われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明   作:缶頭

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第5話 フレンズウッド教会 正面エントランス 16:55

 周囲を封鎖し、教会をぐるりと取り巻いたクウェイル・ラン警察機動隊は、身にまとう厳つい装備や重々しい警戒態勢とは裏腹に焦りに満ちあふれていた。白昼堂々立てこもり事件が起き、しかも犯人たちは元警察官。それも訳ありの暴動鎮圧部隊である。それだけならまだ対応のしようもあったろう。ところが政府のみならず教会までもが有象無象の圧力を掛けてきた。

 具体的にはこうだ。「犯人の要求を飲む気などない。さっさと突入して片付けろ」。

 テレビのスイッチを入れるように「突入」なるものが出来ると思っている役人や宗教関係者たちに心底幻滅する。警察番組の見過ぎなのではないか。結局割を食うのは現場指揮官で、彼は上からの圧力に対応する一方、下からの報告や要請にも追われていた。メディアや野次馬、動画投稿サイトの自称人気配信者が好き勝手に教会周辺へ飛ばすドローンの規制さえままない。それらを黙らせるためのドローンジャマーはむろんあった。しかし「妨害装置が周囲の電子機器やペースメーカー装着者に与える影響が不明」との理由で使うなとの命令。一体どこのバカがこんな意味不明な命令をしたのかすら分からない。ジャマーを電波塔か何かと勘違いしているのではないか。ドローンの群れの中に犯人たちが飛ばしたものもあるのは確実だったが、20機、いや30機を超えるドローンを全て撃ち落としている暇はなかった。突入計画を練り、そのための隊員や機材を準備するだけで死ぬほど忙しいのだ。

 教会内への電力供給を遮断する話も進んでいない。都市の規則に従ってこの手の大規模施設には非常用発電機が設置されているはずだが、それでも多少は効果があるはずだ。あるはずなのだが、電力会社との具体的なやりとりが全く進んでいないせいで目処も付いていない。

 忙しいといえばロドスなる企業から派遣されてきたとかいう連中もそうで、警察本部に乗り込んできたと思ったら手伝ってやるから情報をよこせと言ってまた手間を取らせる。適当な署員を捕まえて対応するよう指示を出したが、今思えば味方は一人でも多い方がよいのだから現場へ連れてきてやればよかったかもしれない。少なくとも実戦経験はあるようだったし……と考えてから、彼らの身元をチェックしたところ7人中6人が感染者だったことを思い出した。

 感染者を毛嫌いしている教会の人質救出に感染者を用いる。どう考えたってまた面倒になるのは目に見えていた。やはり放置していて正解だったのかもしれない。いやいや、突入部隊に感染者がいるかどうかなんてこちらが教えない限りバレるはずもないのだからやはり来てもらっていた方が良かったのか。

 そんなことを考えながら教会付近に設けられた指揮所で無数の仕事を処理していると、ヘルメットと防護装備に身を包んだ警察官が表れた。腕に付けたワッペンが、クウェイル・ラン特殊警備部隊(QSSU)の隊員であることを示していた。

 

「突入準備完了しました。合図がありしだい、いつでも行けます」

 

 教会には正面と西側、ふたつの入り口がある。西側は通路が狭く待ち伏せにはもってこいで、人質が集められている大ホールからも遠い。時間が押しており――より正確には、上からの圧力にこれ以上耐えられないという理由で時間が押しており――広い正面エントランス一本にしぼって突入する作戦にならざるを得ない。

 勇敢なことにホールの中にいる人質が隠れて携帯電話を使い、外と連絡を付けることに成功していた。チャットアプリを通じて送られてきた情報によるとホール内には最低限の監視しかおらず、他の犯人はみなホールの外にいるらしい。後に引けなくなった犯人が自爆同然にホール内で燃料棒を破裂させる可能性も考慮しなければならなかったためこれは好都合だ。

 壁を壊して突入するとか、ハシゴなりなんなりで2階の窓から突入して相手の意表を突くアイデアも考慮されはしたが、おそらくはドローンによりこちらの動きが見られている以上、奇襲が成り立つ見込みは低かった。

