われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明 作:缶頭
ガタガタと揺れるトラックの中で本を読んだり映像を見たりするのは困難だ。無理して集中しようとすれば車酔いをするのは間違いない。かといって、窓の外に広がるどこまでも続く荒野を眺めるのにも飽きていた。ラジオを聞こうにもあいにく電波の入りが悪い。音楽を聞いても潰せる時間はたかがしれている。そうなると残ったのは同乗者としゃべることだけだった。
「――で、キノコや野草を摘みに来た旅行客が毎年何人かは森林窃盗罪で捕まってしまうわけなの。森の中にはフェンスがあるわけでも境界線が書いてあるわけでもないから、よほど悪質でない限り注意だけですませるけれど」
メッシュの入った髪をかき上げながら、ロドスのオペレーター、メテオが森林火災監視員時代の話を聞かせていた。隣に座っている、同じくオペレーターのマトイマルがボトルのお茶をぐびぐび飲みながら感慨深げに言う。
「へぇー。カジミエーシュじゃそんなもんまで違法なのか。極東じゃ、山菜採りのじいさんばあさんが山の中で迷子になったなんてしょっちゅうある話だけどな」
「それはそれでどうかと思うけど……」
運転席でハンドルを握るオペレーター兼天災トランスポーターのプロヴァンスが苦笑いしながら答えた。
先月発生した天災の様子とその被害を記録し分析するために現地へ赴いた3人が、数日間に及ぶ調査をようやく終えロドスへの帰路についていた。車内には仕事を終えた疲労感と、それよりも大きな達成感が充満している。調査とは言っても現地で実務をしていたのはプロヴァンスで、メテオとマトイマルはその護衛が任務だった。護衛と言ってもプロヴァンス自身優れたオペレーターであるし、好きこのんで天災の真ん中に飛び込んでくる者などほかにいない以上、襲って来るのは野生生物だけ。その野生生物も、オリジムシ程度に苦労するはずもない。実質的二人は荷物持ちやアシスタントとして調査を手伝っていた。
「悲しいけど、気ままな天災で山や森が破壊されるなんて話は少なくないからね。残った自然をどう保護してどう利用するかは大事な話だよ」
「けれどよー、荒野で生活してる連中はともかく、移動都市に住んでる奴らに自然を守ろうったってどこまで通じる話なんだ? 移動都市の人間にとっちゃ、自然ってのは都市に作られた人工の山や川って意味になっちまうんじゃねぇのか」
段差を乗り越えたトラックが勢いよくはねる。そのたびに会話が中断され、車内を振動が襲った。腕や足を突っ張り耐える。これをかれこれもう半日以上は繰り返している。今回の天災の主体である暴風雨と洪水で道路はあちこちが寸断、冠水していた。森林地帯では木々が倒れ、川が氾濫、土砂崩れにより地形が変わってしまっていたところまであった。荒れた地形での運用を前提としている気象観測車であっても移動困難な場所は多かった。
風向、風速、気温、気圧、視程。その他大量のデータを車内から安全に記録・管理できる測定機器。土壌や大気のサンプルを分析する簡易ラボ。乗員ためのベッドとギャレー。どうしても車両が大型化するのは避けがたく、その分小回りは利かなくなる。となると最終的には車から降りて進まなければならない場面も出るのだが、それはすなわち天災による二次被害を受けるリスクを背負うことを意味する。その判断をするのはプロヴァンスだ。ただし、彼女がそうするときにはいつだって自分が先頭に立とうとしたし、二人に車内で待機を命じるのだった。
ところが待っていろと言っておとなしくしている二人ではない。メテオは森林火災監視員の経験を生かして危険を察知出来たし、マトイマルはその薙刀を使って邪魔な大木を真っ二つに出来る。なんだかんだで上手く連携の取れているチームだった。
「そうね。移動都市で生活していると、自分たちのいる世界はその中だけだと錯覚してしまう瞬間ってあると思うわ。ロドスの船内はきれいで虫も鳥もいないから、最初に来たときは変に静かでちょっととまどったもの」
「そっか。そうだね……あ、やっと舗装路に出られた!」
トラックは坂道を慎重に登り、道路へと踏み出す。プロヴァンスはナビの画面を2,3度叩き、ロドスへと帰還するルートを確認した。この数日の間にロドス自身が移動しているようで、道路が空いてさえいればあと2時間もあれば到着できそうだった。
