われら感染者が、鉱石病を患っても歩んでいけることの証明 作:缶頭
状況は芳しくなかった。正面エントランスでバカ騒ぎをする機動隊に必要以上に手間取り、教会の壁を破壊して乗り込んできた相手――こちらは警察ではないらしい――への対応が遅れた。3カ所同時に穴を開けられた以上その全てをチェックせざるを得ず、ただでさえ手薄な守りがさらに薄くなった。そこを突かれて各個撃破される最悪の展開となり、大ホールへの侵入までも許してしまった。西側から進入してきたのは二人だけのようだったが、それでも饅頭が破壊され守りを抜かれてしまった。その火消しのため向かったアリエルとは先ほどから連絡が付かない。屋上から突入してきたQSSUが元から設置してあった監視カメラに姿をさらしたため早期に排除できたのは不幸中の幸いだといえる。大ホールを制圧され人質を奪還された以上、もはや立てこもりようはない。
「進捗具合はどうだ」
負傷して制御室に後退してきた部下の手当てをしながら、インディゴは先ほどからパソコンにかじりついて操作を続けている部下に尋ねる。
「オンラインストレージへのアップロードは終わりました。いつものやつで暗号化済みです。帳簿、メール、寄付者名簿、通話記録、内部文書、職員の個人情報、会報の類いまで全部コピーできましたよ。世間の耳目を集めそうなデータについては新聞にテレビにジャーナリスト、それに市民団体……移動都市の外だろうと中だろうと、とにかく見込みのありそうな相手に片っ端から送っています。それが済み次第同じ物をSNS上へバラ撒く予定です。ただこれだけやるととにかく時間が要ります。あと15分、なんとか持たせてください」
「分かった。なんとかしてみよう。終わり次第お前たちは脱出しろ。脱出路は開いてみせる」
そう言ってインディゴは制御室を後にする。中にいるのは負傷者とコンピューターエンジニアだけ。戦えるのはいつの間にか自分だけになってしまった。散々部下を危険な目に遭わせたあげくどん詰まりになってから出陣。これでは隊長として失格だなと自嘲めいた笑みを浮かべる。アリエルの言ったとおり守る側の指揮官が前線に出張ってどうするのだという疑問はもっともなのだが……。
電気が付いた幅の広い廊下。アイボリーホワイトをした無機質な床と、木目調の壁で作られた空間に自分の足音だけが響く。ふと気がつくと壁に巨大な宗教画が飾ってあった。半裸の男が群衆に取り囲まれて見るからに辛そうな表情をしている。この男には神の救いがあるかもしれない。が、そんな物を期待できそうにもない自分は自力で道を切り開く必要がある。
制御室は通路の真ん中にある。右側と左側両方を守るのは不可能だ。壁を爆破して大ホールに攻め込んできた連中が主力だろうと当たりを付け、より大ホールへ近い左側へ向かって歩みを進める。物陰に隠れ耳を澄ました。何人かの足音が近づいてくる。味方ではない。
階段を上がりきった角で待ち伏せ、タイミングを計ってアーツを放つ。岩石で出来た、一つ一つが大人の腕くらいはあるトゲ――それはもはや杭と呼んで差し支えない――が十数本撃ち込まれた。撃ち込んだ瞬間に階段の踊り場から人影が現れる。予想通り。
だが相手は間一髪、持っていた大きな盾で身を守る。踊り場は穴だらけになって半壊し、盾はボール紙のように引き裂かれる。だが金属製の盾はその身を挺して持ち主を守り切る務めを全うしたようで、剣を構えたそのペッロー――眼鏡を掛けた若い女性で、明るいオレンジの髪をしている――はひるまずに階段を駆け上がりこちらへ斬りかかってくる。細めに成形した岩石のトゲを一本アーツユニットからもぎ取り、棍棒のように握って攻撃をいなす。足元が階段で自由が利かない相手を力任せに押してバランスを崩させる。予想通りあっさりと足を踏み外して隙が生まれる。そこを狙ってとどめを――。
「ビーグル、下がって!」
