われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明   作:缶頭

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第3話 移動都市クウェイル・ラン外壁部 09:04

 閃光と爆発音とともに、放たれたアーツが移動都市の外壁に直撃する。鋼鉄で出来ているはずの外壁にぼっかりと穴が開き、金属クズをそこら中にまき散らした。立ちこめた煙が晴れると、そこには縦横2メートル以上の大きな横穴があいていた。アーツを放った術師が振り向いて合図すると、大型バンが2台、3台と連なって遠慮なく中へ入っていく。中は明かりの一切ないトンネルだった。車のライトのほかにはなんの照明もない。

 

「相も変わらず放棄されたままだ」

 

 今し方アーツで壁をぶち抜いたインディゴが助手席から外を見ながらつぶやいた。車のガラスに自分の顔が映るほかは真っ暗で何も見えない。トンネルの壁が10センチ先にあるのか、それとも1メートル先にあるのかさえおぼつかない。

 

「でもそのおかげで車ごと入れたじゃない。都市に入るのに余計な手間もかからなかったし、『饅頭』も運び込めた」

 

 彼の後ろからアリエルが声を掛ける。数日前再処理工場を襲撃したのと全く同じように、数台のバンに分乗した20人ほどの人員が地下街――移動都市の「船内」だが、地表部に建設された都市からみれば文字通りの地下――の暗いトンネルの中を移動していた。地下街といえばスラム街を意味し、そしてこの移動都市でスラム街とはすなわち感染者街を指す。

 その感染者街の利便性向上のために、安全規則のためにかなりのスペースが利用されないまま余っている外壁付近のブロックを利用して鉄道を引こうという計画、そのなれの果てがこれだ。トンネルは作ったが、線路さえ引かれないまま計画は凍結されてしまった。原因は簡単だ。――いったいなぜ鉱石病患者のために鉄道など引いてやらなければならないのか、もっと有意義な使い道があるのではないか。そこまで露骨な言い方ではなかったが、つまりはそういうことだ。最終的には地上の公園を再整備するために予算の残りが投入された。「木々や草花を自然環境と同じレベルで生育させ、住民の心を癒やす」ためらしい。つまり感染者の生命や生活は草木以下なのだ。

 そのままトンネルの出入り口には厳重なフタがされ、誰も入れないようにされてしまった。もっともそれで黙っているような住人ではないだろうとインディゴは思う。スラム街のホームレスがトンネルの中にバラックでも作ってはいないか、それをはね飛ばしてしまわないかが気がかりだったが、結果から言えば杞憂だった。電気系統どころか空調システムさえ接続されていないトンネルの中は蒸し暑く、そしてかび臭い。スラムの方がまだ住み心地がよさそうだった。

 

「あと300メートル。右側にプラットホームが見えてくるはずです」

 

 ノートパソコンを操作していた男性が運転手に告げた。しばらくして、工事が進めば駅となったであろう空間がハイビームに照らされてぼんやりと浮かび上がった。工事車両をトンネルへ降ろすためのスロープがプラットホームを切り欠くようにして作られており、車に乗ったままトンネルから駅の出口まで行けそうだった。最悪ここでバンを捨てることも考えていただけに至れり尽くせりと言えた。改札も何もない駅を地上へ向けて進む。

 

「ストップ。正面の壁が本来の出入り口です。こいつをぶち抜けばグリーン・ヒル区画へ出られます」

 

 ドアのレバーを引いて車から降りながら、インディゴは誰に聞かせるわけでもなく独りごちる。

 

「感染者にふさわしい、実に快適な旅だったな。もっとも、仕事はここからなんだが」

 

 アーツユニットに活を入れ、先ほどと同じようにアーツを放つ。伸ばした右腕の先から岩石のトゲが飛び出した。トゲと言っても注射針のように細くはない。

 一本一本が鉄パイプほどの太さを持っている岩石だ。それらが剣山にも栗のイガにも見えるほど密集した状態から瞬時に放射状に広がって壁を穿った。分厚い鋼鉄の板が表に貼ってあった「立ち入り禁止」の看板ごと吹き飛び、外の光――と言っても地下街の人工の光だが――がトンネル内へ差し込む。付近を歩いていた通行人が驚いてこちらを振り向くが、インディゴは気にすることなくまた車に乗り込む。