帰っても仕事は大量にある。サンプルのより詳細な分析と報告書の作成。関係各所への被害記録の連絡。だが今はとにかくシャワーが浴びたい。それとしっぽの手入れもしたい。天災を警戒して物流も人の動きも完全に止まっていた。道路には前を走る車どころか、速度を取り締まる警察もいない。車は快調に道路を飛ばす。
「なープロヴァンスよぉ、今度はもっと護衛しがいのある場所へ連れて行ってくれよ」
マトイマルが手足を伸ばしながら退屈そうに言った。
「天災のせいで地面から出てきた怪物とか、氷漬けになってた化け物とかと戦えるような現場はねぇのか?」
そんなのないってば、と子供をあやすように返事を返す。確かに護衛任務というのは少々大げさな言い方だったかもしれない。今度はお手伝いという名前で志願者を募ろうか。しかしお手伝いと言っても掃除や皿洗いをするわけではない。現場作業員だとちょっと体育会系っぽすぎる。研究補助とかかなぁ? そんなことを考えながら、夕食の時間までにはなんとかロドスへ帰り着くことが出来た。
◇
「あれ、ガレージが空っぽだ」
ロドス内の駐車場――移動都市内部の車両基地なので、スーパーやコンビニのそれとは比べものにならない広さであるがこう呼ばれる――に気象観測車を運び込みながら、プロヴァンスは驚きの言葉を上げた。
明らかに車が少なすぎる。残っているのは整備中の車か、個人所有の乗用車、そして一体何の目的で使うのかさえ分からない戦闘車両くらいのものだ。駐車場の管理人、もとい社用車管理部門の社員を捕まえて聞くと「え? 何にも聞いてないの?」と逆に驚かれてしまった。会議室での作戦説明からすでに3日が経過していた。その後のあらましを聞くに、非常時に備えロドスで待機している一部のオペレーターを除いて大半がフォート・ベンドへ向けて出発したらしい。
今まさに天災の発生現場で仕事をしている者達に教えたって仕方のない情報ではあったから、帰ってくるまで知らされていないのも分からないではない。詳しい話はオペレーター仲間に聞いてよと言って、つなぎを来た職員は修理中の車の底に潜ってカチャカチャ作業を始めた。
「私たちも現地へ向かうのかしら?」
「オペレーター用の作戦なんたらシステム見りゃ分かるだろ」
「……使い方がよくわからなくて」
こまった顔をしながら自分の端末を取り出すメテオに、プロヴァンスは気前よく「僕に見せて」と助け船を出してくれた。オペレーター用の社内ネットワークに接続してみると、果たしてメテオ、マトイマル両名は行動予備隊A1と共に明日13時に出発と書いてあった。中継地のクウェイル・ランから車が帰ってくるからそれに乗れとのことだ。プロヴァンスに出動の指示が来ていないのは天災トランスポーターとしての仕事があるからだろう。
「なんだよ、やっと返ってきたと思ったらまた出かけなきゃいけねぇのか。悪党相手に暴れられるなら別にいいけどよ」
「あんまりそういう単純な事件じゃなさそうよ。大がかりなテロになりかねない状況みたい。あ、これ後で読めるように保存できる?」
プロヴァンスに作戦資料のダウンロード方法を教わりつつ、画面を切り替えて任務のあらましを読みながらメテオがこぼした。彼女だって疲れているのは同じだ。臨時のタブレット教室を開講している二人をよそに、まぁとにかく飯だ飯! と言ってマトイマルは腹一足先に居住区へ向かうエレベーターに乗り込んだ。エレベーターを降り、角を曲がり、階段を一つ降りて、通りがかりの社員に手を振って挨拶し、もう一つ角を曲がってそのまままっすぐ。
社員証兼カードキーを機械にタッチし自室の鍵を開け、背負っている薙刀をぶつけないように慎重に入る。電灯のスイッチをパチンと付けると、当たり前と言えば当たり前だが出発したときそのままの部屋が表れた。ちらりとベッドに目をやる。今夜は数日ぶりにここで眠れるが、明日出かけたらまた何日か布団にさみしい思いをさせてしまう。部屋の壁に固定された、どんと構えている木製の薙刀掛けに薙刀を掛ける。2メートルはある薙刀だから、下手に縦にして保管しようとすると天井に穴を開けかねない。自分のタブレットを取り出して充電しておく。
さて、飯にするか風呂にするか。
先に風呂に入ろうと決めて乱暴に服を脱ぎ捨てる。脱ぎ捨てた服を見て、ふと華道の先生に「常に克己復礼を心がけること」と言われたのを思い出した。先生の言うことは守らなければならない。素っ裸のまま服をたたんで、下着は洗濯かごへ入れた。ようやくシャワールームに入り汗を流す。温かいお湯を頭から浴びながら、先生に今週の華道教室は休むとメールを送らなければと気がついた。