とどめを刺そうとしたところに、クランタの女性がそう叫びながら割り込んできた。槍を振り回してこちらを近づけさせまいとする。かわして反撃しようとしたところにさらにハイキックが飛んできた。こちらのアーツは威力こそ大きいが連射はあまり利かない。右手に握ったままだった岩石の棍棒を投げ槍のように投げつけて後退。いったん物陰に隠れる。一息ついて飛び出そうとしたところに矢が、さらに炎によるアーツが続けざまに撃ち込まれる。射手と術師とがこちらを見張っているらしい。敵ながら見事な連係プレーだ。だが負けはしない。
自分が隠れている壁ごとアーツでぶち壊して攻めに転じる。狙い違わず壁の向こうには最初に飛び出てきたペッローがいて、直撃こそしなかったものの飛び散ったアーツの破片が動きを封じた。その隣にクランタの槍兵が驚いた顔をこちらに向けて立っており、崩れかけの踊り場にコータスの射手とサルカズの術師、さらに奥にもう一人サルカズがいた。一体どういうわけなのか全員若い女性で、さしものインディゴも面食らった。とはいえそれで手加減するほど善人ではない。ボルトのリロードをしようとかがんでいる射手が一番無防備な体勢をしていた。彼女に狙いを定め胴体を狙って岩石のトゲを撃ち込もうとする。そこにサルカズの術師もこちらへ向けてアーツを放出した。ふたつのアーツがぶつかり閃光と爆発音が走る。驚いたことに槍兵はこの目がくらむような中で正確にインディゴへ向けて槍を突き出していた。彼女が槍を構える姿に閃光が起こる直前に気がついたからこそ避けられたものの、なかなかの手練れではないか。
確かにこのチームワークぶりなら自分の部下たちが苦戦し、あるいは打ち倒されたのも理解できる。めちゃくちゃに壊され、半分がれきの山と化した踊り場と階段周辺には身を隠す場所がなくなった――正確には自分が壊したからなのだが――ためにインディゴはさらに下がる。身動きが取りづらい階段に相手を押し込めて倒すつもりだったのだが、さっきの攻撃ではどんなに良くても一人倒した程度だろう。背後には制御室。これ以上は下がれない。柱に半身を隠しながら相手が出てくるのを待つ。クランタの槍兵とサルカズの術師――フェンとラヴァの二人だけが姿を現した。もう一人のサルカズは治療役のように見えたから、つまりは盾兵と射手の二人を行動不能に出来たのだろう。もっとも、目の前の二人がほとんど怪我をしていない所を見るに、ただ目を回しているだけの可能性も否定は出来ない。
「お前が立てこもり犯のリーダーだな」
ラヴァが口を開いて詰問した。見た目の割に冷たく冷静な口調だ。はぐらかしても時間を稼げそうにないタイプに思えたので、素直に「その通りだ」と短く返事をする。まるで映画じみたやりとりで、こんな状況だというのにインディゴは苦笑してしまった。次の台詞も大体想像がつくが、ラヴァの言うに任せた。
「お前たちのような凶徒にこれ以上好きにはさせない」
本当に想像通りの言葉が飛んできてもう一度苦笑する。だが反論のしようが無いことに気づいて真顔に戻った。今更なんと言われようと構いはしない。
ラヴァが自分に狙いを付けてアーツの炎を撃ち出すのと同時に柱の陰から飛び出す。それ合わせてフェンがカバーに入り、前に踏み出して槍を構えた。彼女の正面から岩石の槍を何本も叩き込む。素早く後ろに跳ねて回避したフェンだったが、その隙にインディゴは彼女の懐に踏み込んだ。訓練を重ね体に染みついた逮捕術を使い、機敏な動きで腕を後ろ手にねじり上げ組み伏せる。槍を落としてしまったフェンはうめき声を上げながら懸命にもがく。振り上げた足がインディゴの腹を蹴ったが、その程度で放しはしない。次のアーツを放てるようになるまでは盾としてじっとしていてもらう。奥で構えているはずのラヴァへちらりと目を向ける。巻き添えを恐れて攻撃してこないはずだ。確かにアーツは撃ってこなかったが、その代わりに彼女は瞬時にナイフを取り出しこちらへ斬りかかってきた。これにはインディゴも驚きを隠せない。不利な状況でもとっさに判断を下し、勇敢にこちらへ挑んでくるとは。