 

「テレビ局のカメラだけはなんとか抑えこんだ。QSSUは突入を開始せよ」

「了解」

 

 敬礼してきびすを返す隊員を見送る。現場指揮官は不安に押しつぶされそうになりながら、また鳴り始めたいまいましい電話を苦々しく見つめた。

 

 

 エントランスをくぐり抜けたQSSUは一団となってロビーを通過しホールを目指す。照明が消されて薄暗い廊下を一列縦隊で進み、予定の地点で二手に分かれて進む。そのうちの一隊はさしたる抵抗もなく奥へ奥へと進んでいく。静かすぎて不気味なくらいだった。正面のT字路を左に行けばあとはホールまで一直線、というところで先頭の隊員が手を挙げて後続に止まれの合図をした。

 数メートル先でスネの高さに合わせてワイヤーが張られている。あまりにも露骨な、見え見えのトラップ。本命のトラップが別にあるに違いない。慎重に近づいて目を見張ると、果たしてナイロン製の透明な糸が仕掛けられていた。

 何名かが進み出て糸の先端に何が仕掛けられているかを確認しようとしたその時、T字路の先からぬっと人影が現れた。一瞬で距離を詰めた人影――アリエルは、右手に掲げた刺突用の片手剣を振り抜き、かがみ込んで罠の様子をうかがっていたQSSU隊員の胸へと突き刺した。隣にいた隊員が驚いた顔で「敵襲!」と叫んで立ち上がる。しかし彼に出来たのはそれだけで、アリエルは彼が着込む防弾・防刃ベストのセラミックプレートの隙間を縫ってさらに刺突する。あまりに勢いよく刺されたために刃が背中を貫通するほどだった。

 すぐさま剣を引き抜き横っ飛び。今し方倒した相手の背中にクロスボウのボルトが突き刺さった。味方もろとも撃つなんてどうにかしている。そのボルトを放った射手はほんの数歩離れたところにいた。この距離でなら絶対外さないと思っていたのだろうか、彼は恐怖と動揺とが入り交じった表情をしていた。袈裟切りにして倒す。一般的なイメージとは違って、刺突用の剣にだって切りつけるための両刃はついているし、アリエルのアーツを使えば防刃ベストごと切り裂くのもたやすいことだった。

 廊下の狭さのために、密集したQSSU隊員たちが自由に動けないのに対して、一人で飛び込んできたアリエルは縦横無尽に戦える。加えて彼女の武器、レイピアよりさらに小柄で軽量ないわゆるスモールソードは閉所でも好きに振り回せた。2人、3人と倒されていく中でも士気を保つQSSU隊員は遅ればせながら陣形を整え、巨大な金属製の盾を構えた隊員が前方へ踏み出してくる。さすがにこの盾は切り裂けまいと体当たりするように突進してくる隊員に対して、アリエルは後ろへ大きく飛び跳ねた。

 

「ジョージ! ピエール! 撃って!」

 

 地面に伏せると同時にT字路の奥へ叫ぶアリエル。先ほどアリエルが飛び出てきた物陰から術師が2名現れると同時にアーツの火球を放った。QSSU隊員は盾ごと火あぶりにされ、彼の背後にいる隊員たちにも火の手が襲いかかる。難燃性素材の戦闘服を着ているため丸焼きにならずには済んだ。

 が、視界を奪われた隙にアリエルは盾兵の後ろへ回り込み、首を狙って横一文字に剣を振るう。叫びながらもんどり打って倒れる盾兵。背後に殺気を感じたアリエルは目を向けないまま剣を振るう。金属同士がぶつかる音がした。ナイフを構えた隊員とつばぜり合いになる。力任せに押しつけてくるQSSU隊員。

 

「うっとうしい!」

 

 そう怒鳴ったアリエルは手首を返して押し合いへし合いの状態から脱すると、そのまま左手で相手の顔面を殴りつけた。

 素手ではない。

 博物館に飾ってある甲冑から今し方もいできた様な籠手を左腕だけに付けている。ヘルメットに固定されていた顔面保護用バイザーがフレームから吹き飛び、敵の頭をシェイクする。ふらついたところを一閃。血を吹き出して隊員は倒れた。だが落ち着く暇はない。まばゆい光を放つ、槍状のアーツが何本も向かってくる。体をねじってなんとかかわす。入れ違いに味方の放ったアーツが逆方向へ飛んでいき、またもQSSU隊員を焼いた。

