り、どんな困難や妨害にも負けない大木へと育つ。ロドスのオペレーターが様々な組織や団体から確固たる信頼をもたれ、敵対者からは蛇蝎のごとく敵意を向けられる理由がそこにあった。
ガチガチに隙間を詰めるとどうにも読みづらいので
会話文と地の文の間を1行ずつ開けるよう編集し直しました。
こうした方がもっと見やすい!というのがあればお知らせください。