フェンを掴んでいた右手を乱暴に放し――そのせいで彼女は前のめりに地面へ突っ伏した――アーツユニットから棒状の岩石を一本作って空いた手に握りしめる。ラヴァは振り回される岩石の棒を刃渡りの短いナイフで巧みに二度、三度とガードしたものの、インディゴの激しいラッシュを受けてナイフをはじき飛ばされてしまう。無防備になった所でインディゴは棒を逆手に持ち替え、狙いを付けて突き刺す。しかしそこへフェンが寝っ転がったまま振り回した槍が偶然当たり、ギリギリの所でラヴァが串刺しになるのを防いだ。わずかにそれた棒は床を貫いて床材と石の破片を飛び散らせる。槍で体を支えることで一瞬で立ち上がったフェンはラヴァとともに後退を始めた。もちろんそれを見逃すインディゴではない。だが。
「こーこーだーよ~」
気の抜けきった声と共にクロスボウのボルトが飛来する。通路の奥、ついさっきインディゴがぶち壊した階段周辺からコータスの射手――クルースがこっそり現れて二人の援護をし始めた。向こうは好き放題撃てるが、インディゴのアーツはあちらまでは届かない。ボルトを難なくかわして、最初に隠れていた柱までインディゴもまた後退する。これで振り出しに戻った形になる。こうも数の差があってはなかなか致命傷を与えられない。が、足止めだけで良いならいくらでも戦い続けられる。先ほどまで制御室で指揮に専念していたインディゴにはスタミナも集中力もまだまだある。
一方の行動予備隊A1はと言えば、歴戦のインディゴ相手に互角の戦いをしていたように見えたものの実際には力尽きる直前だった。壁を爆破して突入してからこっち連戦続きだ。ドーベルマンとジェシカの指示を受けつつ待ち構えていた立てこもり犯と戦い、大ホールの守備隊とも戦い、中にいる人質に安全が確保されるまで動き回らないよう必死に言い聞かせ、燃料棒を探し回り、見つからないので今度は制御室を目指して教会内を駆け回り、そして今はおっかない術師相手に死ぬような目に遭っている。肉体的にも精神的にも限界が近かった。階段周辺まで下がったフェンとラヴァは肩を上下させて荒い息をする。
「なんてデタラメな奴だ。二人がかりで傷一つ付けられない。伊達にリーダーというわけじゃなさそうだ」
「ハァ、ハァ。確かに……ドーベルマン先生、マトイマルさんとメテオさんはまだ来られそうにありませんか?」
ちょっと待ってくれと断りを入れられた。無線の向こうでドーベルマンとジェシカが何かを大声で喋りあっている。向こうも忙しいらしい。その間にビーグルの容体をハイビスカスに聞いた。怪我こそ無いもののまだ目を回し続けている。呼びかけても寝ぼけた小動物のようにふにゃ~っと返事をするだけだ。クルースのボルトも残りが心許ない。
人質の解放に成功した以上焦る必要はないとはいえ、燃料棒の行方が分からない以上最悪のケース――犯人がやけを起こして自爆同然に炸裂させる――だけは防ぐ必要がある。まさかロボットにくくりつけた一本の燃料棒が全てのはずはあるまい。
「待たせてすまない。二人はもう二階、制御室を挟んでお前たちの反対側まで来ている。タイミングを合わせて挟み撃ちにする。まだ元気なメテオとマトイマルが攻撃役になる。お前たちは援護だ、いいな?」
「少し待ってください。ビーグルがまだぼーっとしていて」
ビーグルのインカムの音量を上げてくれ、とドーベルマンに指示されたフェンはその通りにする。この時点で何をするのか大方想像が付いた。ああ、かわいそうなビーグル……。
「ビーグル! サボるんじゃない! 休憩時間は終わったぞ! まだ『防御突破』の演習は終わっていなぁい!」
行動予備隊相手にドーベルマンが毎日のように飛ばしている叱責を浴びて瞬時に我に返ったビーグルは、バネ人形のごとく立ち上がって武器を構える。実質的には条件反射そのものであるが、厳しい訓練で体に叩き込まれた身のこなしといえば多少は聞こえも良くなるだろう。自分がインディゴのアーツで混乱していたことを思い出しすぐに戦意を取り戻したのだから十分合格点だ。
「目は覚めたようだな。ジェシカ、そちらは?」
「二人とも準備できているそうです。教官の回線に繋いであります」
「よし、10カウントだ。……5,4,3,2,1,ゼロ!」
◇