 動き出した車の中でふと、彼らは警察にでも通報するだろうかとの考えがよぎった。おそらくはしないだろう。よしんばしたところで上層、つまり地表部にいる警察官がわざわざ地下へ降りてくるとは思えない。事実自分がそうだった。窓を開けて外の空気を入れる。よどんだスラム街の空気はゴミと糞尿の入り交じった臭いがした。翌日になっても鼻の中に残るこの臭いが、今は何故か懐かしく感じて仕方ない。

 

 

 地下街で少し準備をした後、車列は地表部の都市へと進む。街には人と車とが行き交い、街路樹が等間隔で並び、ビルの側面が日の光で照らされる。そして都市につきものの広告看板。赤信号で停車すると、交差点の反対にあるデジタルサイネージに建設会社のCMが流れているのが見えた。信号待ちをしている間に新たな広告に切り替わる。メッセージが流れるだけの単純な、その分安上がりで済む広告だった。

「祈りこそが鉱石病最大の予防薬」「神への信仰がある者は鉱石病とは無縁」――だいたいそのような意味の言葉が白地に黒文字で書かれていた。車内の誰もが黙り込み、何一つ言わないままその広告を見つめる。あまりに見つめすぎて青信号になったのに気がつかず、後続車にクラクションを鳴らされてしまった。運転手は慌てて車を発進させる。

 右へ左へ、道路を進み、都市の中央を目指す。あちらこちらに、さっきと似たような看板が置いてあった。教典の言葉が引用されていたり、悪魔がどうだとか強迫めいた物言いで書かれていたりするが、結局言いたいことは同じだ。――どういうわけだか、神を信じていれば鉱石病にならない。それがこの移動都市にどこまでも深く根付いた信仰、あるいは迷信だった。

 なにも狂信者だらけの都市などというわけではない。職場ではまじめなサラリーマン。日曜には子供と遊ぶよき親。チャリティに募金して町内の清掃活動を手伝うような立派な社会人。そのような普通の、いや平均以上の「いい人」たちが、水が低きに流れ日が西に沈むのと同じくらい当たり前の常識として、鉱石病は不信心者がなるものと思っている。それが恐ろしかった。この移動都市に住む人間が他と比べて特別に騙されやすかったり、逆に疑い深かったりする訳ではない。

 要するにクウェイル・ランでは怪しい宗教が幅を利かせていて、そいつらが感染者を弾圧しているのか? 「怪しい宗教」の定義にもよるがイエスと答えて差し支えなかろう。ネウストラシムイ派――ウルサスの言葉で「不屈の」「臆しない」という意味の名前の付いたこの教派は、もろもろの歴史的な分離、独立、統合の結果、おおよそこの都市以外では広まっていない。鉱石病やその感染者を親の仇とばかりに憎悪する独自の教義のため、まじめに神を信仰し隣人を愛そうとしている同宗教の仲間からは白眼視、ややもすれば異端扱いされている。

 ところがよそではともかく、この都市内部では最大の宗教勢力であり、人口の8割以上がこの教派を信仰している。独自のメディアやウェブサイトを有するうえ、クウェイル・ランの議会にも社会にも強い影響力を有していた。どれくらい強い影響力かと言えば、感染者に対する風当たりが比較的ゆるやかなリターニアに属する移動都市にもかかわらず、鉱石病の感染者に対する隔離政策を実現し、彼らを地下へ押し込むことに成功したほどだ。分離しているが平等なので一切の法に反していないし、地下全体が感染者にとって過ごしやすい、清潔で健康的な病棟となることを目的としているのだと当時の新聞には書いてあった。そんな建前と実態との乖離ぶりはいちいち説明するまでもない。