 相手が慌てふためいている隙にアリエルは一気に踏み込んで、パニック状態の術師を一撃で切り倒す。その隣にいた敵が振りかざすスレッジハンマーを巧みなステップで避け、相手に隙が出来たところに拳骨を見舞う。よろけた相手の胸を串刺しにしてから後退。T字路まで下がって身を隠す。

 残った相手は全員飛び道具を持っている。自分の仕事は終わりだ。向こうにはピストルを持っている者がいるようで、少しでも飛び出すそぶりを見せただけでパンパンと撃ってくる。今まで撃ってこなかったのは先ほどのボルトの誤射を見たからだろう。負けじとこちら側もアリエルの部下2人がアーツを放って迎撃。しばらくの間互いに物陰に隠れながらの射撃戦が続き、そのたびに壁や廊下が破壊されていった。

 そこで命のやりとりをしていることを気にしなければ、花火のように綺麗な光景だったかもしれない。

 最初は景気よく撃っていたピストルの音もいつの間にかしなくなっていた。マグチェンジか、それとも弾切れか。うっかり姿をさらしたQSSU隊員にアーツが直撃する。さながら映画のように大きく吹き飛ばされて壁に叩きつけられ、床にぐったりと倒れ込んだ。それがきっかけという訳ではないだろうが、相手はもはや攻めきれないと思ったのだろう、仲間の遺体を回収さえせずに――それは生き残った者より死体になった者の方がはるかに多かったからでもあるが――そそくさと引き上げていった。

 後に残ったのは戦闘の余波で破壊された廊下と壁といくつもの死体だけ。時間にして15分もかからなかったろう。先ほどと同じ静寂が廊下へと戻って来たが、耳を澄ませば遠くで爆発音やざわめきが聞こえる。

 

「もしもし、こちらピエール。突入してきた部隊の排除に成功。ええ、突入してきたのはQSSUのようです。3名ほど取り逃しました。はい、はい、了解。通信終わり」

 

 斬り倒された警察官の横にしゃがみ込み、その装備を調べながら術師が通信機にむけてしゃべっていた。その様子を見ながらアリエルは剣を鞘に収める。終わってみればあっけないものだった。

 

「敵は二手に分かれていたようで、向こうが本命のようです。こちらも戦力はあらかたあちらに回していますから押し負けはしないでしょう。われわれは別名あるまでここで警戒せよとのことです」

「インディゴの読みが当たったわけだ」

 

 ふふっと笑い、アリエルは腰に手をやって今し方戦闘の起きた廊下を眺める。3人で一カ所を守れと言われたときにはさすがに驚いた。が、もとから人手が足りないのだ。その上ホールの中で人質を監視している者や制御室で作業に当たっている者を差し引けば防衛に回せる人数はさらに減る。どこかで無理をする必要があった。そこをインディゴ直々に頼んできたのだから断れるわけもない。それは自分が信頼されている証でもある。数の不利を戦場の環境で補うために、わざわざ狭くて細長い廊下を選んだのも上手くいった。

 しばし体を休めていると、先ほどから遠くで聞こえていた騒音が突然止んだ。向こうも片が付いたらしい。通信機からの声に従って引き上げる。話をまとめるにこちらが3名負傷したのと引き替えに相手は14人の命を失ったらしい。特殊暴動対応班はまたしてもQSSUに勝利を収めてしまった。

 やっていることは間違いなく大悪人そのものなのだが、どういうわけかアリエルは体の中から力が湧き上がってくるのを感じる。血を見るのが好きだから、などでは断じてない。社会の爪弾き者たる自分たち感染者が、信心深く神の慈悲に恵まれているはずの非感染者たちを手玉に取っているという現実がどうにも奇妙でおかしいからだ。神に頼らなくたって、私結構生きて行けそうじゃない。そんな感じがするのだ。