ドーベルマンの声に合わせて制御室前の通路へ繰り出したメテオは素早く目標を探す。柱の陰に隠れて向こうを見ている男――インディゴが見えた。服装からして犯行声明の男に相違ない。こちらに気がつく様子もないまま無防備な姿をさらしている。慎重に狙いを付けて矢を放つ。引き絞った弓から手を離した瞬間、彼は首をぐいっと巡らせこちらを振り返った。えっ、と思った時にはもうアーツを放ち、アーツユニットから生み出した岩石のロッドをすだれのようにして盾を作り、メテオの矢を防いだ。そのまま後ろを振り返りつつ身を低くして転がる。彼が隠れていた柱がラヴァのアーツで吹き飛び、そこを狙って飛んできたクルースのボルトが獲物を捕らえられないまま空間だけを切り裂いていった。後ろにも目が付いているのかと言いたくなる勘の良さだった。
インディゴはA1がいる方へアーツの槍を何本も打ち込み廊下を原形をとどめない程に破壊したのち、こちらへ向けて走ってくる。メテオが二本三本と放つ矢は岩石の盾に突き刺さるだけだ。どんどん近づいてくる。だけど大丈夫。こちらの矢など絶対に防げると相手を油断させているだけだ。たとえ鉄で出来た獲物でも狩人は捕らえてみせる。とっておきの矢をするりと矢筒から引き抜いたメテオは、白目が見えるくらいにまで近づかせてから必殺の矢を放った。インディゴは当然それを盾で矢を受け止めようとする。
しかし、矢は盾に当たる前に自らを炸裂させた。閃光と爆煙が彼の視界を奪い、体を衝撃が襲った。装甲砕き・拡散。いつもの装甲砕きが穴開けに特化しているのならば、こちらは広範囲をあまねくボロボロにする。それが金属だろうと岩石だろうと容赦は無い。構えた盾を廊下ごと粉々に砕かれ、インディゴは足を止めてしまう。すぐに頭を切り換え、新たに岩石の槍を作り出してメテオに突き刺そうとしたが、彼女の背後から現れたマトイマルの薙刀で石の槍は真っ二つにされてしまう。そのまま引きも切らず攻撃を浴びせまくった。血まみれであちこちに包帯を巻いているにも関わらず、全くそんなそぶりを見せずに次々斬撃を繰り出すマトイマル。彼女の鋭い薙刀さばきに押し込まれまいとインディゴも反撃を試みるが、薙刀と岩石の棍棒とでは分が悪い。強力なアーツが再び放てるようになるまでは防戦一方になる。しばしの間防御を続けてから距離を取り、右手を突き出してアーツユニットを構える。しかしそれに合わせてマトイマルもまた距離を取り、壁に張り付くようにして身を縮こめた。それを確認してからマトイマルの背後に立つメテオが矢を放つ。先ほどの爆発する矢が飛んでくることを想定し、岩石の盾を作り出して防ぐ。しかし盾に刺さったのは何の変哲もないただの矢だった。
しまった、と相手の考えを読み取ったときにはもう遅い。壁も天井も、床さえも崩れかけた廊下の中から這い出してきたラヴァとクルースがインディゴの背後からアーツとボルトを撃ち込んだ。振り向いて盾を構えた瞬間、激しい炎の噴流によって岩石が焼き上がる。きわどいところでアーツの炎は防いだ。しかし次に飛来するボルトは防げない。インディゴの下半身を狙って射られたボルトが右ももに刺さる。痛みをこらえて再び後ろを向く。1対7、しかも挟み撃ちでは防戦一方になるのは避けようがなかった。こんな状況になった時点でほとんど負けかけている――などと考える間もなく、至近距離に迫ったマトイマルが掲げた薙刀を力強く振り下ろしてきた。強烈な一撃に絶えきれず盾が粉々に砕かれる。3分と立たぬ間に二度作り出した盾が二度壊される。インディゴの苦境ぶりを象徴するかのようだった。矢が前後から飛んで来るのだから剣戟もまた前後から来る。フェンとビーグルが廊下を駆け抜け、飛びかかるようにしてインディゴに斬りかかる。人間に腕は二本しかないが振るわれた武器は三本。止めようなどなかった。フェンの槍が脇腹に突き立てられる。そのまま制御室の目の前で膝を折った姿勢になり、身動きが出来なくなる。三人のオペレーターはなお油断せずにインディゴを取り囲み、いよいよもって致命の一撃を繰り出そうとする。