 非感染者なら誰しも持つ鉱石病に対する恐怖が一因だったのは確かだ。だが宗教的情熱によってそれを成し遂げたという点で、クウェイル・ランはこの大陸中探してもほかにはない「ユニークな」都市といえよう。それでも感染者たちはこの仕打ちを甘んじて受けるほかに選択肢がなかった。移動都市にいる限りは天災から身を守れるし、スラムに留まっている限りは地表の連中は手荒な真似を控えている。ここでは不十分ながらも衣食住が確保されており、たまに地表の都市から流れてきたごちそうや家電製品を手に入れられる。

 自由を求めて荒野へと降り立った感染者たちも少なくなかったが、彼らがどうなったのかは誰も知らない。

 

「この街はなんにも変わってない」

 

 車内にいる皆の気持ちを代弁するかのように、アリエルが不機嫌っぽくつぶやいた。気分を変えようと運転手がラジオのスイッチを入れる。ちょうど「アント・バクリフの映画音楽パラダイス」が始まったところで、ラジオパーソナリティの男性が今から流す音楽について喋っていた。「懐かしい。この番組しょっちゅう聞いてました」と運転手がつぶやく。逆に言えばそれは、自分たちがラジオの聴取さえままならない環境にいたとの告白でもある。カーステレオから流れる音楽に耳をかたむけるのが久々すぎて、何度も聞いたことのある有名映画の主題歌にも関わらず誰もが聞き入ってしまった。

 番組が終わるすこし前になって、円形の巨大な建造物が見えてきた。隣に立体駐車場まで整備され、エントランスにはホテルのように車で乗り付けられるその建物は、一見すると博物館かイベント会場のように見える。聖火を模したロゴマークと「フレンズウッド教会」と書かれた、これまた巨大な石造りのモニュメントがなければ誰も宗教施設だとは思うまい。2000人ほど収容可能な大ホールを持つこの都市最大の教会にして宗教施設、ネウストラシムイ派の総本山だ。バンの車列は駐車場へは入らずそのままエントランスに向かい、出入り口の正面で止まる。ドアが開けられ、十数名の男女が完全装備で降車し誰はばかることなく中へ入ろうとする。慌てて警備員がやってきて、リーダーとおぼしき男――インディゴをひっつかまえて誰何した。

 

「ちょっと! ここに車を止めてもらっちゃ困るよ!」

「すまない。急用なもので」

「いや待て……お前感染者か? ちょっとID見せてみろ」

 

 インディゴの顔に出ている源石結晶を見るやいなや露骨に態度を変えた警備員は明らかに命令口調で要求する。ぐずぐずするな、警察を呼ぶぞ、とも付け加えた。

 

「警官ならもう足りている。俺達全員がそうだったからな」

「なに?」

 

 疑問を口にする時間さえ与えられずに、警備員の体には放たれたアーツの針が無数に突き刺さった。痛みを感じる暇もなく絶命し、ぐったりとエントランスに身を横たえる。ありとあらゆる体液が体に開いた穴から垂れ流れ出した。見るに堪えない有様だったが、誰も気にする様子はなかった。

 

「突入する。1班、アリエルに続いて2階の制御室へ。2班は俺に続け、大ホールを制圧する。ハンス、サトル、ジョージ。バンでエントランスを塞いでくれ」

 

 仲間に手短に指示を下し、インディゴは一歩前に進む。出入り口の巨大な自動扉が音もなく開いていった。

 

 

「ふぁ~あ。4時間も座ってたら体がかちこちになっちゃうよー」

 

 クルースが眠そうな目――と言ってもいつも薄目だから表情は読み取りづらい――をしながら体を伸ばす。途中で何度か休憩を挟みつつ、数時間車内に缶詰にされてロドスのオペレーター達はようやく中継地点のクウェイル・ランに到着していた。昼前の大通りを進む車内からは、人も車もあふれ活気づいた都市中心部の様子が見て取れた。

 

「ここからまた車に乗るんですか?」

「ええ。でも今度はいわゆる高速バスだから、もっと座り心地のよい椅子ですよ。出発は13時ですから少し時間があります」

 