 制御室でQSSU撃退の報告を聞いたインディゴは「拙速に過ぎたな」とだけ言い、しばらく考え込んでから「向こうが一手進めた以上こちらも反応せざるを得ない。牧師を連れてきてくれ」と部下に命じ、すぐさま「いや、やはりいい、俺が自分でやろう」と言って立ち上がった。そのまま人質が集められている大ホールへ降りていき、目当ての人物を探す。椅子に座らされ身動きもしない人質たちの中をかき分けて進んでいく。

 本音を言えば怖さを感じないではなかった。周囲の人質が一斉に自分に襲いかかってくれば、それも命を惜しいと思わずに襲いかかってくれば、さしものインディゴもタダでは済まないだろう。なにせ1対600、それも四方を囲まれているのだ。だが人質は誰一人としてそんな真似をしてこなかった。それどころかこちらと目を合わせないよう顔を背ける始末だ。そのせいでホールに戻っていたブラウンが視線をインディゴへ向けているのが分かった。不思議なものだ。宗教的使命に基づき喜んで感染者に石を投げる人々が、たった一人の感染者相手に縮こまっている。コツコツとインディゴの足音だけがホールに響き、しばしの探索の後にスーツを着た男性の前で足を止めた。

 

「ゴドウィン牧師、少しばかり用事があるのでちょっと来て欲しい」

 

 呼びかけられた牧師は一瞬驚いた様子を見せたが、次の瞬間には自信にあふれる表情を作って立ち上がった。人質たちの視線が牧師に集中する。そのことを理解した上で意図的に堂々とした態度を彼は取っている。舞台俳優と同じく、周囲の人間が自分をどのように見ているかを瞬時に判断する力を、フレンズウッド教会のリーダーを務めるこの牧師は身につけていた。その振る舞いぶりがあまりにわざとらしく見えたためにインディゴは少々いらつきもしたが、こういう人種なのだろうと割り切るほかない。

 二人はそのままホールを出て2階へ、さらには屋上へと移動する。どちらも何も言わずにただ歩き続けた。屋上の中央まで来たところで止まれと命じる。すでに5時半を過ぎており、周囲は薄暗い。町の街灯が周囲をぼんやりと照らしていた。自分たちの姿に気がついたのか周囲に次々ドローンが集まってくる。人気動画配信者となって飯を食うことを夢見る何人もの連中の仕業だろうが、今は好都合だ。ドローンがほんの目の前まで飛んできたのを確認してから、ドローンのマイクが拾えるように大声でインディゴは牧師に話した。

 

「警察は突入を試みたが失敗した。報復としてわれわれは今からおまえを処刑する。だがその前に神に祈る時間をやろう。ネウストラシムイ派が言うところの全知全能の神に頼み込んで奇跡を起こしてもらったらどうだ」

 

 牧師は今度こそ心底驚いた顔をした。周囲に信者の目がないがために、その表情はしばらく変わらなかった。先ほど大ホールまで聞こえてきた騒音が突入してきた警察と立てこもり犯とが戦っていた騒音で、情けないことに救出部隊が返り討ちにされてしまった。その報復として自分がもだえ苦しんで殺される様を周囲に見せつけたい。だからわざわざ屋上まで連れてこられた。それらを理解するまでにそう時間はかからなかった。「どうした、何もしないのか」というインディゴの明らかに嘲笑が混じった声でゴドウィン牧師は我に返る。

 ローターの風切り音が聞こえて周囲を見回すと、5、6機のドローンが自分たちの周囲を取り囲むように飛んでいた。駆け寄れば捕まえられそうなくらい至近距離を飛んでいる。当然、ドローンのカメラの向こうで誰かがこの様子を見ているのだろうとの考えに辿り着くと、牧師は恐ろしいほど冷静になってインディゴを見返し、いつも信者へ向けて説教するのと同じ口調でしゃべり出した。神を試すようなことはしない。神は全てを見ておられるのだから慌てふためいて祈る必要などない。神の御業は奇しきものであり、その計画は遠大にして深長である。そして感染者は神も嫌うところであるから、感染者であるお前に私は殺せない――。インディゴの理解した限りではおおむねそのような内容だった。なおもべらべらしゃべる牧師を手で制止して、インディゴはゆっくり口を開く。