その時だった。インディゴの背後、制御室のドアがガチャリと音を立て数センチだけ開いた。脱出準備完了の合図だ。少しばかり厄介なタイミングになってしまったが、作戦とはうまくいく時もそうでない時もあるものだ。激痛で顔に脂汗を浮かべるインディゴはアーツユニットを全力で稼働させる。これで仕事は終わりだ。怪しい動きに瞬時に反応した三人だったが、わずかに遅かった。インディゴの右手から岩石の棒――もはや丸太や電柱と言ってもよいほど巨大なサイズの棒が撃ち出され、床を、壁を、配管をぶち抜きながら1階へと斜めに伸びていった。床が崩れて立っていられなくなるフェンとビーグル。一方マトイマルは床そのものがなくなったせいで空中に放り出される。それはインディゴも、脱出しようと部屋から飛び出してきた彼の部下も同じだった。
建造物を自らの思うまま垂直に、あるいは水平に移動する……。特殊暴動対応班時代にいやというほど使った手だった。だが痛みのあまり力加減を間違えたらしい、派手に壊しすぎた。着地のタイミングを間違え足をくじくならまだマシな方で、ほとんど転落する形になった部下も、落下した衝撃で気を失ってしまった部下もいた。マトイマルもそんなうちの一人で、愛用の薙刀が二階に残ったまま自分だけ下に落ちてしまった。目の前をよろよろと歩いて逃げる人間が2,3人いるのは分かるが、頭がくらくらするせいで眺めることしか出来ない。どこかで水道管が千切れたらしく、水がザーッと吹き出る音が聞こえる。寝っ転がったままじっとしているうちにようやく頭がハッキリしてきた。あたりを見回しながら立ち上がろうとすると、目の前に誰かがどんと突っ立って来た。顔を上げて誰なのか確認する間もなく横に転がる。どう考えても敵に決まっている! 次の瞬間には自分が横になっていた場所に岩石の棒が突き刺さっていた。
立ち上がってみてみればやはりインディゴだった。ももにはボルトが刺さったまま、脇腹からは赤い血がどんどん流れており、1階へと転落した時に打ったらしく黒い髪にも赤い血がにじんでいた。それでもまだ立っていられるとはなんて野郎だ。だが相手ももうグロッキーのはず。はずなのだが、こちらには武器がない! 周囲に何か武器になりそうなものが落ちていやしないかと目を左右に動かすが、壁や床のがれきがあるだけ。文庫本サイズのコンクリートの破片を拾い上げてはみるが、こんなもの役に立ちようもない。インディゴはすでにアーツを使う体勢に入っている。
「マトイマル!」
突然、上から自分を呼ぶ声が聞こえた。優に幅5メートルはある天井の巨大な穴――つい今し方までは二階の床だったのだが――の縁にラヴァが立っていた。「これを使え!」と叫んで、先ほどインディゴにはじき飛ばされた自身のナイフを投げてよこす。ジャンプして受け取り、右手に構えて敵との距離を詰める。
「うおりゃぁあ!」
雄叫びと共に突進するマトイマル。アーツで迎え撃つインディゴ、ともに最後の力を振り絞っての一撃だった。二つの武器が交差する。インディゴの岩石の槍はマトイマルの長く豊かな髪を少しばかりかき上げただけだったが、彼女のナイフはインディゴの腹部に深々と突き立てられた。全身の力が抜けたらしい彼はこちらに寄りかかってくる。体を押し返してナイフを引き抜くと、刃も柄も、それに自分の右手も真っ赤に染まっていた。インディゴはふらふらと尻餅をついたと思ったら、そのまま物も言わずに倒れた。
「殺すなよ、そいつには聞くことが山ほどある。今そっちへ行くからじっとしていろ」
ふたたびラヴァの声がした。天井を見上げたがもういない。代わりにクルースがクロスボウを構えて待っていた。仲間がこちらに来るまでの間援護してくれるという。
「大船に乗った気でいてね~」
クルースのいつもの声を聞いたせいで一瞬で気が抜けてしまった。疲れが急に出てきた感じがする。マトイマルはどっかり座り込むと服に手を擦りつけて血をぬぐい、ポーチから例のキャンディーを取り出した。
今度は迷わず口に入れる。苦い粉薬の味が最初に、次にこの世の罪という罪が味という形をして華麗なワンツーパンチを舌に送ってきた。思わず吐きそうになるが、そのあとには悪くない酸味と甘みが口の中に広がった。もしかしてこれ、珍しく「当たり」なんじゃないか。ハイビスカスもついに味に配慮した健康食を作ることに成功したのか、自分の舌がとうとうバカになったのか、マトイマルには分からなかった。