 ハイビスカスの質問にフェンが答える。そこへクルースがニッコリほほえんで話に加わった。

 

「ということぁ~お昼はここで食べるのぉ~?」

「そうなるね。おいしそうなお店でも見つけた?」

 

 彼女は私物の携帯電話をフェンへ見せる。グーディ・シーフードハウス、ロブスターとオイスターで高評価のレストラン……と書いてある。運転手のパッカーに頼んで住所をナビに打ち込むんでもらうと、ここから10分もかからない場所にあると分かった。

 

「ついでだし、送っていくよ」

「パッカーさんも~いっしょに食べにいこ~」

「いいね。カキは好物だ」

 

 天災の第二波が来た影響でロドスに戻るのは危険であり、パッカーは今夜はこの都市に泊まって明日以降に帰るそうだ。そんな彼がクウェイル・ランまで連れてきてくれただけでなく、都市内部での運転手まで買って出てくれるのだからありがたいことこの上なかった。

 人気店だったが幸いレストランの駐車場には空きがあり、すんなりと駐車できた。車から降りたオペレーターたちはみな一様に手足を曲げたり伸ばしたり、腰をひねったりして疲れを取る。端から見れば相当に変な集団だったかもしれないが、気にするものか。店内は広いホールにいくつものテーブルが所狭しと並べられたポップな見た目で、どのテーブルにも紅白のチェック柄をしたテーブルクロスが敷かれているのが印象的だった。シーフードの店だから店内に「生けす」でもあるのかと思った、とはマトイマルの弁である。

 フライドオイスター、ポップコーンシュリンプ、クラムチャウダー、スモークサーモンのサラダ、フィッシュ&チップス、そしてロブスター。それぞれが思い思いの品を注文して、しばしの待ち時間となる。一足先に来た飲み物を片手にロドスでの日常におけるバカ話に花を咲かせた。

 行動予備隊が相変わらずドーベルマン教官にしごかれている話。極寒のなかで行われた地獄のデッキ50周ランニングは記憶の奥底に封印したい。いやホントに。でもあの後グムが作ってくれたクリームシチューは体がバラバラになるほど美味しかったな。バニラの飼育しているハガネガニが最近脱皮した話。脱皮した後の抜け殻を大事そうに飾っているらしい。ちょっと想像したくないかも。エアースカーペがLancet-2のメインバッテリーで感電しようと頼み込んでいる姿を目撃した話。噂によるとAEDのパッドを自分の体に勝手に貼ったあげく電気を流してくれと言っていたとか。求道者だねぇ。メテオがこっそり甲板でたき火しようとして、直前になってショウに発見された話。用意したマシュマロは証拠隠滅を兼ねてジュナーのおやつネットワークに放流したそうだ。マトイマルが華道教室の発表会に参加した話。写真を撮ってもらったと言って彼女が見せる携帯電話には、見たこともない美女が着物を着て正座する姿が映っていた。皆がおどろきの声を上げ、しかし次の瞬間にはこれ別人でしょ、とか生き別れの姉妹では、などと好き放題おちょくられる。うんうんと聞いていたパッカーまでもが思わず吹き出す始末だった。

 そこへ突然、背後に座っていたグループ客ががやがやし始めた。テレビがどうとか言って盛り上がっている。なにか大事件の中継をやっているらしい。聞き耳を立てていたクルースがなにかな~と言いながら自分の携帯電話を取り出し、テレビ機能を呼び出す。どうやら立てこもりらしい。豪快なことに犯行グループは録画した犯行声明をテレビ局に送りつけてきたようで、今はそれを流している。ぶっそうな話ではあるが自分たちには関係ない。そう思って携帯をしまおうとしたときに、どこかで見た円柱の金属缶が画面に映し出された。なんて名前だったっけ? 燃料携行缶?

 

「――要求が受け入れられない場合は、この使用済み源石燃料棒を炸裂させる」

 

 ありがたいことに犯行声明を告げる男が名前を言ってくれた。そう、ロドスのオペレーターたちが血眼になって探している物の名前を。

 

 

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