 

「見上げた信仰心だ。本音を言えば泣き叫んで右往左往しつつ命乞いする姿が見たかったんだがね」

 

 さらに何かを言おうとしたゴドウィン牧師だが、彼はそれ以上しゃべり続けられなかった。インディゴが放ったアーツによる岩石のトゲが彼の顔をはじめ、上半身に何十もの穴を開けたからだ。串刺しにされた牧師は一瞬で絶命する。アーツユニットの根元からトゲがパキリと折れて、牧師は無数の岩石の棒を抱きかかえるかのようにそのまま倒れ込む。体内から血が噴き出し屋上を赤く染めた。ドローンたちは泡を食ったように逃げ出したが、数十秒と立たないうちに戻ってくる。

 今度はそのドローンの方を向いてインディゴは口を開いた。

 

 

「パッカーさん、もっとスピード出ませんか!」

 

 バンの助手席に座るフェンが慌てた様子で運転手に催促した。彼女とは対照的に安穏とした表情を浮かべるパッカーは落ち着いて答える。

 

「そんなこといってもねぇ、道路が混んでるんじゃ出しようもない」

 

 警察本部の中でうろちょろしたり情報収集したり、はたまた白い目で見られたりしたロドスのオペレーターたちは、特殊部隊が教会へまもなく突入するとの情報をようやく教えてもらい飛び出してきた。警察本部から教会までとって返そうにも夕方の車道は混んでいてなかなか進まない。移動都市居住部における都市計画の重要性を今更ながら痛感する。

 パッカーとフェンが進まない車列にやきもきする一方で、後部座席に座ったオペレーターたちは携帯電話やタブレット片手に現場の中継を眺めていた。教会周辺には個人所有のドローンが大量に飛ばされており、ネットを通じて高画質の空撮映像がリアルタイムで視聴できた。警察が突入したところまでは分かっているのだがその後が分からない。建物の中で何が起きているのか。人質は、燃料棒は、犯人は。

 時折外にいる警察官が慌ててどこかへ駆け出すのが見て取れたが、人質が中から出てくる気配は一向にない。それどころか突入した隊員とおぼしき人物が何人か中から出てくる始末だった。

 

「さっきからなんにも起きねぇじゃねえか。どうなってんだぁ?」

 

 自分のタブレットを操作しながらマトイマルが不満げにつぶやいた。他の配信者の映像を見ても似たり寄ったり。上空から教会の様子を映すばかりだ。

 

「突入した隊員が出てきたってことは~、成功したのかなぁ~?」

「うーん、もしかしたら失敗したから引き上げてきたのかも?」

 

 クルースとビーグルは互いに首をひねる。さっぱり見当も付かない。ビルの上や地上に設置したビデオカメラから中継している映像もいくつかあったが、規制線の手前から撮られたものだから、警察車両や建物の影に遮られて教会の姿さえよく見えない。おまけにテレビ局のカメラは突入する部隊に配慮したのか、先ほどから中継をとりやめている。

 

「あっ! 教会の屋上に誰か出てきました!」

 

 ハイビスカスがおどろきの声と共に食い入るように画面を見つめる。

 

「えっ? どれ? どの配信?」

「『ジャンクハンター2号の実験チャンネル』って奴です」

 

 メテオは動画を切り替えようと自分の携帯電話を何度もタップするがうまく操作できない。結局諦めて隣に座るマトイマルのタブレットをいっしょになって見る。

 教会の屋上に1人、いや2人現れた。その顔を拝もうと、さっそくドローンたちは高度を落として近づく。自分の身に危険が及ばないのをいいことに、ほんの数メートル先まで近づくドローンまでいた。この距離なら相手の顔さえハッキリ分かる。ひとりはスーツを着たまだ若い男で、人質なのだろう、背後の人物をきょろきょろ伺いながら恐る恐る歩いていた。もう一人は黒髪の背の高い男だ。独特の耳の形からザラックなのだと分かる。そのくらいの距離までドローンは接近していた。