服を着替えたら次は腹ごしらえだ。艦内をまたも登ったり降りたりして食堂を目指す。もう腹がぺこぺこだった。夕食時で少々混んでいる食堂に入り、手を洗ってトレイを手に取る。はて、今日の夕飯は何にしようか。今日は肉より魚の気分だ。カフェテリア方式だから何か食欲をそそるものがあるだろうと列を進んでいくと、保温ショーケースの中に煮魚があった。いいじゃないか煮魚! それといくつかの小鉢をおかずに白米を2杯かき込んだ。手を合わせて食事に感謝し席を立つ。
眠るには早すぎるが今から訓練でもするには遅すぎる。行く当てもなく気ままに歩いていたら、いつのまにかパフューマーが管理している温室へとたどり着いていた。ここには華道を始めてからよく訪れる。花の手入れを手伝えばその分自分の経験値になるし、生け花を作る上でのインスピレーションも浮かぶ。ガラガラと引き戸を開けたが誰もいない。みな出動したのか、それとも夕飯を食べているのだろうか。だが温室を独り占めしているようでちょっと楽しい。静かで温かな温室の中で花に囲まれたまま深呼吸する。黄、青、白と色鮮やかな花と、そのなんともいえない甘い香りに包まれる。気分が安らぐとはこういう状況を言うのだろう。作戦前の緊張さえもほどけていく気がした。
何歩か歩いては立ち止まりを繰り返しながらゆったりと温室を一周していると、ひときわ大きな赤い花を咲かせるアマリリスが目にとまった。花弁を指先でつついてゆらす。ただただ、美しいなぁと思った。「チョウやハチのように花を利用する生き物はいくらもいるが、花を愛でる心があるのは人だけ」――そんなことを言っていたのはテレビだったか、華道の先生だったか。
肺いっぱいに花の香りをため込み、ひとしきり満足した後自室に戻る。タブレットを確認。ちゃんと100%まで充電されている。偉いぞ。作戦資料と録画しておいたテレビ番組とをローカルに保存する。その間に先生宛のメールをちょちょいと書いて、作戦地域へ赴くための荷物をまとめる。荷物といってもキャンプじゃないのだからテントはいらないし、都市での行動だから食事の心配もない。そもそも腰に付けるタクティカルポーチにそんなに多くの食料など入るはずもない。念のためエナジーバーを2,3本放り込んでいるが、移動している最中におやつ代わりに食ってしまうのが常だった。
そんなものよりよほど重要なのが応急処置キットだ。市販の痛み止めから包帯、傷口に張り付ける創傷被覆材、ロドス印の緊急創傷治療薬なる怪しいものまでがひとまとめになっている。使用期限を確認してポーチにしまう。オペレーター用無線機とバッテリーにも問題なし。タブレットもしまいこんだ。全ての準備を終えて時計を見ればまだ9時を少し過ぎただけだ。
ベッドにバタンと倒れ込んで心を落ち着かせる。瞑想というほど意識的でもないにせよ、次の任務に集中してのぞむための空白の時間が必要だった。体は問題ない。やる気も十分。お腹も満たされている。強敵と戦うかもしれない覚悟は――言うまでもない。4,5分の間、目を開けたまま音も立てずにベッドの上で横になる。よし、大丈夫だ。ベッドから起き上がったマトイマルは目覚まし時計をセットすると、寝間着に着替えていそいそとベッドに潜り込み、愛用のアイマスクを付けて横になった。
自慢じゃないが寝付きはいい。気がつけばあっという間に朝になっているのが常だった。だがどういう訳か、今日は日も昇らないうちにやかましい電子音で叩き起こされてしまった。枕元の目覚ましを手探りで手に取るものの、いつもの電子音とは違う。それがオペレーター用タブレットの呼び出し音だと気づくのに少し時間がかかった。どこの誰だよ、こいつに艦内通話機能をつけたのは。そう思いながらアイマスクを外し、目覚ましを布団の上に放り出す。寝ぼけ眼のまま暗い部屋でタクティカルポーチを漁ってタブレットを取り出し通話ボタンをタップする。電話の主はメテオだった。
「起こしちゃってごめんなさい」と謝ってから彼女はマトイマルの眠りを妨げた理由を説明し始めた。
プロヴァンスが天災の発生地に置いてきたセンサーが異常な反応を示したのだが、そのデータを分析したところ天災の第二波が起こる可能性が高いと分かった。第二波そのものの威力は小さくとも、第一波で地盤が緩くなったり河川が氾濫していたりと悪条件のもとに災害が起きるため危険性は遜色ない。そのために出発を繰り上げる必要がある。