 

「おい! こいつって犯行声明の男と同じじゃねぇか!?」

「しっ! 静かに! 何か喋ってるわ!」

 

 急いで動画の音量を最大まで上げる。人質が身振り手振りで何かを話している。よく聞こえなかったが神がどうとか言っているらしい。立てこもり犯を説得でもしているのか? と思った次の瞬間、ザラックの男がアーツで人質を串刺しにした。

 バンの中で小さな悲鳴が上がる。7人のオペレーター全員が実戦経験を有するとは言え、人が目の前で死ぬ様を見せつけられるのは気持ちの良い物ではない。

 

「やりやがった! こいつ一体――」

「静かに!」

 

 ラヴァが珍しく大声を上げてマトイマルを黙らせる。今し方一人殺害した犯行声明の男は、なおも彼のそばから離れようとしないドローンの方に向き直って第二の声明を話し始めた。いまいちな音質だったが、それでも警察の突入を犯人が撃退し、その報復のために人質一人を処刑したことが聞き取れた。

 警察が突入した報復? つまり突入は失敗したのか? 頭の中で疑問符がいくつも浮かぶマトイマルだが、とにかく今はタブレットの画面に集中する。男は話を続けている。

 

「もう一度伝える。要求の期限を今夜24時までに繰り上げる。日付が変わり次第、人質全員が感染者となることを通告する」

 

 薄暗い春の夕方、小さい画面のせいで犯人の表情は読み取りづらい。一体何を考えているのか。言うだけ言うと男は屋上から出て行ってしまう。さすがのドローンたちも追いかけはしなかった。映すべきものを探しあぐねてしばらく死体を映していたが、「これ映しちゃまずいでしょ」「BANされるぞ」というコメントが視聴者から投稿されたせいか、ドローンの高度を上げて教会全体を俯瞰するアングルへと移動した。

 他の配信を見ても似たようなもので、これ以上の新しい情報はないようだ、と誰もが検索に飽きたころようやくバンは教会へとたどり着いた。教会の駐車場には規制線が張られており入れない。その真ん前まで車を近づけ、パッカーが警備していた警察官へ呼びかける。

 

「すいません。ロドスの者ですけど」

 

 まるで宅配便の配達のように気さくに呼びかける。手を振って追い返されるかと思いきや、警官は「少々お待ちください」と駆け足でどこかに去って行き、1,2分と立たないうちに戻ってきた。「どうぞ、左側の空いてる場所に駐車してください」と言って立ち入り禁止の文字が書かれた規制線を片付ける。

 

「資料は今お持ちいたしますので」

「え? あぁ、どうも」

 

 調子のずれた返事をしながらパッカーは車を出す。資料? なんの資料だ? 少なくとも路駐切符を切られるというわけじゃないらしい。車を止め、警官が来るのを待っている間にロドスに繋いで指示を仰ぐ。目の前の教会で起きた出来事を一つずつ整理しながらフェンがドーベルマンへ報告していた。警察の特殊部隊による人質解放が失敗し、報復として牧師が殺害――事件の動きを追っているテレビ局が殺されたのは牧師だと伝えていたので間違いないだろう――され、タイムリミットがより短くなった。どうみても悪い方向に話が進んでいる。

 窓から外を見ていたメテオが警官が近づいてくるのを見つけ、スライドドアを開けた。思い切り緊張した様子の若い警察官が、ファイルされたコピー用紙の束を手渡しつつ説明した。

 

「教会内の見取り図と犯人のプロファイル、突入部隊からの第一報です。お好きにお使いください。それと……」

「どうしました?」

「あのですね。要するに、ロドスの方々は人質救出の支援をして頂ける……のでしょうか?」

「そのつもりです。燃料棒は何が何でも取り返さないと」

 

 ありがとうございます、と警察官は小声で感謝した。話を聞くに、突入失敗で特殊部隊は戦力の大半を失い、あとは人質救出の経験も訓練もない普通の機動隊員しか残っていないらしい。他の都市から応援を呼ぼうにも間に合うかどうか。図らずもロドスのオペレーターたちが最後の切り札なわけだ。

 その割にはずいぶんと邪険にしてくれたじゃないか、燃料棒の奪還のためリターニア政府とロドス両方が協力する約束じゃないのか、とそれとなく伝えると彼は帽子を脱いで詫びた。なにやらムニャムニャと説明していたが、現場と上層部との意見の食い違いだと言いたいらしい。下っ端警察官にそんな言い訳までさせるところを見るにその言い分さえどこまで信じて良いのやら。

 ともかく、大手を振って現場を歩けるようになったのは違いないらしい。こちらの準備が整い次第お知らせしますとメテオが伝えると、深々と一礼して去って行った。ドアを閉めると、フェンがみんな聞いてと言って端末の音量を上げた。画面の向こうにはドーベルマンが映っている。

 

「話は聞かせてもらった。クウェイル・ランの警察も先ほどからようやく協力的になってきたようで、ロドスの方にもいろいろと情報を送ってきてくれた。突入に失敗してしおらしくなったらしいな」

 

 逆に言えば、それは彼らがもう後がない状況だと示している。ロドス――感染者の集団、謎の製薬企業、やたら腕っ節の強い従業員たち――に頼るほか無いくらいに。

 

「それらの情報を分析したが、やはりお前たち7人で突入してもらうことになる。――言いたいことは分かっている。援軍はいないのかと聞きたいのだろう。現在フォート・ベンドでは想像以上に戦火が広がっている。市外からも武装勢力が集結しており、戦闘は膠着状態だ。現地へ派遣されているオペレーターたちに今手を引かせるわけにはいかない。ロドスから輸送機を飛ばそうにも、天災第二波の影響が収まるまでまだしばらくかかりそうだ。上空の天候が回復しだい空挺資格持ちのオペレーターを詰め込んで出発させるが、間に合うかは微妙なところだ」

 

 特殊部隊が20人以上でやって無理だったのに私たちにできるんでしょうか、とビーグルが不安げな声で言った。メテオから見せてもらった書類をペラペラめくっているが、勇気が湧いてきそうな文章は何も書いていない。それどころか相手は特殊暴動対応犯なるクウェイル・ラン第二の警察系特殊部隊の元隊員だと恐ろしい情報が記されている。

 

「ビーグル。危機契約を思い出せ。少数精鋭、孤軍奮闘、待機命令の三重苦に参加しただろう。あのときと同じだ。私が教えたとおりにやれば必ず出来る。私の訓練に合格したのだからな。いいか、よく聞くんだ。あと6時間もすれば立てこもり犯は燃料棒の中身を散布するだろう。都市政府が必死に交渉を呼びかけようが、信者が懸命に神に祈ろうがおそらくは変わるまい。それを止められる力があるのはお前たちだけだ。ロドスのオペレーターになったのは、指をくわえてじっと見ているのが嫌になったからじゃないのか?」

 

 でも先生、不安です……と消え入りそうな声でビーグルは弱音を吐く。

 

「安心しろと言っても無理かもしれないが、少なくともお前たちは孤独じゃない。私はここからできる限り支援する。私だけではない――ジェシカ、ジェシカこっちだ!」

 

 そこで画面がいったん真っ暗になり、すぐに復帰する。画面が2分割され、右にドーベルマン、左にジェシカの顔が映っていた。

 

「ジェシカです。ロドスの中からテクニカルアドバイザーとしてみなさんを支援します」

 

 緊張した声でジェシカがマイクに向けてしゃべる。

 

「なんだかずいぶん難しい話になって来たみたいだね。車の運転しかできないけど、僕に出来ることがあればなんでも言ってよ」

 

 運転席からパッカーが車内へ振り向いて言った。7人のオペレーターに、ドーベルマン、ジェシカ、パッカーで10人。一人控えのいる野球チームか、一人退場したサッカーチームか。

 

「たとえ一人だろうが私はやるぞ。主義主張はどうあれやっていることはタダの立てこもりと殺人だ。犯人のご高説は燃料棒を取り戻した後で聞く」

「さっすがラヴァちゃん! じゃあ治療役も必要だよね。手伝うよ」

 