「朝6時半に出発よ。悪いけれど準備よろしく」
「……いま何時だあ?」
「時計ないの? 4時58分」
あと1時間半は眠れていたのにこの仕打ち。しかし天災が相手では怒りようもない。急いで身支度を始める。顔を洗って髪を整え、服を着替える。あれやこれやと準備をしたのち、薙刀をひっつかんで部屋を出た。出たところで目覚ましをセットしたままだったことを思い出し引き返す。あぶないあぶない。
ガレージに降りていくとメテオがもう待っていた。オペレーター達が一人、また一人と集まり、最後に運転手がやってきて準備完了。ガレージの扉がゆっくり開き、ロドス艦外へ坂道を下っていく。昨日帰ってきてから半日しか経っていないのか、と考える暇もない再出撃だった。
◇
オペレーター7人にその商売道具を乗せてハイウェイを数時間もぶっ飛ばすとなれば、どうしてもパワフルなワゴン車が必要になる。幸いにしてクウェイル・ランへ向かって疾走するこの車はその条件を満たしていた。女性7人と男性1人の賑やかな車内では、太陽が登り始めた外の薄暗さと裏腹に明るい声が響いている。
「いやはや、スクールバスの運転手だったころを思い出すよ」
車もまばらな高速道路を快調に飛ばしながら、車内唯一の男性であるロドスの運転手が口を開いた。
「すみませんパッカーさん。うちのチームはいつもこうで……」
「いいのいいの、今のうちから緊張してちゃ持たないよ」
助手席に座る行動予備隊A1の隊長、フェンは気まずそうに答えた。後席でワイワイ騒ぐ様子は今から戦地へ赴くプロフェッショナルというよりもハイスクールの学生が遠足へ向かうようだった。放っておいたらカラオケでもし始めかねない。「みんな! 今のうちに作戦情報を再確認して!」と言ってはみたものの、まじめに返事をしたのはハイビスカスとメテオだけ。まぁ子供じゃあるまいし、しばらくすれば静かになるだろうと自分を言い聞かせるほかない。
彼女のそんな気分など知るよしもないマトイマルは朝食として持ち込んだ握り飯を仲間達とおしゃべりしながら平らげると、おもむろに自分のポーチからタブレットを取り出し、イヤホンを繋いで動画を見始める。映画でも見るんですか? と隣に座っているビーグルが聞いてきた。
「いや、サッカーの試合」
マトイマルは彼女に見えるようにタブレットを向けた。「伝統の一戦! V・Y・タイガース対CLキャバリアーズ」と字幕スーパーが流れている。
「見る方よりやる方が好きなんだが、プロの試合見てるとなにかってぇとためになるからな。」
「なるほどー」
選手紹介やら、両チームの因縁の歴史やら、33対4という奇跡のスコアに関する悲しい逸話をキックオフまで飛ばして動画の再生を始める。その瞬間背後からぬっと腕が伸びてきた。
「マトイマルさん! キャンディ作ってみたんですけど食べてみてくれませんか! 健康に配慮したオリジナルのレシピですよ」
後席に座るハイビスカスがにっこりと笑みを浮かべながらピンク色の包みを2つ渡してきた。すかさず「食べ物で人体実験するなといつも言っているだろう」と彼女の隣に座る双子の妹、ラヴァがたしなめる。
「えぇー? 今回は本当に自信作なのに」
そう言ってエヘンと胸を張ってさえ見せる。どうやら本気らしい。
「じゃあ聞くが、いったい何を入れたんだ」
「えーと、カンゾウ、ヨモギ、クズ、アケビ、タンジン……あと何だったかな。とにかく体にはすごくいいはずです!」
はずじゃ困る、と言うまもなくマトイマルの手にキャンディを握らせる。包みを開けないまま臭いをかぐと、なんとも言えない薬臭さが肺の奥まで広がった。何故か涙が溢れてくる。少なくとも毒ではないのだろうが、口に入れる勇気はない。
「あー、まぁ、ありがとな。ほらビーグル、ひとつやるよ」
「あっ、大丈夫です! ビーグルちゃんのぶんもちゃあんとあります」
そう言って今度はビーグルにもキャンディを手渡した。突然のプレゼントに、彼女は絶句しつつ張り付いたような笑みを浮かべるほかなかった。眼鏡の奥の瞳が助けを求めているが、助けて欲しいのはこっちもおんなじだ。運転手さんにもあげなきゃ、と席を立つハイビスカス。
幸運なことにパッカーは程よく効かない鼻と頑丈な胃袋を持っていると判明するのだが、それはまた別の機会に記されるべき物語であろう。