 ラヴァがいつもの冷静な口調で宣言した。ハイビスカスもそれに続く。

 

「我輩も行くぜ! 強そうな奴らがゴロゴロしてそうだからな」

「それじゃ、あなたの背中は守ってあげるわ」

 

 マトイマルとメテオも決意を固めて準備に取りかかる。バンのバックドアを開けて愛用の薙刀やリカーブボウを取り出し始めた。

 

「分かりました先生。この任務かならず果たして見せます。ビーグル、大丈夫だよ。先陣は私が切るから」

「うぅ、そこまで言うなら。でも先頭は私が行くよ。じゃないと重装オペレーターの意味ないし……」

「そんなに緊張しないで~、さっさと終わらせてロブスター食べに行こ?」

 

 まだロブスターがどうとか言ってる、とフェンとビーグルは二人して小さく笑った。クルースが気を利かせた軽口を言ってくれるのが、いつも以上に頼もしく感じる。モニターの向こう、何百キロと離れたロドスの中でドーベルマンは感慨にふけった。さっきまで泣き言を言っていたのにもうやる気になっている。この調子なら行動予備隊A1から予備の文字がなくなる日も近いかもしれない。

 

「よし、今から大急ぎで突入プランを練る。30分とかからないぞ、各員準備を始めろ。ジェシカ、シミュレーターは」

「いつでも使えます」

 

 オペレーターたちが次々バンから降りて装備を身につける。アーツユニット、杖、剣、槍、盾、クロスボウ、などなど。どれも原始的な武器だが、それゆえに妙な迫力があり、見る者に得も言われぬ感情の波を起こさせた。最初は「こいつら本当に大丈夫なのか?」という冷笑的な感情だったが、オペレーターひとりひとりが真剣そのものの表情で準備を整えているのを見ると誰もがそんな気持ちの修正を迫られる。

 あの顔は本気の顔だ。他人のために命を賭けて職務に臨む人間にしか出来ない顔だ。

 そんな顔をした人間が、彼女らとは全く関係のないクウェイル・ランのために困難に立ち向かおうとしている。感染者を毛嫌いしている街のために、感染者自身が戦おうとしている。もしかすると、ひょっとしたら彼女らならやってくれるかもしれない。いや、もはや自分たちには彼女たちしか頼れる者がいない。警察官たちは遠目から、言葉にしないまま心の中でエールを送る。このさい感染者だろうと誰だろうと構わない。人質を救ってくれさえするのなら。警備に当たっていた警察官が、隣に立っている同僚にぽつりとつぶやいた。

 

「……ロドスの連中が突入するなら、もう一度テレビ局のカメラは押さえ込まないとな」

「そうだな。エントランスを照らしてる照明車も邪魔になるかもしれない」

 

 警察官たちがひとり、またひとりロドスの支援のために仕事に取りかかる。

 彼らの中には、感染者のために仕事をするのが初めての者もいれば、自分自身が実は感染者である者もいた。人質の中に知り合いがいる者もいれば、本当はネウストラシムイ派が大嫌いな者もいた。それら多種多様な属性を持つ人たちが、今やどういう訳か感染者の保護を掲げるロドスの手助けをするために一丸となっていた。こうなってはもう感染者もクソもあったものか。始末書など何枚でも書いてやる。燃料棒を炸裂させられたら全部終わりなのだ。オペレーターたちを遠巻きに眺めていた警察官が次々バンへ近寄り、準備中の彼女らに声を掛ける。

 

「機動隊員向けの軽食がたくさん用意してあります。よろしければいつでもご利用ください」

「特殊部隊の発煙筒や閃光手榴弾がまだかなり残っていますが、お使いになりますか?」

「突入に合わせて特殊警備部隊も陽動を掛けようと思います。時間と場所についてご相談したいのですが」

 

 自分たちは孤独じゃない。オペレーターたちはそう強く実感する。自分たちのやる気が彼らを動かしたのか、本当は彼らも言うほど感染者が嫌いでないのか。どちらなのかは知らない。ともかく第二ラウンドの鐘がもうすぐ鳴らされることだけは、誰もが確信していた。

 

 

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